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16 蠢く


 ユウキ達が帰還し、本人達から詳しい話を聞き終えたアルフォンス王は一人執務室に残っていた。


 彼が執務用の椅子に座りながら思案していると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。


「入れ」


「陛下。失礼致します」


 入室して来たのは一度退出した騎士団長ジャック。彼は一度、騎士団長の部屋に戻った後で再び王と話すべく戻って来たようだ。


 彼が戻って来る事を確信していたアルフォンスは顔色を変えず、静かにジャックが近づくのを待った。


「どう思う?」


 そして、冷静に一言告げる。


「敵の仕業かと」


 ジャックも王の問いに込められた意味を全て察しているのは長い付き合いだからだろうか。


 彼もまた冷静に一言だけで答えた。


「王都近郊に生息するはずのないクリムゾンベアー。何者かの手によって強化魔法まで施しているのは露骨すぎますな」


「で、あろうな。しかし、敵の正体はなんだ?」


「さて……。ワシにも見えませぬ。しかし、同盟国とは思えません」


 世界喰らいという化け物を初代英雄が倒して500年。過去に領土争いをしていたエリオスを含む強国は手を取り合い、今では同盟を組んで世界維持の為に奔走する仲間だ。


 過去の被害を先代から受け継いできた各国の王や代表が、再び世界を争いのある混沌とした地獄に戻そうなどとは考えられない。


 いや、もしもそうであるならば愚か者以外の何者でもないだろう。


 何しろ世界喰らいが産み落とした遺産、魔獣はどれも凶悪だ。下手をすれば1匹で街が滅ぶような物もいる。


 それらを根本的に阻止できるのは召喚した英雄のみ。英雄の作り出した剣こそが、動物を魔獣化させる世界喰らいの肉片が溶け込んだ汚染地を浄化できるのだから。


 領土争いの戦争に感けて汚染地を放置すれば魔獣が溢れ、同盟国からの支援も得られない。


 やがては国は滅ぶだろう。


 汚染地に手を焼いているのはエリオスだけじゃない。他の国だってそうだ。だからこそ、英雄は世界的に保護される。


「もう一つ、疑問があります」


 ジャックは目を細めながら口を開く。


「クリムゾンベアーは極めて獰猛。アレを生息地から引っ張って来るなど、苦労に見合いませぬ」


 クリムゾンベアーはBランクに認定される魔獣で、ジャックの言う通り獰猛極まりない。人に懐く訳も無く、目に映るモノは手当たり次第に破壊する化け物である。


 それを生息地である山奥から王都近郊まで引き連れてくるなど、道中でどれだけの損害を生むだろうか。


「報告にもあったが、突如現れたそうだな?」


「はい。目撃した騎士の話によれば、馬車の近くに突如出現したと。休憩地として使っていた場所は周囲の視界を遮る物はありませぬ」


「……魔法か? 魔獣を任意の場所に移す、そういった手段があるか? もしくは転移魔法?」


「転移魔法ですか。賢者様しか使えなかったという技術を復活させた。確かに可能性はありますが……」


 近年における魔法技術の進歩は大きい。どの国も研究題材は違えど技術開発そのものには力を入れているし、その象徴たる魔導国では国財のほとんどを投入しているのだ。


 賢者しか使えなかった秘術。そう言われていたモノが、誰もが使えるよう密かに改良・開発されている可能性も捨てきれない。


「相手は技術開発を行える規模の勢力と考えるべきか」


「クリムゾンベアーに強化魔法を施すにも時間は掛かりましょう。その間に抑えておく者も必要なはず。となれば、クリムゾンベアーを抑えられる武力を持った集団を抱えていると考えた方がよろしいかと」


「……荒唐無稽な話ではあるが、クリムゾンベアーを手懐けたという可能性は?」


「魔獣を手懐ける……。現状ではあり得ないと言い切れませんな」


 敵の正体と規模が詳細に見えないからこそ、どれも可能性があると言わざるを得ない。


 敵が魔獣を好きな場所に転送できる技術を持っていたとしたら、王都のど真ん中に大量の魔獣を送り込まれる可能性がある。


 敵が魔獣を手懐ける技術を持っていたとしたら、魔獣の群れを率いて攻めて来る可能性がある。


 いくつもの可能性が2人の頭に浮かぶが、どれも否定はできない。


「中枢たる城が簡単に陥落する事は無いだろう。だが、警戒はすべきか」


「ええ。英雄殿はまだ未熟。成長するまで我々が守らなくては」


「うむ。同盟国へ通達はしておこう。いざという時は他国の手も借りねばならぬ」


「はい。もしかしたら、他国でも似たような事件があるかもしれません。そちらの情報収集もするべきでしょうな」


 アルフォンスとジャックは静かに頷き合う。


 2人の胸の中にはこれで終わりではない、という確信めいたものが湧き上がっていた。



-----



「どういう事だ!」


 ナリンキー伯爵家の書斎では、当主であるナリンキーが拳を机に叩き落しながら怒声を目の前にいる人物へ向かって振り撒いていた。


「アイツは死んでおらんじゃないか!」


「申し訳ございません」


 片手に持っていたワイングラスを目の前にいる青年へ投げつける。


 投げつけられた青年はグラスが額に当たり、砕け散ったガラス片と中身のワインを身に浴びるが身動ぎ一つせずに謝罪を口にした。 


「頭が高い! 魔獣憑き風情の馬鹿者めが!」


 グラスが当たった衝撃で額が切れたのか、青年は額から赤い血を流しながらも言われた通りに頭を下げた。


 彼の視界に映るのは赤い絨毯に落ちていく自分の血。そして、自分を自分たらしめる手を隠した白い手袋。


「あの方々に出資して、ようやく手に入れたんだぞ! それを無駄にしおって! どうするんだ! アレを得るだけに1000万アレスもつぎ込んだというのに!」


 ナリンキーは顔を真っ赤にしながら投資した金額の大きさを説いた。


 貴様の命よりも高い、自分がどれだけ苦労して金を集めたか、どれだけ相手との交渉に苦労したのか。


 罵詈雑言を交えて飛んでくる言葉を、青年は心を無にしながらナリンキーの怒りが収まるまでじっと耐える。


「……はぁ、はぁ、わかったか! 次はあの方々の指示通り、2か月後に行う!」


「はい。かしこまりました」


 青年は頭を上げず、絨毯にポツポツと落ちていく自分の血を見つめ続ける。


 零れ落ちていく自分の血を見ていると、白い手袋の中身がギチギチと勝手に動くのを感じた。


一旦区切り。読んでくれてありがとうございました。

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