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29 英雄、掘る


「英雄殿。ご無事で良かった!」


 愛剣を片手にいい笑顔で駆け寄って来たジャック爺さんは俺の無事な体を見ると、頷きながら肩をポンと叩いた。


「して、こちらは……」


「彼はキース。ナリンキー伯爵に協力しろと強制されていたんです。伯爵の屋敷に彼の妹が監禁されているようなので、これから助けに行こうかと」


 俺が説明するとジャック爺さんはキースの顔を見てから再び俺へと顔を向けなおす。


「ふむ。事情は後で詳しく聞きましょう。この騒動はナリンキーが起こした事に間違いはないようですが、裏には彼に協力する者がいるようで」


「ええ。こちらもナリンキーの息子と戦った時に聞きました。キースからも」


 俺はそう言ってキースを見る。すると、彼は頷いて説明し始めた。


「はい。ナリンキー伯爵の背後には協力する組織がいます。いや、ナリンキー伯爵が出資していたと言うべきか……」


「ともかく、今はキースの妹を助けよう」


「そうですな。ナリンキーも屋敷へ逃げた様子。人質にされる可能性もあります。早急に向かいましょう」


 俺達は頷き合い、ナリンキーの屋敷がある中央区へと走った。


「ふっ、ふっ、そういえば、街に溢れた魔獣は!?」


 俺は向かう途中でジャック爺さんに問うと、


「騎士団の別班が処理に動いております! 加えて御庭番も!」


 御庭番って、あの御庭番? 隠密的な? 忍者的な?


 やっぱりそういった隠密部隊もいるんだなぁ、なんて思いながら走っていると家の屋根から声が届く。


「ジャック団長! 屋敷までは仲間が掃除しております!」


「承知! 全員、全速力で向かう!」


 タタタタ、と忍者のように走るフード付きのローブと白い仮面を付けた男性。


 あれが御庭番なのか。かっこいい。


 空を飛んでいたコウモリみたいな魔獣もナイフを投げて一撃で撃墜しているし。


 石畳みの大通りを走り、中央区入り口にある噴水広場を越えると一般的な家や商店の作りとはガラリと変わった豪華な屋敷が並ぶ。


 通称、貴族区画と言われる貴族達の住まう住宅街。誰もがここに住みたいと憧れを抱く場所。


 だが、そんな豪華な屋敷も今は見る影も無く。溢れた魔獣が壊したのであろう、屋敷の壁の残骸などが道に散乱していた。


 貴族区画を東に向かうと、遂に目的地であるナリンキー伯爵邸へと辿り着く。


「ここか!」


 敵の本拠地は奇妙な程に静まり返っている。屋敷を守る者はおらず、閉まった入り口の門は無防備だ。


「中に入ろ――あだッ!?」


 誰も守っていない門に近づき、それを開けようとするも3メートル程度手前で俺は顔面を強打した。


 キースの攻撃でひん曲がってそうな鼻を摩りつつ、前も見るも何もない。そう、何も無いのだが……。


「なんだ、これ?」


 何も無い所に透明の壁があった。何も無い場所をペタペタと触れるし、叩いても進めない。


「魔法防御壁ですね。こんなものまで用意していたとは……」


 キースも知らなかったのだろう。彼は魔獣化した腕で透明の壁をぶん殴るも、破壊できずに顔を顰めた。


「魔法防御壁か。破るには時間が掛かるな」 


 ジャック爺さんも愛剣で斬りつけてみるが、やはりだめだったようだ。


「これ、相手は自由に出入りできるの?」


「いえ、中にいる者も起動している状態では通れません。ですが、きっと逃げ道を用意しているはず」


 俺の問いにジャック爺さんは険しい顔のまま首を振った。


「はい。屋敷の暖炉に隠し通路があると聞いています。地下を通って王都の外へ出れると」


 爺さんの考えは正しかったようだ。


 内部の情報を知るキースが情報をくれるが……。


「これを破るには専用の魔導具を持った魔導師部隊を呼ばなければなりません。要請しますか?」


 一緒に来ていたラッチさんが爺さんに問うが、爺さんは眉間に皺を寄せる。


「今から呼んでは間に合わんだろう」


 打つ手無しか。そう思った時に俺はピンと来た。


「なぁ。これって起動中も地下は通れるの?」


「はい。地下までは影響がありません。どうしましたか?」


 爺さんの答えを聞き、問いには答えず置いておく。


 次に俺はキースに問う。


「妹さんが捕まっている場所は?」


「地下室です」


「地下室……。その隠し通路とは別の?」


「はい」


 なるほど。これならいけるかもしれない。


「地下室の場所は分かる? あと、隠し通路の入り口も。屋敷のどこらへんにある?」


 俺はキースにそれぞれどの辺りにあるか詳しく聞く。


「ええっと、隠し通路が屋敷の東側にある伯爵の執務室で、妹がいる地下室は西側の端にある階段から降りた場所です」


「よし! 西側に行こう! 先に妹さんを助ける!」


 俺は屋敷の正面から西側へと向かおうと走り始めた。


「英雄殿! どうするのですか!?」


「任せてくれ! 俺にいいアイディアがある!」


 そうだ。俺の力を最大限発揮すれば、防御壁があろうと助けられるはずだ!



-----



「ここがヤツのハウスの西側ね」


 俺達は屋敷の西側へと到着。


「どうするのですか?」


 着いて来てくれたジャック爺さんや騎士団の隊員、キース達は俺を見て首を傾げる。


「地下は影響が無いのでしょう? なら、地下まで掘れば良い!」


「地下まで掘る!?」


 俺の考えた案は妹さんがいる地下室まで穴を掘れば良い。


 勿論、地下室は防御壁の内側にあるだろう。


 だが、外側から一旦直下型の穴を掘って、そこから横に掘って行けばいい。


 石畳で舗装された道を掘るのは苦労するだろう。だが、それは普通にシャベルやらを使ったらの話。


 この世界には魔法がある。そして……俺は穴を掘るのが得意だ。外に設置するトイレを何度も作ったからな!


 しかも、直下型の穴なら魔力操作が未熟であっても問題ない! だって、ただ真っ直ぐ掘るだけだから!


 俺は防御壁ギリギリの位置で中腰になった。


 和式トイレで用を足すポージングだ。


「ふぅ、ふぅ」


 俺はケツの穴をキュッと閉め、自分の穴もぶち開けないよう心を整える。


 いざ……ッ! 


「ハァァァァッ!!」


 俺はアレをぶちまけないよう集中しながらも、ケツの真下を掘るように。


 いつものトイレ作りのように、シャベルで土を掘るイメージだ。シャベルを高速で動かす。そんなイメージを強めていく。


 俺のトイレ作りも役に立ったじゃないか。その証拠に、ケツの前に浮かんだ魔法陣が煌めいて勢いよく土が舞い上がる。


「なッ!?」


「おお! なんと!」


 ズボボボボ、ともの凄い勢いで掘り返されていく元石畳の道。


 チラリと後ろを確認すれば、もう既に掘り返された土が小山のようになっているではないか。


 もう一息か。


「アオーッ!!」


 俺は吠えた。


 いつも以上にケツに力を入れて吠えた。


 すると、どうだ。ケツの前に浮かぶ魔法陣はより煌めき――ドンッという音と共に大量の土が空へ舞った。


「す、すごい! なんという魔力量!」


 キースが空へと舞った土を見上げながら驚愕の声を上げる。


 ふふ。そうだろう? これが俺の唯一の長所よ。


 ケツから出ようとも魔法は魔法。魔法総量がパネェなら、出る魔法もパネェのさッ!!


 キースの近くにいる騎士団の者からも「やってる姿はアレだが、本当に凄いな……」「確かに。魔獣と警備隊の奴らとも戦ったんだよな? よく魔力枯渇しないな……」などと話す声が聞こえた。


「当然でしょう。英雄殿は訓練に加えて、毎日欠かさずに自主練しているんですよ」


「剣術も上手くなってきたよな」


 言葉を漏らす騎士達へラッチさん達が付け加える声も聞こえてしまった。


 そこまでアゲアゲされちゃうと、ちょっと照れる。


「英雄殿! ストップ! ストップ! 結構深い所まで掘りましたぞ!」


「あ、はい」


 俺はジャック爺さんに肩を叩かれ、すくっと立ち上がった。


「あんな高出力の魔法を使っておきながらケロリとしているとは……!」 


 キース君の更なる驚愕。彼だけではなく、一緒にいた騎士団の隊員達も驚きの声を上げる。


「よっしゃ。次は中に入って横穴を掘ろう」


 足に身体強化を施して穴の中へ。


「どっち!? こっち!?」


「そっちの方向です!! そう、そこ!!」


 穴の外からキースに地下室の方向を大体教えてもらいつつ、俺は再びケツで狙いをつけた。


「うおおおお……あばばばッ!?」


 が、横穴を掘れば掘った穴はこちら側に弾け飛んでくる。


 当然だ。イメージではシャベルで掘っているのだから。俺のケツは土塗れになった。


「ちょっとずつ、位置を変えて掘ろう」


 俺はちょっと掘ったら土で埋まらないよう位置を変えつつ、掘り返された土を穴の上へと飛ばしながら掘る。


 何事も確認は大事。指差し確認ヨシ!


 上へ飛ばすには魔力操作が必要だ。だが、日ごろの成果は裏切らなかった。集中できる環境ならば容易い。


 そうこうして掘り進めていると――


「むッ!? アタリかッ!?」


 奥でボコッという音と共に何かが崩れた音がした。



-----



「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」 


 ナリンキー伯爵邸の地下室にある牢屋では生地が薄く汚れたワンピースのみを着て、膝を抱えて泣く少女が一人。


 彼女の名はリース。キースの妹だ。


 兄がナリンキー伯爵に雇われると、程無くして牢屋暮らしが始まった。


 親が死に、孤児院に入れられ、育ってきたたった2人きりの家族。それは兄が魔獣憑きとなっても変わらない。


 魔獣憑きになってからは孤児院に迷惑が掛からないようにと2人で飛び出し、エリオス王国東にある街のスラム街で暮らした。


 そこからも差別と戦いながら街を点々として……。それでもリースは兄と一緒にいられれば幸せだった。


 が、今は違う。ナリンキーによって兄にとっての人質にされてしまった。


 食事は毎日兄が運んで来てくれる。だが、それも1日一回だけ。兄が仕事でいない時は食事は貰えない。


 今日も兄は食事を運んで来ない。という事は仕事なのだろう。


 あの豚のように肥えた貴族に嫌な事をされていないだろうか。リースは寂しさと心配で胸が押し潰されそうになる。


(我慢しなきゃ。私が我慢しなきゃ)


 自分が喚けば兄に迷惑が掛かる。幼いながらも懸命に耐えるが……寂しい。寂しさは埋められない。


(お兄ちゃん、お兄ちゃん……)


 リースの目から涙が零れ、頬を伝うと――ゴゴゴゴと地下室が揺れ始めた。


「な、なに……!?」


 ひとりぼっちの地下室で突然起こった揺れは彼女に更なる不安を煽る。


「きゃあっ」


 揺れが終わると同時に壁が破裂し、牢屋の前に壁の破片が飛んで来た。何が起きているのか皆目見当もつかず、ただただ頭を抱えて身を守るのみ。


「おおい! 貫通したぞ!」


 次に聞こえたのは見知らぬ男の声。声の主はリースのいる牢屋の前までやって来て――


「君がリースちゃん? キースの妹さん?」


 男は牢越しにリースを見てニコリと笑う。


「そ、そうです……」


 兄の名を呼んだ男。この人は一体何者なのだろうか、と不安に思っていると、


「リース! リース!」


 暖かい、とても安心する声。いつも自分の名を呼ぶ兄の声が聞こえる。


「お兄ちゃん!」


「リース!」


 牢屋の前まで飛び込むように駆けて来た兄の右腕は獣のよう。


 また酷い目にあったのだろうか、と心配になるが、今回は違った。


「リース! ここを出るよ!」


「出る? お兄ちゃん、仕事は? 貴族の人に無理矢理……」


「もういいんだ! 私達を助けてくれる人がいたんだ!」


 涙を浮かべた兄は隣に佇む男を見た。


「英雄様が助けてくれた! 私をナリンキーから解放してくれると言ってくれたんだ!」


 キースはそう言って、隣の男も頷く。


「英雄様……?」


「そうだよ! 早くここを出よう!」


 キースは力任せに牢屋の鉄格子を広げる。


 そして――


「さぁ、行こう」


 キースは人間の手をリースに差し出し、そっと伸ばされた彼女の手を掴むと牢屋の外へ連れ出した。


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