27 葛藤
仲間になってくれ、と言って手を取ってくれたキースは今にも泣きそうな顔で笑う。
俺も彼の笑い顔に釣られて笑みを浮かべるが……仲間になってくれてよかったと心底思った。
俺は自分の手に重ねられた彼の右腕を見る。
やべえ程の禍々しさ。触れていて特に何かがある訳じゃないんだが、とにかく雰囲気がヤバイ。
クリムゾンベアーの腕なんて目じゃない。こんなの振り下ろされたらワンパンだよ。ワンパン。
でも、やっぱりカッコイイよな。悪の力を取り込んだ正義の味方みたいな。敵の力を用いて相手を倒す! 的なさぁ。
僕はケツで倒すんスけどね。
「ユウキ様?」
そんな事を思いながら、不意に流れた涙を拭うとキースは心配そうに俺を見た。
「世の中、理不尽だよな。やってやろうぜ!」
「……? あ、はい」
「ふざけるなァァァッ!」
彼と頷き合うと、それを見ていたタヌキ息子が吠える。
「ふざけるなよッ! お前、裏切りやがって!! 妹がどうなるか分かっているのかァァッ!」
タヌキ息子は顔を真っ赤にし、地団駄を踏みながら怒鳴り散らす。
その姿はデパートでおもちゃを買ってくれない親に文句を言う子供そのもの。
「形勢逆転だ! 大人しくお縄につけえい!」
そんな彼を見ながら俺はここぞとばかりに投降を勧めた。
こちらには君らの切り札がいるんですよ? アテにしてた子がこちらに寝返ったんすよ?
だが、そんな事で大人しく捕まるような奴じゃない。
「おい! お前ら! アイツをさっさと捕まえろォォ!」
と、次は連れていた騎士達に命令を下す。
命令を受けた騎士達は顔を見合わせると腰に差していた剣を躊躇いなく抜く。
「おい。お前ら3人であの化け物を殺せ。俺はあのケツ英雄を捕まえる」
「「「 おおッ! 」」」
と気合を入れて踏み込んでくるじゃないですか。
「来ます!」
そう叫んだキースに3人の騎士が殺到。剣を容赦無く斬りつけるが、2人の斬撃を避けて残り1人の斬撃は変化した腕で受け止める。
すげえ。剣をモロに受けたのに傷もつかない。すごい。
対し、こちらは――
「ぐっ!」
「ははッ! 素人がよォ!」
相手の身体強化済みの斬撃を受け止めながら顔を顰める。
ジャック爺さんやキースの拳よりは軽いが、相手は腐っても騎士だ。しかも魔獣という驚異に晒された世界で生きる者。
元サラリーマンが多少魔法が使えて少しばかり鍛えただけじゃ受け止めるだけで腕に痺れが走る。
特にキースとの戦闘で受けた腕がやばい。骨が悲鳴を上げているのが容易く感じられる。
「このッ」
利き腕にピンポイント身体強化を施し、何とか相手を弾き返す。
「殺しちゃいけねえってのが面倒だな!」
ガキン、ガキンと何度か剣を打ち合う。
俺を殺さないよう手加減している事が相手にとっての弱点だろう。だが、こちらも防戦一方で決めてが無いのも事実。
(何か無いかッ)
俺はこの状況を打破すべく、脳をフル回転させた。
すると思い浮かんだのは訓練中の一コマ。
あの日も今日と同じように、訓練相手の騎士と剣を打ち合い押し込まれそうになっていた時の事。
『英雄殿。ただ受けるだけではいけません。相手の重心をズラすのです』
押し込まれて、こちらも押し返す。その押し込む際は全力で押し込み、相手も応戦した瞬間に相手の剣にこちらの剣を添えながら横へスッと抜けるようなイメージ。
相手がバランスを崩したら一気に剣を引く。そして、相手の背中側へ抜けろ、と。
そうジャック爺さんに教えられた。
何度か模擬戦で実践したが成功はしなかった。だが、その時はピンポイント身体強化も魔法操作の練習も習っていなかった時の話だ。
イメージは出来ている。
あとは魔法で補助すれば成功するんじゃないか、という確信が俺にはあった。
「オラッ! そろそろ諦めろやッ!」
相手は上段に構え、一気に踏み込んでくる。
「ぐっ」
ここを受け止め、
「おおッ!」
足に力を入れて一気に押……せないッ!
腕に身体強化かけた状態で足にも、とか無理! でも腕の強化解いたら俺の顔面は一刀両断されちゃうっ。
どうすれば、どうすれば……。
俺の脳内では苦しかった時の映像が走馬灯のように流れた。
それは両手で重い物を持っている時に催した時の事だ。あの時は、辛かった。一旦荷物を降ろせば良いものの、それを思いつかない程の波が腹に来た時だ。
あの時はそう、まずは腹のガスを抜こうとしたんだ。腹の中にあるガスのスペースを空けて、空白のスペースにブツを保留させておく。
そんな荒業をやってのけた。
「あッ!?」
俺は閃いた。
相手を押すのは自分の後ろ側から力が掛かれば良い。
そして、俺はケツから魔法が出せる。
これしかないッ!
「ウッ!」
解放せよ――風を。エアーを。
瞬間、俺のケツからはプスゥ、と音が出ると共に魔法陣が浮かんだ。
「あおおおおッ!」
放屁と同時に浮かんだ魔法陣からは強烈な風が吹き荒れる。
もう凄い風量だ。一緒に出た屁など、どこかに彼方へ吹き飛ぶくらいの。
俺の後方に散らばっていた瓦礫も吹き飛ばすの程の強烈な屁……じゃなくて風。
「な、なにィッ!?」
するとどうなるか。
俺のケツから放たれた風が力となり、相手を押す力は何倍にも膨れ上がる。
そう。俺は屁をこいて……じゃなくて、風魔法を使って相手を完全に押し返したのだ。
相手は俺の放つ圧力に負け、背中から地面へと倒れてしまう。
爺さんに教わったスッと抜ける工程は無駄になった。
「うおおおッ!」
俺は倒れた騎士に向かって剣を振り上げ、勢いよく振り下ろそうとするが――俺の剣は相手を傷付ける事は無かった。
振り下ろす瞬間に過ったのだ。
『俺は人を殺すのか』
そんな考えが過って、剣を振り下ろす腕は止まった。
「う、く……」
「ぐ、お、お前……」
相手は悪党だろう。
王都で魔獣を放った一味でたぬき息子の仲間であるし、王族に反旗を翻して街の住民を混乱に陥れた。
そもそも俺を捕まえると言ったのだ。
生かしておけば、俺を捕まえてそのあとでキースを殺すかもしれない。彼の妹も殺すかもしれない。
正真正銘の悪党。
だが、俺は腕を動かせない。
悪党だからと殺しても良いのだろうか? 人の命が軽い世界で、人が悪人を斬るのが普通の世の中だから、俺は英雄だから。
と、御託を並べているが本当は違う。
「はは、わかったぞ。お前、怖いんだろう! 人を斬るのが!」
そうだ。目の前にいる騎士の言う通り、俺は怖いんだ。
人を殺す、生身の人間を斬るという行為が怖い。
相手は会話できぬ魔獣じゃない。人だ。自分と同じ人なのだ。
「くッ」
斬らねばいけない。相手を斬らなければ、自分の状況は悪くなる。
そう理解していても、俺の腕は石のように動かなかった。
「ハッ! 意気地のねえ英雄で助かったぜ!」
動かぬ俺の腕に理由を察し、倒れていた騎士は剣を拾って再び立ち上がった。
「テメェが――あぴょ」
しかし、相手が剣を構えようとした瞬間に俺の視界から消える。
「ご無事ですか! ユウキ様!」
目の前には黒い獣の腕。キースの右ストレートが炸裂して相手は吹き飛ばされ、先にあった壁に上半身が埋め込まれた状態になっていた。
「俺の葛藤は?」
「え? なんですかッ!?」
俺の葛藤と共に悪党をワンパンする異世界住人。すごい。心構えが違う。
ちょっと横に視線をズラせばキースを仕留めようとしていた騎士達が、着用していた鎧を陥没させつつ、山のように重なって倒れているじゃないか。
さすが生きるか死ぬかの世界で生きて来た人達だなって切に思いました。
「い、いや、何でもないよ……」
俺は力無く首を振った。俺はこんな人に狙われていたのか。
手加減してくれたとはいえ、よく耐えれたなと自分で自分を褒めてやりたい。
本気で来られたらマジでワンパンじゃん。英雄が~とかそんなレベルじゃないじゃん。
「ともかく、これで危機は去った。あとはお前だけだ! たぬき……いねえ!?」
連れていた騎士をも退けた俺達が、次に相手するだろうたぬき息子の姿を探すもどこにもいない。
「逃げたのでしょう。きっと屋敷ではないでしょうか?」
「屋敷?」
「はい。ナリンキー伯爵家の屋敷は中央区の奥に位置しております。そこで組織の人間と合流するつもりでしょう」
「んん? 待って、組織? 組織って?」
何とも不穏なワードが飛び出した。組織って。
魔獣憑きが元の世界なら組織に追われるかもしれない、とか思ったけどマジで追われてたのか……?
「組織というのは、今回の騒動の元凶で――」
「英雄殿ーッ!」
組織について説明を始めたキースであったが、彼の言葉を遮るように聞こえたのはジャック爺さんの声であった。
「ご無事ですかッ!?」
身体強化を施して歳を感じさせぬスピードで駆け寄って来たジャック爺さんの後ろには、俺と一緒に毎日訓練をする騎士団達の姿もあった。
こうして、俺は騎士団と無事に合流を果たした。




