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十八章 それが、アオイの決断ならば

 少しして、ローザとサーシャは、朝食を終えた。

「…ローザさん。この後のご予定は?」

「特にねぇが…アオイが心配だな」

 そんな話をしていると、ゼクディウスが食堂にやってくる。

「アオイがどうかしたか?」

「…立ち聞きか。悪趣味だな」

「普通に聞こえてきたんだよ。で? どうしたって?」

「……実は、ですね」

 アオイが朝から酒を飲んでいたことを、サーシャがゼクディウスに告げる。

「ほう、何ともあいつらしくない…何かあったのは確定だな」

「あって数日のあんたから見て、らしいもらしくないもないだろ」

「わざわざ話にしている時点でらしくはないのだろう?」

「…まあ、な」

 椅子に座るゼクディウス。

「で? お前たちはどうするつもりなんだ?」

「…下手にあれこれ言っても、お姉さまはなにも言ってくださらないでしょう…いっそ、黙っているほうがいいのかもしれません」

「そうかもしれねぇな…だが、放っておくわけにはいかねぇだろ」

「じゃあ、少し様子見して、理由らしきものを探るか? 様子見で理由が出てこないようだったら、直接聞くしかないだろうけどな」

 ゼクディウスの言葉に二人はうなずく。

「それじゃあ、そういうことにしておこう。他のやつらは起きてきたのか?」

「…まだでしょうね。起きてきていたら、お姉さまを見てそのままにしておくとは思えません」

「酔っぱらいの相手している時間の余裕がねぇとかだったりしてな」

「…ですが、今日はロベリアさんとビスカリアさんの仕事先は午後からではなかったでしょうか。だから起きるのが遅い…? カンパニュラさんは、部屋で本を書き、あとは…クフェアさんに、ウブラリアさんに、お母さま、といったところでしょうか」

「結構起きてきていない奴が多いな。起こしに回るべきか?」

「クフェアと仕立屋は仕事あるし、そのうち起きてくるだろ。ロベリアぐらいでいいんじゃねーの? 物書きはまた徹夜したかもしれねーし放置。おふくろも…いろいろ忙しいみてーだし」

「…なんでロベリアだけ起こすんだ?」

「そりゃ、遅くまで寝てたら、なんて怠惰な一日を…! とか言いだすからだよ。起きても仕事がねぇんだから、ゆっくり寝てりゃあいいものを…」

「ロベリアらしいな、なんとも」

 三人がそんな雑談をしていると、ウブラリアが食堂にやってきた。

「おはようございます、皆さん」

「おう、カークス。おはよう」

「そういえばお姉さまが、服がどうのとおっしゃっていましたね…あれは本意なのでしょうか」

「服? 依頼とあらば、もちろん作らせてもらいますが…家族といえど、ただでは作れませんよ? どうしても材料費はかかりますからね」

 商談に入り始めたウブラリア。それにサーシャは目を光らせる。

「……値切りは商売事には欠かせません」

「俺をそう簡単に説得できるとは思わないほうがいいですよ…」

 そう言うと、ウブラリアは悪そうな笑みを浮かべた。

 その様子を見たローザは、席を立ち食堂を後にしようとする。

「…ローザさん。おそろいの服なのですから、ローザさんの意見も欲しいです」

「俺とお前が同じ服装とか、ねぇだろ。アオイも着るんだったらなおさらだ。お前ら二人が着るようなかわいらしいものは――」

「いや、全員に合うようなデザインのものは作れるよ。俺が一生懸命作るからね」

「そんな無駄な努力すんな。オレはいい」

 そう言うと、今度こそローザは食堂を後にした。

 あとには、ゼクディウス、サーシャ、ウブラリアの三人が残る。

「…どこまで話したでしょう。ローザさんに着せるかわいらしい服…の、件だったでしょうか」

「そういう服、ローザは着ないと思うんだ。でも、ローザが着ても似合うような服、俺にもデザインできると思うよ」

「……ちなみに、どのような服でしょう」

「詳しいデザインが載った本は店の方だから…ちょっと待って」

 そう言うと、ウブラリアはポケットからメモ用紙と鉛筆を取り出し、サラサラと何かを描きだした。三人の誰が着ても似合う服をサーシャに教えるために、そのデザインを描いているのだろう。ゼクディウスはその様子を眺める。

「こんな感じかな…と」

「…ウブラリアさん、お上手です」

 サーシャの言う通り、ウブラリアの絵は実にうまい。本に載っているのが写真でなくイラストならば、おそらく大差ないであろうほどだ。

 デザインは、ゼクディウスが見たことがないものだ。少なくとも、ムル・クアリアスの意匠ではない。

「変わった服装だな。他国の物か?」

「ええ。東乃国の服装です。あそこのものはいろいろ変わっていて、面白いですね」

「ほう…東茶は知っていたが、服装までは知らなかった。さすがに仕立屋。餅は餅屋、服は仕立屋だな」

「…さすがです。ぱちぱち」

「いえいえ。それで、細かいデザインですが、どうします? ローザにも似合うようなものとなると…というか、ローザにも着ようと思ってもらえるものなら、かっこいい系のデザインになると思うのですが」

 三人はそのまま服装の話を続ける。

「龍とかどうですかね…」

「アオイとサーシャにも似合うのか? それ」

「えっと…こんな感じですね」

 再び絵を描くウブラリア。そこには見事な昇り龍が描かれていた。

「…ローザには合うだろうが…アオイとサーシャにはどうだ?」

「……かっこいいので悪くはないです」

「しかし…露出が多すぎやしないか? 足の方のスリットというのか? かなり大きく入っているが…」

 絵を指さして言うゼクディウス。それを着ている三人の姿でも想像したのか、頬がかすかに赤い。

「…お兄さま。手フェチなのか、脚フェチなのかはっきりしてください」

「そういう意味じゃないからな、サーシャ」

「ローザだったらこっちのほうが蹴りやすいとか言いそうなので…アオイさんが恥ずかしがりますかね? サーシャはどう思いますか?」

「…お兄さまを魅了するためなら私は一向にかまいません」

 真剣な表情。そこには嘘や冗談の類は一切含まれていない。

「では、とりあえず大体はこんな感じで行きましょう。色はどうします?」

「待て、カークス。今の言葉の後で自然に話を進めないでくれ」

「え? ああ…そうですね。ロベリアがいろいろ頼んでくるので、違和感持ちませんでした」

「いろいろって…今の言葉に違和感持たなくなるようなもの、何頼んでくるんだ…?」

 ゼクディウスが尋ねると、ウブラリアは考えるしぐさを見せた。

「そうですね…ロベリアらしくないものが多い気がします。あんな真面目なのに、妙に露出が多い服を頼んできて…ずいぶん大人っぽいというか、そういうデザインの下着を頼まれた時にはどうしようかと思いましたよ」

 笑いながら言うウブラリア。

「…ロベリアさんの努力は、無意味なようですね」

 ボソッと言うサーシャ。

「…私から言うのが正しいかどうか、分かりません。ですが、ロベリアさんはウブラリアさんに女性と見てもらいたいのだと思います。だから、ウブラリアさんがドキドキするような服装を頼むのです」

「おい、サーシャ。さすがにそういうのを他人から言うのはどうかと…」

「…つまり、ロベリアさんはウブラリアさんに押し倒してほしいのです。さあ、れっつごーとぅーびぎんらぶ」

「サーシャ。それは絶対に違うと思う」

 ほぼ反射的に言うゼクディウス。

「…れっつごー、あんどびぎんらぶ?」

「そこじゃなくて。ロベリアがカークスに押し倒されたいというのが間違いだと俺は言いたい」

「…お二人の話している意味が分かりませんね」

 苦笑しながら言うウブラリア。本気で言っているのだとしたら、やはりウブラリアは相当鈍感らしい。

「……明言は避けます」

「そうしてやってくれ。やはり、こういったことは本人が言うべきだからな」

「何ですか、二人とも…まるで、ロベリアが俺のことを好いているようではないですか」

 答えそのものを口にするウブラリア。突然のことに、ゼクディウスもサーシャも驚きを隠せない。

「…なんですか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「いや…なんでもない」

 無言でうなずくサーシャ。心なしか焦りがうかがえる顔色だ。

「そ、それより! 仕事があるだろう? 朝食をとらなくていいのか?」

「ああ、そうですね。では、いただきます」

 そういって台所へ行くウブラリア。

「…自覚はなし、か?」

「……おそらくは。あんなに分かりやすいのに…ロベリアさんが不憫です」

 頷こうとしたが、これを認めたらサーシャがまた何か言ってきそうな気がしたゼクディウス。縦にふりかけた首を無理やりひねる。

「まあ、ロベリアもいいやつだからな。ウブラリアはあんなすばらしい子が自分を好きになっているわけが無い、と考えているのかもしれない。あんなに好きだって感じ出されていると、何かの冗談かとも思えてくるし」

「…大切な思いは、もっと秘めるべきだ、と?」

「まあ、秘めるべき時は秘めて、あらわにすべき時にあらわにすべきだな。常に出していれば冗談だと流してしまうが、常に隠されていればそもそもわからん」

 なるほど、という顔でうなずくサーシャ。

「…つまり、お兄さまの中で告白は重要な意味を持つのですね。普段は思いを隠し、告白という恋愛における一大イベントで一気にたたみかける。なるほど」

「…まあ、そういうことになるが…今から態度を変えられても、反応に困るからな?」

「……なんのことやら」

 そんな話をしているところに、ウブラリアが戻ってくる。

「今日の朝食は、先生が作られたのですか?」

「ん? そうだが?」

「なるほど。なにやら普段と香りが違うと思ったら、そう言う事でしたか」

 今日の朝食のスープがグラン・マギア風を作った時と同じ鍋で作ったことをゼクディウスは思いだした。

「ああ、独特な香りの料理作ったからな。その香りが残っていて、うつったのかもしれない」

「独特な…そういえば、ミウメとサクラがそんな事を言っていましたね。先生に外見は毒物なもの食べさせられたー、とかなんとか」

「…あいつら、言いふらしているのか…やれやれ」

「ですが、味は良かったそうですね。今度その変わった料理を食べてみたいものです」

「おう、任せとけ」

 笑顔で親指を立てるゼクディウス。

「おはようございます」

 そこにロベリアがやってくる。

「おはようございます、ロベリア。あ、ちょっと聞きたいのですが」

「はい? なんでしょう」

「ロベリアには、好きな人はいるのですか?」

 食堂の空気が凍り付く。

「…えっ? いや、あの…ど、どういった意味合いでしょうか?」

「? 純粋に、ロベリアに好きな人はいるのかな、と思っただけですが…ほら、前に俺に、気合の入った服装を注文してきたではないですか。ああいった服を着ているのを見せたい相手がいるのだろうな、と思いまして」

「……すいません。ちょっと部屋に忘れ物をしたので、とってきます」

 そう言って踵を返すロベリア。その目の端にはうっすらと涙がにじんでいた。

「カークス…今のはないぞ」

 サーシャもうなずき、それに同意を示す。

「…ひょっとして、ロベリアが俺のことを好きだというのは…冗談なしで?」

「「…………」」

 二人とも、無言しか返せない。

「…冗談では、無いのですか?」

「…お前の…考え方次第だ…」

 ゼクディウスの言葉で、ウブラリアは口元に手を当て、頬をわずかに染める。

「…照れるものですね」

「…とりあえず、私はロベリアさんをはげましてきます」

「そうしてやってくれ…」

 サーシャの背中を見送るゼクディウス。

「で? ロベリアがお前のことを好きだとして、どうするつもりだ?」

「どう、といわれても反応に困りますね…俺だってロベリアのことは好きです。でも、その好きは、あくまで家族としての好きで…先ほど先生とサーシャの話していたことが本当だとしたら、ロベリアの好きは、そういうものでは…無いのですよね?」

 本当のことを伝えていいか少し考え、頷くゼクディウス。

「…俺は、どうするのが正解なのでしょうか、先生」

「それは、俺の考えることではない。お前の考えるべきことだ」

「…ですよね」

「悩め。悩んで、悩んで、悩みつくして…そうして出した答えなら、俺はなにも言わない」

 ゼクディウスは、そう言いながらウブラリアの肩にそっと手を置く。

「まあ、悩もうじゃないか。幸せな悩みなんだからな」

「そう…ですね」

 ウブラリアの様子を見て、ゼクディウスも食堂を後にする。それを止めないということは、ウブラリアも一人で考えたいということなのだろう。

「さて、俺は…今日の授業の準備、だな」

 教え子の幸せを願いながら、自室へと向かう。

 ラッカルッカの家庭教師の笑みは、安らかなものだった。


●  ●


そして、時間は流れて行き…昼食が終わり、昼の授業が終わり、そして、夕食の準備の時間となった。

「これと、これと…よし、持っていってくれ、ロベリア」

「はい、先生」

「パンの配膳は済んだか? サーシャ」

「…ええ、お兄さま」

「ありがとう、それじゃあ、次はこれを持っていってくれ。これで最後だ」

「…分かりました」

 ゼクディウスと手伝いをする少女たちが忙しく動き回る。

 そこに、アオイが入ってくる。

「ん? どうした、アオイ。手伝いなら足りてるぞ?」

「いえ、ちょっとお話というか…報告が、ありまして」

「報告? なにをだ?」

 最後の皿をはこび終えたため、少女たちは戻ってこない。食堂には、ゼクディウスとアオイの二人だけだ。

「私、考えを改めました」

 そう言って微笑むアオイ。

「徴兵に、応じようと思います」

「…………は?」

 笑顔のままのアオイ。

 一方で、ゼクディウスは意味が分からない…いや、分かりたくないという顔をしている。

「私がここにいれば、皆を戦火から守れる…そう考えていました。けど、母さんの言葉で気づいたんです。ク・マキナからは守れても、ムル・クアリアスからは守れないんだって。今更、ですけどね」

 ゼクディウスにも、アオイの言葉の意味は分かる。ク・マキナの物理的な攻撃は結界で防げても、ムル・クアリアスの魔術的な介入に対しては限度がある。

 つまり、アオイなしで戦争が終わり、ムル・クアリアスがアオイを国賊として処分しようと本気になれば、結界はあっけないほど簡単に破られる。

「ラッカルッカはいい所です…でも、他の村との交易がなくては、ずっと暮らしていけるわけではありません。つまり、私の結界が絶対だったとしても、永遠に籠城はできません。だから、私は籠城をしないで済む方法を…戦争をムル・クアリアスの勝利で終わらせる方に賭けると決めました。それが、本当にみんなを守る、ってことなのかな…って思ったんです」

 あくまで笑顔のまま、アオイは告げる。

「…アカネさんに、なんて言われたんだ?」

 ゼクディウスのその言葉に、アオイは少しだけ表情を曇らせる。

「おかしいだろ…! あんなに、この村を守るって言ってたやつが、一言二言で考えあっさり変えるなんて!」

「ゼクさん、お静かに。みんなに聞こえちゃいますから」

「…っ!」

「まあ…迷惑だ、って言われたんです。私がいる限り、どっちが勝ってもここはダメになってしまう、って…それくらい、強く言われると、考えも変わるものですね」

 そういうアオイは、やはり笑顔のままで。ゼクディウスは、なにも言えずにいた。

「そんな悲しそうな顔しないでください。なにも、今すぐ出向くわけじゃありませんから。シロちゃんに結界術の全てを教えて、この村を私の代わりに守れるようにしてから、私はこの村を出ます。だから…そんな顔はやめてください。守りたい人にそんな顔、してほしくないです」

「そう言われて、はいそうですか、なんて笑えるわけないだろう…!」

「……」

「サーシャに代わりに村を守ってもらう? ふざけるな。お前はお前だろう! お前の代わりなんてどこにもいないんだぞ!」

「ええ…そうですね。でも、ゼクさん。それは、国から見ても同じなんですよ? 私の代わりになるような戦力、そうそう準備できない。私一人で、普通の人何人分戦えると思いますか?」

「知ってるさ…一級魔術師が一騎当千、万夫不当の存在だってことくらい。だからって…! だからってなぁ!」

 叫び声をあげようとするゼクディウスの口を、アオイの手が優しくふさぐ。

「ゼクさんの気持ちはうれしいです。ですが…どうか、私の考えを受け入れてください。お願いですから…」

 穏やかにほほ笑みながら、アオイはゼクディウスの口から手を離す。

「……それがアオイの決断ならば…分かった、といっておく。だが、今だけだ。サーシャに全てを教えるまでには、お前の考えをまた改めさせてやる」

「そうですか…ありがとうございます。過度な期待はしないでおきますね」

 そう言って、アオイは軽くおじぎをする。

「せんせー、アオイさん、ご飯冷めちゃうよー?」

 食堂のほうから、ミウメかサクラの声がする。

「はーい、今行くよー…さ、ゼクさん。ご飯にしましょう」

「ああ…そうだな」

 二人は、食堂へと向かう。

 正反対の思いを抱えたままで。


十八章 END

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