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十三章 今、教えられることを 上

「これで…だいたい一周か?」

 アオイの言っていたと思わしき場所まで歩き、ゼクディウスはつぶやいた。

 それほど暑くないとはいえ、かなりの距離を歩いた彼の額には汗がつたっている。服もじっとりと汗ばみ、可能ならば今すぐにでも入浴して服を変えたいところだろう。

(とりあえず、やることはやった…孤児院に戻って、アオイに報告するか)

 孤児院の方角を眺め、歩みだす。

 その間は特に何事もない。農村の風景が広がる中で、農作業をしている人とあいさつを交わしたくらいだ。

 そのさなかに、彼は思う。農村だから、いざとなったら数日間は結界の内側に立てこもることができるだろうと。

「…俺は、何を考えているんだ…」

 慌てて自分の考えを否定するゼクディウス。それは、そのような事態になってほしくないからという思いが大きかった。

 残りの思いは…? 彼は、正直それを考えたくなかった。

(そんなことより、今日の授業の内容を考えろ。大事なのは、そこのはずだ)

 戦争という、今の状況だからこそ教えられることが、教えなくてはいけないことがあるはずだ。それを、彼は必死に考える。

 だが、思いつく前に孤児院にたどり着く。時間的に、昼食をとったら授業開始、といったところか。

「そうだ…昼食、俺が作るって言ったんだったな。アオイを少しでも休ませてやらないと…」

 アオイは少し放っておけばすぐに無理をするだろう。それをさせれば本当に倒れかねない。

 それを心配しているからこそ、彼はそう呟いたのだが…そこに込められた意味は何だろうか。アオイを心配してか、結界が一時的に消えることを気にしてか…いや、彼の心中にあまり深く触れるのはやめておこう。

「ただいま」

 扉を開け、声をあげる。いつもなら、アオイの声が返ってくるところだ。

 だが、今回は返ってこない。

(…帰ってきていない? まさかな)

 そう思いながら食堂に入るゼクディウス。

「すう…すう…」

 そこでは、アオイが寝息をたてていた。

「それだけ疲れることをしているんだから仕方ないが…せめて自室のベッドで寝るところだろう…ん?」

 独り言を言うゼクディウス。その途中、彼はアオイの手に何か紙が握られていることに気付いた。そして、その近くに封を切られた封筒があることにも気づく。

「手紙…?」

 その状況から、アオイが握っているのは封筒の中に入っていた便箋だろうと察しをつける。

 だが、誰からのものだろうか。ゼクディウスは、ふいにその事が気になった。

 遠目でも、封筒がなかなか立派なものであることは分かる。つまりは、彼の実家ほどではないにしろ、それなりの富裕層からの手紙だろう。ちょっと遠くの村で働いているここの子供から送られてきたもの…? いや、そこらへんの村で売っているような封筒ではない。それに、働いているといえど子供が買うようなデザインではない。

「結界をはっているこの村にあるということは…結界をはる前に届いた手紙を読み返していたのか、アオイが魔術印を確認している間に配達員と偶然出会ったのか…」

 おそらく、そのどちらかであろうことは彼も察しがついた。一級魔術師のはった結界だ。紙切れ一枚どころか、水の一滴も通さぬしっかりとしたものだろう。そこにはいるには、術者の承認が必要になる。一級呪文師のアオイと莫大な魔力を持つガレイが協力してはった結界なのだから、魔力不足で隙間ができていたり、一時的に解除されていたりということはないだろう。その場所に偶然配達員が通りがかった、というのはさらに考えられない。

 つまり、普段ならば気にもしないだろうが、今の状況ではそれだけの違和を覚える異物。それが、封筒と、便箋と思わしき紙だった。

(アオイには悪いが…)

 他人の手紙を盗み見るなど、してはならないことだ。だが、状況が状況故に、どうしてもゼクディウスはその内容が気になった。

 そっと、眠っているアオイに近づく。一歩。二歩。三歩…。

 少し近づいて、ゼクディウスは気が付いた。封筒におされている判子。それが、国の公式文書に使われている判子だということに。

(家にもたびたび届いていたし、見間違いでもない…)

 それを視認したゼクディウスは、更に一歩近づく。

 その時、大きな音が辺りに響いた。

「…!?」

 その音で、アオイが飛び起きる。

「あ、ゼクさん!? びっくりしました…」

 そういうと同時に、アオイは封筒を手に取る。

「アオイ…その手紙、何なんだ? 国の判子が押されているようだが」

 今の音が結界を破ったことによるものであることは、魔術を使えない彼にも分かった。接近警戒結界。一定以上近くに動くものが寄って来ると今のような音を鳴らす結界だ。日常生活、それも居眠りをするときに使うような魔術でないことも、よく知っている。

「え…ああ、これですか? 一級魔術師のところに定期的に送られてくる公的文書ですよ。国のために一生懸命働きましょう、みたいな…」

 そう言って笑うアオイ。

「…本当か?」

 嘘。ゼクディウスは、そう確信していた。当然だ。接近警戒結界などというものを――それも、魔法陣なしではっておきながら、手に持っている物はその程度の物だというのは、誰だって信じないだろう。

「本当ですよ。そんな真剣な顔しないでください、ちょっと怖いですよ?」

「じゃあ、その手紙見せてくれよ。一級魔術師のところに送られてくるような手紙なら、一回見てみたいな」

 ゼクディウスがそう言ったとたん、アオイの表情が曇る。

「えっと…本人以外が見たら、燃えるように魔術印が押されているんです。だから、申し訳ありませんがお見せするわけには…」

「そうなのか…内容の割に、ずいぶん厳重なことだな」

「そうですね。私もそう思います」

 そう言いながらも、アオイは手紙と封筒をゼクディウスから見えないようにしている。見えたら、燃えてしまうから? いや、違う。その行為は、隠し事をしている者のそれだ。

「…まあ、寝るんだったら自室で寝るんだぞ? 心配しなくても、昼食ができたら起こしに行くから」

 だが、それ以上追求しても無理やり見ようとするくらいしかできないだろうと彼は結論付けた。ゆえに、彼の口から洩れる言葉はアオイを心配する言葉となった。

「そうですね。ご心配おかけしてすいません。では、ちょっとだけ寝てきます」

 そういって、アオイは食堂を後にする。

「…やっぱり、嘘なんだな…」

 いえ、ゼクさんだけにお願いするわけにはいきません。私も作ります。ゼクディウスの知っているアオイは、そう返す娘だ。先ほどゼクディウスの“自分が昼食も夕食も作る”という言葉にうなずいたとはいえ、そこに変わりはない。

 なのに、おとなしく自室に行った。それは、手紙を見られたくないということなのだろう。

「内容も察しがつくな…間違いだと祈りたいものだが」

 額に右手を、机に左手をおき、彼はつぶやく。

「…食事を、作っておくか…約束は、約束だ」

 それに、作らねば双子がうるさいことだろう。そのように、意識を無理やり他へ向けて今のことを忘れようとするゼクディウス。

 彼も分かっている。そのような事をしても一時しのぎの現実逃避に過ぎないのだと。

 それでも、そうせずにはいられなかった。

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