19 新米騎士4人組
英雄ユウキと共に早朝の訓練をこなし、午前中の訓練を終えた新米騎士の1人――グラス男爵家三男であるラッチ・グラスは、アリア姫と共に昼食を摂る約束があると言ったユウキを他3人の仲間と見送った後に城内にある食堂へと向かった。
食堂に入ると厨房からは今日も美味そうな匂いが彼の鼻孔をくすぐる。
彼の年齢は20歳。他の3人も似たような年齢の若者だ。鼻孔をくすぐった匂いは脳を刺激し、脳は早く空腹を満たせという信号を引っ切り無しに発信する。
そのせいか、彼らの持つトレイの上には毎日ボリューム満点なドカ盛り定食が出来上がってしまう。
先輩騎士に「よく食えるな」と苦笑いされるくらいの量であるが、たくさん食べるのは若者の特権であると団長であるジャックには笑って褒められた。
加えて食堂の飯も福利厚生に含まれているのだから遠慮するなと言われ、それから彼らは遠慮せずに毎日食っているといった具合だ。
といったワケで、今日も彼らのトレイの上には山盛りの料理が乗っかる。
山盛りの米。山盛りの焼肉。スープ代わりに山盛りのうどん。炭水化物のオンパレード。それを持って空いてる席に座ると、
「サラダ持ってきた」
「助かる」
先に食事を取り終え、4人分の席を確保していた仲間の一人が再び厨房前まで行ってボウルに入れられた山盛りのサラダをドカンと机に置く。
炭水化物ばかりじゃなく野菜も取れ、といった先輩騎士の指示を尊重した結果である。このボウルに入った山盛りサラダを4人で食べるのだ。
斜め前に座る女性騎士とメイドのコンビが目を点にしながら4人を見てしまうのも仕方がない。
4人は20分程度で山盛りの食事を食べ終えると、セルフサービスの紅茶を飲みながらゆっくりしつつ雑談と訓練の反省会。
しかし、食後に訓練の反省会をするなんて事を始めたのはつい最近からだ。
彼ら4人の意識が変わったのは英雄の魔獣討伐訓練に参加してから。
彼らこの世界に生まれ、小さい頃から魔獣という存在を知っていた。騎士団に入る前には既にEランク魔獣を楽々と倒せる実力を持っていたし、既にDランク魔獣の討伐経験もあった。
だからだろう。
キラーラビットで腰を抜かす英雄を見て影ながら噴き出し、尻から魔法を出す英雄なんてと周りの者と一緒に馬鹿にしていた。
こんなふざけた者が、こんな腰抜けが英雄なんてと思っていたのだ。あのクリムゾンベアーが現れるまでは。
圧倒的な威圧感。1ミリでも動けば殺されると感じさせる殺気。
Dランク魔獣なんぞとは比べ物にならないくらいの『格の違い』に騎士でありながら腰を抜かして動く事が出来なかった。
腰を抜かし、ガタガタと震えるだけの4人。だが、彼らの目に映ったのは体を震わせながらも立ち上がる『ふざけた英雄』の姿だ。
恐怖を感じながらも足を叩いて恐怖を殺し、剣を構えてクリムゾンベアーと対峙する背中。
年齢は自分達と変わらない。
平和な世界で戦いなんぞとは無縁だった青年が、魔獣という驚異と生きる世界の者よりも魔獣へ果敢に立ち向かった。
『こんなふうに、戦いたかったんじゃないのか。だから騎士団に入ったんじゃないのか』
あの時見た背中はラッチはもちろんの事、他3人の新米騎士達が憧れる姿他ならない。
あの日見た『ふざけた英雄』の背中は英雄譚に描かれる歴代英雄と遜色ない、世界を救う英雄と思わせるに十分な姿だった。
故に、4人は目を覚ましたのだ。
陰で馬鹿にされながらも腐らず訓練するユウキの姿を見て、置いて行かれてしまうと感じた。
あの人と共に並んで戦いたいと思ったのだ。
陰で笑っていた事は、本人にまだ謝れていない。でも、打算無く親しく接して次こそは一緒に戦おうと決意したのは4人にとって心の底から思える本心だった。
ユウキに話しかければ普通の青年で、どこにでもいそうな気の良いタイプの人間。英雄と紹介されなければ分からないくらいに普通の青年だった。
それが余計に自分達が取っていた今までの態度を情けなく思う。それと同時に肩肘張らずに接する事が出来て、これからは良好な関係を築けそうだと安心した。
だが、彼らが心を入れ替えて英雄と親しく接していれば当然面白可笑しく寄って来る者もいる。
「なぁ、おい。お前ら、最近ケツ英雄と親しくしてるな?」
4人が固まって座るテーブルへニヤニヤとしながら近寄って来た騎士。彼はナリンキー伯爵家の子飼い貴族の次男だった。
こういった事態に面白可笑しく首を突っ込んでくる筆頭と言うべき存在だろうか。
「……そうですが、なにか?」
一応は先輩騎士。家も子爵とラッチの実家よりも格上である。
ラッチは少々間を置いて答えた。
「いや、まさかあんなふざけた英雄に尻尾を振るヤツがいたのかと思ってな。いや、尻か」
「………」
「クリムゾンベアーと遭遇して、攻撃を耐えたとかいう話も嘘なんだろ? つーか、団長が結局倒したんじゃアイツがいた意味ねえじゃん」
あの魔獣訓練に参加しなかった騎士や城勤めの文官・執事・メイド達はユウキの事を尻英雄と馬鹿にする。
最近特に噂になっているのはクリムゾンベアーの攻撃を耐えてみせたという部分だ。
あんな騎士団が数人掛かりでやっと倒せて、攻撃を食らえば剣が容易く粉砕されると言われる凶悪な魔獣の攻撃を耐えるなどありえない、と誰もが否定する。
彼もその一人で「さすがに話を盛りすぎ」と笑う。
改めてその一味と会話をするとちょっと前まで自分達もその中の1人だったのか、と思うとラッチは己の行いを悔いた。
「……いけないでしょうか?」
悔いる気持ちもあってか、己もそちら側にいた事の後ろめたさもあってか、ラッチは目の前でユウキを馬鹿にする者へ言い返せずに何とか一言だけ言葉を返す。
そんなラッチを見下しながら、鼻で笑うと
「いや、忠告さ。先輩としてのな。そのうち分かる」
そう言った後に再びユウキをボロクソに貶すと立ち去っていく。
「何なんだアイツ! 安地勤務のくせに先輩面しやがって!」
安地勤務とは安全地帯勤務の略で、王都内の警備部隊に所属している騎士を指す。
通常の騎士団は外にいる魔獣退治に赴くが、王都警備部隊は外に出ない。
別部隊にとって警備隊は安全地帯でヌクヌクする腰抜けという共通認識があるのだが、所属している騎士の身分は上級貴族の子弟が多い。
加えて上級貴族の子飼いになっている家の次男三男も多く、彼らを馬鹿にすれば格上の貴族当主から報復を受けるだろう。
「やめとけ。聞かれたらどうする」
特に男爵家であるラッチの家など伯爵家に睨まれればひとたまりもない。
ああいった手前には、言わせておいて気にしないのが一番だ。
「でもよ……」
「言い返せないだろ。俺達もあの日までは、アイツと似たようなモンだったんだ」
憤慨した一人を抑え込むと、4人の間には暗い空気が流れる。
この空気を作ったラッチは机の下で拳を握りしめながら口を開く。
「俺達も馬鹿にしてた。でも、もう止めようと誓っただろ。一緒に訓練して、強くなって、次こそは力になろうって決めただろ」
ラッチは自分達の過去を懺悔するように、少しだけ俯きながら言った。
「誰に何を言われようと気にしないし、俺達は俺達なりにあの人へ報いるんだ」
ラッチの言葉に他の3人も力強く頷いた。




