76 大商会と試合の予感
討伐を終えた俺達は騎士の方々に魔獣の処理を任せると、臨時で作られた休憩所へ向かった。
作業中の騎士を待ちつつ、戦闘の疲れを癒してから街に向かおうという魂胆だ。
休憩所に到着すると魔獣に追われていた貴族用の馬車が停車されていた。
俺達が休憩所に顔を出すと同時に、馬車の扉が開かれて中からは杖を持った老人が現れる。
白髪とヒゲを蓄えた老人は俺達に近づき、ゆっくりと膝を地面につける。
「英雄様。エヴァン第二王子殿下。助けて頂き、ありがとうございました」
いきなり頭を下げられたのもそうだが、足の悪いご老人に膝を付けさせるという行為もハラハラしてしまう。
従者の人も片膝での礼は普通だと思っているのだろう。彼もまた同じようにして頭を下げていた。
「いえいえ、お気にせず。とにかく椅子を用意しましょう」
俺にはご老人に無理な姿勢を強要する度胸など持っていない。
自己紹介の前に騎士の1人に頼んで簡単な椅子――代わりの木箱を用意してもらい、そちらに座って頂く事にした。
「重ね重ね、申し訳ありませぬ……。私はエリオス王国王都から北東部に領土を拝領しております、ロクサヌ・エドワーズと申します。陛下から伯爵の位を賜っております」
ロクサヌ氏によれば、国境の街からやや南にある領土で領主をしていると言う。
「失礼、エドワーズ伯爵はあのエドワーズ商会の?」
エヴァンはロクサヌ氏の性に聞き覚えがあったのか、彼にそう問いかけるとロクサヌ氏は頷いた。
「はい。我が家では小さな商会を営んでおります」
「小さな、とは謙遜を。エリオス王国きっての大商会ではないか」
何のこっちゃ? と首を傾げていると背後に隠れて従者モードだったレッドが小声で教えてくれる。
「エドワーズ商会といやぁ、王家ご用達で、他国とも貿易をしているエリオス王国で一番の大商会だ。ウチの国にでも頻繁に取引がある。特にポーション関係でな」
なるほど。ロクサヌ氏はその大商会の当主、所謂社長という訳か?
「ところで、その大商会の当主殿が何故このような場所に?」
「はい。実はエリオス王国で新型の聖水が開発されました。それをルーベンス王国に納品すべく、外交官殿と打ち合わせを。魔鉄道のダイヤと予定が合わず、近場なので馬車でと向かったのですが……」
急遽開発された新型聖水。その性能は素晴らしく、王様が各国へ通達を終えると納品要請が殺到。
ルーベンスもその1つで、どうにか都合をと懇願されたようだ。
王様は大商会であり、各国にツテと販路のあるエドワーズ商会に輸送を一任。今回は初回納品の打ち合わせという事で代表者同士による締結が望ましいと。
聖水は人命に関わる物なので急ぎ用意しておきたいと思うのは普通だろう。作ったのは俺だが、ロクサヌ氏に思わぬ皺寄せがいってしまったようだ。
「ああ……。すいません、俺が勢いで作ってしまったので……」
「我が国も急かしたようで、申し訳ない」
俺とエヴァンは居た堪れなくなり、揃って謝罪を口にした。
「何を仰いますか! 英雄様は素晴らしい聖水を作り、ルーベンス王国は人命の為にと欲したまで。それを届けるのが我が使命であります」
ロクサヌ氏は首を振りながら熱く語った。
世の為にしている事なのだから謝るのは間違っている、と。
「私の足がポンコツでなければ、もっと早く移動できるのですが」
歳には勝てず、悔しいばかりだと顔を伏せた。
「それこそ、何を仰るか、だ。伯爵は我が国に貢献してくれている。感謝申し上げる」
「は。誠、勿体無く」
何とも熱いお爺さんだ。ジャック爺さんと同じ匂いを感じる。
俺の中では貴族というモノはナリンキーのような悪いイメージが先行していたが、ロクサヌ氏のような良い貴族もいるのだなと改めさせられた。
エヴァンと俺はロクサヌ氏と握手を交わす。これ以上の言葉は不要とし、無事であったことを喜んだ。
「英雄様、殿下。改めてお礼をさせて頂きたく。私に出来る事があれば、いつでも何なりと申し付け下さい」
「ありがとうございます。その時は是非、お力添えを」
「うむ。その時は頼む」
俺とエヴァンはニコリを笑って礼を受け入れた。
雑談を続けていると街の方角から馬に乗った騎士が大勢やって来る。
身に着けている鎧からしてエリオス王国の騎士だ。先頭を走る者に見覚えがある。
「英雄殿?」
「マウロさん?」
やって来たのはエリオス王都からの援軍。マウロさん率いる王都騎士団であった。
顔を見合わせ、お互いに「何故ここに?」と疑問を口にする。
訳を説明し合うと、マウロさんはデスサイ討伐要請を受けて王都から援軍としてやって来たようだ。
「なるほど。英雄殿とエヴァン王子殿下が処理して下さいましたか。ありがとうございます」
マウロさんはビシッと敬礼して礼を述べる。
その後、俺をまじまじと見て、
「英雄殿。少し雰囲気が変わりましたね」
そう言って、ニコリと笑った。
「そうですか?」
「ええ。前よりも自信に溢れているように思えます。きっと団長も喜びますよ」
「そっか……」
俺は上着を脱いで筋肉をアピールした。
やはり筋肉をつけると自信が出てしまうのだろう。日本でSNSに筋肉写真をアップしていた人も同じ気持ちのはずだ。
俺は腹に力を入れつつ、腕にぐっと力を入れて力こぶを作った。
「板チョコみたいだ!」
「仕上がってきてるよ!」
エヴァンとレッドだけが反応してくれた。
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「そういえば、最近の王都はどうですか?」
上着を着た俺はマウロさんにそう問うと、彼は少々眉を潜める。
「あー、それが、その……」
何とも言いにくいと顔に出ていた。何かあったのだろうか?
もしかして、アリアちゃんや王様達の身に!? と体を強張らせていると、意を決したようにマウロさんが口を開く。
「実は、アリア姫様が学園を卒業する事になりまして……」
現在、アリアちゃんが通っている王立学園は日本の学校でいうところの3学期に当たる。
完全に卒業するのは秋頃なのだが、アリアちゃんは既に選択した教科の単位を全て取得し終えている。
一般人はこの期間中に就職先を探し、面接や試験を行うらしいがアリアちゃんは王家の人間。
彼女は王家の勤めを果たすべく公務を行う事が決定済み。 残りは定められた日数を心穏やかに過ごすだけらしいのだが……。
「実は王都で姫様は卒業と同時に婚姻するべきだという流れになってまして」
なんですと!?
「あ、いや! 貴族が勝手に言い出した事ですよ!? 陛下は却下しておりますから!」
俺の顔に張り付いた表情がヤバかったのか、マウロさんは慌てて付け足した。
「ふ、ふぅん? そ、そ、そそれでえ?」
俺はめちゃくちゃキョドっていた。体の震えが止まらねえ。
「き、貴族達からは御前試合を開いたらどうだとの意見が。そこで勝利した者がアリア姫様の候補とすれば良いと……」
あくまでも貴族が内輪で勝手に言っている事らしく、王様は認めていないようだ。
主に声を上げているのは反王派の残党。息子を出場させ、アリアちゃんの夫とすれば自分達の身は安泰。
ナリンキー伯爵の起こした事件のせいで勢力縮小となっていた反王派であるが、これを機に復活の一手としたいと目論んでいるのだろう、とマウロさんは言った。
どうしよう。アリアちゃんが他の男の物になる。そう考えただけで俺のハートが粉砕寸前。
俺はNTR趣味じゃねえ。
俺がそう悩んでいると、エヴァンが俺の肩をポンと叩いた。
「ユウキ。これは良い機会だ。君の実力を示そう」
「ん? どういう事?」
「その御前試合とやらを開催させるんだ。そこで君が全ての者を薙ぎ倒せば良い」
ニカッと笑ってエヴァンが言った。
言うねえ。君、簡単に言うねえ!?
「なに、問題無い。この3ヵ月の訓練成果を見せれば誰もがユウキの評価を変えるだろう」
そう言うエヴァン。レッドも腕を組みながら頷く。
「確かに。今のお前なら貴族のボンボンなんざ余裕だろ。副隊長さん、その反王派に強いヤツはいるのか?」
レッドはマウロさんに自分と比べてどうだ、と問う。
しばし考えたマウロさんは首を振った。
「私より強い者はいないと思います。一部、騎士として働いている者もいますが腕はあまり」
「なら余裕だな」
ウンウン、と頷くエヴァンとレッド。
マジかよ。大丈夫か? と首を捻る俺。一方で、マウロさんはレッドに顔を向ける。
「そんなに強くなられたと?」
「ああ。対人戦なら、もう俺やエヴァンとまともに打ち合えるぜ。魔獣戦だったら俺じゃ敵わねえな」
「ほう……」
これは王都に戻ってからの模擬戦が楽しみですね、と呟くマウロさん。
貴方ってそんな戦闘狂でしたっけ……?
とにかく、御前試合を開催する方向で話がまとまった。
「その御前試合はいつ頃に?」
ここで、黙って話を聞いていたロクサヌ氏が話しに加わる。
「最低でも1ヵ月は先でしょう。決まってから準備もありますので」
マウロさんがそう告げると、ロクサヌ氏は髭を撫でながら笑みを浮かべる。
「それでは私も間に合いそうですな。ルーベンス王国に聖水を納品してからすぐに帰るとしましょう。エヴァン王子殿下も御前試合をご覧になりますか?」
「そうだな。私も許可を頂ければ見ていきたい。証人としても役に立つだろう」
「でしたら、聖水の件も併せてご報告をさせて頂きたく思います」
「うむ。重ね重ね、感謝する」
ロクサヌ氏とエヴァンがめっちゃ重要そうなやり取りを行い、
「んじゃあ、訓練を伸ばして最後の追い込みしようぜ」
「私は王都に戻って英雄様の意向を伝えて参ります」
「街に戻りましたら我が商会から物資を届けさせます」
レッドの提案に「おー!」と一致団結する皆さま方。
俺の意見は聞かれていない。
だが、これはやるっきゃないだろう。そうだ、やるっきゃない!
やってやらぁ!




