十一章 変わってしまった空の下で 下
カチャ、カチャと台所から音が響く。ゼクディウスが洗い物をする音だ。
「アオイさん、おはよー…って、あれ? 先生? なにやってるんですか? アオイさんは?」
台所に入ってきたサクラがきょろきょろと周りを見ながらゼクディウスのほうへと歩いてくる。
「ん、ああ。おはよう。アオイは、昨日書いた陣の確認に行っているそうだ」
「えー!? それじゃあ、朝ご飯はどうなるんですかー!?」
「心配しなくても、作ってから行ってくれている。スコーンと、スープとサラダ。飲み物は紅茶だそうだ」
真っ先に朝食のことを心配するサクラに、超常魔術の使い手といえど子供は子供か、とちょっとした安心を感じるゼクディウス。
「ところで、ミウメはどこに行ったんだ? いつも二人で行動しているじゃないか」
洗い物の手を止め、サラダの盛り付けに移りながら聞くゼクディウス。
「あー。創造具現化久しぶりに使って、疲れてるみたい。食堂のほうで机に突っ伏しているわ。朝食の準備は、各自でするの?」
「だろうな。スープ、ひっくり返すんじゃないぞ?」
「そんなことしませんよーだ。先生にやってもらうもーん。私だと身長たりないから、仕方ないでしょう?」
そう言うサクラ。たしかに、踏み台でも持ってこなくてはサクラの身長では高い位置にある小さめの寸胴鍋に入ったスープをすくうのは無理だろう。
「そうだな…仕方ない。準備してやるから、向こうで待ってろ。それと…出された物は、ちゃんと食えよ?」
「あ、サラダだけ自分で準備しまーす」
ゼクディウスの言葉に、一瞬で方向転換をするサクラ。
「もう準備済みだ」
「…ダ、ダイエットとかしてみようかなー? 食べる量減らして…」
「そうか、じゃあなおさら野菜は食べておかないとな。食物繊維がお通じに良いから痩せやすくなるぞ。その分スコーンとかは減らしておこう」
「……野菜、食べなきゃダメ?」
「食べなきゃダメ。野菜は健康にいいんだぞ?」
「…アオイさんにもさんざん言われてきたので説明はいいです…はぁ…」
とぼとぼ。そんな擬音がふさわしい後ろ姿で食堂へと戻っていくサクラ。
よっぽど野菜が嫌いなんだな…ゼクディウスはそんなことを思う。
(だが、健康のために食べさせないとな)
アオイならば少し甘くして、量を減らすところかもしれないが、ゼクディウスは健康のために仕方ないと割り切り、そのようなことはしない。増やさないことが二人の心情を察してのちょっとした優しさか。
(とりあえず、紅茶用に湯を沸かしておかないとな…)
その他のものを用意する前に水をくみ、宝石を押し込んで魔力炉を起動するゼクディウス。
そして、湯が沸くまでに手際よくスープを皿に注ぎ、スコーンを皿に載せる。それらと、先ほど用意したサラダを盆に載せた。
「…ふむ」
そこで一つ唸ると、食材庫から一つの食材を持ってくる。
そして、ゼクディウスは右手で腰のナイフを抜き、ミニトマトに左手を伸ばす。
食糧庫から持ってきた食材をつまみ、先ほどナイフで細工をしたミニトマトにつける。
「…よし」
満足げに笑うと、ゼクディウスは先程盆に載せたものを持っていく。
「ミウメ、サクラ。朝食の準備ができたぞ」
「「ありがとーございまーす」」
二人そろって机に突っ伏しながら言う双子。
「じゃあ、紅茶の用意をしてくるから、食べててくれ」
「「はーい」」
配膳を終えたゼクディウスがそう言って台所に戻るところに至ってようやく双子は顔を上げた。
(さて、ちょっとした細工だったが…気にいってくれるかどうか)
先ほどと同じ工程で紅茶を淹れ、食堂へと戻るゼクディウス。
「お待たせ、二人とも。紅茶だ」
「どーもでーす…あちち…」
サービング容器を受け取るサクラ。
「ほらー、ミウメー。ご飯食べなきゃ…」
「んー…じゃああーんしてー…」
顔をサクラの方に向けるミウメ。
「口移しでも何でもしてあげるけど…その姿勢だとやりにくいわ」
「分かった…起きる…」
ぼんやりとした様子で起き上がるミウメ。
「あー、久しぶりに使うとだるい…って、あれ? ミニトマトに顔が…」
「ミウメ? 幻覚でも見えるの? 大丈夫?」
「そっち系統じゃなくて、それ」
そういってミウメが指さすのは、サラダ。
「顔…? あ! ほんとだ!」
サクラが手に取ったミニトマト。その表面には非常に細かい切込みが入れられており、デフォルメされた人の顔となっている。目の部分には黒ゴマの粒が埋め込まれており、細かい仕事だとうかがえる。
「カービング用じゃないナイフでどこまで出来るか不安だったが…やればできる物だな」
「先生がやったんですか?」
「ああ。野菜を食べてもらうために、まずは見た目からも楽しめるようにしようと思ってな」
「へー…すごーい。細かーい」
手に取ったミニトマトをクルクルと回し、全体を見るサクラ。
「でも、これだとかわいくて食べにくいわね」
「そう言うと思ってな。細工はそれぞれ一つずつにしておいた。細工してあるのがかわいいから食べられないのなら、他の物は食べられるだろう?」
「…いちいち先読みされているのは、いい気がしないわね」
「気にするな。俺はお前たちの倍は生きているんだ。これくらい先読みできないとな」
「分かったわよ…食べればいいんでしょう、食べれば…ミウメも野菜食べましょう…」
「あーい…だるい…」
だるいだるいといいつつも、さすがにあーん云々までは冗談だったらしく、自分の手で食べ始めるミウメ。それを見て安心したようにサクラも食べ始める。
「二人もいたって平然としているよな」
「ふぇ? なんおふぁなふぃれひゅか?」
「いや、戦争が始まったって聞かされた割に、普段と様子が変わらないな、と思ったんだ。それと、返事をするのは口の中のものを飲み込んでからでいいぞ」
「あい…ムグムグ…」
口の中のものを飲み込むサクラ。
「…まあ、あれよ。ここってど田舎だから。わざわざこんなところ来るとは思えないなー、って」
「確かに、ここを占領する戦略的価値は皆無だが…怖くないのか?」
「アオイさんが結界はってくれてるんでしょ? しかもガレイの魔力を借りて。そこまでやってるなら、大丈夫でしょ」
そう言って笑うサクラ。
「…俺とアオイが心配しすぎているだけなのか?」
「万が一を考えすぎなのよ、先生も、アオイさんも、ついでに言うと、お母さんもね。まあ、そうやって心配してくれる人がいるから私たちがこうやってぼんやり、平和に過ごせているのだろうけど」
「正直な話、昨日の作戦会議だって最悪中の最悪を想定した場合でしょう? アオイさんとガレイの共作結界を破れるような兵力でこんなど田舎の、先生の言う所の占領する戦略的価値がゼロの村に押し寄せてきた、みたいなまず起こり得ない事態を想定した作戦」
「あ、ミウメが元気になってきた」
二人の言葉に考えるゼクディウス。
たしかに、二人の言っていることは正しい。こんなところにそんな大規模に攻撃を仕掛けるわけが無い。そんな戦力があったら、ラ・クラディアを襲撃したほうが戦略的価値がある。食料も、水も、情報も、ク・マキナが欲しているあらゆるものを手に入れることができるだろう。
「…そうだな。俺たちは考えすぎなのかもしれない」
「まあ、頑張って心配してください。その隣で私たちは平和に過ごしますから…ふわぁ~」
大あくびをするミウメ。そしてその口の中にミニトマトを放り込むサクラ。
「むぐっ…!?」
「ほら、ミウメ。一旦口に入れたら出しちゃいけないのよ?」
憎々しげにサクラをにらみ、ミニトマトを咀嚼するミウメ。
「ゴクリ…サ~ク~ラ~!?」
「ミウメが口を画してあくびしないから悪いんですー。アオイさんが見たらまた怒られるよ? 女の子なのに、はしたないー、って」
「だからってミニトマト放り込むことはないじゃない! しかもサクラの分の!」
「だって、ミウメはもう自分の分のサラダ食べ終わってるんだもーん」
最後のスコーンをかじりながら悪びれもせず言うサクラ。
「ミウメのおかげでサラダも終わったし、スープもスコーンもおいしいし…いい一日が始まりそうね!」
「はぁ…そうね…」
そう話すと、二人は席を立った。
「あいやまたれい」
そのまま食堂を後にしようとする双子の背をつかむゼクディウス。
「「な、なんですかー?」」
「食器片づけ。洗うのは俺がやっておくから、それくらいはやっておいてくれ」
「チッ…戦争の話題の真剣さでそのあたり忘れるかと思ったのに…」
「ミニトマトの騒ぎでどさくさに紛れて去ろうと思ったのに…」
しぶしぶ食器を持ち、台所のほうに歩いて行く双子。
「やれやれ…」
その背を見ながら、ゼクディウスはため息をついた。
(まあ…俺もあれくらい楽観視してみようか)
しかし、それも少しの間。すぐにそんな微笑みをこぼす。
「ちゃんと持っていったからね…」
「洗うのは先生に任せますからね…」
戻ってきた双子はそう言いながら食堂を後にした。
「遊びに行くなら、気をつけろよー」
聞こえないだろうと思いつつも声を上げるゼクディウス。
ふと窓のほうを見ると外に駆けだしていく双子が見えた。
● ●
何もすることが思いつかなかったゼクディウスは、しばし食堂で佇んでいた。
「……」
「おはよう、ローザ。サーシャも」
「…おはようございます、お兄さま」
そこにサーシャとローザがやってくる。ローザはゼクディウスを見た途端にいやそうな顔をしたが、朝食を食べないで過ごすのは無理だ、あるいは健康に悪いと考えたらしく席についた。
「…お姉さまは、外出中でしょうか」
「ああ。昨日書いた陣を確認しに行っている」
「…そうですか。では、朝食は各自で支度をしろ、ということなのですね?」
「ああ、そうなるな」
「…分かりました。では、準備をしてきます」
そういって不確かな足取り――それでも最初のころと比べれば確かになっている――で台所のほうへと歩みだす。
「…ったく、あいつは…」
それを見たローザは立ち上がり、サーシャの後を追った。
「無口でつんけんした姉と体の弱い妹、って感じだな」
そうひとりごちり、食堂を出るゼクディウス。あの二人なら配膳も食後の片付けもできるはずだ。
(…さて。俺はこれからどうするかな)
プリントの類は用意してある。あとは、時間になれば授業を開始することができる。つまり、ゼクディウスはその時間まで特にやることがないのだ。
睡眠不足だからといって、眠る気にもなれない。アオイがどこかで頑張っている。その事実は、ゼクディウスに自分だけ眠っていられない、と感じさせるには十分なものだった。
ならば、どうするか。
「…アオイを探しに行くか」
それが彼の結論だった。
玄関の扉を開け、朝日を浴びる。
空の色は、今日も美しい青だ。純白の雲が所々に飛んではいるが、全体的に言えば今日の天気は晴れ。夜になれば、美しい星々の瞬きを目にすることができることだろう。
ラッカルッカにやってきてからの数日間と、何ら変わりのない空。それでも、戦争が始まってしまった今ではどこか変わってしまっているように思えて。
この空が戦火で赤く染まることはあるのだろうか。ゼクディウスのそんな暗い胸中までも照らそうとするかのように、太陽はかがやいている。
「とりあえず、魔術陣のほうを見に行くか」
そう呟いて、ゼクディウスは歩みだす。
この、どこか変わってしまったような気がする空の下を。
十一章 END




