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二十章 教師の企み

 その日、ゼクディウスは普段よりも二時間は早く起床していた。そして、彼のいる場所は自室ではない。


「カンパニュラ、起きてるか?」


 そう小声で言いながら、彼はドアノブに手をかける。その部屋は、カンパニュラ・ラナンクルスの部屋だ。


「おや、先生…って、外がうっすら明るい…ひょっとして、また徹夜を…?」

「そうらしいな。だが、今回はなにも言わない。むしろ、感謝したいくらいだ」

「…どういうことですか?」


 よくわからない、という表情でカンパニュラは首をかしげた。だが、ゼクディウスがいたって真剣な表情をしているからだろう。それ以上何かを言うわけでもなく、次の言葉を待っている。


「…お前、小説書いてるんだったな。だったら、架空の話を考えるのは、お手の物だろう?」

「そりゃ、まあ…ジャンルにもよりますが」

「ジャンルによる、か…道徳の教科書に載るような、いわゆる良い話は書けるか?」

「んー…その良い話というのがどのような意味で良い話なのかにもよりますが、真剣な話も少しは書けますよ。本当に少しは、ですけど」


 カンパニュラの言葉に、ゼクディウスは満足げに頷いた。彼にとって十二分とはいえずとも、十分な回答だったからだ。


「一つ、話を考えてもらいたい」


 カンパニュラの目をまっすぐ見つめ、ゼクディウスはそう切り出した。


「話の流れからするに…道徳の教科書に載るような良い話を書けばいいんですか?」

「ああ。だが、ただ良い話を書いてほしいんじゃない。テーマがある」


 そこで一旦言葉を区切るゼクディウス。


「一言で言うなら、悲しい物語だ。全てを守ろうとした、優しい女性の物語…だが、その女性はその優しさゆえにその守ろうとした全てを失ってしまう。そんな話を書いてもらいたい」


 その言葉に、カンパニュラは再び首をかしげる。


「別に、やってできないことはないと思いますけど…なんでまた、そんな話を? 個人的には悲劇なんて現実にもありふれてるんですから、現実では起こりえないようなハッピーエンドが書きたいんですけど…その優しい女性も、守ろうとしたものも幸せな終わりじゃ、駄目なんですか?」

「ああ、駄目なんだ。俺だって、できるものなら幸せな終わりを見たい。だが、今回は悲劇でなくてはいけない…アオイの、命がかかっているんだ」


 苦々しい表情でそう呟くゼクディウス。それだけで、カンパニュラは状況を察したらしい。


「…アオイさんがまた何かしでかそうとしている…それを止めるのに、自分の話が必要なんですね?」


 そうたずねながら、カンパニュラは机の上に広げられた今までの話を片づけはじめる。


「そんなところだ。有効かどうかは別の話、ってやつだがな」


 ゼクディウスのその言葉を聞いても、カンパニュラが片づけの手を休めることはない。


「だとしても、自分の話に可能性があるのなら、やります。いつまでに、書き上げればいいですか?」


 そう言いながらも、カンパニュラはすでに話を書き始めている。すさまじいまでの速さで、万年筆を紙の上に走らせていた。


「一日…いや、一分、一秒でも早く頼みたい。一秒ごとに、アオイは間違った決意を固めていきかねない」

「わかりました。教科書に載るような話となると、長編である必要はありませんね? 掌編…せいぜい、短編程度で、十分でしょう?」

「ああ。とにかく、自分を犠牲にしてまで守ろうとしても、その結末は悲劇的なものだ、っていう感じの話にしてもらいたい。できるか?」


 ゼクディウスがそう聞くと、カンパニュラは自信ありげに笑った。


「先生。自分は仮にも文学史に名が残るような小説家を目指す人間ですよ? アオイさんの心ひとつ動かせないようで、どうします」

「頼もしいな…それじゃあ、頼む。俺は今日の授業の準備とかもあるから、これで失礼する」

「ええ、必ずアオイさんの心を動かしてみせますよ」


 その言葉に、もう一度「頼む」とつぶやいてゼクディウスはカンパニュラの部屋を後にした。


「さて…授業の準備“とか”をしてくるとするか」


 そう言ってゼクディウスが向かうのは、やはり自室ではなく、女子の部屋が集まっている方角だった。


●   ●


 次に、ゼクディウスが立ち止ったのはサーシャの部屋の前だった。


「…サーシャ、入るぞ」


 やはり、小さな声で言うとゼクディウスは部屋の扉を開けた。


「…お兄様。何かご用でしょうか。これから着替えをしようと思っていたのですが…お兄様も、一緒に着替えますか?」

「いや、遠慮しておく」


 苦笑しながら、ゼクディウスは本題を切り出す。


「サーシャ。アオイのことで話がある」

「……真面目な話の様ですね。なんでしょうか」

「あいつは、お前に自分の知る結界術のすべてを教えたらこの村を出て、徴兵に応じるつもりでいるらしい。だが、それは逆に言えばお前がすべてを覚えるまではこの村を出ないということでもある」

「可能な限り…覚えが悪いふりをしろ、というところでしょうか」

「そういうことだ。やっぱり、お前は賢いな」


 そう言ってほほ笑むと、ゼクディウスは少しだけ手を持ち上げかけてやめた。


「あー…何はともあれ、お前の能力の高さはアオイも知っている。だからはっきり言ってこの策は愚作…一時しのぎになるかどうかすら怪しいところだろう。だが、アオイがここを出る準備が一秒遅れれば、それだけ俺たちがあいつを止める策を考える時間が増える」

「そして、その一秒が運命を左右するかもしれない…と、いうことですね。理解しています。私とお兄様は運命共同体です」

「…その言い方だと、また違う気がするが…まあ、アオイを止めるという目的に関しては、共通しているな」

「…つまりは、運命共同体ですね」

「あー…お前がそう言いたいんだったら、まあ、いいんじゃないか? それで」


 投げやりに言うゼクディウス。もはや面倒くさくなっているのだろう。それでも、サーシャは嬉しそうにしているのだが。


「とりあえず、これから着替えるんだったら俺がいつまでもいるのはまずいな。言いたいことは言い終えたつもりだから、これで出ていく。邪魔したな」

「…お兄様になら、下着姿くらいなら見られても構わないのですが…まあ、眠るときは下着を身につけない派ですが」


 そう言いながら胸元を少しだけはだけるサーシャ。そこには、たしかに布におおわれていない純白の素肌があった。


「そういうことをするのはやめろ! いい加減にしないと、本当に襲うぞ…」

「…そうですか」


 サーシャがさらにパジャマのズボンに手を伸ばした時、ゼクディウスは全速力でサーシャの部屋を後にしていた。


「…ったく、あいつは…さて、あと俺にできることは何があるか…」


 少し考えて、ゼクディウスは自室へと向かった。だが、それはもう一眠りしようなどという考えからではなかった。


●   ●


少しして、ゼクディウスは何枚かの紙を懐にいれて自室を出た。その目的は、アオイ以外の全員の部屋だった。


「あれー? 先生じゃないですかー。こっちは女性部屋ですよー? もしかして…夜這い後の朝帰りですか? いやん♪」


 そのさなか、クフェアにそう声をかけられるゼクディウス。内心で大声を出すなと思いつつも、彼は黙って懐の紙を手渡す。


「あー、なるほど。分かりました。アオイさんの負担にならない程度にいろいろ用事いうようにしてみますね」

「サーシャに結界術を教えているときに、な。サーシャに全てを教えたらあいつはこの村を出ていくつもりでいる…それを、少しでも遅れさせたい」


 小声で話す二人。手渡した紙には“不自然にならない程度にアオイがサーシャに結界を教えるのを邪魔するように”と書かれている。


「ういうい、了解です。アオイさんに伝わらないようにいろんな人に言っておきますよ。先生は男性部屋のほうを回ってください。私だったらこっちのほううろついてても怪しまれませんし」

「そうか。悪いな…一人一人の部屋にこの紙を入れておくつもりだったんだが」

「お気になさらずー♪ 先生に貸しを作っておくのは悪くないですからね♪」


 そう言ってクフェアは紙を持って足音を立てないよう、まるで猫のようにそっと走って行った。そのさなかで、かぶっているフードを直しながら。


「こっちはクフェアに任せよう…カークスとかガレイにも、言っておかないとな」


 冷静に呟くゼクディウス。だが、その頭の中は熱を放つほどに全速力で回っている。今の自分にできることが、他に何かないだろうか、と。

 教師は、まだいくつかのたくらみを持ったまま、早朝の孤児院を駆け巡っていく。体の中で酸素をのせ流れていく血液のように、教え子たちのもとへとその策を伝えに。


二十章 END

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