26 魔獣憑き
俺は突如現れ、アリアちゃんを抱くと豪語するポンポコタヌキ男を睨みつけた。
ふざけるんじゃない! と憤慨しそうになる。
だが、相手は俺よりも年下に見える。ここは冷静になって大人の余裕を見せつけてやろうじゃないか。
「俺は膝枕してもらった」
俺は「チッチッチッ」と指を振りながら言い放った。
「な、なに!?」
ふふ。そこで顔に出てしまうとはね。まだまだ小童よな。
だが、ぽんぽこナリンキー息子は動揺しながらも腰に手を当てて構える。
「僕は学園でアリアと同じクラスだ」
「ふざけんじゃねえッ!!」
こいつ、ふざけんなよ……! アリアちゃんと同じクラスだと……ッ!?
青春、してるってのかよッ!!
朝、教室に入れば「おはようございます」と笑いかけてくれるアリアちゃん。
授業に集中するアリアちゃんの横顔。体育の時間に運動場で一生懸命走るアリアちゃん。
普段、城では見せない姿をコイツは見ているのだ。
俺には決して取り戻せない青春を、大天使アリアちゃんと過ごしてるってのかよッ!!
クソタヌキボンボン息子の言葉に俺は奥歯を噛み締めて怒りを滲ませた。
頭の血管がブチ切れそうだぜ……!!
「僕がアリアをモノにするのは必然なんだよ。だから、お前みたいなヤツは邪魔だ! 英雄なんぞ、魔獣だけ狩ってれば良いんだよォ!」
俺を指差して怒鳴り散らすポンポコたぬき。
「おい! 小間使い! さっさとソイツを捕まえろよ! 父上から命令されただろう!」
なるほどな。ビビッときたぜ。
この騒ぎの元凶はコイツ等だ。間違いない。父上から俺を捕まえろというワードが何よりの証拠だ。
「この騒ぎはお前の仕業なのか?」
一応ね。確認しないとね? 指差し確認と二重チェックは大事。
「ぐふふ。そうさ! 街に魔獣を放ち、その隙に父上が率いる兵達が城を占拠する。王を殺して父上が新しい王になり、僕は王子となるわけさ。アリアは僕の妃として迎えるけどね!」
そう言ってベロリと口を舐めるポンポコたぬき。
やはり俺の読み通りか! 確認、ヨシッ!
「王様を殺すなんて事、させるかよ!」
そうだ。今の王族は俺に良くしてくれる。
ケツから剣と魔法を出すという変な能力を持って、英雄として半人前な俺を見捨てなかった。
廊下ですれ違うメイドや執事にクスクス笑われている俺をいつも本気心配してくれるし、申し訳なさそうに謝罪してくれる。
全て俺が原因だというのにも拘らず、必ず環境を改善すると約束してくれたんだ。
そんな人達を殺させやしない。大事な人達を守ってこそ、英雄と言えるんだ。
「あの人達は俺が守る!」
俺は剣を構え、タヌキを睨みつける。
「ハッ。出来損ないの英雄のくせに良く言う! さぁ、さっさとやってしまえ!」
剣を構える俺の前に立ちはだかるは執事の恰好をしたイケメン。
彼も再び拳を構え、身体強化を用いて踏み込んで来た。
「こうなっては……。申し訳ありません」
踏み込み、彼の拳が俺の剣を叩く瞬間に小さく呟かれた言葉が俺の耳に届く。
剣の腹に当たった拳は強烈な衝撃を生み、俺は大きく後ずさってしまう。
腕が痛い。だが、それよりも……どういう事だ?
これから捕まえようとする相手に申し訳ないと言う悪党がいるだろうか?
「いつまで耐えられますか!? 東にいる騎士団の加勢は期待できませんよ!」
何度も繰り出される拳のラッシュに俺は顔を歪めながら耐える。
まただ。
初めて対峙した時から違和感を覚えていたが、彼の言う事は少し変じゃないだろうか?
先ほどの小さな呟きもそうだが、
『生憎、逃がす事はできません。助けが来るまで必死に抵抗する事をオススメします』
『本気でやらないと終わってしまいますよ』
『いつまで耐えられますか!? 東にいる騎士団の加勢は期待できませんよ!』
俺に逃げろと、別の場所にいる騎士団と合流しろと言わんばかりの言葉じゃないだろうか?
それに、彼が本気を出せば俺など一瞬で仕留められるんじゃないだろうか?
だとすれば……。
「あんた、アイツに従っているのは、何か、理由があるのか!?」
拳の連打を耐えながら、俺は思っている事を口にした。
すると、イケメンはピクリと体を反応させて繰り出され続けて来た拳が剣の腹に当たって止まる。いや、彼が意図的に止めた。
「……東に騎士団がいるはずです。そこまでお逃げなさい」
俺にしか聞こえないような小さな声で、彼は確かにそう言った。
この言葉で確信を得た。彼は純粋な悪党じゃない。あのタヌキのような黒い野望を持った人種とは違うのだと。
「おい! 何をしている!!」
不自然に思ったのか、再びポンポコたぬきの怒声が響くとラッシュが再開されてしまった。
右ストレートの強烈なインパクトを受けて俺は崩れかけの壁まで吹き飛ばされて背中を強打する。
息が詰まり、一瞬呼吸ができないほどの痛みが体を襲う。意識も飛びそうになるが、ぐっと我慢。
顔を上げた瞬間には再び目の前に拳があり、それを何とか剣の腹で防御する。
「あんたは、何かあるんだろう!? 弱みを握られているのか!?」
拳を剣で受け止めながら、俺は彼にきっと何かあるはずだ、と確信を持って問う。
「……妹を人質に」
「やっぱりかよ! あのタヌキ野郎!」
思わず口に出してしまった。
「それだけじゃ――」
「おい! いい加減にしろ!」
イケメンが何かを言いかけたところで、たぬきが再び吠える。
「さっさとしろよ! そいつを屋敷まで連れてって、父上と合流しなきゃなんだぞ!」
たぬきは顔を真っ赤にしながら地団駄を踏むと、
「さっさと本気を出して終わらせろ! 魔獣憑き!」
そう叫んだ。
「魔獣憑き……?」
俺は聞き慣れないワードを口に出して反芻すると、バックステップで離れたイケメンは悲しさを半分含んだような顰め面を浮かべる。
「ええ。そうです。私は魔獣憑きです」
「なんだ、それ……?」
相手は言葉の意味を知っていて当然と思っているようだが、俺は本気で意味が分からない。
イケメンもそれを察したのか、薄く笑った。
「貴方は異世界からやって来たばかりでしたね。知らなくとも当然か」
そう言って彼は右手に嵌められた白い手袋を左手で取った。
「ぐ、ガッ……!」
取った瞬間、彼の顔には苦悶の表情が浮かんで呻き声が漏れた。
右手の甲には黒い血管のようなモノが浮かんでおり、ドクドクと脈打って腕の上側へと続いているように見える。
ビキ、ビキ、と痙攣するかのように右手が動くと――
「ガアアアアッ!」
メキメキと右腕が変化していき、右腕が服を突き破って膨れ上がる。
膨れ上がった右腕は鋭利なツメを持ち、禍々しいオーラと黒い体毛に包まれた獣の腕に変貌した。
「これがッ、魔獣憑き……ですよッ」
その名の如く、魔獣のような腕だ。
「…………」
俺は思わず言葉を失くす。
「世界喰らいの肉片に触れて、私の体は侵食されてしまった。そして、こんな……。こんな魔獣のような姿になってしまった……」
それが魔獣憑きと呼ばれる者の正体である、と彼は悲しげに語る。
「魔獣憑きは忌み子と忌避される存在。誰もが私を忌み嫌った」
魔獣が世界の敵であるように、魔獣のような存在になった者は嫌われる。差別の対象と言う事だろうか。
「さっき、妹がいると言いましたよね。妹を守る為に、私は何でもしましたよ。そんな私に声を掛けたのがナリンキー伯爵家だった」
ナリンキー伯爵家は彼を戦力として迎えた。魔獣憑きの力を抑えるという魅力的な魔導具をどこからか用意して、彼を便利な私兵として使っていたと語る。
だが、私兵とはマシな言い方だ。彼の口から語られる仕事内容は最も適格に当て嵌めるとすれば『殺し屋』と言うべきだろう。
魔獣の力を有した者が、力を持たぬ者を殺す。それは何とも簡単な仕事である。
「もう止めたいと言えば、妹を殺すと言われた。私は妹が全てなんです。だから、どんな事にも……世界の平和を乱す事にも従わなければならない」
そう語る彼の目には悲しみが浮かぶ。
彼は己の右腕を一瞥して、再び口を開いた。
「どうです? 汚らしいでしょう? 貴方が駆逐すべき魔獣と私は同じだ。だから、私を――」
哀愁と諦め。そんな感情が混じり合った表情。
汚い。汚らわしい。何度も言われた言葉なのだろう。
だが、俺が抱く感想は違う。
「カッケェ……」
「は?」
俺の零した言葉にイケメンは口を開けて呆けた。
「いや、カッコイイじゃん! 何それすげえ! 中二全開じゃねえか!」
心の底から俺は言ってやった。
魔獣憑き? 腕が変化する? カッコ良すぎるじゃん……。
元の世界だったらどこぞの機関に追われるヤツじゃん。
「カッコイイ? これが? 何を馬鹿な!」
「え? いや、マジだよマジ。俺なんてケツから剣と魔法出るんだよ?」
「え?」
「ケツから出るよ。剣と魔法」
「何を馬鹿な事を。そんな慰めが――」
「ほら」
どうやらイケメンは信じていない様子。
これが証拠だ、とばかりに俺はケツを向けてチョロチョロ~と水魔法を出して見せた。
「な?」
バチコーンとウインクする俺。
「あ、そ、その……。何というか……その……」
本当に信じていなかったようで、現実を知ったイケメンは言葉に詰まった。
な? 俺よりマシだろ?
だから、俺は言ってやった。
「魔獣憑きがなんぼのもんじゃい!! ケツから出るよりマシでしょうがッッッ!!」
俺は心の底から叫んだ。聞いてるか! 設定ミスったヤツ!!
これほどまでに説得力のある言葉があっただろうか。
「し、しかし、私は、魔獣憑きで――」
「だからなんだ! それでもあんたは人だろうが!」
魔獣が憑いてようが、人は人。魔獣じゃない。
きっと今までの人生、彼は数え切れない程の中傷を受けて来たのだろう。だから、人から受け入れられるという行為を既に諦めてしまっているのだろう。
その気持ちも理解できる。
俺も腹が緩いせいで学生時代のあだ名には常にトイレかケツ関係のワードが付着していたさ。
何かしらのコミュニティや組織に属した時には必ずそうなりゃあ全てを最初から諦めるってもんだ。
「あんたが悪いんじゃねえ! あんたをそうした原因が悪いんだろうが!」
でも、自ら望んでそうなったんじゃない。彼は被害者だ。
だから、彼は世の中から忌み嫌われる必要などありはしない。
「貴方は……妹と同じような事を言うんですね」
イケメンは声を震わせながら顔を俯かせた。
妹さんは常識人のようだ。全くもってその通りであると妹さんに賛同したい。
きっと彼にとっては妹さんが唯一の理解者で心の拠り所だったんだろう。
「魔獣や世界喰らいだで問題が起きているなら、それは英雄が解決する事だ!」
きっと妹さんも兄はただの被害者であると思っているはずだ。
被害者が非難されるなど、おかしいと思っているはずだ。
「だったら俺が解決してやる! 俺が世の中を変えてやるよ! 俺があんたを救ってみせる!」
いいぜ、やってやるぜ! 一生英雄業務するのは確定だ!
聖なるローション作りと並行して魔獣憑きを解消する策も考えようじゃねえの!
きっとエリスさんも協力してくれるだろうよ。王族の皆も協力してくれるはずだ。
誰もが否定する訳じゃない。非難する訳じゃない。
理解してくれる人は必ず他にもいるんだ。
俺もそうだった。家族の他にもちゃんと理解してくれて、親友にまでなってくれたやつがいたんだ。
だから――
「俺と協力しよう! 俺と一緒に妹さんを助けに行くぞ! だから、あんたと俺でコイツ等をぶっ飛ばそう! 俺はあんたの味方だ!」
ポンポコたぬき共をぶっ倒して妹さんを救い、その後は王城へ向かう! 完璧な作戦だ!
俺は手を伸ばして彼を仲間に誘った。
すると彼は顔を上げて、目を見開きながら一瞬だけ驚きを露わにすると目を閉じて笑った。
「これが英雄か……。すごいな……」
「え? なんて?」
彼は何か小声で言ったようだが俺には聞き取れなかった。
「いえ、貴方に協力します」
聞き返すと、彼は笑いながら俺の提案に乗ってくれた。
「俺はユウキ。あんたは?」
「私の名はキースです。英雄ユウキ様」
俺の伸ばした手に魔獣の腕と化した彼の手が重なる。
何はともあれやったぞ! 心強い協力者ゲットだぜ!




