17 ジャック・エルドリン
ジャック・エルドリン。彼はエリオス王国の騎士団長である。
彼の人生は剣を振るい続ける人生であった。
今年で62になるジャックは元々王都生まれの庶民。彼が剣というモノを手に取った理由は「英雄のように強くなりたいから」という至極単純な理由だ。
我流で剣を振るい、当時は15で魔獣を狩る事を専門とした民間組織、ハンターギルドに入会できた事もあって15から剣で生計を立て始める。
最初は泥に塗れた見るも無残な戦いを繰り広げ、現在のEランクに相当する魔獣を一人で狩猟。
綱渡りのようなハンター生活を行いながらも才能を見せ、20になる頃には王都のギルドで名を轟かせ始める。
彼の人生で転機が訪れたのもこの頃だ。
エリオス王都とルーベンス王国の国境付近で魔獣の過剰繁殖が起き、ハンターギルドとエリオス王国騎士団は合同でこれを討伐にあたる事となった。
名が通っていたジャックもこの軍行に参加し、エリオス王国に召喚された当時の英雄――ユウキの先代――であるアレックスと共に戦った。
地獄のような戦闘で、生き残ったのは極僅か。その中の1人であるジャックは王都に帰還した後に、英雄アレックス自らの指名によって王国騎士団にスカウトされる。
共に地獄を生き抜いた事もあってか、アレックスと当時一緒にチームを組んでいた男――現在のハンターギルド長と協力しながら多くの魔獣を英雄と共に討伐。
騎士としても成功を納め続けると彼は25の時、若くして王国騎士団副団長まで上り詰めた。
副団長就任と共に時の国王から爵位を拝命。彼は子爵となってエルドリンという姓も賜った。
30の頃には当時から付き合いのあった王城勤めで10歳年下のメイドと結婚。子には恵まれなかったが順風満帆な人生を歩んで来たと言えよう。
特に彼の人生で誉れとなるのは英雄アレックスと共に世界の平和維持を務めた事だ。
英雄と騎士。時にはピンチに陥ったが、実力と経験値で乗り切った。
35になる頃には先代の騎士団長が引退し、ジャックが団長へと就任。爵位も伯爵へと上がる。
英雄と王国騎士団長がいれば敵は無し。そう各国からも言われる程の活躍を見せ続ける。
そして、それから24年。
丁度、ユウキが召喚される1年前に先代英雄のアレックスは老衰でこの世を去る。
彼は去り際にジャックへ言い残した言葉がある。
『ジャック、次の英雄が召喚されたら親身になってやってくれ。俺もそうだったが、異世界に来た頃は心細くなるものだ』
ジャックはベッドの上で横になり、浅く呼吸する唯一無二の戦友へ
『任せろ。アレックス。私が必ず次代の英雄を導く』
誓いを立てた。
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友との決意を胸に、1年後。次代の英雄であるユウキが召喚された。
謁見の間で最初に彼を見た印象は『どうしてこうなった』だ。
まさか尻から剣を生み出すとは誰も予想するまい。魔法でさえも尻から出るとは常識外れにも程がある。
だが、ジャックは友との誓いがあった。必ず親身になり、彼を導こうという決意があった。
だからこそ、尻から剣と魔法を出すという事を極力気にせず彼と接した。
接してからユウキが思った以上に真面目な好青年であったのもあるが、騎士団長である自分の事を親しみを込めて『ジャック爺さん』とでも呼んでくれと、とてもフレンドリーに接する光景も城勤めの召使・騎士・貴族問わず多くの者に見せた。
が、やはり彼の異端すぎる能力は城の中で悪い噂となってしまった。
「あなた、如何しましたか?」
家での食事中にユウキへの心象をどう払拭すべきか考えていると、心配そうな表情を浮かべた妻に声をかけられる。
「ああ、いや、召喚された英雄様の件でな……」
「英雄様ですか?」
「実は――」
ジャックは今まで送って来た人生通り、全てを包み隠さず妻に話した。これこそが夫婦円満の秘訣であると、友であるアレックスや敬愛する陛下から直々に賜った言葉であったから。
「お尻から……」
話を聞いた妻も最初はポカンと口を開けて呆けていたが無理もない。
ユウキの話を初めて聞いた者や、初めて姿を見た者は大体はこうなる。
そこから大笑い者、馬鹿にする者、失笑する者、信じられないと一度は憤慨する者と別れるのだが、さすがジャックの妻は違った。
彼女は顔を引き締めると真剣な顔でジャックの相談に乗り始める。
「私が城内の者達に言って聞かせましょうか?」
結婚後、子に恵まれなかった事もあってしばらく共働きであったが、彼女は引退する10年前まで城の元メイド長だったのだ。
元メイド長となれば引退後も影響力は高い。陰口を漏らす後輩の事を聞いて情けなくなったというのもあるのだろう。
情けない元部下達に喝を入れに行く気なのだろう、とジャックはすぐに察した。
「いや、しかし、う~ん……」
陰口というのは第三者が言って収まるものなのか。どう対処するのが最善なのか分からず、ジャックの悩みは深くなる。
そんなジャックの姿を見た出来る妻は、ここで踏み込まずに一歩退く。
「あまり気負わずに。私にも相談して下さいね?」
「ああ、ありがとう」
それからジャックが家に帰ると、夫婦間の話題は決まってユウキの事となる。
「今日は英雄殿から自主練の相談を受けた」
ユウキが騎士団の訓練以外で出来る事はないか、と相談しに来た事から始まり、
「毎朝、欠かさず走っている。なかなか出来る事じゃない」
自分が提案した『まずは体力作り』という地味な訓練も嫌がらず、毎日毎朝欠かさずこなす姿。
「剣は素人であるが、根性は見事なモノだ。素振りの回数は必ずこなす。格だけの貴族家から送り出される騎士も見習うべきだな」
毎日、毎日。話題はユウキの事ばかり。
今日は何をした。今日はこうだった。
妻から見た印象としては『楽しそう』だ。まるで自分の子供か孫を育てているかのように。
陰口を囁かれながらも訓練を怠らないユウキ。ジャックの妻も話を聞いていると、まるで自分の子が頑張っているかのように思えて仕方がなかった。
彼女も夫と共にユウキを応援していると、彼女の元にとある話題が飛び込んだ。
外で訓練を行っていたユウキとジャックがクリムゾンベアーと戦闘になったという。
彼女もこの世界で生きていれば、クリムゾンベアーという存在がどれだけ驚異的なモノかは十分に理解している。
血の気が引き、夫は無事だろうか、ユウキは、姫様は大丈夫であろうかと心配しながら、まだ帰らぬ夫を待ち続ける。
しばらくして、夫もユウキも無事であると伝令をよこしてくれた国王の使いから報告を受けた。
ホッと胸を撫でおろし、今夜は夫をうんと労おうと心に決める。
ジャックが夜になって家へ帰って来ると、彼女は無事に帰還した事への言葉を口にしようとすると――
「マーヤ! 聞いてくれ! 今日のユウキ殿は凄かった! あれはまさしく英雄だ!」
ジャックは家の玄関を潜ると腰に挿していた剣すらも置かず、妻に語り始めたのだ。
「魔法で土を全身に纏い、手足が折れようとも耐え凌いだ!」
ジャックは興奮冷めやらぬといった顔で手振り身振りを用いて妻に熱く語り続ける。
その姿を見た妻マーヤは、心配などどこかに吹き飛んで思わず笑顔が浮かんでしまった。
愛する夫が浮かべる笑顔は、まるで知り合った当初のようだ。
戦友であり親友であった先代英雄アレックスと共にいた頃と同じ、自分が彼に惹かれた時に浮かべていた笑顔だったのだから。
「まぁ、それは凄いわね」
命の危機に陥りながらも、その事を楽しそうに話すジャック。
1年前、友を失くしてからは久しく見ていなかった心の底から湧き出た笑顔であった。
「そうだろう!」
「今後、家に招待してお食事を一緒にしたら? 私も会いたいですし」
「それは良いな!」
まるで過去を取り戻したかのように話す夫を見た妻は心の中で英雄へ感謝の念を浮かべた。




