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十七章 アオイの心配

 少しすると、ローザが汗まみれの姿で食堂へとやってきた。

「おかえり、ローザ。ゼクさんが朝食作ってくれたんだけど…食べる?」

 椅子に座ってローザに笑いかけるアオイ。その前には、自分の分と思わしき食事が並べられている。

「野郎の作った料理ってのは気に障るが、あいつの料理がうまいのは認める…食わせてもらうとするよ」

「じゃあ、準備するね」

「いや、料理は完成しているんだろう? だったら、あとは皿によそうだけだ。その程度ならオレにもできるから、自分でやる」

 椅子を立とうとしたアオイを制してローザが言う。

「そう? ごめんね」

「気にするな。オレもあんたに無理はさせたくない」

「ローザまでゼクさんみたいな事を言って…私、もっとしっかりしなきゃ駄目かなぁ」

「あいつみたい、って言われるのは嫌だが…とりあえず、あんただって人間なんだ。不完全で、疲れて当然。しっかりする必要なんてねぇよ。よろけんだったら、周りのオレらが支えるだけだ」

 ゼクディウスみたいという言葉に、あからさまに嫌な顔をするローザ。しかし、すぐに表情を変える。それはとても優しげなものだ。

「…ありがと。ローザの方が私よりよっぽどしっかりしてるね」

 薄く笑みをたたえ、アオイは言う。

「でも、汗まみれでいるのはよくないと思うな。ご飯の前に、体を洗ってきたら? 風邪ひいたり、あせもになったりすると良くないし…」

「あんたがそう言うんだったら、そうする。だから、余計な心配すんなよ」

「はいはい。いってらっしゃい」

 アオイの言葉に従って食堂を離れるローザ。その背中にアオイは手を振る。

 その場には、再びアオイだけとなった。

「…もっと、しっかりとしないと…なぁ」

 そっとつぶやくアオイ。

「…心配だなぁ」

 何を思ってか、アオイはそう呟く。

「私がいなくなっても大丈夫なようにしなきゃ…」

 寂しげな笑みを浮かべ、アオイは食事を始めた。


●  ●


少しすると、服装を普段着に変えたローザが食堂に戻ってくる。

「おかえり、ローザ。早かったねぇ」

「まあ、体拭いて着替えてだからな…こんなもんだろ」

 ローザがそう言うと、食事を終えたアオイはどこか怒ったような表情をした。

「もう…だめじゃない、ローザ。ちゃんと髪も体も洗わなきゃ!」

「いいよ、めんどうくせぇ…洗うときは洗ってんだから、いいだろ?」

「あんなに汗かいたんだから、洗わないとダメ! ほら、お風呂場いくよ~。私が洗ってあげるから!」

「ガキじゃあるまいし…分かったよ、それじゃあ寝る前に洗う。それでいいだろ?」

「その間は汗になってるよねぇ…汗臭いと嫌われちゃうよぉ?」

 アオイの言葉に、ローザはため息をついた。

「ここにいるやつにそれくらいで嫌うやつがいるか? っつーか、今更だろ…」

「そうかもしれないけど…ローザは素材がいいんだから、もっと服装とか気をつかえばいいのに」

「しゃれた格好なんて動きにくいだけだろ? んな戦いにくい格好するかよ」

 ローザの言葉に、今度はアオイがため息をつく。

「そんな基準で選ぶのはどうかと思うんだけどなぁ…」

「それも今更。オレは中途半端だからな…服装が男らしくても、女らしくても、微妙だろうよ」

「えー? 今のローザはかっこいいし、髪伸ばせばかわいいと思うけどなぁ…あ、もちろん今もかわいいよ?」

「んな褒めかたされてもな…とりあえず、飯食う」

 興味無さげに言うローザ。その後を追うように、食器をもって台所に入っていくアオイ。

「ね、ね。今度ウブ君に服作ってもらおうよ。私とお揃いとかどうかな?」

「あんたとお揃いか……あんたが妹に見られそうだな」

「私のほうが年上なのに?」

 話しながら食器を流し台に置くアオイ。

「当然だ。外見だけで言えばそう見えるだろう? それと、あんたが着るようなもんはオレには似合わないと思うんだが…」

 そんな話をしながら、ローザは少し疑問に思う。アオイのテンションが妙に高い気がするのだ。

「ところで、アオイ…なんかいいことでもあったのか?」

「ん~? こうやってローザと話せるのは、いいことかな~」

「……?」

 やはり、テンションが高い。ローザの疑問は、違和感に変わっていく。

「なあ、アオ…」

「……おはようございます」

 か細い声が二人の会話を止める。

「あ、シロちゃん! おはよう、今日も早いね!」

 そう言うとアオイはサーシャに駆けより、ハグをする。

「……? はい…おはよう、ございます」

 サーシャもアオイのテンションが高いことに気が付いたようだ。どこか不思議そうな顔をしてそれに応える。

「そうだ、シロちゃんも一緒に服作ってもらわない? 清純なワンピースとか、魅惑的なドレスとか! シロちゃんは上品な雰囲気だから、ちょっと高貴な人っぽい服着たほうが似合うと思うの!」

 サーシャの手を取り、満面の笑みでいうアオイ。放っておけばその場で小さく跳びはねさえしそうだ。

「おちつけ、アオイ」

 その後ろ襟をつまむようにしてローザはアオイを止める。

「あんた、なんかおかしいぞ。どうしたんだよ? なんでそんなはしゃいでんだ?」

 そこでローザはアオイの息がかすかに酒臭いことに気が付く。

「あんた…もしかして、酒飲んだのか?」

「ちょびっとねぇ~」

 相変わらず陽気にいうアオイ。

「本当に、どうしたんだ…? 体がまだ大人になってないから飲んじゃいけないの、っていつも言ってたじゃねぇか?」

「大丈夫大丈夫。ちょっとくらいなら飲めるから~」

「今まで飲んだことねぇだろ!? アオイ、本当にどうしたんだ?」

 肩をつかんではっきりと問うローザ。

「ちょっと飲んでみたくなっただけぇ。なんもないよぉ~」

 しかし、アオイはそんな事を言うばかりだ。

「何だって朝っぱらから…オレが最初に来た時は飲んでなかっただろ? その後なんかあったのか?」

「だからなんもないってばぁ~」

 アオイは完全に酔っている様子だが、それで口が軽くなるということはないらしい。どうして酒を飲んだのか、理由を話そうとしない。

「ローザぁー、ちゅーしようよぉ」

「だぁー、もう落ち着けっての! 白いの、ちょっと双子の妹呼んで来い! あいつにアオイん中のアルコール消させる!」

 顔を寄せてくるアオイを止めながらそう叫ぶローザ。

「…お姉さまとローザさんがくっついてくださると私としては助かるのですが…」

「くっつくわきゃねぇだろうが! いいから早く呼んできてくれ! さっさと落ち着かせるぞ!」

「…そうですね。分かりました」

 そう言って台所を後にしようとするサーシャ。しかし、その足がぴたりと止まる。

「…いま、サクラさんはどちらにいらっしゃるのでしょう?」

「知るか! とりあえず、部屋でも見てきてくれ!」

「…はい、見てきます」

 今度こそ台所を後にするサーシャ。

「あとは…戻ってくるまでアオイを押さえておけば…!」

 アオイに痛がらせたりケガをさせたりしたくない一心から、思うように体術を使えないローザ。それを無理やり押さえこもうとする酔っぱらったアオイ。

「……もしも部屋にいらっしゃらなかったらどこに探しに行けばよいのでしょう」

 そしてなぜか戻ってくるサーシャ。

「お前、本当はオレのこと嫌いなのか…!?」

「冗談です…見てきます」

「おう、冗談で済むうちに頼むぞ…!」

 上を向いてアオイのキスを避けようとするローザ。アオイはピョンピョンとはねようとしているのをローザに押さえられている。

「アオイ、あんまふざけるとあんた相手でも怒るぞ…」

「ふざけてなーいー。私はー、ローザとちゅーしたいのー!」

「あんた、酔っぱらうとキス魔になるんだな!」

 えへへあははと笑うアオイ。しかし、ローザへキスしようとするのはやめようとしない。

「っの…! いい加減に…! おい、先公! 見てねぇで止めろ!」

「え、ゼクさん!?」

 ローザの言葉に反応してその視線の先を見るアオイ。しかし、そこにゼクディウスの姿はない。

「あれー? ゼクさんどこー?」

 きょろきょろと周りを見るアオイのわきの下をローザの手が通り抜け、はがいじめの形になる。

「嘘だよ。こうでもしねぇと、あんた落ち着きそうにないからな…」

「むぅ~…嘘ついちゃだめだって昔から言ってるでしょー!」

 そう言ってバタバタとアオイは暴れるも、ローザの拘束をほどくことはできない。

「幼児退行の気もあるな…やれやれ」

 そう言いつつアオイの耳元に口を寄せるローザ。

「おとなしくしてればちゃんとしてやるから…だから、おとなしくしてくれ」

 ピクリ、とその言葉に反応を見せる。

「だったら、じっとしてよぉ~っと」

 そう言うと、アオイはローザの胸元に頭を預け、寝息を立て始めた。

「ようやく潰れたか…どうせならもっと早く潰れてくれよ…」

 眠ったアオイを椅子に座らせながらローザは一息つく。

「「アオイさんとローザさんの濃厚キスシーンが見れると聞いてっ!」」

 しばらくすると、そんな事を言いながら双子が全力で走ってやってきた。

「白いの、いったいどんな説明をしたんだ…ねぇよ、んなもん」

「えー? ないのー? ざんねーん」

「せっかく全力疾走してきたのに…」

 ため息をつくローザ。

「いいから、アオイの中のアルコールを消してくれ。この状態で目覚めたら厄介だぞ…キスの嵐を食らうことになる」

「私、別に気にしないけど…」

「私たち、ファーストはとっくに私たちで済ませたもんね」

「オレとアオイが気にする。いくら家族とはいえ、キスされたら気まずい。とにかく、さっさと消してくれ」

「んー…まあ、やってはみるけど…正直危険よ? 訓練受けたわけじゃないから血液中のアルコールだけ、なんてできるかどうか…むしろ、ローザさんの方が専門じゃないですか? こういうのって」

 その言葉にローザは首をかしげる。

「いや…普通に、体の代謝をあげて、アルコールの分解を助けるとか…代謝あげるのって、初歩的な治癒術じゃなかったでしたっけ?」

「あ」

 ローザに双子の冷たい視線が突き刺さる。

「…忘れてました?」

「…キス魔を相手にして冷静さを失っていたらしいな」

 そう言うと、ローザはアオイの体に手を触れる。その手のひらからは優しい光があふれ、アオイの体を覆っていく。

 その様子を見て安心したように双子は台所を後にする。それと入れ替わりにサーシャが入ってくる。

「…? アルコールの除去は、終わったのですか?」

「ああ、いい所に来たな、白いの。双子にどんな説明をしたのか聞かせてくれ」

「…アオイさんが酔っぱらってキス魔に変貌。その対象はローザさん」

「なるほど。双子だったら食いつきそうな説明だ…だいぶ言葉足らずではあるがな」

 空いている方の手で眉間を抑えるローザ。

 そのまま、しばらく時間が経つ。

「顔の赤さとか、引いてきたな。ちったぁ酔いもさめたか?」

「…少なくとも、先ほどよりはよくなったかと」

「じゃあ、あとは目を覚ますのを待つだけだな」

 そう言ってローザが手を離すと、光が消えていく。

「…しかし、外見だけで言ったら、オレの方が年上に見えるんだよな…魔術ってのは、凄いもんだ」

 光が消えていく様子を見ながらローザはつぶやく。

「……お姉さまは、私たちを見送る側になりたくないのでしょうね」

「何の話だ?」

「…人生の話です。平穏無事に世界が動いていれば、寿命は私たちの方が早く来ます。それが、老化抑制の魔術印を刻まれた者と、そうでない者のたいていの場合の宿命です」

「まあ…そうだな。それがどうかしたかよ?」

 ローザがふとサーシャを見る。

 サーシャは、珍しく表情を大きく変え、悲しみを表していた。

「お姉さまは、自分の命よりも、私たちの命の方をおもんばかってくれています。召集令に従わず、私たちを守ろうとする程度には…それは、消極的な自殺なのかもしれません」

「オレたちを守りぬいて、国の手にかかって死ぬ、ってか…なるほど、ずいぶんな美談だ。しかも、愛する者達に送ってもらえるって寸法か」

「…ええ。私たちが死んでいくのを自分だけが若いまま見ていくよりは、そっちの方がよいと考えているのかもしれない、と思ったのです」

「ありうる話だな、なんとも」

 二人がそんな話をしていると、アオイが体を動かした。

「ふわぁ…あれ? 私、どうして台所で寝てるの…?」

 あくびをし、そう呟くアオイ。

「散々に酔っ払って、潰れたんだよ。覚えてねぇのか?」

「え? あー…そういえば、お酒飲んだんだっけ…」

 目をこすりながらアオイは言う。

「で? なんで、朝っぱらから酒なんて飲んだんだ?」

 若干きつい口調でローザは問いただす。

「ちょっと、いらいらしちゃったって言うか…普段なら気にしないんだけど、大規模な結界はってるせいか、いろいろ敏感になっちゃってたみたい」

「…それだけか?」

 笑顔で言うアオイに、ローザはやはりきつめの口調で言う。だが、それはアオイを心配するが故のことだというのは見て取れた。

「うん。ごめんね、心配かけて。それと、シロちゃん。結界術の鍛錬は進んでる?」

「…? …いえ、最近は行き詰っているというか、独力の限界を感じていますが…」

「そっか。それじゃあ、私がいろいろ教えてあげるね。これでも一級魔術師だもん。いろいろ教えられるんだから」

「……はい、ありがとうございます」

 今の会話の流れでどうして突然結界術の話になるのか、はかりかねるサーシャ。それでも、とりあえず話を進めていく。

「それにしても、朝からお酒なんて飲むものじゃないね…頭痛くって仕方ないの」

「なら、もう少し代謝あげるか? あんたが起きる少し前までやってたんだが」

「ううん、そこまでしてくれなくていいよ。とりあえず、自分の部屋で寝ておくから」

 そういって台所を後にしようとするアオイ。

「「……?」」

 どこか違和感を覚えつつも、二人はその背を黙って見送るのだった。


十七章 END

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