十二章 基本は足から
パークウェル孤児院を後にしたゼクディウスは、村の外れのほうにやってきていた。
「…これが結界の陣か。本当に、大規模だな…」
普通、結界には魔術陣を必要とする。サーシャのように空間に問答無用で結界を作りだすには、相当な腕前を必要とする。それを無意識のうちにやっているサーシャがすさまじい勢いで結界術を習得しているのは当然のことかもしれない。
もっとも、それは別の話。
今、ゼクディウスの前には一メートルほど感覚をあけて書かれた二本の線と、その間に書かれている巨大な魔術印が存在している。
「ミヤ、ヘグ、ナキ…間違いないな。結界の魔術陣だ。これが、村を覆っているのか…」
結界の魔術陣は、魔力が供給されている間、それで覆われたものと陣自身を外部の脅威から保護する。つまり、村を守るためにはラッカルッカそのものを覆い尽くすほど巨大な魔術陣を書かなければならないのだ。
いくら小さい村を覆うだけとはいえ、その直径はメートルでは到底足りない。五キロメートル…いや、十キロメートルはあるだろう。
円周の求め方は直径×円周率。つまり、この魔術陣の円周はおよそ十五キロメートルから三十キロメートルはある。
それだけの距離をアオイは魔術印の確認をしながら歩いているのだ。始点がどこかもわからない。どちら方向に歩いているかもわからない。そんな相手を探すのは、無理があると思われる。
「…まさかとは思うが、五芒星なり六芒星なりまで書いてないだろうな。その方が強固な陣にはなるが…」
もしもそこまでやっていたら、見て回る範囲はさらに広がる。行き違う可能性も、当然増えるだろう。
「…帰ってくるのを待っていた方がよかったな…」
そんな思いもある。しかし、アオイのことが心配だ。疲れて倒れていたりしないか。そう考えるとじっとはしていられない。
「…とりあえず、アオイを見ていないか人に聞いて回るか。どこかで誰かが見ているかもしれないし…」
そう思いたったゼクディウスは、一旦魔術陣から離れることにした。
そして、畑仕事をしている人や、散歩をしている様子の人。片っ端から聞いて回ったが、村の端の方まで見ている人は少なく、アオイの情報は得られなかった。
「…ばあちゃんのところで休んででもいたら笑えるんだがな」
少し歩いて、喉が渇いたからか、そんな考えが浮かんでくる。
休憩もかねて、アーバのところに行こうという考えがまとまったゼクディウスは、アーバの雑貨屋へと歩き出した。
その間にも何人かの村人と出会い、アオイのことを聞く。もっとも、答えは皆同じものだったが。
そして、アーバの雑貨屋に到着する。
「おはよう、ばあちゃん」
「おや、ゼクちゃん。いらっしゃい。どうかしたのかい?」
小さな店内を見渡すが、アーバ以外の人影はない。
「いや、アオイが朝早くにこの村を保護するための魔術陣を確認しに行く、といって家を出たらしいんだが、なかなか帰ってこなくて…ばあちゃんのところに来ていないかと思ったんだが」
「アオイちゃんねぇ…昨日なら、ビスカリアちゃんやロベリアちゃんが来ていたわねぇ…今日は…アカネさんのところの子たちは来ていないと思うのだけど…」
「そうか…いったいどのあたりにいるのやら…」
「まあ、一休みしていってちょうだい。探すのは、私が得意だから」
その言葉に首をかしげるゼクディウス。探すのが得意というのはどういう意味だろうか。
「えーっと、まずはこの村の地図を…あったわぁ」
台の上に地図を広げると、アーバは自分の首にかけているネックレスを外した。三角錐の底面に固定用の鎖がつけられた、いたってシンプルなデザインだ。
「さ、ペンダントちゃん。アオイちゃんがどこにいるか教えてちょうだい」
村の中心のあたりにその三角錐のネックレスを垂らすと、アーバはそういった。すると、風も吹いていないのにペンダントが動き出した。
「あらあら、そっちに行くの? 村の端っこのほうにいるのねぇ…」
「…ダウジングですか」
「お婆ちゃんだって、ちょっとした魔術は使えるのよ? パークウェル孤児院の人間として、これくらいはできなくっちゃ」
「…パークウェル孤児院の人間? ばあちゃんが?」
「ええ。と、言っても二代くらい前だったかしら…マソオ・パークウェルさんという方に、私は拾われたのよ。その頃のこの村は、まだできたばかり。住民たちはみぃんな良い村にしていこうと必死だったわ」
そう言いながら、ペンダントの動きに合わせて手を動かしていくアーバ。
「ここの歴史もいずれ教えてもらいたいな」
「でも、まずはアオイちゃんでしょう? ちょっと待ってね、もう少しで…よし、見つけたわよ。案外近所ねぇ。この辺りを…西に向けて歩いているみたいねぇ。魔術印を確認しているのか、とってもゆったりとした動きねぇ」
「…ふむ。なるほど…ありがとう、ばあちゃん。アオイのところ、行ってくるよ」
「はいはい。そうだ、これを持っていってあげるといいわ…いたた」
腰を押さえながら、アーバは棚の中からリンゴを取り出した。
「外を歩くと喉も渇くだろうし、お腹もすくだろうし。おやつに持っていってあげてちょうだい」
「ああ。ありがとう。アオイもきっと喜ぶ」
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ。行ってくる」
地図上でペンダントが指していた場所へと駆けだすゼクディウス。いくらゆっくりとは言え、動いているのだから早くいかなければ見失ってしまう。
そして、走ること十分。見覚えのある桃色の髪が見えた。
「おーい! アオイー!」
その声に反応して、アオイもゼクディウスのほうを見る。
「あ、ゼクさん。どうかなさいましたか?」
「どうかも何もない。夜まともに寝ていないくせに、村中回って魔術陣の確認なんてしてたら、倒れるぞ」
「ご心配をかけてしまっていたようですね…ごめんなさい。でも、どうしても不安で…」
「そうだな。念のためとはいえ、結界をはる状況だからな…だが、それで術者が倒れたらどうしようもないぞ。朝食は食べたのか? どっちにしろ、とりあえず、これ食べておけ。ばあちゃんのところに行ったら食べさせておやりって渡してくれた」
「リンゴですか…おいしそうですね」
シャクリ。いい音がなる。
「うん、おいしいです。あとでおばあちゃんにお礼言わなくてはいけませんね」
そういって笑うアオイ。その目元にはくまがうっすらと浮かんでいる。
「…今日は授業開始を早める。だから、授業が終わったら夜までゆっくり眠るんだ。いいな?」
「そういうわけにはいきません。ご飯作らないと…それに、魔術陣のチェックもまだ済んでいませんし、昨日やり残したことだって…」
「…はぁ。魔術陣のチェックは俺がやっておく。見た感じ、いたって基本的な魔術陣だから、魔術印も基本通りだろう? 昼食も夕食も俺が準備する。だから、さっさと寝てくれ」
「分かりました…では、やり残したことだけでもやらせてはいただけませんか?」
「内容による」
やれやれという感じで言うゼクディウス。アオイのことだから、これ以上寝させようとしてもやり残しをやらねば寝ないと思ったのだろう。
「えっと…ゼクさんが来た初日に、夕日がきれいだって話をした丘があるじゃないですか。そこに行きたいんです」
「なんでそこに?」
「戦闘が始まった時は、見晴らしの良い場所に集まって指示を出したりするでしょうから、小型の魔術陣を書いて、大きいほうと同期させて結界全体の情報を知れるようにしておきたいんです。孤児院のほうにも作るつもりですが」
「なるほど。それだけやったら、孤児院に帰ってちゃんと寝るんだな?」
魔術陣を書く。一級魔術師が小型のものを書くのなら、十分とかからないだろう。
「はい。お約束します」
力強く頷くアオイ。
そのような態度を見せられて、だめだといえるゼクディウスではない。
「分かった。それじゃあ、残りの魔術印の確認は俺がしておく。確認はどのあたりから始めたんだ?」
「孤児院の正面玄関を出て、まっすぐ歩いたあたりから…でしょうか。そのあたりからだったと思います」
「よし、任せろ。あっち方面に歩きながら見ればいいんだな?」
「はい。内容は、ゼクさんが先ほどおっしゃったとおり、基本的な物です。改変等はないので、お願いします」
そう言って深々と礼をすると、アオイは丘の方角へと歩いていった。
「普通に一晩寝ないくらいなら倒れはしない…だが、大規模に魔力を使えば疲労もあるはず。途中で倒れたりしないだろうな…」
呟きながらその背を見送ると、真剣な顔になって魔術印の確認をしだすゼクディウス。アオイが心配しすぎているのは否めないが、魔術印にかすれなどがあると結界が弱まるのも事実。万が一そのようなところがあったら術者であるアオイに報告して修正してもらわねばならないだろう。
(ま、一級魔術師がそんなケアレスミスするとは思えないが…猿も木から落ちるというしな)
そんなことを思いながら歩みをゆっくり進めていくゼクディウス。彼と同じ速さで歩いていたと考えると確認作業の進みが遅いので、アオイはさらにゆっくりと、一つ一つ確実に見て回っていたのだろう。
(本当に、アオイは真面目だな)
きっと、親代わりのアカネが奔放故にそれを補おうと必死になっていたのだろう。
奔放な母を止める幼いアオイを想像すると、少し笑みが浮かんでくる。
だが、その直後に怒りを感じる。アカネが良い母であったにしろ、そうでなかったにしろ、アオイがいるのはパークウェル“孤児院”なのだ。
つまり、アオイを捨てた親がいる。もちろん、それは他の子供たちにも言えることだ。
ゼクディウスが思う限り、性格的に捨てられなければならないような子供は、一人としていない。
産まれた時点では誰もがそのはずなのだ。性格とは、環境である程度作られるもの。ローザの男嫌いにだって何らかの原因があるはずだし、双子のいたずら好きも誰もが通る道。捨てられねばならないような責では…いや、あの年で孤児院にいるのだから本当の親の顔は見たことがないのかもしれない。
サーシャはただアルビノだからというだけで村中から迫害された。クフェアも、頭のことがあるから馬鹿にされたりしたのかもしれない。
だが、捨てられた理由がかけらほども分からい面々のほうが多い。カンパニュラは? ウブラリアは? ロベリアは? ビスカリアは?
だれを見ても、いい子しかいない。それがパークウェル孤児院だ。
「子を捨てる親は…最低だ」
思わずそんなつぶやきを漏らすゼクディウス。
病死だとか、そういった理由で親族がいなくなったのならば、仕方ない。子供たちの中にもそういった理由の者が一人くらいいるかもしれない。
だが、少なくともウブラリアやサーシャはそうではない。
『…その過去が両親から理不尽な暴力を受けていた、ということだったとしても?』
ゼクディウスは、その言葉を忘れていない。
サーシャが幼くして身売りをしてでも村から…自分を理不尽に扱う者達の群れから逃げ出そうと決意したことも覚えている。
「…胸糞悪いな。くそっ」
自分が金持ちの家で安穏と暮らしている間に、少し年下の…弟や、妹と呼べる程度の年ごろの子供たちがそのように苦しめられてきた。誰もが分かっていても、どこかで知らない振りをしている事実。それを認識することはゼクディウスにとって自分自身にも怒りを覚えるには十分だった。
そして、それは今現在も続いている。この世界のどこかでは親と呼べないような親の元で暮らす子供や、一人きりで生き抜こうとする孤児たちがいる。
戦争が始まった今、それはさらに増えることだろう。
それを思うと、戦争を始める決断を下した国の上層部の人間を、片端から殴り飛ばしてやりたい気分になる。
だが、その程度のことすらできない。ゼクディウスが最もいらだつのは、自身のその無力さだった。
「…いかん。魔術印の確認をすっかり忘れていた…」
不意に立ち止まると、そう呟いて歩いた道を戻りだすゼクディウス。途中から考え事が大きくなって確認をするということが頭から飛んでいたらしい。
「…神ってのは、無慈悲なもんだ」
すべての存在を幸せにするなんて、神でもない限り不可能だ。少なくとも自分にはできない。その程度の事ならば彼もわかっている。
だからこそ、彼は空をにらみ、決意をする。
せめて、自分の目の届く範囲の存在は幸福にしようと。
そのはじめとして、まずはこの魔術陣の確認だ。
基本は足から。動かなくては、何事も始まらないのだから。
十二章 END




