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58 全力浄化


「姫様、重傷者が運び込まれました」


「はい。すぐに」


 医療テントは2つ連結するように設置され、入り口付近は軽傷者の治療とポーション等の搬出に。


 連結した間にカーテンを挟み、奥は見えないようになりながら重傷者は奥に運ばれるシステムになっていた。


 アリアが待機するのはカーテンの向こう側。運ばれてきた者は腕が千切れかけていたり、腹の一部が食いちぎられていたりと欠損している者が多い。


 そんな彼らを癒すのは治癒魔法の使い手となったアリアだ。


 ポーションは傷を治せても体の欠損は治せない。


 腕が千切れそうであれば、腕を切断してから傷口にポーションを振りかける。そうすると、片腕は失くすが傷口は塞がれるという寸法だ。


「腕をくっつけます。補助を」


「はい」


 アリアの持つ宝玉の事は最重要機密扱い。よって、この場にいるのは信頼できる者達だけ。


 アリアを守るのは女性近衛兵の中でもジャックやマウロに認められた者だけであるし、治療の補助をする女性看護師は王城勤めの看護師長だった。


 看護師長が腕を抑えている間にアリアは宝玉を起動する。


 血が溢れ、肉と骨が見える様は10代の若い女性にとってはショッキングな様子だろう。だが、アリアは王族としての胆力を遺憾なく発揮して見せる。


「ふぅ。もう大丈夫ですね」


 治療された本人は気絶しているせいで返事はない。だが機密を知る事も無かったし、命も助かった。


「ポーションを城へ運びます」


 処置が終われば裏手から騎士がやって来て、重傷者だった騎士を城へと運び込む。


 これでアリアが命を救ったのは22人目となるだろうか。


(ユウキ様に感謝ですね)


 アリアは宝玉を愛おしそうに胸へ抱く。これが無ければ守るべき民は救えなかった。


 誰かを救う力をくれた英雄。前を向き、いつも笑顔を向けてくれるユウキの顔を思い出し、アリアは胸が熱くなった。


「アリア様。夜が明けてきました。城壁の方も直に鎮圧するでしょう」


 ロザリーがそう言うと、アリアはホッと胸を撫でおろす。


 長い一日がようやく終わる。幸いにして死傷者は出ていない。これで戻ってきたユウキに笑顔で報告できそうだ、と。


 だが、安堵の時は一瞬で終わりを告げる。


「きゃあああ!?」


 カーテンの向こう側から響く悲鳴。


 女性の近衛騎士が勢いよくカーテンを開くと――


「キィィィィッ!」


 そこには蛾の化け物がいた。


 テントの天井を突き破ったのか、入り口付近でギョロギョロと複眼を動かす。


 魔獣の腹には縦一文字の傷があり、体の一部が焦げている。バタバタと手足と羽を動かして藻掻いているようにも見えたが、


「う、うわあ!? ま、魔獣!!」


 足を怪我し、動けなくなって運ばれた騎士は咄嗟に剣を抜いて魔獣へと向ける。


 剣を向けられた魔獣は甲高い鳴き声を上げ、鱗粉を騎士に向けて放つ。


「あ、アガッ!? ギッ!?」


 思いっきり吸い込んでしまった騎士は口から黒い泡をブクブクと吐き出し、白目を剥いてその場に倒れ落ちた。


「か、完全体!?」


 この世界で魔獣と戦う者ならば誰でも知る、最上級の脅威。


「アリア様!」


 咄嗟にロザリーがアリアを背に庇い、女性近衛騎士も剣を慌てて抜いた。


「キィィィィッ!!」


 バタバタとその場で暴れ出した完全体は風の魔法を発動。テントの中にあったポーションや医療器具を吹き飛ばし、ゴウゴウと強烈な風がアリア達を襲った。


「マズイ! 負傷者が!」


 鋭い風の刃でテントを内部から破壊し始め、流れ弾が負傷者や看護師、騎士達を傷つける。


「宝玉でッ!?」


 ひとしきり暴れると、魔獣の複眼は攻撃された者を癒そうとしたアリアの宝玉に向けられた。


 まるで怨敵を見つけたとばかりに。アリアと宝玉を真っ直ぐ見つめながら、輝く羽をパタパタと動かした。  


「アリア様!」


 ロザリーは一瞬で察した。あれは完全体の毒を撒き散らす気だろう、と。魔獣が最大の攻撃を使わぬはずがない、と。


 この場からアリアを離そうにも射程が予想できない。それならば彼女を自分の体で覆って守る方がまだ――


 そう考えていると、外からは聞き慣れた叫び声が聞こえてくる。



-----



「させるかァァァッ!!」


 俺は日曜変身ヒーロー物語の主人公が放つ必殺キックのように完全体の腹を蹴飛ばした。


 風魔法による推進力と身体強化による一撃。完全体はテントの一部を巻き込んで吹き飛んでいく。


「アリアちゃん、無事か!?」


「ユウキ様!」


 チラリと横目で見れば、ロザリーさんの背に隠されながらこちらを見る彼女がいた。


 良かった。無事だったか。


 だが、地面に転がるのは黒い泡を口から噴く騎士がある。俺は瞬時に浄化結界を起動した。


 魔法陣が広がり、負傷者とアリアちゃん達を収める。


「その人を連れて離れて!」


 そう言って再び完全体へ視線を戻すと、完全体は俺を見ながら羽を勢いよく動かした。


「キィィィッ!」


「だッ、いでッ!?」


 羽が動くと突風が俺を襲う。そこらに散らばった医療器具やレンガの破片が俺へと飛んで来る。


 剣や腕で何とかガードするものの、


「ギュィィィィッ!」


 次は風の刃が飛んできた。


「クソッ!」


 咄嗟に体を土で覆う。だが、風の刃は土を切り裂き、中にある俺の体を傷つける。


 スパ、スパ、スパと憎たらしい程に切れ味がいい。纏っている土のおかげで致命傷ではないが、頬や額には細かい切り傷が増えていき、確かに傷を負った。


 魔法を防御する手段を持たない俺は対抗する手段がない。体中に小さく細かい傷を作りながら風の刃による攻撃を耐える。


「魔力弾!」


 耐えながらこちらも応戦。ケツから魔力の弾を生み出し、相手に向かって数発飛ばす。


 一発が羽に着弾すると動かしていた羽の勢いが弱まり、風の刃による攻撃が終わると同時に土鎧をパージしながら前へ駆ける。


 また同じ事をされては敵わんからな!


「セイ!」


「ギィィッ!?」


 横に構えた剣で相手の体を斬る。


 相手は飛びながら機動力で翻弄するタイプだからだろうか、地上戦ではこちらの攻撃を防御する手段を持たないらしい。


 爺さんがやったと思われる腹の焦げた傷のせいか飛べないようだ。


 アドバンテージはこちらにある!


 剣の柄を強く握り、俺は剣に赤い稲妻が纏うイメージを浮かべた。


 浄化結界によって弱体化させている今、ワーウルフを倒した時と同じ剣の状態ならば致命傷を与えられるはずだ。


「だああああッ!」


 力いっぱいに剣を斜めに振り下ろす。


 稲妻が迸る剣の切れ味は凄まじく、完全体の体を斜めに切り裂く。


「ギゥィィィッ!!」


 体の一部と生えていた小さな手を切断。魔獣の悲鳴と共に切り口と羽から黒いオーラが漏れる。  


 まだ相手は諦めていない。


 ギョロギョロとした複眼が俺を直視すると、


「ギュアアアアアッ!!」


 己の内部にある全ての力を開放するかのように黒いオーラを勢いよく噴出し始めた。


 マズイ。得体の知れぬ危機感が俺を貫いた。


 俺の脳裏にはアリアちゃん達が、王都にいる住民全てが毒に侵されるシーンが浮かぶ。


 これを抑えなければ、王都は毒に染まる。人は死に、人の住めない場所になる。


 どうすればよいか。その問いに答えるかのように、握っていた剣が震えた。


「させるかァァァァッ!!」


 震えを感じると同時に、俺は答えを見出した。


 浄化結界。それの正体は女神アレスの持つ、世界喰らいに対抗する対となる力。


 俺は全力で浄化結界を展開する。


 赤い魔法陣が俺を中心に広がり、やがて王都全体を包み込んだ。


 結界の中心部となる俺の剣から放たれる赤い稲妻が、完全体の放つ黒いオーラと拮抗し始めた。


「ぐぐぐ……!」


 バチ、バチ、と赤い稲妻が弾けながら完全体から放たれる黒いオーラを少しずつ霧散させていく。


 だが、相手も足掻く。噴出する黒いオーラの勢いが増す。


 黒いオーラは俺の体を包もうと無数の触手を伸ばすように迫って来た。


 赤い稲妻が黒い触手を弾くが、一片が俺の体に触れた。


 ドンと肩に岩を落とされたような衝撃。込み上げる吐き気。思わず地に膝をつきそうになるが――


「ふざけんなよ……! ここで負けたら、みんなが……! 死んじまう! 俺は、そんな事を……!」


 鼻が熱い。だらりと何かが垂れる感触があった。鼻血なのか、別のものか。確認する暇はない。


 震える腕で剣を両手で構え、


「そんな事、させるかよォォッ!!」


 黒い触手に触れる事などお構いなしに、剣を思いっきり完全体の体にぶっ刺した。


「ギィィィィッ!!!」


「ああああッ!!」


 黒いオーラの触手に触れた事で俺の体は悲鳴を上げ、ズキズキと強烈な頭痛が起きる。


 だが、我慢。耐える。人が、大事な人達が死ぬよりは遥かにマシだ!


 剣から発生した赤い稲妻が完全体の体を突き破り、魔法陣から出る赤い光が全体を覆う。


 立ち込めていた黒いオーラが蒸発するように消えていき、完全体の足元から天へと貫く赤い稲妻が黒いオーラと魔獣の本体そのものを消し去った。


「だ、はぁ、ハッ、はぁ、はッ……」


 突き刺していた本体が消えた事で俺の腕はだらりと下がり、剣がガツンと石畳みの地面に触れた。


「や、やった、のか……」


 息苦しい。体が重い。もう体中が爆発四散しそうなくらい痛い。


 膝をついて、剣で体を支えながら息を整えていると――


「ユウキ様! ユウキさまぁぁ!」


「おっふ」


 背中に軽い衝撃が。ゼェゼェと息を切らしながら首を回すと、背中にはアリアちゃんが。


「良かった、無事で、よかった……」


 泣いているのだろう。途切れ途切れの彼女の声が聞こえた。


 それと同時に、俺は彼女を守れたんだという現実が徐々に込み上げる。


「ゼェ、ゼェ、へ、へへ。き、きみィがァ……ヒュー、ヒュー、ぶじでェ……」


 君が無事で良かった。キリッ!


 と恰好つけたかったが無理だった。息切れがヤバイ。


 もう酸素足りない。酸素缶を誰かくれぇ……。


「英雄殿ォォォッ!!」


 キリッと決めるのはまだやり直せるかも、と必死に呼吸を整えていると爺さんの声が聞こえた。


 城壁の魔獣は討伐したのだろうか?


「良かった! 姫様もご無事でしたか!」


 毒に侵されていたにも拘らず、全力で来てくれたのだろう。爺さんの顔には玉のような汗がいくつも浮かんでいた。


「はい! ユウキ様が、ユウキ様が、助けて下さいました……!」


 指で涙を拭ったアリアちゃんが爺さんに答える。俺はまだ酸素が足りねえ。


 だが、何とか爺さんに答えようと顔を上げた――その時。


 ギュ、ギュコココ……。


「はうわッ!?」


 俺の腹は魔獣の雄叫びのような音を立てる。


「英雄殿、大丈夫ですか!?」


 ジャック爺さんが突然叫んだ俺の顔を覗き込んだ。


 俺は今、どんな顔をしているだろうか。たぶん、ひょっとこみたいな顔をしているに違いない。


 どんなに変な顔になっていようとも、俺は必死に抑える事しかできない。この衝動を……!


「どうしました!? 体のどこかが!?」


 ユサユサと俺の体を揺らす爺さん。やめろ! 今はやめるんだ!


 今揺らされたら、俺は……。俺のケツが……!


 俺は爺さんの耳元に口を寄せ、蚊の鳴くような声で告げる。


「おれのォ……俺のケツがァ……スタンピードをォ……起こしそうだよぉ……!」


 そう。漏れる寸前だ。10年に一度のデカイやつを。


 俺にはわかる。何たってマイスターだからな。へへへ。


 俺の申告を聞いた爺さんは背中がゾッと冷えたような表情を浮かべて声も出ない様子。


 そりゃそうだ。魔獣のスタンピードが終わったと思ったら、次は俺のケツだからな。ゾッとするわ。


「ど、どうすれば!?」


 慌てる爺さん。


 フ。決まってる。


「と、トイレに……!」


「承知ッッッ!!」


「ジャック!? 英雄様!? 傷なら私が癒しますよ!? どこに行くのです!?」


 爺さんは俺をお姫様抱っこして走り出した。


 理由がわからないアリアちゃんの叫びが木霊するが、爺さんも俺もそれどころじゃない。


 あの場にいれば体の傷は癒されても心の傷を負ってしまう。美少女の前で意識保ったまま漏らすなんて耐えられねえ。 


 俺はドMじゃないんだ。


「近くに衛兵の詰め所がありますッ! そこにトイレがッ!」


 毒を受けた体でありながら、俺を抱いて走る爺さん。


「ご、ごめん、爺さん……」


「何を言いますか! 王都を救ったのですぞ! 恐らく先ほどの魔法による反動でしょう!」


 俺は優しさに泣いた。思わずケツが熱くなる。


 違う、これは我慢しているからだった。


「ぬううん!」


 衛兵詰め所に到達した爺さんはドガァとドアを蹴破って中に。一目散にトイレを目指した。


 トイレのドアを勢いよく開け、俺を降ろすと、


「ズボンは脱げますか!?」


「ヌガシテ、ヌガシテ……」


 俺はもう虫の息だった。ヒューヒューと、か細い呼吸を繰り返しながら体中の力をケツに集中させないと耐えられず腕が動かない。


 足をクロスしてケツの門を絶対守護するように立っているのがやっとだった。


「ぬあああッ!」


 爺さんは俺のベルトを引き千切り、強引にズボンを降ろして座らせる。


 トン、と便座に座った俺は――


「爺さん」


「はい」


「ありがとう」


「英雄殿……」

 

 俺は額から滝のような汗を流しながらもニコッと笑顔を浮かべて、爺さんは目を瞑って右手の拳を胸に当てた騎士敬礼を。


 互いを想い合い、尊敬と感謝の空気に包まれながら……。


「アァ、オォーッ!!」


 ケツのスタンピードが開放された。


 こうして王都の平和は守られたのである。


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