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十四章 青空はどこまでも青く、夕焼けはどこまでも赤い

 自室で、ゼクディウスは黙々と授業用のプリントを作ろうとする。

 授業までの時間はそう長くない。内心焦ってはいるものの、自分の教えようとしていることが正しいのかどうかわからない彼では、急ぐこともできない。

 できれば、アオイに手伝ってほしかった。自分なりの道徳が正しいかどうかを言ってもらって、迷いをなくしたかった。

 だが、今の彼女にそれを望むのは酷というものだろう。

 彼女の中の守りたい人、少なくとも心配をかけたくない人の中には、間違いなくゼクディウスも入っている。

 そんな相手に自分が戦場に出なくてはならないということを察せられている時点でやりにくいだろう。それに加え、一対一での会話となれば、気まずいどころではない。

「結局…俺は無力だな」

 アオイの相談相手にも、ローザの過去を知り助けることも、両親に働きかけて戦争を遅らせることもできない。

「サーシャを何とかしてやることが、今の俺に果たせる責任か…」

 考えてみれば、サーシャは騒がしい面々のことはまだ苦手としている。出会った人すべてを好きになるなど聖人でもなければ無理だろうが、ただにぎやかだというだけで触れ合えないというのは寂しい。

(ビスカあたりなら物静かな相手とでもやっていけるだろう…ロベリアがそうだし)

 とりあえず、おとなしいサーシャをいきなり双子にぶつけるのは無謀だと分かっている。そこで彼は、ビスカリアとロベリアの普段の様子を思い返す。どちらかというと無口なロベリアにビスカリアがちょっかいを出すという感じだが、それが長く続いたからかロベリア側からいろいろとすることもある。サーシャもビスカリアと長く触れ合っていれば、あのように気さくに話せる相手になるかもしれない。

(…ビスカの頭を盆でたたくサーシャ…いや、それはないな)

 ロベリアのようになったサーシャを想像して笑みをこぼすゼクディウス。あそこまで行ってくれれば、ゼクディウスがいなくなっても大丈夫だろう。

(俺がいなくなったら、か)

 今のサーシャでは、また部屋に引きこもるようになってしまうかもしれない。あるいは、ローザやアオイに、今ゼクディウスにしているようにべったりとくっついてしまうか。

(今のサーシャは俺に頼っているというよりは依存している。俺がいなくなったら…依存の対象が移るだけだろうな)

 異性のほうがいいというのなら、ウブラリアもいる。彼ならばきっと優しくしてくれることだろう。ロベリアの嫉妬を買う可能性は否めないが。

(ま、俺がいなくなるのはしばらく先だろうが…)

 アカネが特に何も言っていないのだから、家庭教師業はしばらく続くことだろう。

 だからといって、先送りにしていい問題でもない。サーシャに頼られていることは悪い気はしないが、依存されていることは悪いことだ。ゼクディウスはそんな簡単な事も分からないような男ではない。

 だから、何とかしてサーシャを自立させてやりたい。その思いがある。もっとも、今の彼は授業のプリントを作る事で精一杯なのだが。

「さて…とりあえず、今は自分を信じるしかないか」

 そういって、彼は空を見上げる。

 まばゆい太陽が輝く空は、どこまでも青い。


●  ●


そして、授業の時間が訪れる。

 前にそんなことがあったように、食堂に集まっている人数は一人足りない。

 だが、そこに欠けているのはゼクディウスではない。

「ローザは…やっぱり、無理そうか」

 そこに欠けているのは、ローザ・カレデュイアだ。

「普段強い分、一度ああなってしまうとしばらく収まらないんです…母さんも言っていましたが、そっとしておいてあげるしか…」

 苦しそうな顔でそういうアオイ。彼女もまた、自分の無力さを嘆いているのだろう。

「……ローザさんがあのようになってしまうとは、思いませんでした。てっきり、過去を乗り越えた方なのだとばかり…ですが、ここにいる以上、何らかの事情を抱えた人なのだということは、確かなのでしたね…」

 サーシャのその言葉にアオイはそっと頷く。

「ローザの過去はここの子たちの中でも、かなりひどいほうだから…乗り越えることは、そうそうできないと思う」

「…私たちにできることはないのでしょうか」

「私なら魔術で記憶をいじくって、忘れさせてあげることはできると思う。でも、その手段は取りたくないの。そうしたら、ローザにとって大切な人のことも忘れさせてしまうし、どんな形であれ少しずつ形成されてきたローザの人格すら狂わせてしまうから…」

「さっきアカネさんが言っていたのはそう言う事か…」

 ゼクディウスの言葉に再び頷くアオイ。

(そうなると…ローザの過去は俺の想像よりだいぶ悪いらしいな)

 そっと考えを巡らせるゼクディウス。

 そうなると、彼にできることはない。あれほど男を嫌っているのだから、もともとできることはないに等しかった。それでも、本当に自分が無力なのだと思い知らされることはつらい事だった。

「まあ、そうなると私たちじゃどうしようもないってことよね」

「そうね…」

「じゃあ、授業にしましょうよ。ローザさんのことも心配ではあるけど、授業を受けないと私たちご飯抜きだもの」

 そんな状況でも、双子はそう口にする。

「あなたたち…ローザのことを何とも思わないの?」

 そのアオイの言葉には、静かな怒りが込められている。

「どうしようもないことはそのままにして今のことを優先しようって言ってるだけ。それに、なんとも思わないなんて一言も言ってないけど? 心配だって言ったじゃない」

「どうしようもないからって、手をつけないで良いって言い訳にはならないでしょう!? 解決しようと尽力すべき!」

「じゃあ、アオイさんが全部忘れさせてあげればいいじゃないですか。小難しい事考えないでそうすれば、万事解決よ?」

「そんな事をしたら、ローザがおかしくなってしまう! そんな事できるわけないでしょう!」

「じゃあ、私がやりましょうかー?」

 サクラは暗い笑みを浮かべてそう口にする。

「私の超常魔術は強制消失よ? その対象は形あるものにとどまらない」

「おかしくなるのがだめだって言うのなら、私が適当に記憶をでっち上げればいい。私のだって、形あるもののみを対象とするわけじゃないもの」

「…あなたたち、気は確か? そんなの、人格を、人間を作り替えるのと同じよ?」

「「だからなんだって言うんですか? 問題の解決ができればいいじゃないですか」」

 にらみ合うアオイと双子。三人の間に、若干の魔力が流れ出す。

「落着け、お前ら!」

 そこにゼクディウスの一喝が響く。

「ミウメ、サクラ。お前たちのしようとしていることは倫理的に正しいとは言えない。むしろ、間違っていることに分類されるだろう。それと、アオイ。お前も感情的になりすぎだ。年上として落ち着いて話をするんだ」

「…はい」

 仕方なく、といった様子で返事を返すアオイ。

「二人も、いいな?」

「「はーい」」

 双子はまともに聞いていない様子だ。

「お前たちの言っていることは、どちらも全て否定することはできない。目的のために手段を選ばない、というんだったらミウメとサクラの言う事も非情ではあるが手段として考えられるだろう。だが、アオイの言うようにそれはローザという人間を壊し、自分たちに都合よく変えることだ。そんな手段、俺は認めたくない」

「先生はどちらも選ばないんですね」

「つまりは、現状維持?」

「…そうだ。俺は、状況を変えることを怖がっているだけかもしれない。それに、ローザのことを今はどうしようもないことも確かだからな。ただし、今は、な…」

 今は、という部分を強調するゼクディウス。それをうけて、アオイの目が若干開かれる。

「ゼクさんは、ローザを何とかしようと?」

「当然だ。もちろん、アオイの考えに近い方法でな…さ、授業を始めるか」

 これ以上長引かせるとまた言い合いが始まると思ってか、プリントを配りだすゼクディウス。その内容は、少し長い一篇の物語だった。

「教科書の内容に俺なりの添削をしてみた。まあ、物語を読んでもらってその内容についてどう思うか、聞かせてもらおうかな」

 プリントを受け取った者からそれに目を通していく。


●  ●


 しばしして、皆が物語を読み終える。

「さて、皆はどう思った?」

 そういってゼクディウスは皆を見渡す。

「なんか…ルア・メクルイデスの人たちが見たら怒りそうな内容だった?」

「メデンス教で言う所の天使くらいになろうとしてるならともかく、神様になろうとしちゃってるもんね」

「…ですが、大切な人のためにその域に至ろうとしているところは評価すべきかと」

「シロちゃんと同じです。守るためにより上位の存在になろうとしているところは、いいと思います。その結果が、大切な人に知覚されなくなってしまうというところを分かったうえでやっているのが、悲しい決意というか…」

 皆の感想を受けて、ゼクディウスはローザならなんというかを考えるも、あのような一面もあると思うと想像しきれなかった。

「さて。まあ、描写の一部を俺なりに添削してみた。ミウメとサクラにはちょっとばかり早い描写もあったからな」

「そんな内容でも道徳の教科書に載るんですね…」

「なんでも、教科書の監修をする偉いさんとの強いコネを持っている作者の書いた作品らしい。まあ、ある程度考える部分はある話だから教科書に入ったんだろうがな」

「まあ…読んだ感じでは、愛とは何か、みたいな? この話の主人公は、ちょっと優しすぎて狂っちゃったって感じたけど」

 優しすぎて狂っちゃった。サクラのその言葉に思わずアオイを見るゼクディウス。

 大切な人を守るために自分がどうなろうとかまわない。

 それは、悲しい覚悟か、優しい狂気か。

「…っ。そうだな。俺としては、自己犠牲もほどほどに、ということだと思っている。行きすぎた優しさは相手のためにならないことも多いし、結果としてつらいのは自分ということにもなりうるからな」

 そんな思いを顔に出しながらも、ごまかすようにゼクディウスは言う。しかし、そこにアオイへの言葉が混ぜられているのは表情と合わせてみれば明らかだった。

「それらを分かったうえで、この主人公は行動しているのではないでしょうか?」

 それを見て、アオイは優しい笑みを浮かべながら言う。

「どんな感想か、聞かせてくれるか?」

「はい。人は自己満足に過ぎないと分かっていても、行動せずにはいられない時があると思うのです。それによって、自分がどれだけつらい目にあうとしても」

 胸に手を当て、そっと目を閉じるアオイ。

「だって、好きな人のために行動しないでいられる人なんていますか?」

 アオイは、笑顔のままで…純粋な笑顔のままで、そう言って首をかしげてみせる。

「…結局のところ、人が動くのは理論や倫理ではなく、感情論なのかもな」

「そうですね。他人から見ればばかばかしいことでも、その本人にとってはそれ以外に存在しない真理なのかもしれませんから」

 ゼクディウスが苦々しい表情をしていることは、アオイも分かっているだろう。それでも、彼女は自分の意志を曲げることはしない。その理由は、彼女が今言ったとおり、それが彼女にとっての真理だからなのかもしれない。

「その真理が間違っていると理解せざるを得ないほど説明されたとして…この主人公はどうすると思う?」

「うーん…そうですね…」

 ゼクディウスの反論に、アオイは困ったように笑った。

「それでも、自分の信念を通すと思います。この主人公なら、きっと」

 その言葉は、アオイ自身の事を言っているに等しかった。

「そう、か…」

 自分ではどうしようもない。どうすることもできない。

 それが分かったゼクディウスは、そっと、しかし、硬く目を閉じた。

「……」

 その胸中を察するかのように、サーシャはそっと視線を下げる。双子も、その様子を見てはやし立てるべきでない何かがあったのだろうと黙る。

 その沈黙はしばし続いた。

「…そうだ、サーシャはどんな感想を持った? ミウメと、サクラも」

 沈黙を破ろうと、ゼクディウスがそう口にする。

「えっ? うーん…やっぱり、何事もほどほどにしないといけないラインはあるんだなー、ってくらいしか…」

「でも、これだけ愛せる相手がいるっていうのはちょっとうらやましいかも。普通ならあり得ない一線を越えてもいいと思える相手…狂気と呼ばれようと、そんな恋愛してみたいな~」

「ミウメ…大丈夫? ごめんね、もっと早くに気付いてあげられなくて…」

「何よ、変な人扱いしないでよね」

 どこか楽しげに双子が話す。

「サーシャはどう感じた?」

「…私、ですか」

 それを片目にゼクディウスはサーシャに聞く。

「私は……この話の中で言うのなら…主人公にも、ヒロインにもなりたくありません…想う側でも…想われる側でも…せつなくて、辛そうで…」

「そうか…」

 穏やかにほほ笑み、サーシャをなでるゼクディウス。

「真面目に考えたな。お疲れ」

「…はい」

 うれしそうな表情をするサーシャ。もっとも、それは非常にわずかな変化だったのだが。

「せんせー、いちゃつくのは二人きりの時にしてくださーい」

「のろけは見聞きさせるのはいいですけど、させられる側は気分良くはないですよー?」

「のろけというか、褒めているだけのつもりなんだが…」

「…お兄さまの言う通りです。この程度、のろけでも何でもありません。さあ、お兄さま。お子様たちに本物ののろけを見せつけましょう」

「落着けサーシャ。授業中だ」

「…授業外であれば本気でのろけてよいと。分かりました」

「分かってないぞ? かけらほども分かっていないぞ?」

 つっこみを入れつつも、ゼクディウスは空気が重々しいものから変わったことを感じていた。

(またサーシャに助けられたな…頭のいい子だ。たぶんこうなることを計算ずくでこういうことをやっているんだろう…そうなると普段からやってくる理由がわからなくなるが)

 もう一度頭をなでてやりたい気分になりつつも、それをすればサーシャが暴走しそうな気もする。そんな事を考えながらも、口角が上がるのは隠しきれないゼクディウス。

「見ました? 奥さん。あんなにやけちゃって…」

「ええ、見たわよ奥さん。美少女に言い寄られて完璧にいい気になってますわねぇ」

 ひそひそ話のように、しかし場の面々に聞こえるように言う双子。

「教え子の成長を喜んで何が悪い…ったく」

 呟くゼクディウス。

 そんな皆の様子を、そっと微笑みながらアオイは眺めていた。


●  ●


「一通り考えてほしいことは考えてもらった。今日はこんなところでいいかな…」

 ぺらぺらと教科書をめくり、口にするゼクディウス。

「うん。大丈夫だな…それじゃあ、皆。今日の授業はこれで終了だ」

「よーし! それじゃあさっそく遊びに行きましょう、ミウメ!」

「ええ、そうね! あ、そうだ。せっかくだしアオイさんも遊びましょう!」

「え? でも、私は家事をしないと…」

 双子の突然の遊びへの誘いに戸惑いを見せるアオイ。

「行ってくるといい。家事なら俺がやっておくからさ」

「でも、孤児院全体の掃除に、皆の服とかの洗濯に、夕飯の支度だって…」

「誰でもいいからアカネさん呼んできてくれ。あの人への怒りが唐突にこみあげてきた。ぶつけないことにはどうしようもなさそうなんだ…ここで必要な家事全部アオイにやらせてるじゃないか…」

 怒りで笑顔を崩しそうになりつついうゼクディウス。

「とりあえず、アオイ。今のお前に家事は任せたくない。巨大な結界を作っているだけで相当な負担なんだ。それで倒れたりしたら大変だからな」

「ですが…」

 アオイは不満げな表情で何か言い返そうとする。

「それじゃあ、二択だ。二人と遊んで気分を変えるか、疲れをいやすために部屋で寝るか。はっきり言うと、俺はお前に休憩以外してほしくないくらいのことは思ってるんだ」

「…分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら…久しぶりに遊びましょう、ミウメ、サクラ」

「「いぇー!」」

 嬉しそうにする双子に手を引かれ、アオイは食堂を後にした。

「ちょっと、強制しすぎたと思うか?」

 彼はぼそりと呟くように口に出した。

「…そうですね。お姉さまは、多少不機嫌になったように思います…ですが、それと同時にお兄さまの優しさも理解しているかと…大丈夫です。お兄さまはお姉さまに嫌われるようなことはしていません」

「なら、いいんだが…サーシャには助けられてばかりだな。さっきも、空気変えてくれたし、その前にも…」

「…私は、お兄さまが大好きなだけです。お姉さまも言っていたとおり…好きな人のために行動しないでいられる人なんていませんから」

 そっとゼクディウスの手に自身の手を重ねるサーシャ。

「…優しいキスでもしていただければ…私は、十分です」

 ほのかに頬を紅潮させながら、サーシャは目を閉じる。

 それに、ゼクディウスは動揺せずにはいられない。

(キ、キス? 付き合ってもないのにそれはどうなんだ? でも、普段から俺のことを好き好き言っている相手だし、それくらいして…いいわけないだろう! 教え子だぞ!? いくら家庭教師とはいえ、教師と生徒の恋愛なんてインモラルにもほどが…!)

 そんなゼクディウスの思いをよそに、サーシャは徐々に顔を寄せていく。おとなしい態度の裏には、なかなか激しい感情を秘めているようだ。

(か、顔近…っ!? まてまてまて、落着け。落ち着いて対処を…! そうだ、こうすれば…!)

 乱れに乱れた思考回路で一つの結論にたどり着くゼクディウス。

「暴走しすぎだ、サーシャ!」

 そういってデコピンをするゼクディウス。

 パァン! という音とともに、その指がはじかれる。

 サーシャの額の直前には小さな光の壁がある。どうも、結界で防いだらしい。

「…!? 才能の無駄使いしすぎだこのバカ!」

 軽いチョップに手段を変えるゼクディウス。

 キィン! カァン!

 しかし、やはり結界で防がれる。そうしている間にも、少しずつ、少しずつサーシャの顔は…いや、唇は迫りくる。

(そうだ、席を立って逃げればいいじゃないか! そんな単純なことにも気づかないとか、バカはどっちだ!)

 慌てて席を立ち、サーシャとの距離をとろうとするゼクディウス。

 重ねられた手で握られ、少しの抵抗を感じるも、数日前まで部屋にこもりきりだったサーシャの腕力ではゼクディウスの逃げようとする力を止め切ることはできなかった。

「あっ…お兄さま…」

「掃除してくる! サーシャは自室で勉強でもしているといいぞ! ははははは!!」

 無理な笑い声をあげながら食堂をかけ出るゼクディウス。

「ははは…はぁ」

 疲れ果てた溜息を吐きながら、食堂から離れていくゼクディウス。

(サーシャの目元…まつげ長くてきれいだったな…本当に、上品できれいな顔をしている…)

 一人の男として考えるならば、なにも言わずに抱き寄せたいとは思う。彼女がそれを望んでいるのだから、キスの一つや二つしたいとも思う。

 だが、自分は教師でサーシャは生徒。その間の恋愛関係とは、正しいものなのだろうか?

 ゼクディウスの知る限り、その関係は背徳的で、その末路は悲劇的だ。

「だが…これ以上あんな態度をとられ続けるとなぁ…はぁ…」

 いくら相手が少女といえど、自分の中の男の部分は確かに反応してしまっている。それを理性で抑えきれない日も来るかもしれない。

 そう思うと、ゼクディウスは少なからず不安に感じた。

「こんな心配できるとは、俺も幸せなもんだ…」

 戦争という状況下で平和な悩みができる事、しかも内容が異性に言い寄られているということ。その両方にゼクディウスは自分がいかに幸せかを感じていた。

 それでも、頭を離れないことがある。それはもちろん、アオイのことだ。

 先ほど浮かべていた、純粋な笑顔が彼の頭から離れない。

 自分の信条が絶対に正しいと思っているわけはないというのは、なんとなくわかる。間違いがあると認めている節があったからだ。

それでも、自分の信条を曲げるつもりはない、とアオイは言った。あくまで物語の中の主人公はそうするだろうといっただけだが、あの時話していたのはアオイのことだということはアオイも理解しているはず。つまりは、アオイ自身がどうするか、どうしたいかを聞いていたということも。

(あんな笑顔でここの皆を守りたいといっている奴を止められるのか? それに、考えを改めさせたところで命の危険があることに変わりはない…戦場にも出させず、国に目をつけられないような方法…そんなもの、あるはずないか)

 国に目をつけられないためには徴兵に従わなくてはならない。だが、そうなれば戦場に出ることになる。一級魔術師ともなれば使い捨てのように出撃させて討死させるようなことは国がさせないだろうが、それでも戦場という場が危険であることに変わりはない。

「ここに来なければ…いっそ気が楽だったかもしれないな…」

 一級魔術師であっても普通の人間と変わりはない。それをこの数日で思い知らされた。

 いっそ、アオイと出会っていなければ。そうしたら、一級魔術師でありながら徴兵を拒み田舎に閉じこもる臆病者と内心でさげすむことすらできたろうに――そんな思いが、彼にそんな言葉を吐かせていた。

 だが、それでも、アオイたちと会わなければよかった、という言葉を出せない何かを、彼は感じていた。

「…こんなこと考えても、鬱々とするだけか。掃除、しよう…」

 そう呟く彼の腰には短剣が、部屋にはフリントロック式の銃がある。

 茜色に染まりつつある空は、じきに真っ赤に染まることだろう。

 夕焼けは、どこまでも赤いことだろう。


十四章 END

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