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十五章 決意する少女達

 彼は掃除と夕飯作りを終えた。

 そして、夕食後。

「先生、料理もお得意なんですね。とてもおいしかったです」

 皿洗いをしているゼクディウスの隣で、皿を拭きつつロベリアが言う。

「まあ、自炊していればある程度はできるようになる。まずいものを食べたいなんてやつ、いないからな。少なくとも自分の好みにあった料理を作れるようになるものさ」

「なるほど。それにしても、アオイさんはどうかしたのでしょうか。普段ならば、準備も片付けもしているのですが…」

 ロベリアは首をかしげながら尋ねる。

「ああ、俺がやるなっていったんだよ。結界をはっている時点で無理をしているんだから、気分転換か休憩以外のことをするんじゃない、ってな。頷くときは仕方なくって雰囲気だったが、今のところ言うとおりにしてくれている。というわけだから、これからしばらくここでの家事は俺が担当するぞ」

「そうだったのですか。先生はお優しいですね」

「あんな状態のやつに家事までさせられないってだけだよ。倒れられでもしたら、そっちのほうが面倒だ」

 雑談をしながら、ゼクディウスとロベリアは皿洗いを続けていく。

「しかし、ローザも部屋から出てきてくれてよかった…あんなにおびえていたから、夕飯に来てくれるかすら不安だったんだが」

 その背後に、一人の人影が近づく。

「おい、先公」

「お前のほうから話しかけてくるとは、珍しい。どうかしたか? ローザ」

 そこには、ローザが立っていた。相変わらずの不機嫌そうな表情で、次の言葉を口に出そうとしている。

「あんたは…アオイのためにどこまで対価を払える?」

「…? まあ、自分にできることだったら何だってするさ。あいつとは…いや。ここの連中とはもう家族みたいなものだからな。家族のためになら全力で動く」

「…そうかよ」

 それだけ聞くとローザは台所を立ち去った。

「アオイさんのために払える対価…? いったい何の話ですか?」

「いや…俺にもよくわからない。なんだったんだろうな…」

 疑問に思いつつも、二人は皿洗いを続けていく。

 雑談を交えながら洗い続けること、十分ほど。

「お疲れ、ロベリア。夜の授業まではもう少し時間があるから、自由に過ごしてくれ」

「はい、わかりました。では、自室で予習に励みます」

 一礼してから、ロベリアは台所を去る。

「予習か…真面目な奴だ」

 濡れた手をタオルで拭き、洗った皿がすべて元の位置に戻されていることを確認すると、ゼクディウスも台所から出ようとする。

 そこで、明かりの消えた食堂から人の気配がすることに気が付く。

(誰だ…? ビスカがロベリアを待ってでもいたのか…?)

 それにしては、話す声が聞こえない。物音や足音すらもしないところから考えて、その場を動かずじっとしているのだろう。自室で予習するといっていたロベリアだとしたらそれは不自然だ。

(泥棒だったらロベリアが何か声をあげているだろう。まあ、大丈夫だろうが…)

 そっと腰の短剣に手を伸ばしつつ、ゼクディウスは食堂に入る。

 そこには、四人の人影があった。

「……?」

 誰だ、と彼が言おうとしたところで、薄く曇っていた空が晴れ、窓から入るほのかな月明かりがその四人を照らす。

 白い髪、赤い瞳、白い肌。普段から幻想的な雰囲気を持つ彼女は、月明かりでより幻想的に見えた。

 そして、金髪の少女が二人。小さなその手は、互いの手を握り合い、その薄紫の瞳はゼクディウスをじっと見つめている。

 最後に、赤髪の少女。短く切られた髪が印象的な彼女は、窓辺の椅子に座り、外の景色を眺めている。

「…? どうしたんだ、お前たち? 明かりもつけないで」

 人影の正体は自身の生徒たちだと気付いたゼクディウス。明かりをつけようと、魔力灯の魔力源に手を伸ばす。

「明かりはつけないで」

 ミウメの言葉にゼクディウスは伸ばした手を止める。

「…どうしてだ? 何か話すにしても、明るいほうがいいだろう」

「明かりをつければアオイさんが気付くわ。アオイさんぬきで話したいことなの」

「ローザとサーシャもいるということは、少なくともいたずらの提案ではなさそうだな…話を聞かせてくれるか?」

 手を下ろし、食堂の中央、大きな机や椅子が置かれたほうへと歩み寄る。

「先生、アオイさんを助けたくはない?」

 座ろうと椅子に手を伸ばした彼にサクラの言葉が放たれる。

「それって…どういう事だ?」

「「アオイさんを徴兵から救いたくはない? ということよ」」

 双子の声が重なり、ゼクディウスに届く。

「どうして二人がそのことを…?」

「アオイさんが何か隠してるのは見れば分かるもの。それが分かれば状況から考えるだけよ」

「それで、ちょっとカマをかけてみたの。あっさり話してくれたわよ、徴兵令状が来た、って…」

「……ローザさんは、それを双子さんから聞かされたそうです」

 ローザは、外を見たまま動かない。

「そうか…それで? その事を知ったメンツをそろえて、あいつを徴兵から救うって? どうするつもりだ?」

「…単純な話だ。あいつ以上の魔術能力を持つやつをこの村から出して、あいつの代わりとして戦わせる」

 外を見たままローザは口にする。その口調に迷いはなかった。

「おいおい…何を言っているんだ? 一級魔術師以上のやつがこの村にいるって言うのか?」

「ええ。少なくとも、二人はね」

 戸惑うゼクディウスに、サクラはそう告げる。

「一級魔術師でも不可能な戦術を可能とする双子…その戦術的価値は、大きいと思わない?」

「……!」

 ミウメの言葉に、ゼクディウスは目を見開く。

「お前たち…もしかして…」

「ええ、そのもしかしてよ」

 双子は、そっと互いの視線を合わせる。

「「戦場には、私たちが出向くわ」」

 そして、そう宣言した。

「…前線はこいつらがいれば何とかなる。支援役が足りないってんなら、オレが衛生兵として兵役につきゃいいだけだ」

 続けて、ローザも口にする。

「待て、ちょっと待て。ミウメとサクラとローザが兵役につく? バカを言うな。第一、そんなことをアオイが許すと思うか?」

「…許さないでしょう。そこで、私の出番なんだそうです」

サーシャが一歩歩み出て、発言する。

「私たちが外に出るためにも、今アオイさんがはっている結界は邪魔。そこで、サクラが強制消失でアオイさんの結界の支配権を一時的に消し去る。術者のいなくなった結界は自然と消えるわ」

「そうして外に出たら、消し去った支配権をミウメが想像具現化で無理やりサーシャさんにつなげる。そうすれば、アオイさんの操作とガレイの魔力で保たれていた結界はサーシャさんの操作とガレイの魔力で保たれている結界に変わるわ」

「…先ほどミウメさんがおっしゃったとおり、この結界は内側からの突破もできません。つまり、アオイさんが村の外に出るのを妨害することができます。結界の操作なら…私には自信があります」

「理論上、実行可能な作戦だ」

 四人の言葉に、ゼクディウスは座るというよりはへたれこむという感じで椅子に体重を預ける。

「…無理だ。たしかに、理論上は可能だろう。だが、ここからラ・クラディアまでどう移動するつもりだ? その間の水は? 食料は? 第一、相手は一級魔術師だぞ? 強制消失で支配権を消すことができ、想像具現化でそれをサーシャに移せたとしても、アオイだったら魔術陣への介入、強力な魔術を使っての破壊、最悪サーシャへ…何かするとか、いくらでも結界を無力化する手段がある。そして高速移動魔術を使ってお前たちを追いかければ、お前たちをつかまえることができる。連れ戻すことも、当然できる…その作戦はラッカルッカの外をちょっと散歩することができるだけの作戦だ」

「そうかしら? 水と食料は私が作れるし、魔術陣への介入にせよ、破壊にせよ相当な時間がかかるわ。サーシャさんへ何かするって言うのは、アオイさんだったらありえないし、時間がかかる手段しかアオイさんはできないの。その間に広域探査魔術の範囲外に出てしまえば、アオイさんは私たちを探せない。移動手段は…まあ、歩くしかないのがちょっと辛いところだけど」

「サーシャさん以外にもここに残る人…具体的に言うとアオイさんの妨害役がいれば、この作戦の成功率はちょっと上がるし」

「妨害役…もしかして、俺に話をしたのは、それが目的か?」

 月明かりの中で、意味深にほほ笑む双子。

「ねえ、先生? 先生もアオイさんを守りたいんでしょう? 私たちだってそうよ。アオイさんを守りたい。そうでなければ、こんなこと考えたりしないわ」

「さっき、ローザさんから聞いたわ。アオイさんを守るためなら自分にできることならなんだってする…それが先生の答えでしょう? だったら、私たちの作戦に協力して」

「…お兄さま、どうしようもないのです。戦後のことを考えれば、どうしても徴兵に従わなければならないのです…それに従うのが、誰なのかが変わるだけです」

 次々に口にする少女たち。

 ゼクディウスは、目元を手で覆う。

「……っ」

「先公。簡単な事だ。あんたは首を縦にふればいい。そうすれば…オレたちは今日、これからでも作戦を実行する」

 ローザのその言葉を聞いて、小さな声でゼクディウスが何かを言う。

「……お兄さま。今なんと?」

「…お前らは、バカばかりだ」

「「え…?」」

 目元を手で覆ったまま、ゼクディウスは喋り続ける。

「おい、ローザ…俺は、お前に、いつ、守りたいのはアオイだけなんて言った? 言ってないだろう? 俺は家族のために全力で動くといったよな? そして、その家族は血縁関係なんて関係ない。ここの連中とはもう家族みたいなものだからだ」

 手と顔の間から一筋の涙が流れる。

「…さっきの申し出、答えはノーだ。アオイを守れても、別の家族が犠牲になるんじゃ意味がない。実行しようって言うのなら、全力で止める。俺なりの手段でな」

「…そう」

「じゃあ、計画通りね」

「なに?」

 目元にやっていた手をどかすゼクディウス。

 その直後、彼の周囲を光の壁が覆い尽くす。

「…申し訳ありません、お兄さま。ですが…これが、当初からの計画です」

 慌てて立ち上がり、光の壁を内側からたたくゼクディウス。何か声にしているようだが、その声が外まで届くことはない。

「…防音結界です。内側の声が漏れることはありません…それと、維持が大変になるのであまり叩かないでください」

 立方体の結界の内で、ゼクディウスは必死に叫ぶ。こぶしを結界に叩き付ける。

「それじゃ、後は私の計画通りに…サクラ、ローザさん。行きましょう」

「大丈夫よ、先生。アオイさんの徴兵令状はもう持ってるし、超常魔術使いとなれば研究のほうでも、実戦のほうでも喉から手が出るほど欲しいだろうから、追い返されるようなことはないわ。交換条件として、アオイさんへの召集令状の白紙撤回を突きつけるから、先生は皆と…アオイさんと、平和に過ごして?」

 まっすぐ扉を見据えて歩くミウメ、ゼクディウスに手を振りながら部屋を立ち去ろうとするサクラ。そして、一瞥もしないでその後ろを歩くローザ。

 そして、ミウメがドアノブに手をかけ――


十五章 END

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