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59 討伐後、親子


 王都の騒動は無事に終了したが、城では現状確認で大忙し。


 司令室として使っていた会議室にはアルフォンスがどっしりと構えながら座り、冷静な様子を崩さずに家臣達の報告に耳を傾けていた。


 だが、彼も内心は穏やかではない。王として必死に隠しながらそう見せているだけだ。


 家臣の報告を聞きながらも、ドッ、ドッ、と激しい心臓の音が聞こえる程には肝が冷えている。


「避難した住民は全て無事です」


「城壁で戦闘していた騎士と魔導師に死傷者はおりません」


「ジャック団長とガウルギルド長を始め、毒に侵された者は念のために医療班が隔離して症状を確認中」


「マウロ副団長が率いる遠征隊が合流。現場で指揮を執っております」


 家臣達からの報告を聞き、少しは安堵するが……肝心な報告はまだ上がってこない。


「ユウキ殿の容態はまだわからぬか?」


 完全体との戦闘後、ジャックにどこかへ連れられたそうだがそれ以降の報告が上がって来ない。


 たった1人で完全体を屠ったという報告にも仰天したが、それ以上に英雄が使用したと思われる謎の赤い発光とその反動と思われる体調の変化にアルフォンスは気が気じゃない。


 御庭番や報告にやって来る騎士達の口からはユウキの様子はそれ以上語られず、それが未だ彼が安心できていない理由でもある。


「入るぞ」


 アルフォンスの顔に少々焦りが浮かぶ頃、部屋の中に入って来たのは母であり、先代王妃であるエリスであった。


 彼女の顔を見て、アルフォンスは腰を浮かせたがエリスは手で制する。


「慌てるな。ユウキは無事だ」


「そう、ですか……」


 ようやく心から落ち着けたのか、アルフォンスは浮かした腰をドカリと椅子に押し付けつつ、背中を椅子の背もたれに深く預けて安堵の息を零す。


「あの赤い光を見たな?」


「はい。城からもよく見えました。王都を包む巨大な魔法陣……」


「そうだ。あれは英雄が持つ浄化の力だ。ユウキが発動させた、浄化結界である」 


 エリスの言葉を聞いた室内にいる者達は一斉にざわついた。


 英雄の持つ浄化の力。歴代英雄があのような巨大魔法陣を用いて浄化するという話は聞いたことが無い。


 という事は、


「ユウキ殿だけが持つ特殊な力ですか?」


「そうだ。あれは毒に侵された患者を浄化し、魔獣を……完全体すらも弱体化させる」


「なんと……」


 効果を聞いたアルフォンスは驚愕の表情を浮かべる。


 だが、彼だけじゃない。聞いた全ての者が口を半開きにして一斉に黙り込んだ。


 黙り込むのも無理はない。


 完全体の脅威とは何か。それは対峙すると毒に侵され、どんな猛者でも死に追いやう致死性の毒であろう。


 女神の加護を受けた英雄しか耐性を持たぬという毒に触れれば、この世界の人類は等しく死ぬ。それはエリオスの双璧と呼ばれるジャックもガウルも防げない。


 その最強最悪の毒を浄化――毒に侵された者を癒し、命を救う。加えて弱体化までさせるというのだ。


 浄化結界があれば完全体との戦闘方法がガラリと変わる。


 今までは英雄がいようとも死体を積み上げて倒すしかなかった。


 英雄と共に完全体に対峙する人類は決死隊のような扱いになっていたが……今代の英雄によって完全体は弱体化され、毒は無効化されるのだ。

 

 これがどれだけ凄い事か、理解できぬ者はこの場にいない。


 黙り込んだ室内にエリスが持っていた杖の先端で床叩く。


「この中に彼を馬鹿にしていた者もおるだろう。だが、今代の英雄は大当たり。あれは歴代最強になり得る逸材だ」


 エリスは「言ってやったぞ」とばかりにアルフォンスに視線を向けつつニヤリと笑った。 


 尻から武器と魔法を出す変な英雄。だが、その正体は歴代最強の可能性を秘める前向きで努力家な青年。


「彼が見せた巨大な魔法陣は王都を包んだ。あれは王都に住む者全てを、等しく守ろうとした結果だ」


 エリスはそう言うと再びアルフォンスへ視線を向ける。


 この先はお前がやれ、そういった意味を込められていた。


「聞いただろう。彼は本物だ。例え不格好だったとしても。これでも文句がある者は前に出よ。我が直々に話を聞こう」


 エリスとアルフォンスにハッキリと言われて、心当たりのある者は顔を歪める。顔を伏せて視線を逸らす者もいた。


 この数か月、彼の背中を見て来た王族は批判する者達を一斉に黙らせる。


 といっても、本人が証明したのだが。その点についてはアルフォンスは内心申し訳なく思うと同時に尊敬の念が浮かぶ。


 シン、と静まり返った室内だったがエリスがパンパンと手を叩いて声を張り上げた。


「何をしておる! 何も言う事が無いのであれば働け! 英雄だけに全てを任せるな! 仕事を再開せよ!」


 彼女の声を聞いて我に返った者達は再び慌ただしく動き始める。


 彼らが動き出したのを見送ったアルフォンスはエリスに近づき、小さな声で呟いた。


「……母上、私の仕事を奪わないで下さい」


「ふん。どいつもこいつも。腹が立っただけだ」


 どんなに年齢を重ねても母と子という関係は変わらないのか。少々直情的な母に眉を寄せて困り果てるアルフォンス。

 

「ユウキ殿は本当に無事なのですか?」


「ああ。無事だ。だが、あの広範囲結界の反動か、少々体調がな。今はアリアが見ておる」


「反動……。あれは大魔法のようなモノなのでしょうか?」


「まだわからん。本人もあまりよくわかっていないようだしな」


 アルフォンスは「そうですか……」と心配そうに呟いた。


「それよりも気がかりなのは、組織が完全体の魔獣すらも操っていた事だ」


 エリスは汚染地で起きた事、組織の人間である女性が言っていた事を誰にも聞こえぬよう小声でアルフォンスへ伝えた。


「恐らくこの試験管が汚染地を作る為の物なのだろう」


 透明なガラスの箱で厳重に保管されている、現地で回収した割れた試験管を見せる。


「それが……。完全体を作れるという事なのでしょうか? それとも汚染地を発生させ、完全体が誕生するまで隠し通しているだけなのでしょうか?」


「現状では判断しかねる。任意の場所に汚染地を作れるのは確定だろう。だが、完全体まで制御できているのかは見抜けんかった」


 アルフォンスの問いにエリスは首を振る。まだ情報は断片的だ。


 それに彼女の脳裏には『完全体』の事を『変異体』と呼んでいた件も引っ掛かる。


 とにかく今は断片的な情報を各国に伝え、注意を促す事しかできないだろう。


 腕を組んで思案していると、アルフォンスが自分の顔を見ている事に気付いた。


「何をしておる。とにかく今の情報を同盟国に連絡せんか」


「い、今から指示を出します!」


 まだ何か出るかな? と窺っていたのは失敗だったようだ。


 母は後々から重要な事を言う癖があるのに自分では気付いていない、と内心で理不尽さをボヤきながらもアルフォンスは仕事に戻る。


 先代王妃のエリスは次代の尻を叩くように急かすと小さく笑った。


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