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十三章 今、教えられることを 下

しばらくして、孤児院の中に双子の声が響く。

「ただいまー!」

「まー!」

 そのまま、双子は一直線に食堂へと駆けこんでくる。それだけ空腹なのだろう。

「あれー? いつもと雰囲気のちがう香り…アオイさん、何か張り切ってるのかなー?」

「異国料理とか? でもレシピが…って、先生? なにやってるんですか、こんなところで」

 変わった香りがしたからだろう。そのままの勢いで双子は台所になだれ込んできた。

「…二人だったか。アオイは疲れているからな。俺が代わりに作ることになったんだ」

 少し間をおいて笑いかけると、ゼクディウスはそう言った。

「普段だったらお母さんがやるところなのに…」

「お母さんも疲れてるでしょうから、妥当なところかしら」

「それもそうね。先生なら暇人でしょうし」

「俺が何もやってないみたいな言い方はやめてくれよ…これでも、お前たちの授業用プリント作ったり、割と忙しいんだぞ?」

 どこか弱々しい笑みのゼクディウス。その理由は当然、先ほどの手紙によるものなのだが、双子にそれは分からない。

「まあ、そんなことはどうでもいいです。今日のお昼は何ですか?」

 どこか変な気がする。そう思いながらも、ミウメはそう尋ねる。

「豚肉のグラン・マギア風。前々から作りたいと思っていたんだが、これに使う香草、種類が多いうえに高くてな。この家には全部あったから、とりあえず作ってみた」

 そう言うゼクディウスの前にはコポ…コポ…と音を立てる液体で満たされた鍋がある。

「偉大な魔術(グラン・マギア)? ずいぶん仰々しい名前ね。でも、名前からするにムル・クアリアスの料理?」

「ああ。ちなみに、これに使う香草の主な効能は疲労軽減と、魔力の回復、成長だ」

「…ほんと、先生って優しいですね」

「ほんとほんと。アオイさんのために作ってます、って言ってるようなものじゃない」

 苦笑しながら言う双子。

「そうかもな。でも、俺たちのために頑張ってくれているんだ。これくらいはしたいじゃないか」

「そうかもねー…あ。じゃあ、あとでガレイにも食べさせてあげたら?」

「昼の人数分しか作ってないから、夜授業組には別で作ってみるか。まあ、俺流で作ってうまかったらな」

 彼に魔力すらないと知った両親が、メイドに命じて作らせた物がおいしかったのは、覚えている。外見がかなり特徴的だったことも。家を出る直前になっても作っていたし、それを手伝ったこともある。だが、レシピを正確に覚えているわけではない。だから、彼流のアレンジも数多く含まれている。

 とはいえ、一人暮らしで自炊をしてきた彼のことだ。それなりにうまく仕上がることだろう。

「…にしても、変わった香りよねー。いろいろ使っているだけあるわ…」

「薬膳料理っておいしくないものが多いよね…」

 話しながら台所を後にする双子。

 その背を見送ると、ゼクディウスはため息をついた。

「…アオイのために、か…俺にはこの程度の事しかできやしない…」

 手紙の内容を想像し、拳を固く握るゼクディウス。

 家に頼ったってどうしようもないこと。では、彼に何ができるか?

 そんなものは、無い。

 どうしようも、ない。

 それが、ゼクディウスの結論だった。魔術も使えない、フリントロック式の銃は父に連れられて行った狩の時に使ったことがあるからかろうじて使える。

 その程度の、一般人に戦争の中で何ができようか。アオイのような優秀な魔術師の引き立て役にすらなれないに決まっている。

 カルーレン家の跡継ぎ? パークウェル孤児院の家庭教師?

 偉そうな肩書きだけが並んでいく。でも、それは戦争の中では何の意味もなさない。サーシャのように守る事も、ローザのように治す事も、ウブラリアのように直す事も、そして…アオイのように戦うこともできない。

 ラッカルッカに攻め込む者がいないであろうことも、今の彼にとっては関係ない。それだけの意味が、あの手紙にはある。

「手を引いて…ここにいろとでも言えばいいのか…」

 台所の机に寄りかかり、ぽつりと呟くゼクディウス。

(戦争、一級魔術師、国からの公式文書…それらの情報があわさった。あれは…間違いなく、召集令状だろう。それも、賢人たちを集めての定期会議などと言う平和なものではなく、最前線で戦え、といった物騒な…徴兵のものだ)

 一級魔術師。その魔術に関する知識量と腕前は、小さな戦場程度なら劣勢を覆せるほど。常人と比べれば、神といっても過言ではない。

(どうして…気付いてやれなかった? 戦争が始まるかも、といわれた時のあの動揺具合。あれは、弟妹を心配するだけじゃなく、自分が死線に立たねばならないとわかっていたからじゃないか?)

 アオイのことだ。一番強いのは弟妹が戦争に巻き込まれるかも、という思いだろうが、自分の命が危険にさらされ、相手の命を奪わなければならない場所…戦場に出なければならないという思いも、当然あったはずだ。

(戦場に行きたくない。そう思っていたから、泣いて…俺に抱き付くなんてことをしたんじゃないのか?)

 ゼクディウスの指の隙間から、血がにじむ。

「俺は…大バカだ…」

 その程度の事も想像できなかった自分に腹が立つ。そんな思いが、彼にそう言わせたのだろう。

 ジュゥッ! そんな音が鍋のほうから聞こえる。彼はその音でようやく思考の世界から帰ってくる。

「いかん…吹きこぼれたか。焦げてはないだろうな…」

 慌てて鍋のほうへと駆け寄り、魔力炉の力を弱めながら鍋のふちに掛けておいたお玉で底のほうを混ぜる。

 そうしている間も、彼の心中では自身を罵る声が響き続ける。

 どうして気付いてやれなかった。その愚かさは何だ。そんなことでよく教師を名乗れるものだ…そんな彼自身の声が彼自身を傷つける。

 自分を責めたところで何も変わらない。アオイの恐怖に気付いていたとしても、やはりアオイの恐怖は変わらない。それでも、彼は自身を罵り、蔑み、罵倒せずにはいられない。

 もっと早くに気付いてやれていたら、アオイの相談相手くらいにはなれていたんじゃないか?

 ただただ、そんな思いが彼の胸中にたまっていく。

(今更悩んだって手遅れだってのは分かってる…)

 それでも、彼は自分が情けないと思わずにはいられない。

(これから、相談に乗ってやればいいのか…? だが、俺に心配されていると感じたら、アオイはまた妙に考え込んでしまうのではないか…?)

 問題の正解が分からない。その程度の事は、彼の生涯の中で幾度となくあったこと。彼はそれなりの大学を出て、院にまで進んだ。

それでも、彼は決して天才ではない。だから、何度だって間違えたし、何度だってつまずいてきた。

 だが、今回はそれが許されない。戦争の中では、徴兵の文書が送られてきた今では何が最後にかわす言葉になるかわかったものではない。なにも言わずとも、ふと起きてみたらアオイがラッカルッカを去った後、ということすらありうる。

 問題はたった一問。だが、そのたった一問を間違えられないし、間違えてはいけない。そんな経験は、彼の人生の中では初めてだ。

(答えを聞いてはいけない試験じゃないんだ…誰かに相談すべきかもしれないな)

 自身の命をかけた戦場に出向くかもしれない異性にかけるべき言葉など、普通に異性と話したことも数少ない彼には思いつかない。

 自分で思いつかないなら、他人に頼ってみる。効率的といえば、効率的な考え方だ。

「…そうするか」

 ぽつりとつぶやき、魔力炉を止める。

 そうと決まれば、今は悩まず、皆のために食事の配膳をするだけ。

 まず、食器棚から深めの皿を人数分取り出し、鍋の横に置く。そして、先ほど使っていたお玉でコポ…コポ…と音をたてていた黒っぽい紫色の粘度のある液体を、お玉を使って皿へと移していく。

「…見た目は、本当にまずそうだよな、これ」

 ぼちょり、ぼちょりと一定の塊になってお玉から皿へと注がれる…というより、落ちていく液体。その中には様々な具も入っていた。

 豚肉を初めとし、各種香草、根菜類などが入っている。材料だけ言えばうまそうだが、外見は明らかにやってはいけないことをやった結果できた物体Xという感じだ。

「…大丈夫だよな? 味見しておこう…」

 小さなさじを棚から取り出し、すくって味を見るゼクディウス。

「…うん。作ってもらったやつとはちょっと味が違うが、こんなものだろう」

 そう呟き、残りの皿にも盛り付ける。

「…皆、食べてくれればいいんだが」

 料理の外見の異様さに改めて思うゼクディウス。

「とにかく、配膳しないことには始まらないな」

 お盆の上に料理をのせていく。皿がそこそこ大きいためにお盆の数もいくつかに分かれる。アオイならば一度で全て持っていけるだろうが、あいにくゼクディウスはあのようなバランス感覚を持ち合わせていない。

 そこで、彼は両手にお盆を一つずつ持っていくことに決める。一つの盆に乗せられる皿の数はせいぜい二つ。昼授業組、ゼクディウス、アカネの七人分をはこぶには二往復せねばならない。それを少し面倒に感じるものの、アオイの真似をして皿を割るわけにもいかない。

「ミウメ、サクラ。昼食ができたぞ」

「はーい。他の人たちも呼んできたほうがいい?」

「…サクラが手伝うと自分から言い出す…? 何をたくらんでいる?」

「…失礼にもほどがあるわ。食事の時間に家族を呼びに行くなんて、当たり前のことじゃない」

「そうよそうよ。当然のことをするぐらいで、そこまで驚かないでちょうだい。というか、私たちだって常にいたずらのことを考えているわけじゃないわよ」

「そうか。悪い…初対面の時のイメージがいまだにとれなくてな。ちょっと目を離したすきに俺の分にだけまた何か入れられるんじゃないかと思ってな」

 ゼクディウスのとげのある言葉に双子は口笛を吹きだす。

「…図星か?」

「何のことかしら?」

「とにかく、呼びに行きましょうか。私たちがローザさんとお母さんね」

「となると、俺はサーシャとアオイか。ちなみに、どうしてその分担にしたんだ?」

「「好感度的に当然」」

「…納得した」

 たしかに、サーシャは双子を苦手そうにしているし、ローザは思い切りゼクディウスを嫌っている。苦手な相手に呼ばれるよりは、好意的な感情を持っている相手に呼ばれたほうが気分も良いだろう。

「それじゃ、行ってきまーす」

「先生もさぼっちゃだめよー」

 そう言いのこして食堂を去る双子。

(…俺も、呼びに行かないとな)

 手紙の内容に察しのついた今では、若干どころではない気まずさというか、会いにくさはある。だからといって、アオイを呼びに行かないということはできない。

(…サーシャを呼んでからにするか。二人きりになるよりは気が楽だ)

 そう決めると、ゼクディウスはまずサーシャの部屋へと向かった。

 前にも述べたが、パークウェル孤児院はかなり大きな建物だ。中を移動するにもそれなりに時間がかかる。

 ちょっとした考え事をしようと思えば十分な時間。しかし、彼は何も考えないでその時間を過ごす。これ以上考えても、アオイにどう接すればいいのか自分では分からないだろうと気付いているからだ。

(無知の知…いや、これは違うな。ただの思考放棄だ)

 そう思い、再び自身を責めそうになったところでサーシャの部屋の前にたどり着く。

「サーシャ、ちょっといいか?」

 ノックを三回してからそう声をかける。

「…どうぞ」

 中から小さな声が返ってくるのを待ち、扉を開ける。

「…お兄さま。どうかなさいましたか…? 夜這いには、早い時間ですが…」

 ベッドの上に座っているサーシャはそう言う。ノースリーブの白いワンピースという姿なのだが、座り方が体育座りのようなため、下着が見えそうで、ゼクディウスは思わず目をそらす。

「…お前は俺にどうしてほしいんだ、まったく…昼食の時間だから、呼びに来ただけだよ」

「…それは、残念です…」

「残念がるんじゃない。じゃあ、俺はアオイも呼びに行くから」

「…では、私も一緒に」

「まあ、ここからだとアオイの部屋も食堂までの通り道だからな。一緒に行くぞ」

 ここまではゼクディウスの予想通り。

「…ところで、お姉さまの部屋の前を素通りして私の部屋に来たと…いうことになるのでしょうか」

「まあ、そうだな」

「…これは…逆…を狙う好機…しかし、私とお兄さまでは筋力差が…」

「ぶつぶつ言ってないで、行くぞ?」

「…はい」

 しずしずとゼクディウスの後について歩くサーシャ。乏しい表情の変化から察するに、疑問を持っているようだ。しかし、前を歩いているゼクディウスはそれに気付かない。

「…あの、お兄さま」

 そのため、サーシャのほうから疑問をぶつけることにするらしい。

「どうかしたか?」

「…なぜ、お姉さまの部屋の前を素通りされたのでしょう。昼食の時間だから食堂に行ってくれ、とでも言って私の部屋まで来てもよかったはずです…」

「あー…いや、どこまで話していいものかわからないが、だな…」

 ゼクディウスは、魔術印の確認から帰ってきた時、アオイが食堂で眠っていたこと、その手元に手紙があったこと。そして、明らかにそれを隠そうとしていた事を話す。

「…と、いうわけなんだ。だから、一人で行くのはなんか気まずくてな」

「……徴兵令状、でしょうか」

 その呟きに驚きを見せるゼクディウス。封筒に国の判子が押されていたことまでは話していないからだ。

「どうして…そう思うんだ?」

「…簡単な話です。現在の状況で…一級魔術師のお姉さまのところに手紙が届く…それだけで、徴兵関連のものである確率は高い。そして、何より…」

 珍しく強い感情を浮かべながら、サーシャはこう続けた。

「お兄さまが…つらく、苦しそうだから。お兄さまは…手紙の中は見ていないといっていましたが…状況から、内容が分かってしまったのでは…ないですか?」

 じっとゼクディウスの瞳を見つめるサーシャ。その顔色は…心配以外の何でもない。

「…嘘は、おっしゃらないでください。ミウメさんほどではありませんが…今のお兄さまの嘘ならば、私にでも分かります」

 少し迷うゼクディウス。しかし、サーシャの心配そうな視線には勝てず、話すことに決める。

「…そのとおりだ。実は、封筒に国の判子が押されていたんだ。この状況で、そんなものが届くということは…」

「…確証はないですが、お姉さまのとった態度から考えると、間違いはないでしょう…お姉さまの話した手紙の内容と、本人以外の目に触れると燃えるという厳重性は…到底結びつきません…つまり、そこから導き出されることはどうしても見られたくないもの、という事…」

「見られたくない物。例えば、見られて恥ずかしいものや、困るもの。公式文書なら恥ずかしいということはないだろう。だが、困るものだったら思いつく。例えば…心配をかけてしまうような内容、とかな」

「…おそらくは、そうなのでしょう…つまりは…」

 サーシャの言葉にうなずくゼクディウス。

「…本人に聞くのが、一番楽な確かめ方なのですが」

「…そうだな。だが、聞けるか? ばればれの嘘をついてまで隠そうとしていることを…それも、心配させないために隠してることを…」

「…少し、心苦しくはありますね」

「だろう? はぁ…心配させるとか考えないで、相談できる相手になってやれればいいんだが…」

 ゼクディウスがそう言うと、サーシャは彼の背を軽くにらみつけた。

「…そうして、また抱き付いてくれればなぁ、と?」

「いや、なんでそうなるんだ…俺は純粋にアオイのことが心配なだけだよ」

「……好意を持っているといわれてなおあの抱擁を衝動的な物だといいますか」

「そんなことより、そろそろアオイの部屋だぞ」

「…まあ、なにも言わないでおきます」

 アオイの部屋の扉を三回ノックするゼクディウス。

「アオイ、昼食ができた。食事にしよう」

 部屋の外から声をかけると、中で人が動く気配がした。

「…? 先に行っているぞ、アオイ」

 少し待っても返事がないことを変に思いつつも、そう言い残して部屋の前を去る。

「…お姉さまを待たなくてよろしいのですか?」

「んー…まあ、俺がそうであるように、アオイもちょっと気まずいのかもしれないだろう? とりあえず昼食の知らせはした。俺と顔も合わせられないほど気まずいって言うなら、食べ終わってすぐ自室に戻るから、呼びに行ってやってくれ」

「…分かりました。ですが…そうであることを望む自分もいます。お姉さまがお兄さまと話しにくくなれば、私がお兄さまをひとりじめできますから」

「お前は…本当に俺を好いてくれているな」

「好いているのではありません。愛しているのです」

「はいはい。そういう発言をするのはもうちょっとお互いのことを知ってからにしような」

 ポンポンとサーシャの頭をなでながら言うゼクディウス。

「そうやって言い寄られると、俺みたいな奴は勘違いしかねないから気をつけてくれ」

「…クフェアさんのようなからかいの言葉と一緒にしないでください。私は純粋にお兄さまのことを愛しているのです」

「だからそういう事を言うのは」

「愛…それは理性と狂気の狭間に存在する情動。理性でコントロールできるところもあれば、狂気じみた部分もあり」

「……話聞いてくれよ」

 あきれ顔で言うゼクディウス。

「真剣な話してても、すぐこういう話になるな…やれやれ」

「…子供同士で真剣に話していても、つまらないですから…それに、自分たちで変えられるような事態ではありませんから。それとも、お兄さまは堅苦しいほうがお好みでしょうか?」

「堅苦しいのは嫌だが、堅い話も時には必要だと思うんだがな…」

 そんな話をしている間に彼らは食堂に戻ってくる。

「…おい、先公」

 それと同時にローザがそう言う。

「なんだ? ローザ」

「…この謎の物体は何だ?」

「豚肉のグラン・マギア風。今日の昼食だ。外見はアレだが味はいい」

「部屋に戻っていいな?」

「いや、本当だから。帰るなら一口食ってからにしてみてくれ」

 プルプルとひきつった不自然な表情をしてローザは何か言おうとする。

「…まずかったらはったおすからな、テメェ」

 だが、そのような言葉を放つだけだった。様々な感情が混ざりすぎてなにも言えないらしい。それと、空腹にもあらがえないのだろう。

「よし、それでいい。心配するな…一口食えば気分は天国だ。サクラとミウメがなにもしていなければな」

「いや…こんなもの…いたずらするまでもなく…」

「大丈夫? 床とかにこぼしたらジュワッていって溶けない? ていうかスプーンも溶けそう」

「溶けるわけあるか、食えるものしかいれてないんだからな…というかお前ら、アカネさんはどうした? 呼びに行くんじゃなかったか?」

「いなかったのよ、お母さんの部屋に」

「探そうにもここ広いから行き違いになるだろうし…昼食の時間はお母さんも分かってるはずだし、そのうち来るかなー、と思って」

「そうだな…」

「先生のほうこそどうしたんですかー? アオイさんがいないじゃないですか」

「ああ、声はかけたから、そのうち来るだろう」

 そう話していると、扉が開く。

「すいません、遅くなりました」

「そろそろ飯だろうと思って来て見たら…なんだい、その毒物」

 そこに立っていたのは、申し訳なさそうにするアオイと、机の上の料理を見て顔をゆがませるアカネだった。

「毒物ではありませんよ。豚肉のグラン・マギア風です」

「グラン・マギア…ああ、あれかい。初代の一級魔術師が好んで作っていたとか言う」

「ええ。俺が魔術を使えるようにって、実家でよく食べましたよ」

「それはそれは…こんな見た目のものをよく出されていたとは、気の毒に…」

「味はいいので、外見になれればどうということはないですよ。虫を食べるみたいなものでしょう」

「そういう感覚かい…」

 苦笑して言うアカネ。

「確かに外見はマズ…もとい、個性的ですが、香りはいいですね。いろんな香草の香りが漂って…それでいて、それぞれが邪魔をしあわない。調和のとれた香りです」

 一筋の汗を流しながら言うアオイ。その汗は気温によるものではないだろう。

「とにかく、一回食ってみてくれ。見た目が悪い料理だってのは言われなくても分かってる」

「大丈夫。ゼクさんの作った料理だもの、きっとおいしいはず…」

 皆に、そして自分に言い聞かせるように言うアオイ。

 そののち、全員がためらいつつも席につき、お祈りを済ませる。

「「「……」」」

 が、ゼクディウスとサーシャ以外誰もさじをとらない。視線はさじを取った二人に向けられている。

「そんなに見られると食べにくいんだが…」

 そういってゼクディウスはひとさじすくい、口に運ぶ。それを見て、サーシャも口にする。

「「「……!」」」

 唾をのむ者、目をむく者、皆が若干の緊張感を放つ。

「な? 別に何ともないだろう?」

「毒見終了を確認、サクラ」

「けれど、勇気をもって食べましょう、ミウメ」

「もう、二人とも。そんな言い方、ゼクさんに失礼でしょう?」

「…アオイさんだってずっと誰かが食べるの待ってたくせに」

「う」

 言葉を詰まらせるアオイ。

「……普通においしいです。安心して食べてください」

 皆の後押しをするかのようにサーシャも呟く。

「…うん。悪かないね。むしろ、実に良い。体の底から力が湧いてくるような感じだよ」

「お母さんが食べてるんだったら…って、なーんだ。これおいしいじゃない」

「本当に? ミウメ…あ! 本当においしい! 見た目はこんなにまずそうなのに!」

「意外と甘いんですね。でも、若干の酸味があってくどい甘味になっていません。本当に、外見さえなければ…」

 皆が食べて、笑顔になる。それを見てゼクディウスも笑顔になる。

「そうだろ? うまいんだよ、これ。外見は最悪だが…ローザも食ってるか?」

「食ってるよ…ったく、こんなもん作りやがって…」

 渋い表情のまま食べ続けるローザ。

「そんなに気に入らないのか?」

「それならこうやって食ってるわけねぇだろうが…」

「だったら、なんでそんないやそうな顔してるんだ?」

 ゼクディウスが質問をするものの、舌打ちをしてローザはなにも言わなくなってしまう。

「ローザのことですから、男の人の作った料理を食べるというのが嫌なのでしょう」

「ああ、なるほど…」

 得心がいった、という顔でうなずくゼクディウス。

「本当にローザは男嫌いだねぇ。ま、あんな事情があっちゃあ――」

「お袋」

 アカネがそう言ったとたんに、ローザはアカネをにらみつけた。その視線はただならぬもので、殴りかかるのではないかとすら周りの者達に思わせた。

「分かってる、分かってるよ。あんな事情、ポンポン話していいものだなんて私も思っちゃいないさね」

「だったら、最初から話題に出さないでくれ。あの時のことは…もう思いだしたくねぇ」

 そう言うローザの瞳は悲しげで、寂しげで…そして、やはり何かにおびえているようで。普段のローザらしいとは到底言えない。

(ローザの過去…いったい何があったんだ?)

 男を徹底的に嫌うようになるような過去。ゼクディウスにもいくつか思いつくものはある。だが、そのどれもが起きていてほしくないことだ。

「大丈夫ですよ。ゼクさんならきっといつか信用してもらえますから。ところで、今日の授業は何ですか?」

 雰囲気を変えようとしてか、明るく口に出すアオイ。

「ん、ああ…今日は、この状況だから教えられるものや、教えなくてはいけないものがあるんじゃないか、と思ってな。教科で言うなら…道徳か?」

「戦争の中での道徳、ですか。たしかに大切ですね」

 ガチャン! 食器同士が激しく当たる音が響いた。

「…戦争の中で、道徳なんか役に立たねぇよ」

 その音のもとは、ローザ。ブルブルと震え、汗を大量に流し、顔面蒼白。これ以上ない恐怖を感じているとしか言いようのない姿だ。

「おい、ローザ――」

 ゼクディウスが声をかけると、ローザはひときわ体を大きく震わせる。

「…部屋、帰る。やっぱ、野郎の作ったもんなんて、オレは食いたくねぇ」

 早口にいって立ち上がると、誰かが止める間もなく食堂を出ていってしまった。

「私、様子を見てきます!」

 慌ててアオイも立ち上がる。

「よしな。ああなったら、ローザの心が今に戻ってくるのを待つしかできないよ」

「でも!」

「じゃあ、逆に聞くよ。今のローザにあんたがしてやれることがあるのかい? アオイ」

「それは…っ! じゃあ、あんな辛そうなローザを放っておけって言うんですか!?」

「そのとおり。あんたがあの子の過去の記憶をふっとばしてやれるって言うんだったら話は別だけど…あんたは忘却術を嫌っていたねぇ?」

「……」

 何かを言い返したそうにするが、アオイはなにも言えない。

 結局、アオイはそのまま席についた。

「…アカネさん。ローザの過去って…いったい…」

「私の口からは言えないね…アオイ、ミウメ、サクラ。あんたたちも言うんじゃないよ。あれはホイホイ口に出して良いようなことじゃないってのは分かるだろう?」

「…はい」

「ま、本人に信頼されてから聞いてみな…ごちそうさん。ゼクディウス、あんたが次も作るんなら見た目もいい料理にしておくれ」

 そう言うとアカネは食べ終えた食器を台所へと持っていった。

「…お兄さま…私から、聞いてみましょうか?」

 おずおずと尋ねるサーシャ。たしかに、サーシャになら話してくれるかもしれない。

「いや、いいよ…普段、あんな強気なローザがあんな顔して思いだしたくないって言う事なんだ。アカネさんはあんなこと言っていたが、聞かないでいてやることが一番いいんだろう。聞くとしても、本人が自分から話しだす時だな」

「…左様ですか」

「ああ…いやな事は考えないのが一番だ…俺で言う、魔術が使えないこととかな」

 ゼクディウスは冗談めかしていうものの、周りの面々は驚きを隠さない。どこかで触れてはならないことと認識していたのだろう。

「…ローザとカークスには言ってしまったからみんなにも話しておく。俺はただ魔術が使えないんじゃない。魔力を持ってすらいないんだ…これくらい軽く話せることなら、ローザもあれほど苦しまずに済むんだろうが…」

 冗談らしく話すものの、その内容に皆はさらに動揺を見せる。

「先生が軽く言ってるだけで内容はむしろ重いじゃないですか…」

「ああ。魔力のないラ・クラディア民なんて聞き覚えないからな。国に公表したら歴史に残されるんじゃないか? 悪い意味でだろうが」

「いたとしても隠してるだけじゃないですかー? あれ? でも、隠し通せるものでもないだろうし…うーん…」

 双子がそう言ってうんうん唸っていると、サーシャがふいにその言葉を発した。

「……祝福無き子供達」

「祝福無き子供達? シロちゃん、それっていったい?」

「…前に、本で読みました。生まれてすぐ、あるいは生まれる前に殺されてきた子供たちの話…その中に、魔力を持っていない子供の話もありました」

 少し怖がりながら話すサーシャ。

「ちなみに…その本は、フィクション? ノンフィクション?」

「…フィクションです。ですが…これは本当に起きたことを元にしているのでは…そう思わせる説得力があって…怖い話でした」

「まあ、そういうことだ。俺みたいなやつ、ラ・クラディアの人間ならあり得ない。ありえないなら異端。異端は抹殺…俺の両親がそうしない変わり者だっただけさ」

 ラ・クラディアの血が入っていれば多少の魔力を持っていて当然というのが国の考え方。ゆえに、魔力を持たないラ・クラディア民をこうせねばならない、などと言う法律はない。

 だが、逆に言えば、それは魔力のないラ・クラディア民を差別した程度では罪には問われないということでもある。

「まあ、とりあえずはそんな大きくする話じゃないさ。他の人にべらべらしゃべってほしくないものでもあるし…ごちそうさま」

 ゼクディウスは気まずくなった空気をそのままに、台所へと向かう。

 そこでは、アカネが自分の皿を洗っていた。

「意外ですね。アオイにすべて任せて、洗い物もしていないものだとばかり」

「普段ならね。今のあの子にいろいろやらせるわけにはいかないじゃないか」

「たまには親らしく振舞うんですね」

「私はここの子供たちの母親だからね。私だけじゃない。この村の人々は皆ここの子供たちにとって母親だったり、父親だったり、祖父母だったりするのさ。ただ、その分年の比較的近い相手がここの中にしかいないんだけどね。だから、家庭教師兼ちょっと歳の離れた兄貴分としてあんたをえらんだんだ。期待しているよ」

 その言葉に笑って頷くゼクディウス。

「…ところで、アカネさん」

「なんだい?」

「アカネさんは俺が魔術を使えないということをどこで知ったんですか?」

 皿を洗う手を止めるアカネ。

「内緒…ってわけにはいかないかね?」

「それで納得するとでも?」

「思わないねぇ。でも、あんたを調べたルートを出すわけにはいかなくてねぇ」

「…裏ルート、ってわけですか。アカネさん、結構そっち側の住人なんですね」

「まあね。これでも政府の関係者とかには話聞ける身だからねぇ」

「やれやれ…謎の多い人だ」

 ゼクディウスのその言葉に意味深にほほえむアカネ。

「あんたにゃ及ばないよ。魔力を持たないラ・クラディア民? その出自のほうがよっぽど気になるじゃあないか」

「…たしかに、謎といえば謎ですね。ちなみに、俺は両親と血がつながっていますからね」

「ふむ。つまりキャベツ畑や橋の下で拾われた他国人とか言うのはないわけだね」

「ま、そう言う事ですね」

 アカネはその会話をしている間に何度かまばたきをするが、その瞳の輝きは隠せない。爛々と輝くその瞳は、捕食対象を見つけた肉食獣のようでもあり、興味深い研究対象を発見した科学者のようでもあり…凶暴性と理性を同時に感じさせる奇妙なものであった。

 アカネの背に話しかけているゼクディウスはその瞳に気付けない。気付いていたら何らかの恐怖を感じずにはいられない、その瞳に。

「ところで、アカネさん。アオイに送られてきた国の公式文書…知っていますか?」

「ん? ああ、あれね。当然知っているよ。なんで私とアオイが一緒にここに来たと思ってるんだい?」

「アオイの返事がないと思ったら…アオイの部屋の中、二人で相談してたわけですか」

「そ。まあ、相談って単語が出るあたり、あんた、内容に察しはついてるんだね?」

 頷くゼクディウス。

「サーシャも同じ意見です。アオイに手紙が届いたようだ、と話したらどうも表情とかに出ていたらしく、気づかれました」

「あんた、本当に隠し事下手だねぇ…まあ、あんたとサーシャの考えで正解だよ。あの子がこれからどうするかは…あの子次第だけどね」

 これからどうするか。それは、アオイが徴兵に従うか否か。

 従えば、この村の結界は消える。

 従わなければ、アオイは国賊扱いされかねない。

「…そんなの、決まってる」

「ああ、そうだろうね」

 自分一人が国にあだなすものと見られればこの村の人々を守ることができる。

 この村にはアオイにとって大切な人々が大勢いる。

 大切な人々を危険にさらすようなことをアオイはしない。

「「アオイは徴兵に従わない」」

 それらの情報は、その結論を導き出すにはあまりある。

「誰かが引き止めるまでもない。私たちを守るためにアオイはこの村にとどまるだろうさ」

「…バカみたいですが、そうでしょうね。どちらが勝つにしろ、戦争が終わった後のことなんて考えちゃいないでしょう。こちらが勝てば徴兵に従わなかったと処罰。向こうが勝てば脅威として処分…徴兵に従わない限り、どちらにせよまずいことになるってあいつは分からないのか?」

「分かったうえでのその選択さ。あの子はそういうところ、バカだからね」

 そう言うと、アカネは食器を洗う手を再び動かし始めた。

「ああ、それとローザはしばらくそっとしといてやりな。授業までに収まらないようなら、授業も休ませておやり」

「そりゃまあ、あんな様子の奴に無理やり授業受けさせようとは思いませんよ」

「なら、いいんだよ。っと、ついでだ。あんたの皿も洗っといてやろうかい?」

 そういって振り向くアカネは、目を閉じて微笑んでいた。もしも瞼が開かれていたら、いまだに爛々と輝く瞳をゼクディウスは目の当たりにしていたことだろう。

「いいんですか? じゃあ、お願いします。授業のプリントも作らないといけませんからね」

「昼食作ったり、今日は頑張ってもらってるね」

「給料良いですからね。それくらいはしなくては」

「はは。そういう事してもらうんだったら、家庭教師じゃなくて執事でも雇うさ」

「もっともです」

 そう言って笑い、ゼクディウスは台所を後にする。

「……」

 その背を、アカネは相変わらずの瞳で見送る。

 それに気付けないゼクディウスは、ローザの様子を見て道徳が本当に今の状況で教えるべきものなのかどうか考えていた。

 今、教えられること。それが何なのか…彼自身、つかみ損ねていた。


十三章 END

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