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十章 戦争が始まった

 戦争が始まった。

 その言葉に、すぐに声をあげる者は誰一人としていなかった。

 固まる皆の表情の中、双子だけが言ってしまったか、という表情をしている。

「…ちょ、ちょっと待ってください、アカネさん。戦争が始まった? 始まるかもしれない、ではなく?」

 真っ先に正気に戻ったのは、ゼクディウス。さすがに年長者というべきだろうか。

「始まった、であっているよ」

「俺は始まるかもしれない、程度にしか聞いていませんよ? どういうことですか?」

「状況は変化する。そういえば…分かってくれるかい?」

 ざわつきだす食堂の中で、その会話が行われる。

 皆が皆、違った反応を見せていた。

嘘だと信じたがっている者。

事実と受け止め、顔面蒼白となっている者。

反応は様々で、ひとつひとつ並べあげていられない。

それに、重要なのはそこではないはずだ。

「…状況が変化し、戦争が始まった、と…?」

「そういう事さね。さすがに教師は理解が早いね」

「いくらなんでも…展開が早すぎる。戦争云々の話を聞いたのはつい数日前…」

「その時点でだいぶギリギリのところまで行っていたんじゃないかい?」

 そう、重要なのはこの戦争に関する会話の方のはずだ。

「一般市民には…それも、こんなど田舎の人間の知る由もない所で、火は大きくなっていたんだろうね」

 そういうアカネ。その表情はやけになった者の笑みだった。

「…もしかして、うちに通信をしたときに有無を言わさず切られたのは、もはやどうしようもないと知っていたから…?」

「さて、ね。まあ、戦争が始まったと言えど、すぐにここがどうこうなるってこたぁないだろう。ここはど田舎だからね。ただ、あんたたちに忠告しておきたかったのさ。これからは、どこで何が起こってもおかしくない…とね」

 その言葉に皆がつばを、あるいは息をのむ。

 もしも、村の誰かがやけになって犯罪に走ったら?

 もしも、敵軍の進む道中にこの村が存在していたら?

 もしも――それは、尽きることのない不安、恐怖。

 そんなものは杞憂に過ぎない? 果たしてそう言いきれるだろうか。

 空を見上げてみてほしい。

 その空は本当に確かなものなのだろうか?

 その空の向こう側には何があるのか、あなたにはわからない。あなたにも、あなたにも、そして、あなたにも。

 そんな不確かな空なのだ。ある日崩れるかもしれない。

 そして、その崩れ方は、さまざまあることだろう。この程度でよかったと思うようなことから、世界の終わりだと嘆くほどのものまで。

 そして、空はすでに一段階崩れている。ピシリと音を立てる事すらせず、平和という空は崩れ去ったのだ。

 そして、その空の先には何があるのだろうか。

「…だから、これからはできるだけ大勢で固まって動くように。自分は大丈夫だ、そう思っている奴に限って何かに巻き込まれたとき、悲惨な結果になるからね。だが、この中には身構えていてもその悲惨な結果に至りかねない奴もいる」

 そういうと、アカネはまっすぐにゼクディウスを見据えた。

「ゼクディウス。あんた、魔術が使えないそうじゃないか」

「…っ!」

 肩を震わせるゼクディウス。それを見たアカネは、続けてローザの方を見る。

「ローザ。あんたも、治癒術ならどれだけ複雑で高位であろうと使えるけど、それ以外の魔術は使えなかったはずだね?」

「オレは…体術ができる。自衛手段なんていくらでも…」

「体術なんて、訓練された兵士の数と兵器の前じゃないも同然さね。それとも何かい? 拳銃を持った相手が引き金を引くより早くその相手を殴り飛ばせるのかい? あんたの手が届く距離よりずっと遠くにいる相手を? そりゃすごいねぇ…」

 アカネの言葉に、二人は言い返せない。どうしようもない事実だからだ。

 すべてはアカネの言葉通り。ゼクディウスも短剣という自衛手段はあるが、それを使う時が来たら、何の役にも立たないと知ることになるだろう。

 敵は一人や二人ではない。軍の単位なのだ。小隊規模であっても、その数は三十から六十。強大な魔術を使えるアオイや、その素質である、膨大な魔力を持つガレイならば相手にできる数かもしれない。

 それだけできてようやく相手にできる“かも”しれない規模なのだ。短剣や体術でどうにかできる規模は、とっくに超えている。

「…他にも、何人かいるねぇ。修復術特化とかね…不安材料は多いねぇ」

 その後も、アカネの言葉は止まらない。

「…まあ、ここまで話したことは、どれも最悪の状況を想定したものだよ。私の杞憂で終わってくれる…ことを祈りたいね」

 何人かの戦闘には向いていない者達をあげ終えると、アカネはそういった。

「……皆、気をつけるんだよ。明日からじゃなく、今日の、今この時からね…」

 アカネの話はそれで終わりらしい。付け足すようにそう言い、目を閉じた。

 普段ならば、それでみな席を立ち、ある者は自室へ帰り、ある者は食堂に残り、誰かと話をし始める。

 しかし、今日は誰一人そうしない。いや、そうできない。それだけの話を聞いてしまったのだから、それもしかたないだろう。

 数分後…皆の体感では何時間にも感じられたかもしれないが…そっと、アカネが立ち上がった。

「…アオイ。万が一に備えて、この村を覆うように結界をはってほしい。できるかい?」

「規模が大きいので…支援が必要です。魔術的なところは私ができますが、魔力供給者が私以外にもいないと、維持できるかどうか…」

「それじゃあ、ガレイ。あんたも手伝っておくれ。アオイ、それで足りるかい?」

「はい、私とガレイの魔力量だったら、十分だと思います」

「やれやれ…一般人では十人がかりでやれるかどうかってところを、あっしとアオイの姉御だけでやるとは、ずいぶんとつらいですな…」

「それじゃあ、結界をはるための陣を書かないといけないね。アオイ、ガレイ、今すぐ頼めるかい?」

「分かりました」

「家族の為とあらば、やるしかないでしょうな」

 そして、ようやくアオイとガレイが立ち上がる。

「みんな、俺たちもできることをやっておきましょう」

 三人が食堂を後にすると、そう言ってウブラリアも立ち上がる。

「そうですね…私、村の人たちの家に耐火強化かけてきます。ビスカ、手伝って」

「了解。ついでに危害や悪意の侵入阻害結界をはるっすよ、ロベリア」

「そうね。それは任せるわ」

「…結界なら、私も…」

 それに応えるようにロベリア、ビスカリア。若干遅れてサーシャも立ち上がる。

「はは、皆さんががんばるなら、私も動いたほうがいいでしょうねぇ。ここの魔術的強化はお任せを」

「クフェア、自分も手伝うよ」

 クフェア、カンパニュラも立ち上がり、食堂を出ていく。

「……さて、俺は何をしたものか」

 食堂には、ゼクディウス、ウブラリア、サクラ、ミウメ、ローザの五人が残っている。

「ウブラリアは何がつかえるんだ?」

「俺は修復術しか使えないんです…壊れたものを直すなら、大抵のものはできますが、それ以外のことはなかなか…今できることはないように思えます」

「そうか…それじゃあ、万が一に備えて作戦でも話しておくか? これでも戦術に関しては詳しいつもりでいる。そこにお前のみんなの得意とする術の傾向の知識が加われば、どう対応すべきか作戦を考えることはできると思う」

 ゼクディウスのその言葉に、ウブラリアはうなずいた。

「まず、アオイさん。先生もご存知だと思いますが、一級魔術師です。使えない術はないといっていいでしょう。一人では魔力量が足りないとしても、ガレイから供給を受ければかなり大規模なものがつかえるはずです。ただ、ガレイ本人はまだコントロールがうまくできないので、術は使えません」

「ふむ」

「次に、ロベリア。彼女は物質強化系の術を得意とします。ビスカリアは細かいところのある術が使えます。指向性結界だとか、複雑なものを得意としていたはずです。サーシャは先生のほうがお詳しいでしょうね。見た限りでは、結界術に関する才能は相当なものです。ただ、まだ複雑な結界は使えないかと」

 視線で先を促すゼクディウス。

「クフェアとカンパニュラも物質強化。ただ、ロベリアとは使える属性が違います。五行で言うなら、ロベリアは火関係、クフェアは木関係、カンパニュラは金関係ですね」

「なるほど…で、お前は修復術、ローザは治癒術か。なおす対象が物か、生物かの違いだな。で…アオイ曰くこの孤児院の子供たちは皆何らかの魔術適正があるらしいな。それが本当なら、ミウメとサクラも何らかの魔術が使えるのか?」

 そう言って二人を見る。ローザはいつの間にか席を立ち、壁に背をつけている。

「まあね。私はともかく、ミウメはすごいわよ!」

「使える魔術の種類が違うだけで、サクラだってすごいじゃない」

 互いに褒めあう双子。

「そんなにすごいのか。どんな魔術が使えるんだ?」

「んー…そうね。先生、欲しいものってある? できるだけ小さくて、仕組みが簡単な奴で」

「…? そうだな…戦争が始まった今となっては、武器として使えるような銃火器がほしいかもしれないな。ナイフでは拳銃に太刀打ちできない…それに、何か銃火器があれば、俺でもみんなを守るために行動できるだろう?」

「銃火器、ね…具体的に言うと?」

「拳銃とか、一般的じゃないか?」

 どうしてそんなことを聞くのか疑問に思いつつも、そう返すゼクディウス。

「仕組みは説明できます?」

「ん…それは、分からんな…」

「じゃあ、私が知っている銃にするわね…はぁ、結構おっきいんだけどなぁ、アレ」

「…? それって、どういう意味だ?」

「こういう意味よ」

 そう言うと、ミウメは宙に手を伸ばした。そこにはなにもない…はずだった。

 ミウメが目を閉じ、集中すると同時に、その手の中に光の粒が集まりだしたのだ。

 そして、その集まった銃は次第に意味ある形となっていく。

「想像具現化…イマジナリーリアライズなんて呼ばれたりもしたっけ?」

 そう言ったミウメの両手に掲げられているもの。

 それは、間違いなくフリントロック式の銃だった。

「アオイさんのような、一級魔術師でもできない。特定の人にしか使えない超常魔術の一種。自分の想像したものを現実にできるそれは、構造を理解して、明確に想像さえできればどのような物であろうと手中に収めることができる最強の魔術…という説もあるわね」

 そう言いながら、机の上に銃を置くミウメ。

「…銃弾は鉛製の球状かしら? 装薬は…まあ、黒色火薬でいいわね? 黒色火薬は…どんなものだったかしら…」

「狩猟用の物は、木炭が十から二十パーセント、硫黄が十五から二十パーセント、残りが硝酸カリウムだ…外見は、大体一ミリからそれ以下の粒状」

「案外アバウトなのね…まあ、それだけ情報があれば作る事はできるわ」

 そう言うと、ミウメは再び宙に手を伸ばす。今度は右手と左手に分かれて光の粒が集まりだす。

「…はい、銃弾と装薬完成」

 そう言って、ミウメは手の中に現れた二つの袋を机の上に投げ出す

 慌ててミウメの方に駆けより、その袋の中を確認するゼクディウス。

 一つの袋には無数の金属球が、もう一つの袋には黒い粒状のものが大量につまっていた。

「あー、疲れた。超常魔術って、体力使うのよねぇ…」

 そう言って椅子の背もたれに思い切り寄りかかるミウメ。

「…間違いなく、黒色火薬だな…」

 その横で、ゼクディウスは驚嘆を浮かべる。

「ね? ミウメすごいでしょう? ちなみに、私のほうだけど…」

 サクラはというと、ゼクディウスの持っている袋から金属球を一つ取り出している。

「いい? よーく見ててね…」

 そう言うと、サクラはその金属球を握りしめた。

「ワン、ツー、スリー」

 そう言って手を開くと、その金属球はなくなっていた。

「種無し手品の巻。私の超常魔術って地味なのよねぇ…大きい建物消すくらいのことやれば驚いてもらえるけど、そんなことしたら怒られるし疲れるしで、いいことなし…」

「もしかして、強制消失…クリティカルゼロ…か? 魔術法則すらも無視して物質を消滅させる超常魔術の…?」

「その通り。私たちはゼロから一を生み出す姉と無限すらもゼロに返す妹の、超常魔術シスターズなのよ!」

 そう言うサクラの表情はどこか誇らしげだ。自分たちが、使える人間が極限まで限られている力の持ち主であるということを誇っているのだろう。

「あっ、もちろんミウメのほうがすごいのよ? 造るのは、壊すよりずっと大変だもの!」

「…ごめん、今ちょっといろいろ話す元気ない…」

 机に突っ伏しながら話すミウメ。超常魔術を使うのに、それだけ体力を使ったのだろう。

「何度見ても、超常魔術は奇跡としか思えねぇな。神の意志はこれ以上っつわれても想像できねぇっつーか」

 誰かに言うわけではなく、独り言のように言うローザ。

「まあ、今までの魔術理論や、魔術法則では説明できないものが超常魔術だもの。説明されるまでは、そう思うかもしれないわね」

「そういう小難しい理屈を知らなくても、凄いと思うんだがな…」

「あー…それはまあ、他の魔術とは一線を画してるっていうかー…って言うか、本気でだるい…一休みしたいから、自分の部屋で寝る…」

「私が連れていってあげる! ほら、ミウメ。私にもたれて」

「んぅ~…ありがと、サクラ…」

 サクラに連れられ、ミウメは食堂を後にする。

「…と、まあ、二人はご覧になったとおりです」

「創造と破壊の究極系だな。作戦に必要な物はミウメに創造具現化してもらうことになるか…負担は大きいだろうが、それ以外に手段もない…」

「で? 先公。魔術使えないとか言われてたが…そりゃ、なんかのジョークか?」

 ローザのその言葉に、ゼクディウスは心に突き刺さるかのような痛みを覚えた。

「残念ながら、本当なんだ…どういうわけか、俺は…魔術が使えない」

「はぁ? どういうことだよ。この国の人間だったら、魔術くらい使えて当然だろ? 火花を出すくらいしかできないから恥ずかしくて使えないってことにしてんのか?」

「違うっ!」

 机に両こぶしを叩き付け、感情的になるゼクディウス。

「俺は…っ! 魔術を使えないんだっ!」

「先生…? でも、ムル・クアリアスの人間だったら、魔力を持っているはずです。魔力があれば、魔術だって…」

「そうされている…だがなっ! 俺はなぜかその例外なんだ!」

 感情的になっていた自分を抑えるように、手を組み、爪を手の甲に強く押し当てるゼクディウス。

「…俺の中には、魔力すらないんだ。両親ともに、この国の人間なのに…俺だけが、魔術を使えない。魔力すら、持っていない…!」

 ゼクディウスの手の甲にその爪が食い込み、血がにじむ。

「子供のころから、いろんな方法で魔力をはかってもらってきたが、どの方法でも検出できず…魔力ゼロの原因すら分からない。魔術の才能が職にかかわってくるこの国で、生きていくためには勉学を伸ばすしかなかった…その結果が、クアリアス国立大を受けようとしたこと。運がないおかげで、結局別のそれなりのところを受けることになったわけだが」

 血がにじんだ手を見て、弱々しく笑いながら彼は言った。

「まあ…そういうわけだ。お前たちのような、一つの系統であっても高位な術がつかえるような相手、俺にとっては憧れだよ。アオイのような、一般人でも憧れるような相手は、特にな…」

 懐からハンカチを取り出し、にじんだ血を拭き取ろうとするゼクディウス。

「…洗濯もアオイの担当だ。アオイの仕事を増やすな」

 しかし、それはローザの言葉で止められる。

 壁にもたれていたローザはゼクディウスのそばへ歩み寄り、その手の甲に手をかざす。

 優しい光があふれる。ただ、それだけで手の甲の傷は消えうせる。

「…ローザ。俺から見れば、今のだけで十分奇跡だ。魔術自体、奇跡じみていると思わないか?」

「さあな…オレにしてみれば、できて当然のことだ。できない奴から見てどうこうなんざ、考えたこともねぇ」

「できて当然、か…じゃあ、例えよう。アオイ並みの万能性、ガレイ並みの魔力。その両方を持ち合わせているのが当然で、そんな世界に使える魔術、持っている魔力量はそのままのお前がいる。自分について、どう感じる?」

「…だめな奴、おちこぼれ。だろうな。他のやつにできて当然のことが、できないわけだからな」

「俺も、そうなんだよ…こういえば、理解してもらえるか?」

「なんとなくはな…」

 そう言って、ローザはゼクディウスから離れていく。

「ですが、先生は俺にとって尊敬する相手です。先生だからじゃない。先生と呼ばれるだけの努力を重ねているからです…魔術の才能なんて、尊敬されるか否かに問題はないと思います」

「確かに、そのとおりかもな…だが、軽蔑されるか否かに大いに問題が起きる。ねえ、知っている? あの先生は、たった一つも魔術が使えないんだって…ってな具合にな」

「俺たちの中にそんなやつはいません! ミウメとサクラですら、自分たちの力をみだりに使いません…それは、自重を持っているからだと、俺は信じています」

「そうだな…お前たちの中にはそんなやつはいないだろう。だが、お前たち以外はどうだ? …いや、よそう。こんな話、長引かせる意味はない」

 そう言うと、ゼクディウスは普段通りの笑みを見せた。

 それは、強がっているようにしか見えなかったが、二人はなにも言わなかった。

「まあ、そういうわけだから俺は魔術と関係ないものを使う。知識とか、戦術に関するものをな…さて、それじゃあさっそく、作戦構築だ」

「…分かりました。では、まずは基本戦術から」

 そうして、夜中の作戦会議が始まった。


十章 END

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