六章 なんてことはない日々 下
彼の朝は早い。まだ五時くらいであるにもかかわらず、彼の枕もとの目覚まし時計が鳴り響く。
「よ、っと…よし、朝食までには全員分のプリントを完成させないとな」
そういって起き抜けでぼんやりとしている頭を何とか回転させようと立ち上がるゼクディウス。しかし、その目論見は外れたようだ。相変わらず頭はぼんやりとしている。
まあ、やるしかないか。そんなことを思いながらゼクディウスは机の前の椅子に座り、昨日の続きの作業を行う。
例えば、昨日の段階ではまだ書いていなかった全員に見せるプリントや、アンケート用のプリント。そういったものを書き出した。
「……」
そして、ゼクディウスは質問文の最後をこう締めくくった。
“もしも再び戦争が始まるとしたら、あなたはどうしますか?”
今日もまた戦争に関する部分の授業をやるのだから、この質問に疑問を覚える者はいないだろう。そう考えてのことだった。
「…我ながら、ずいぶんと弱い神経だ」
思わずそうつぶやくゼクディウス。誰にも話せない、だが、誰かに打ち明けてしまいたい思いをそうして文にしてしまったのだ。
「まあ、これくらいならばれない…よな?」
ひとりごちりながら紙を拾い上げ、まじまじと眺めるゼクディウス。
「旦那ー! 朝ですぜ! 起きてくだせ…って、なんだ、もう起きていやしたか」
そう思っているところに突如ガレイが入ってくるものだから、思わず紙を隠そうとしてしまうゼクディウス。そんなことをして、ガレイが気にしないわけがない。
「なんですか? もしや、あっしのような未成年には見せられないわいせつ物ですか!?」
「違う! まったく、お前はなんでそういう思考にたどり着くんだ…」
「そりゃ、いきなり部屋に入って何かを隠すと来れば、男ならそういう妄想を膨らませずにはいられやせんぜ! で、結局何を隠したんです?」
そういってゼクディウスの前まで歩み寄り、隠した紙を奪い取ろうとするガレイ。
「おいおい、そこまでしなくても見せるよ…ほら」
見せても大丈夫だろうか。一瞬そんな考えがゼクディウスの脳裏をよぎるものの、これだけで戦争が始まるなどと結び付けられはしないだろうという考えにいたり、ガレイの手に紙を渡す。
「どれどれ…なんだ、アンケートのプリントでしたか。卑猥な落書きなどもないようですし、なんで隠したのか不思議ですねぇ」
「まだ授業前だからな。下手に生徒に見せるわけにはいかないと思ったんだよ」
ゼクディウスは一瞬どきりとするものの、ガレイが笑みを浮かべるのを見て安堵する。
「なるほど、そういうことでしたか」
そういってアンケートを眺めていくガレイ。その視線は、当然“もしも再び戦争が始まるとしたら、あなたはどうしますか?”という一文に当たる。
「…ずいぶんと、物騒な前提の話を聞くんですね」
「まあ、あくまで仮定の話だよ。本当に始まるわけがない。我ながらどうしてそんな質問を思いついたのか不思議だよ」
「はは、違いないです」
そういってゼクディウスにプリントを返すガレイ。
「そうそう。朝食の準備は始まってますから、よかったら姉御たちを手伝ってやってくだせぇ! あっしは一足先に頂いたので、仕事に行ってきやす!」
そういってガレイはゼクディウスの部屋を後にした。
その後にゼクディウスが一人残される。
「やれやれ…ま、これならばれずに済みそうだ」
頭に手をやり、呟く。その表情にはばれないで済んだという安堵と、秘密を少しだけさらせるという解放感が浮かんでいた。
そのままゼクディウスは椅子に座りなおし、プリントの続きを書き始める。その一番下には、やはり戦争の質問を書いていた。
そのまま書き続けること三十分はたっただろうか。そのころには、昼授業組(アオイ、サーシャ、ローザ、サクラ、ミウメ)の分が完成していた。
そこまでやって、ようやく休憩とばかりに伸びをするゼクディウス。背筋はバキバキと鳴り、さぞや気持ちよかったことだろう。
――さて、朝食の手伝いにでも行くか。
そう考えて席を立つゼクディウス。
彼が向かった先の厨房は…まさしく、戦場だった。
「アオイ! 野菜切り終わったよ! 次は?」
「母さんはえーっと…鍋の用意をしておいてください。シロちゃん、玉ねぎの皮はむけた?」
「ひっく、ぐす…あとちょっと…ぐすん…」
「おやおやぁ、サーシャさんは剥くので精いっぱいのご様子。サーシャさん、切るのは私に任せてくださいな」
「ありがと! えっと、次は…こらー! ミウメ、つまみ食いしない!」
「キャー! ばれたー!」
「まったくもう…サクラもよ? その手に持った物戻して席で座ってなさい」
「…いつばれたの?」
「あなたたちはいつも二人で行動しているから、片方がおとりになるだろうなっていうのはわかってたの。さ、それ戻しなさい」
「は、はーい…」
…と、大声が飛び交う実に活動的な厨房。
その中にゼクディウスは飛び込むことを一瞬躊躇するも、何のためにここまで来たんだ、と自身を奮い立たせて声を出す。
「アオイ、俺にも手伝えること――」
「はい!?」
振り返るアオイの眼は血走っている、と言っても過言ではないほどの目つきで、さらにその手には包丁。朝食を作っているのだから当然だが、その眼付と包丁という武器が合わさって、もしかしてこれから人一人を消してくるのか、と思えるほどだった。
「あ、えっと、俺も、手伝えないかなって…思ったんだが…」
その眼に若干恐怖を感じたものの、再び訪ねるゼクディウス。
「あー…えっと、じゃあ、シロちゃんがタマネギの皮むきしていると思うので、それを手伝ってあげてください!」
「了解した」
自分のやるべきことを与えられ、行動に迷いがなくなるゼクディウス。隅っこのほうで小さくなって皮を剥いているサーシャの隣まで行き、タマネギに手を伸ばす。
「どうだ? サーシャ。今までより外にいる時間が伸びて、疲れてないか?」
ゼクディウスのその言葉にサーシャは首を横に振る。が、そのあと少し考えるそぶりを見せて首を縦に振る。
「えっと…どっちなんだ?」
「…皆さんと一緒にいる時間は楽しいです…だから、いやではないのですが…その後、疲れます」
「なるほど、遊び疲れってわけだ。いいことだと思うぞ、うん」
その言葉に首肯するサーシャ。
「さて、タマネギの皮をむくとするか…包丁は、っと」
そういって、包丁を探すが、身の回りにはない。アオイたちのほうまで行かないとなさそうだった。
――参ったな。心中でそうつぶやく。そこにいる全員がその場を離れられないような仕事をしているのだから、ちょっと包丁を、などと入っていくことはできない。
「…お兄さま、大丈夫です」
「? 大丈夫って何がだ?」
「お姉さま、包丁を一本」
サーシャの大声という、もしかしたら二度と聞けないものによってアオイは動き出した。
と、言っても何歩も歩いたわけではない。棚を開け、その裏側の包丁入れから包丁を抜き出し、サーシャのほうに投げただけだ。
そう、抜身の包丁を。
「はっ!? ちょ、あぶ…!」
ない、と言い切る前に、半透明の幕のようなものが包丁を優しく受け止める。
「…ナイスコンビネーション」
親指を立てながらそういうサーシャ。その幕はサーシャの作り出した結界だった。やさしく受け止められた包丁はもう完全に動きを止めており、ゼクディウスに柄を向けて宙に浮いていた。
「…間に人がいたら危ないからできるだけやらないようにな」
とりあえずそれだけ言って包丁を受け取るゼクディウス。
さあ、朝食準備という名の戦争はこれから始まる。
● ●
そして、三十分程度たったろうか。早出の者以外の朝食が完成していた。
「やれやれ…厨房は地獄だな…火のそばだから暑い…サーシャは大丈夫だったか?」
ゼクディウスがそう聞くと、サーシャは自慢げに己の肌をさすった。
「…耐熱コート結界、マスターできました」
その言葉は、確実な進歩のあかしだった。人を恐れてばかりいたあの頃はただ結界を張るだけしかできなかったのが、そこからたった数日で志向性のある結界を張れるようになったのだから。
「すごいじゃないか…! ただ、できれば俺にもやってほしかったな」
あまりの暑さに滝の汗を流すゼクディウス。そんなボヤキにも似た発言をする。
「…まだ、試用中…加減を間違えたら、かえって熱くなったりするかもしれないから」
「それで俺にはやらなかった、と。なるほどな。その気持ちはありがたいよ」
そういってサーシャの頭を軽くなでた。
サーシャは、頭の上に手を出される、ということに対する恐怖心があった。もしかしたら殴られるのではないか、という恐怖感を感じるからだ。その恐怖で無意識に結界を張ってしまうこともあった。
だが、今は違う。ゼクディウスのやさしい手をただ感じて、気持ちよさそうに目を細めるだけだ。
「っと、すまん。汗をかいた手で触ったりしたら汚れるよな」
そういってサーシャの頭から手を放すゼクディウス。
「…あ」
「ん? どうかしたか?」
サーシャの残念そうな声音を聞けばどうして声を漏らしたのかなど分かりそうなものだが、ゼクディウスはそれを察することができない。まったく、罪作りな男である。
「…なんでもありません」
「…? ならいいんだが」
そしてごまかしにあっさりとのってしまう。純粋というべきか、バカというべきか。いや、違う。彼を表すにはぴったりな一言があった。
鈍感。それ以外に言い表しようはあるまい。彼は徹底的なまでに鈍感だった。
そんな鈍感な彼は、首をかしげながらも朝食の配膳に戻る。その後ろでサーシャが珍しく浮かべた感情のある表情を見ることなく。
「おはようございます、先生。随分と早起きなさるのですね」
食堂に入った彼を迎えたのは、カークスのそんな言葉だった。
「教師たるもの、生活習慣の面でもお手本にならないとな」
「なるほど。手伝いをするのもその一環ですか? でしたら、俺もその真似をしなくては」
そういって笑いながらゼクディウスの運ぶ料理を受け取るカークス。
「お、悪いな」
「いえいえ。お気になさらず」
そんな会話を交わし、再び厨房へと戻っていくゼクディウス。カークスも受け取った料理の配膳を終えてからその後に続く。
なにしろ、人数が多い。そのため皿は無数にある。
「ほら、ゼクさん。急がないと冷めちゃいますよ!」
その皿を以前も見せた絶妙なバランス感覚で運んでいくアオイ。一晩たって感情の整理もついたのだろう。その表情から戦争の色は完全に失せていた。
「まあ、カークスも手伝ってくれるから何とかなるだろ。アオイのほうこそ、落とさないように気をつけろよ?」
「ふふ、毎日やってるんですから、そんなことしませんよ…キャーテガスベッター」
わざとらしく皿を傾けてみせるアオイ。その皿から具材がこぼれることは一切ない。本当に大したバランス感覚だとゼクディウスは改めて感嘆を覚えた。
「まったく。毎朝のことですが、改めてみるとすごいものです」
ゼクディウスの後に続いていたカークスも当然その様子を見た。思わず、といった様子でそうぽつりとこぼすカークス。
「そうだな。どうして落とさないんだか…」
そんな話をしながらも、ゼクディウスは朝食を運ぶ準備を着々と進めていく。その様子を見てカークスも我に返り、配膳の支度をしていく。
「それにしても、先生もなかなか手際がいいですね。家でもこういうことを?」
「んー…家ではやらなかったが、一人暮らしになってから、な。必然的にやることになったから、多少は家事もできるさ」
「なるほど。俺も家事はできるようになっておきたいところですね。いつまでもアオイさんたちだけに頼るわけにもいきませんから」
「その意気やよし。まあ、頑張れば割とすぐ身につくことだぞ」
雑談を交わしながら食堂へと戻る二人。そこにちょうど双子がやってくる。相変わらず楽しそうに話をしている二人。
「おやおや? ミウメ、ウブラリアさんが手伝いをしているわよ!」
「そうね、サクラ。これは…夏に雪が降るわよ!」
「失敬な。俺だってたまには手伝いぐらいしますよ」
「「ですよねー!」」
そういってきゃっきゃとはしゃぐ双子。本当に相変わらずだ。
「二人も手伝ってみたらどうだ? 案外楽しいものだぞ」
「早起きは苦手!」
「起き抜けに動くのも苦手!」
「「そんな私たちは遅起きシスターズ!」」
双子はそう言い終えるとハイタッチをした。
「手伝いたくないんだな。やれやれ」
「…そんなあなたたちの朝食はですとろーい」
そんなことを言いながらサーシャは双子の分のパンから手を放す。
「なっ!?」
「「ちょっ!?」」
それを見て、双子だけでなくゼクディウスも思わず叫びを発する。
しかし、そのパンが床に落ちることはなかった。途中で現れた半透明な幕、すなわち結界により受け止められたのだ。
「…軽いジョーク」
それを見てゼクディウスのみならず、その場の皆が驚きと、若干の呆れを見せる。
驚きは、わずか数日でそこまで結界をそこまで使いこなせるようになったことに対して。
呆れは、そこまでした能力を遊びに使うことに対して浮かべられたものだった。
あるいは、そのようなジョークをどこで覚えたのか、ということに向けてのことだろう。
「まあ、受け止めたから今回はよしとするが…もう、食べ物を遊びに使うんじゃないぞ? 食べ物を粗末にするやつにはばちが当たるっていうしな」
「…そうですね。少し遊びすぎました。ごめんなさい」
そういいながら結界の上のパンを拾い上げるサーシャ。それと同時に結界も姿を消した。
怒られたということで少し落ち込んだ様子を見せるサーシャだが、同時にどこか嬉しそうでもあった。
きっと、優しく怒られた、というのがうれしかったのだろう。言葉による軽い注意、今までの彼女に対するものとは真逆のしかり方。そういうものが、きっとうれしかったのだ。
「…では、お二人とも、パンをどうぞ」
拾い上げたパンを改めて器に載せ、二人に差し出す。
「あ。うん…ありがとう」
「…あ。うん」
二人は先程の物を見た驚きからか、珍しく静かにものを受け取った。
そして、それを見てサーシャは不器用な笑顔を浮かべる。先ほどのことは、双子を静かにさせるためにやったのかもしれない。
そのままサーシャは台所に戻っていった。そういえば、まだ一皿あったな。そんなことをゼクディウスは思った。
しばらく待つと、たしかになりつつある足取りでサーシャが皿を持ってきた。
「さて、これで配膳も済みましたし…早速朝ごはんにしましょうか!」
アオイのその言葉をきっかけに、それぞれが好きな席に着き、朝食が始まった。
「アオイさん、そのソースとってー」
「また? もう、サクラ。あんまり濃い味付けは体に悪いよ?」
「動いて汗かくだろうからちょっと濃いくらいでちょうどいいのー!」
「そうなると、おんなじくらい動く私はどうなんだろうね」
「いいのー! アオイさん早くソースー!」
双子は食事中でも騒がしい。そんな二人をたしなめながら、アオイはソースを渡した。
「もう、ミウメのせいで怒られちゃった」
「サクラのせいでしょー。自業自得ってやつ―?」
「はぁ…まあ、どっちでもいいか」
「そうね。なんて言ったって…」
「「私たちは仲良しシスターズ!」」
そういってまたもハイタッチをする二人。
「二人とも、朝食はもう少し静かにとりましょう。俺も騒がしいのが得意というわけではないですし」
今度はカークスが二人をたしなめる。もはや慣れたものという様子だ。
ただ一つ、違和感があるとすれば、後半、自分は騒がしいのが得意ではない、ということを付け足すように言ったことだ。おそらく、それは本音でなく、サーシャを気づかってのことなのだろう。
サーシャはそれを感じ取ってか、軽くお辞儀をしていていたが、カークスは気にしないで、といった様子で手を振った。
「「むぅ…」」
それを見て仲良しシスターズがうなる。大方、二人が恋愛関係にあるのでは、などと考えているのだろう。
「まったく、お前たちはどんな時でも楽しそうだな」
その様子を見てゼクディウスはそんなことを言う。
「当たり前じゃない! 人生は限られた時間しかないんだから!」
「思いっきり楽しまないともったいない!」
「なるほどな…だからと言って、恋愛にばかり目をやるというのもどうなんだ?」
ゼクディウスのその言葉に顔を見合わせる双子。そして、おかしげに笑う。
「「そういうのが気になるお年頃なんですー!」」
「…そういうものなのか? 俺にはさっぱりだ」
そういってアオイのほうを見やるゼクディウス。
「そうですね。女の子は恋愛ごとに関心が及ぶ年頃があると思います。でも、二人はちょっとませてるかな?」
「だそうだが?」
「…以上の文は個人の意見です」
「個人差があります」
そういって視線をそらす双子。
「そういうものかね? アオイさんや」
「うーん…まあ、個人差がある、という言葉を出されてしまうと反論はできませんね。実際に、個人差はあるわけですから」
そういって困ったように笑うアオイ。その様子を見てビスカリアが横から口を出す。
「やっぱり、恋に恋する乙女心ってものがあると思うっすよ! むぐむぐ…乙女ならば、誰もが恋に焦がれるものっす!」
「物を食べながら話すのはやめなさい、ビスカ」
その言葉にとっさにビスカリアは防御の姿勢をとる。しかし、そこに何らかの攻撃が加わることはなかった。
「…あれ? ロベリア、叩かないんっすか? てっきりなんか手を出してくるかと思ったっす」
「さっきウブラリアさんが言ったばかりでしょう? 静かに食べなさい。二人も、あんまり騒がしいと…パーンよ」
「ごくり…わかりました、少し静かにします」
「それにしても、叩かれないことで残念そうにするなんて…今日からビスカリアさんはマゾカリアさんかしら?」
「女同士のゆがんだ愛…悪くないわね」
「…本当にパーンしてほしいと見えるわね」
「ついでに言っておくと、自分はマゾじゃないっすよ? 予想が外れて、意外に思っただけっす」
そんな四人を見て、カークスが咳払いを一つした。
「あ…すいません。注意するだけのつもりが、少しうるさくなってしまいましたね」
そういって少し落ち込んだ様子を見せるロベリア。それを見て、ビスカリアや双子も少し静かになる。
「そこまで気にしなくてもいいですよ。ただ、食事中に必要以上にしゃべるのはいただけませんね」
「はい…おっしゃる通りです」
「それが分かっていただけたのなら…もう少ししゃべりましょう。みんなで囲んでいるのに静かな食卓というのもいただけないですからね。ただ、必要以上に騒がしくならないように」
矛盾していますね、と言いながら笑うカークス。その笑顔を見て若干ではあるものの、頬を染めるロベリア。
「ウブラリアさんって先生と同じくらい鈍感なのかしら…?」
「おいこら、そこでどうして俺が出てくるんだ?」
「それは…わかってるんじゃないですか?」
「…さっぱりだな。クフェア、わかるか?」
「あはは、この間も言っていませんでしたか? アオイさんとサーシャさんにも言われたのでしょう? それとある程度共通していることかと思われますです、はい」
その言葉を受けてゼクディウスは考え込む。
「…なるほど。第三者から見るとこんなにもわかりやすいことなのか」
「ですです。お分かりいただけたでしょうか?」
「ああ。分かりやすい説明をありがとう」
その言葉に、クフェアは楽しそうに笑った。
「いえいえ。何はともあれ、それが分かったのなら今後はご自身のことにも生かしてくださいね?」
「ああ。気を付ける」
そんな話をしているのにカークスたちも気づいたようだ。
「コホン…先生、何か勘違いをなされていませんか?」
「いや? お前の感情は正確に把握できているつもりだが?」
「まったく…それ自体が勘違いだと言っていますのに」
不満げな様子でそうつぶやくロベリア。だが、それが照れ隠しであることはだれが見てもわかることだった。
「お二人はいったい何の話をしているのか…さっぱりわかりませんね」
ただ一人、カークスを除いて。
「お前にもわかる日が来るさ。俺にもわかったんだからな」
「うーん…よくわかりませんが、わかったということにしておきます」
首をかしげながらカークスはそういう。彼もまた、鈍感な人間なのだろう。
「…わかっているのにああいうことをするのは卑怯です」
そんなサーシャのつぶやきはだれにも聞こえなかった。
このように、にぎやかに朝食は続いていく。
こうしていると本当に戦争のことなど忘れてしまいそうだ。そうゼクディウスは思う。きっと、それはアオイも感じていることだろう。
いっそ、戦争になるかもしれないという情報自体が間違いだったかもしれない。そんな風にすら思いたくなる。
なにしろ、多少の軍備拡張に出所も定かではない噂だ。冷静になってみると、それがどうした、と言いたくもなる。
だが、その出所が問題なのだ。好事家というのが誰か知らないが、そのような情報を知れるということはそれなりに高い位の人間のはず。それほどの人間が噂を鵜呑みにするとは思えない。それだけ大きなことなのだから。つまり、そこには何か、信じざるを得ないような証拠があるかもしれない。
だから、冷静になってみたところで、戦争なんてありえない、と考えることはできないわけだ。二人もそれがひっかかっているのだろう。だから、安心しきることもできない。
もっとも、それを知って二日目になってもまだ表情に出さずにいられないほど、二人は子供ではない。その事実を周りに隠すことなど、容易とまではいわないが、そこまで難しいことでもなかった。
まあ、それが大人と呼べるのかどうかまではわからないのだが。
「ごちそうさまでした。さて、俺は仕事に行ってきます」
しばらくして、ウブラリアがそう言った。食事が始まってからそれなりに時間が経っていた。特別に彼が早いというわけでないらしく、ほかの皆も大体食べ終えていた。
「ゴチでした~。それじゃ、私も出るとしますかね。おっと、その前に、お片付けっと」
「ごちそうさまっす! さーて…今日も一日、頑張るっすよー!」
「ごちそうさまでした。張り切るのはいいけれど、空回りしないようにしなさい、ビスカ」
それに続いて、クフェア、ビスカリア、ロベリアの三人が席を立ち、自分の皿を台所に持って行った。
その様子をゼクディウスが眺める。彼も朝食を終えたようだ。
「ごちそうさまでした…ゼクさん、どうかなさいましたか? もう良いのでしたら、片づけますが」
「ああ、いや。何でもないよ。まあ、片づけぐらい自分でやらせてくれ」
若干慌ててそういうゼクディウス。実際には慌てるようなことは何もないのだが、まあ、彼の性格的なものなのだろう。
「ふふ、ありがとうございます。サクラとミウメも見習ってね?」
「私まだご飯中だから知らない…」
「私もまだご飯中だから知らない…」
「「そんな私たちはものぐさシスターズ」」
「自覚があるなら直してほしいな、まったくもう。というか、その何とかシスターズって気に入ったの?」
苦笑しながらも手を休めず、片づけを進めていくアオイ。
その様子を見て笑いながら、ゼクディウスも片づけを進める。
「まったく、お前たちは…あれか? 短い人生を楽しむためには片づけの時間すら惜しいって考えなのか?」
「「そう! まさにそれ!」」
ゼクディウスが何気なく放った言葉に全力の同意を見せる双子。二人が以前言っていた言葉だけあって、それは自然な流れだった。
それを見てアオイはますます苦笑を浮かべるものの、双子はそれを気にする様子も見せず、食事に戻っていた。
「まったく、二人は仕方ないなぁ。でも、ちゃんとお片づけはしてもらうからね?」
「とほほ」
「私たちの話は無視ですか」
「うん、無視。それじゃあ、頑張ってね」
そう言い残してアオイは台所へと姿を消した。反論を認めるつもりはない、ということらしい。
「「なんと非情な!」」
「まあ、片づけぐらいですんでよかったと思え。その後の洗いまでやるとなると、もう少しばかり時間がかかるからな」
「そうですねー」
「すねー」
「まあ、片づけができるようになっておいて損はないと思うぞ? 家事ができて困ることはないんだからな」
「そうですねー」
「すねー」
そこまで話をして、ゼクディウスはひとつの事実に気が付く。
「…お前ら、話聞いてないだろ?」
「そうですねー」
「すねー」
「…やれやれ」
そういいつつ、放置されている皿も含めて回収していくゼクディウス。
「自分のことは自分で。それが基本だぞ。それくらいはできないと一人前のレディーにはなれないな」
「うーん…別にレディーになりたいってわけじゃないんだけど」
「ほう。それじゃあ、二人は何になりたいんだ?」
そういって二人をうかがうゼクディウス。これを好機と、二人のなりたいものを知ろうとしているようだ。
「玉の輿」
「玉の輿」
「金のことばかりか!?」
今までタイミングを合わせたかのように同じことを言っていた双子が珍しくずれて(もっとも、内容は同じだったが)発言したことも忘れてツッコミを入れるゼクディウス。
「「もちろん、外見と性格にもこだわりますよ?」」
「より贅沢だな。まあ、夢は大きく。実現できるのは理想より小さくなってしまうというからな。いいこと…いいことだよな? うん」
戸惑いながらも自分を納得させるかのようにうなずくゼクディウス。
「だって…ねぇ?」
「女の子だったら玉の輿は夢に見るものよねぇ?」
「そうか? 俺はそうは思わないが…まあ、男の俺が言うのもなんだが」
「「それじゃあ、先生はどう思っているんですか?」」
左右対称に首をかしげながらゼクディウスに問いかける双子。
「そうだな…自分を一途に愛してくれる異性と、二人で慎ましやかな家庭を築くっていうのは結構いいんじゃないか? 浮気の心配もないし、何より、玉の輿よりは現実的だし…」
「先生、妥協点を見つけた中年女性みたいなこと言っていませんか?」
「しかも、その中では比較的夢見がちなことを言っていませんか?」
あきれたようにそういう双子。
たしかに、その通りかもしれない。ゼクディウスの脳裏をちらとそんな言葉がよぎった。
「む…そうなのか?」
「そうですよー」
「お金、ルックス、そして性格。それらを選考基準から捨てようとしたものの、性格だけはどうしても求めてしまう。ありがちですよねー」
「ねー」
「まあ、性格の良さを求めるのはわかります。どんなに大金持ちだろうと、どんなに外見がよかろうと、結局長い間一緒にいて大切になってくるのは性格」
「性格の不一致で離婚なんて、ありがちな話ですよねー」
「むぅ…確かに。結構いろいろ考えてはいるんだな。というか、そこまで考えているなら、なぜ玉の輿にこだわるんだ?」
そう問いかけると、やれやれ、といった様子を双子は見せた。
「「それは女の子の夢だからー!」」
そして、座ったまま鏡写しにポーズをとりながらそういうのだった。
「やれやれ…おっと、片づけがまだ済んでいなかったな。お前たちもちゃんと自分の分を片付けるんだぞ?」
「ちっ」
「忘れていませんでしたか…」
「そりゃな。さっき言っていたばかりだし、そんなすぐには忘れないさ」
がんばれ、そう言い残してゼクディウスは台所へと向かった。その背中をどこか恨めし気に双子が眺めていた。
まあ、そのようなことに彼が気付けるわけもなく、後ろを振り返ることなく台所にいるアオイのもとへと向かう。
「ふんふんふ~ん♪ 早くきれいになぁ~あれ♪」
台所ではアオイがそんな歌を紡ぎながら指を回していた。その指先からはキラキラと光が放たれており、実に神秘的な雰囲気をかもし出している。
「さすがは一級呪文師。洗い物にも呪文を使うんだな」
「あ、ゼクさん。はい、こっちのほうが早いですからね。それに、なんか気疲れしちゃったので、今日は呪文で洗うことにしたんです」
そういいながら空いているほうの手でゼクディウスの持ってきた食器を受け取るアオイ。
「二人はどうでしたか? ちゃんと持ってきてくれそうでしたか?」
笑いながらそう尋ねるアオイ。その様子を見てゼクディウスは疑問を浮かべる。
「もう平気なのか?」
アオイはその一言で理解したようだった。何を、などと聞き返すことをせず、微笑みを浮かべるだけだった。
「ええ。いつまでも動揺しているわけにもいかないですからね。大勢の弟妹がいる身ですから」
「そうか…俺も見習いたいくらいだな」
「ゼクさんも冷静になっているようですが? 大丈夫、皆にばれるようなことはないですよ」
その言葉にゼクディウスは困ったような笑みを浮かべた。
「そうか、ならいいんだが」
ガタッ。ゼクディウスがそう言い終えるとほぼ同時にそんな音が台所に響いた。
「誰だ!?」
ゼクディウスは思わずそう叫び、声のしたほうを見る。
「あーあ。見つかっちゃった…」
そこにはつまらなそうな表情をしたサクラと、舌をペロッと出したミウメの姿があった。
「もう、ミウメ。もうちょっとおとなしくしていれば話の中核を聞けたかもしれないのに…」
「ごめんごめん。いよいよかと思うとつい乗り出しちゃって…」
二人はそんな話をしながら、隠れ聞きをしていたということに悪びれる様子もなく物陰から姿を現した。
「「やっぱり、二人の間には何かあるんじゃないですか?」」
そして、真っ先に放たれたのはそんな言葉だった。隠し聞きをしていたということは、二人の会話を聞いていたということだ。
幸いとなるのは、戦争という単語を一切出していなかったことだ。これなら、何か隠しているということはわかっても、それが戦争に関することだというのは到底たどり着けない。
「何かって…何のことだ?」
それが分かっていても、動揺を隠しきれない様子のゼクディウス。無理もないだろう。隠していることがばれかけたのだから。それはアオイも同様のようで、若干の動揺が見られる。
「何って…もう、とぼけちゃって」
「「やっぱり告白してたんじゃないですかー!」」
「…は?」
「…え?」
二人にとって意外な発言に思わずそんな間抜けた声を出してしまう。双子の今までの発言からすれば予想はできることだったが、この時の二人は戦争のことしか考えられなかったが故にこのような声を出してしまったのだ。
「…なーんだ、違ったみたいね、ミウメ」
「そうみたいね、サクラ。あーあ、つまんないの」
好き放題に言って双子は台所を後にした。
後には、間の抜けた声を出した二人だけが残された。
「あー…なんだ。なんというか…人が来る可能性のある場所で内緒話はするものじゃないな」
「そうですね…あ、あはは。ちょっと焦りました」
頬をかきながらそういうアオイ。それにゼクディウスも首肯を返す。
二人はそのまま、どこか気まずさげな様子であたりをきょろきょろと見回していた。
「しかし、あれだな。双子はどうして俺たちを、なんというか…くっつけたがるんだろうな」
「確かに、そうですね」
そういってうなずくアオイ。
「やっぱり私が行き遅れているからなのでしょうか…三十前だからといって、余裕を持ちすぎているのでしょうか?」
「アオイ、落ち着け。黙ってれば十代に見えるから。ん…そう言えば、ガレイのやつ、アオイのことをもう二十になる、とか言ってたよな。でもアオイの実齢は二十三歳…どういうことだ?」
「実は…ちょびっと、ちょびっとだけ年をごまかしているんです。あの子、年齢に関した話をしてくるものですから、私は永遠の十七歳、なんて言ってしまって…それを真に受けているわけではないでしょうけど、下手に年を言えば怒られるってわかっている子ですから、たぶんその前後ぐらいなんだろう、と思っているのだと思います。だから、二十になるんだからなんて発言が出たのかと」
「ああ、なるほど。ガレイの勘違いではないんだな…しかし、よく今まで隠せたものだ」
「この魔方陣のおかげですね。以前も言いましたが、老化を防いでくれるんですよ! 女の子にはうれしいですよ~。一級呪文師になったことによる、意外な副産物というかなんというか」
「一定以上の呪文師が身に刻む陣にはそんな効果もあるんだったな。優秀な人材を少しでも長く生かすためだとか何とか」
ゼクディウスのその言葉に、そうなんです、とアオイは返す。
「そういう特権があると、自分が認められたっていう実感があってうれしいですね。自分だけそういうものを受けていると、申し訳ない気もしますが」
「別に気にすることないと思うけどな。陣のおかげで百何十歳まで生きている一級呪文氏が活躍しているのは確かだし。せっかく凄いものになれたんだから、それで受けられる恩恵は受けておいていいんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。でも、そんなに長生きできるというのは喜びだけでなく、寂しいものもあります」
そういってうつむくアオイ。その様子を見てゼクディウスは頭に疑問符を浮かべた様子だ。
「寂しいって…なんでだ?」
その疑問をゼクディウスは素直に口にする。
「だって…普通の人は生きることができても百歳くらいまでじゃないですか。それなのに、私は早くに一級呪文師になれたから、少なくとも二百歳くらいまでは生きることができます。それって、つまり大勢の弟妹を見送る側に回ってしまうっていうことじゃないですか…」
悲しげにつぶやくアオイ。
「なるほど…でも、マイナスのことばかりじゃないだろ? 弟妹のことは見送る側になってしまっても、その子供や孫、ひ孫に、もしかしたら玄孫に会えるかもしれない。それだけじゃあだめなのか?」
その言葉にうなずくアオイ。
「出会いの喜びがあると分かっていても、別れの痛みはつらいものですから」
それにゼクディウスは黙って頷いた。
その後、しばし沈黙が流れる。
「すいません、こんな話をしてしまって。ご迷惑ですよね」
「いや、そんなことはない。むしろ、アオイの考え方を知ることができてよかったくらいだ。一級呪文師なんて、雲の上の存在だと思っていたからな。そんな相手の考え方を知ることができてよかった」
そういって微笑みかけるゼクディウス。
「そう思っていただけると幸いです」
アオイもどこか悲しげではあるものの笑みを浮かべて返した。
「そろそろ、それぞれのするべきことに戻りましょうか。私も洗い物の途中ですし、ゼクさんにも何かやることがあるんじゃないですか?」
「そうだな…夜授業組のプリントも作らないといけない。頑張ってくるよ」
「はい、がんばってください」
そういってゼクディウスの背を軽く押すアオイ。
その手のぬくもりを感じながら、ゼクディウスは厨房を後にし、
「頑張ってください、か」
そう呟いて自室へと向かう。
その背を、食堂で遊んでいた双子が見送るのだった。
六章 END




