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九章 知られてしまった事実 上

「戦争なんて…嫌です~~!」

 ゼクディウスの扉の前。サーシャとローザはアオイのその叫びを確かに聞いた。

「…戦争?」

「アンケートの事…にしちゃ、取り乱しすぎだな」

 涙声の叫び。それをアオイがあげている。それだけでただならぬ事態が起きているのだろうと二人は予測する。

「…って、アオイは先公の部屋で何を叫んでんだ? 戦争なんて嫌? いったい何言ってんだ?」

 戸惑うローザと、黙り込むサーシャ。

「なんで兵器増産とかしちゃうんですかぁ~!」

 そうしている間にも、再び涙声の叫びが響く。それはやはり、アオイの声で。

「…!? アオイ…いったい、何言って…!?」

「……それを知るには、直接聞くのが一番早いと思います」

 ためらうことなく扉を開けるサーシャ。

 そこには、泣きながらゼクディウスに抱き付いているアオイと、それをそっと抱き返しているゼクディウスの姿があった。

「…お兄さま、お姉さま。いったい何をなさっているのでしょう?」

「ふぇっ!? し、シロちゃん!? ローザも…ど、どうかした?」

 慌ててゼクディウスから離れるアオイ。驚きゆえか、姉らしくあるためかはわからないが、涙も止まっている。

 しかし、当然泣いていた痕跡は残っている。ほんの少しとは言え目は泣きはらした様子があるし、涙の痕も頬についている。

「…どうかしたのは、お姉さまの方ではありませんか?」

 泣きながら抱き付いているところから見ているサーシャは、そう言いながらアオイの方へと歩んでいく。

「…戦争、兵器増産。何のことか、詳しく聞かせていただきます。お兄さまに抱き付いていた理由も。窓の外のお二人も、知りたい事でしょうから」

「窓の外…って、もしかして、サクラとミウメか? いるんだったら出てこい」

 ローザが大きな声で言うと、いたずらがばれた子供の表情で窓の下から顔をのぞかせる双子。

「いやー、いいもの見させてもらいました」

「でも、問題発言も聞いちゃった…」

「「先生にサーシャさんのいったことを聞きたいです!」」

「…とりあえずお前らは中入れ」

 窓を開け、双子を引っ張り上げるローザ。

「…で? オレは抱き合ってた理由なんざどうでもいいが、戦争だのなんだのってのは聞かせてもらいたいわけだが」

 双子を部屋の中に引っ張り入れたローザはゼクディウスとアオイにそう問いかける。

「…やれやれ。アカネさんにどなられるな、これは」

 逃げ道がないことを悟った様子のゼクディウス。

「話していいのですか? あんな、大きなことを…」

「無理に隠しても不安をあおるだけ、悟られたらいっそ教えてやれとのお達しだからな」

 不安げに見上げるアオイにゼクディウスはそう答える。

「さて…皆は、どこから聞いていた?」

 椅子に座ると、余裕たっぷりという様子でゼクディウスはそう尋ねる。

「「私たちは、アオイさんが部屋に来たところから見てました!」」

「オレたちはアオイが戦争だなんだと叫んでるのを聞いたくらいだな」

「…言っておきますが、抱き合っているところは、しかとこの目で見ましたので」

「なるほど。俺たちが抱き合っていたところは皆見ていると。照れるな、アオイ」

 あからさまに冗談めかした口調で言うゼクディウスだが、アオイは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

「オレは、そこはどうでもいい。お前らもとりあえず本題の方を見ろ。先公、あんたもな」

「ローザの言う本題っていうのは、戦争のことだな?」

 ゼクディウスの言葉に、ローザは静かに頷く。

「分かった。さて…どう話したものかな…」

 少し考えるそぶりを見せ、ゼクディウスは再び口を開く。

「俺たちは、ここに資金援助してくれているっていう好事家から話を聞いたアカネさんから話を聞いた…つまり、又聞きの話というわけだな。だから、どの程度信頼できるかはお察しだ」

 そう前置きすると、ゼクディウスはアカネから聞いたことを話し出す。

「戦争が、始まるかもしれないらしい」

 その言葉に、一同息をのむ。

「ああ、そんなに真面目に聞かないでいいぞ。何しろ、根拠は兵器がわずかに増産されたこと…それも、輸出用だとか、民間用の需要が増えた、で説明できるレベルだそうだからな。つまりは、好事家がわずかな事に大騒ぎしているか、俺たちでは及ばないほど深謀遠慮しているかのどちらかだ」

 ゼクディウスのその言葉に、双子は安心した様子を見せる。

「なんだ、それくらいのことなのね」

「好事家さんったら、心配性ね」

 そう言って、笑いもする。

 しかし、サーシャとローザはそうはしない。むしろ、疑念が強まった、とすら言える表情をしている。

「…それだけじゃねぇだろ」

「いや? これだけだぞ?」

「……嘘です。その程度の情報でお姉さまが泣き出したり、お兄さまに抱き付いて叫ぶほど取り乱すとは思えません」

 冷静なサーシャの推測に、双子も再び真剣な顔つきになる。

「言われてみれば…そうよね」

「先生、本当のことをおしえてください」

「やれやれ…じゃあ、話すが…対神の意志の兵器が開発されたかもしれないらしい。これは本当に風聞の域を出ない。それと、これ以上は俺たちも知らない。どうしても知りたいんだったら、周りにこのことを知らない人のいないところでアカネさんに直接聞いてくれ」

 そういうゼクディウスの顔を、じっくりと、観察するように見るミウメ。

「…本当みたい」

 その持前の感覚でそれが本当だ、という事を察したらしい。

「風聞…要するに、噂だろ? 事実と仮定したらかなりやべぇことだけど…」

「……双子の片割れさん。今お兄さまがおっしゃったことはすべて本当なのですね?」

「絶対とは言い切れないけど、たぶん本当よ。それと、私はミウメね。こっちがサクラ」

「ミウメがそういうならそうなんだろうけど…それだけなんですかー? 噂ぐらいでアオイさんはあんなに取り乱さない気がするんですけどー」

 サクラのその言葉にゼクディウスたちを除く全員がアオイに視線を向ける。

「え? えっと、それは…母さんたちが深刻な雰囲気で言っていたのを聞いたので、よほど信憑性のある情報なのだろうと思って…」

「それで混乱してお兄さまに抱き付いたと。時間差で混乱したと」

 珍しく感情を感じられる声音で話すサーシャ。その感情は紛れも無く嫉妬だった。

「なんていうか、やっぱり印象に残る話って、後で思い出したりしちゃうでしょう? 一人でいたら思い出しちゃったから、このことを知っている人に不安だって話して落ち着きたくて…」

「それでお兄さまに抱き付いたと」

「な、何回も抱き付いたって言わないで! 恥ずかしくなってくるからぁ~…!」

 顔を赤くして耳をふさぎ、ぶんぶんと首を横に振るアオイ。

「では、私も今の話を聞いて不安になったのでお兄さまに抱き付かせていただきます」

 そういうと普段のよろよろとした歩き方でゼクディウスの方へと歩み寄っていくサーシャ。

「落着け。それとさっきのは勢いというか、流れというかで…本来なら年頃の異性に抱き付くのはどうかと思うぞ」

 抱き付こうと迫るサーシャの肩にふれて止めるゼクディウス。サーシャはもともと非力なため、ゼクディウスはそう力を入れることなくサーシャを止めていた。

「…問題ありません。ハグは挨拶同然と本で読みました」

「それ、どっかの民族か小さな国での風習だろう…」

 止められていてもなお抱き付こうとするサーシャ。ゼクディウスはあきれつつもそれだけ好意を向けられていることにうれしさも感じる。

(とりあえず、話がそれて戦争の重さは感じないでくれているようだな)

 そう安心するゼクディウス。

「とにかく、すいませんでした! 私はこれで失礼します!」

「サーシャさんたら積極的…それに比べてアオイさんたら照れ屋なんだから…私たちはお邪魔みたいだから行きましょう? ミウメ」

「えっ? あー…そうね。ローザさんも行きましょう!」

「オレたちはこいつに聞きたいことがあって来たんだ。帰るのはその後にしておく」

「…そう言えば、そうでしたね」

 部屋を後にする双子とアオイ。サーシャはローザの言葉でようやく抱き付こうとするのをやめた。

「やれやれ、騒がしいのが去った…で? サーシャ、ローザ。聞きたい事ってなんだ?」

「この本のこの部分だ」

 そういうとローザは本を開き、古代ク・マキナ語が書かれた部分を指す。

「ああ、古代ク・マキナ語か…えーと…?」

「…ル・クル・ウル・ラル ラーイヌ マキュイナ=デグリス ラレライア マクナエラ。読み方は分かるのですが、意味がよくわからなくて…」

「おお、サーシャは古代ク・マキナ語が読めるのか…すごいな」

 驚きを浮かべつつ、ゼクディウスは記憶を総動員して意味を探る。

「えーと…冒頭の部分は、“超越者は何々をかく語った”という意味だったはず。で、その何々にあたるのがラーイヌの部分なんだが…俺が在学してた時は学会の方でもよく分かってないとか言ってたな。で、マキュイナっていうのが古代ク・マキナ語におけるマキナの発音。つまりは、機械だな。だから…デグリスの機械、ってところか。で、ラレライアは生み出す。マクナエラ…これも意味が分かっていない単語だな」

「つまり、“超越者はラーイヌをかく語った。デグリスの機械はマクナエラを生み出し…”ってところか。大事なところが分かってねぇじゃねぇか」

「…確かに…超越者は何について語ったのか…デグリスの機械のデグリスとは何なのか…それに生み出されたマクナエラとは何なのか…謎だらけです」

「確かにそうなんだが…習った覚えのない単語なんだよなぁ。辞書でも引いてみるか…」

 そういうとゼクディウスは本棚に並んだ分厚い本の数々から一冊をえらび抜き取る。

「最新版の辞書だが…さて、調べてみるか」

 そう言いながら大体の位置で辞書を開き、ラーイヌ、デグリス、マクナエラの三単語の意味を調べ出す三人。

 が、数分後。

「ないな…」

 ローザのがっかりしたような声でその調べ物は終わった。

「辞書にも載ってないってどうなってんだよ…」

「…古代ク・マキナ語は現代では未知の知識…ク・マキナが正式に公表している単語数もそれほどではないので、解明が進んでいないのでは…?」

「それか、ク・マキナにとって知られたくない単語なのかもしれないな。例えば、特殊な兵器開発に関する単語だとか」

「んなもんを本に載せるとは思えねーな。万に一つでもばれたらまずい事じゃねーか…それに、過去でないと生み出せないような兵器、思いつかねぇ」

「まあ、そうだよなぁ…ほかに知られたくないような意味の言葉…」

 考える三人。

「…まあ、難しいことは研究者の方々に任せましょう…そもそも、知られたくない意味の言葉だ、という過程自体が間違っているかもしれませんから」

「そうだな。研究者が額集めて意味が分からないようなもん、オレたちがぱっと考えて当たるわけがねぇ。そもそも、大体の言葉が当てはまる以上ヒントはねぇに等しいし」

「それもそうだな」

 三人寄れば文殊の知恵とは言うが、さすがにこれには当てはまらないらしい。しばし時間が経つと、そう結論を付けた。

「とりあえず、聞きたいことは聞けたからオレは部屋に帰る。忘れかけてたが、野郎の部屋に長時間いるってのは性に合わねぇ」

 そういうとローザは立ち上がり、ゼクディウスの部屋を立ち去る。

「…いまいち不安だが、その本は後でオレの部屋まで持ってきてくれ。白いの」

 去り際にそんな言葉を残して。

「自分で持っていけばいいだろうに…」

「…私が、読みたいと言ったからかと…読み進めていって分からないところがあれば、私がお兄さまに聞くと思ったのでしょう」

「そういう事か…ん? じゃあローザは自分が分からない時はどうするつもりなんだ?」

「…おそらく、私に聞くのかと」

「なるほどな…それにしても、ローザの男嫌いはよっぽどだな」

「…そうですね。私にも理由は教えてくれませんでしたから…ローザさんにとってよっぽど重要な事なのでしょう」

 そこで話題が途切れる。

「…あー…」

「…どうかなさいましたか?」

「いや…ちょっとな。サーシャみたいな美人と同じ部屋で二人きり、って状況にちょっと緊張してるんだ」

「…緊張されることはありません。しばらく本を読ませていただきますので、疑問点ができたら話しかける置物だとでも思っていただければ」

「そうか…」

 内心でそう思えれば苦労しないんだが、とつぶやくゼクディウス。

「それじゃあ、俺は問題集でも作っておくから…好きなところで読んでいてくれ」

「…分かりました」

 少し考えるそぶりを見せると、サーシャはゼクディウスの足元に移動して本を読みだした。

「……どうしてそうなった? 机の下だぞ? 暗いし、頭打つぞ?」

「…薄暗いほうが集中できるので…それに、この方がお兄さまの近くにいられます…」

「……まあ、お前が良いんだったらいいとしておくが…」

 全くそう思っていないゼクディウス。

(年頃の少女が自分の足元で本を読む…なんだこの状況…とりあえず、下手に足は動かせんな…)

 サーシャを蹴りでもしたらどうなるかと想像して、一人震えるゼクディウス。

 その時、サーシャが体を揺らし、ゼクディウスの足に軽くではあるものの、その柔肌の感触が伝わる。

「…お前の体はあたたかいな、サーシャ」

 平静を演じてそういうゼクディウス。異性の肌の感触など母親くらいからしか受けていない彼の内心はどのような物だったろう。

「…お兄さま、顔が赤いようですが」

 サーシャのその言葉がすべてを表しているようでもあった。

「…っき、気のせいだろう」

「…勝った」

「何にだよ…?」

「……………お気になさらず」

「その間は何だ、その間は…まあ、気にしないで問題作っておくよ」

 そう言って問題作成に移るゼクディウス。

(足元のは猫。足元のは猫。足元のは猫…)

 時折触れるぬくもりや、さらさらとした髪の感触をそう考えてごまかしながら。

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