10 魔獣討伐実戦 2
しっかりとトイレを設置できて安心した俺はさっそく爺さん主導の魔獣討伐訓練を開始した。
アリアちゃんも同行するらしく、ベテラン騎士に囲まれながら心配そうに俺を見ている。
いっちょ、良いとこ見せなきゃなと笑顔を返しながら俺は気合を入れた。
訓練場所は草原と呼ばれるに相応しく、とにかく見晴らしが良い。
といっても歩きやすく整備されているのは街から街へ続く街道のみ。
俺が現在立っている場所は街道から外れており、地面には雑草がボーボーだ。延焼の危険があるので火属性の魔法は厳禁であると注意を受ける。
「基本的に見晴らしの良い場所ではありますが、あのような岩の影に魔獣が潜んでいる場合もあります」
ジャック爺さんが指さすのは草原のど真ん中にポツンと佇む岩。岩の大きさは俺の腰くらいまでありそうだ。
爺さんに先導されて岩の近くまで歩いて行くと――
「シャアアアアッ!」
「うおっほおおおッ!?」
岩の影から謎の物体が俺の顔面目掛けて飛び出し、右頬からチッと鋭い音がした。
思わず尻餅をついてしまい、飛来した物体の正体を慌てて探る。
「う、うさぎ?」
背後に顔を向けると、うさぎが1匹。その後ろにはベテラン騎士が剣を抜きながらアリアちゃんを護衛しているではないか。
「英雄様! それは魔獣です! 気を付けて下さい!」
「え?」
見た目は凄く可愛らしいウサギちゃん。しかし、疑問に思っていた俺は右頬に熱を感じて手で抑える。
すると、頬に触れた手にはベットリとした謎の液体の感触があった。感触の正体を確かめるべく手の平に目線を向ければ、俺の手の平には血がベッタリと付着しているではないか。
「おおいッ!? 血ッ!? チィィィ!?」
見事に取り乱す俺。目の前にいるウサちゃんはその隙を見逃さない。
可愛らしいお顔が邪悪に変化し、鋭い牙をギラギラと見せながら軽くその場でピョンと跳ねた。
そして放たれたるは殺意ムンムンのドロップキック。
「ヒッ!?」
俺は慌てて避けた。無様に地面を転げまわりながら。
2度も獲物を仕留めきれなかったウサちゃんは『ギュィィィ』と甲高く鳴いた。
先ほどの可愛い様子はどこへ行ってしまったのか。これが野生なのか。
「フンッ!」
「ギュイィィ!?」
俺が肉食動物に睨まれた草食動物のようにガタガタ震えていると、ウサギを一撃で仕留めるジャック爺さん。
あんな凶悪なウサちゃんを一撃で屠るとは、さすが団長だ。
「どうですかな? これが魔獣です。魔獣の恐怖は理解できましたか?」
極悪なウサちゃんがあの世へ直送された事でパニック状態だった俺の頭も少々冷静さを取り戻す。
ジャック爺さんは俺の魔獣初体験をあえて見守り、その身に恐怖を体験させたかった様子。
周囲に視線を向ければベテラン騎士も新米騎士達も剣を抜きながら、いつでも斬りかかれる体制を取って見守っていたようだ。
「これはキラーラビット。Eランクの魔獣です」
Eランク。それは魔獣格付けの中でも最底辺である。格付けはE~Aまであり、Aランクともなれば国を挙げて対処すべき相手だ。
しかしながら、このウサちゃんはEランク。
そうか、俺はEランクの魔獣に対してガタガタ震えていたのか……。
「魔獣はどれも危険です。Eランクと格付けされても、我々人は油断すれば一撃で殺されてしまう。どんな相手にも慢心してはいけませんぞ」
シュン、と落ち込んでいるとジャック爺さんはニコリと笑ってフォローしてくれた。
「大丈夫です! キラーラビットの攻撃は避けられていました! 心構えが出来ていれば大丈夫!」
一体何が大丈夫なのか。めちゃくちゃ紙一重だった気がするが。
とにかく、地べたを転がっていた俺は爺さんに引き起こされて再び訓練を開始した。
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訓練開始から4時間。既に時間は昼を過ぎた。一旦訓練は終わりにして、街道の近くまで戻って休憩する事になった。
最初は無様に転げまわっていた俺だが、ようやく魔獣相手に少しは慣れてきた。
爺さんの言う通り、Eランク魔獣にも油断はできない。その言葉の意味も十分に理解できる。
あのくされウサギには何度も遭遇しているが一切油断できない。一瞬でも目を離せば鋭いドロップキックをかましてきやがる。
しかし、凶悪なドロップキックを避けられれば防御力はただの貧弱なウサギ。
切れ味バツグンの魔剣でエイヤッとブッ刺せば簡単に死んでくれる。
魔獣を殺す覚悟ができたのかって? 俺をヤる気マンマンのドロップキックが飛んで来るんだ。嫌でも覚悟できた。というか、覚悟する前にヤらないと俺が死んでた。
最初は俺も動物を殺すのはな~、なんてお気楽に考えていたのは否定できない。
動物の見た目をしているとはいえ、あの肉を斬る感触や骨を断つ感触は正直嫌悪感がすごい。
まだコミュニケーションが取れない魔獣だから良い。これが『人』だったら……。
しかし、魔獣相手に御託を並べてはいられない。それは嫌というほどに理解できた。
邪悪で殺意ムンムンな眼力で飛び掛かって来るウサギやら、鼻息荒くして雄たけびを上げながら猛突進してくる(イノシシ)奴等に対して戸惑いなんてしてられるかよ!
アリアちゃんに良いとこ見せなきゃ~、なんて気持ちはとうの昔に霧散した。
俺は生きたい。まだ生きていたい。
おっと、脇にちょっと伸びた草が生えているな。これは要注意だ。こんな少しでも隠れられる場所からでも、あの極悪ウサギの鋭いドロップキックが飛んできやがる。
俺は真剣な表情で草むらに剣を差し込んだ。
「お前達、何をたるんでおるか! 常に警戒する英雄殿を見習わんか!」
俺が死にもの狂いで生にしがみ付いていると、ジャック爺さんの叱咤がようやく休憩という事で口の軽くなった新米騎士達に飛んだ。
新米騎士達はさすが現地人と言うべきか、俺のようにウサギ如きには苦戦しておらず軽々と倒していた。
俺の臆病な性格に付き合わせて申し訳ないなと思う反面、それでも生きたいという気持ちが拮抗する。いや、俺は今何を捨てても生きたい。ごめん。
「よし、1時間の休憩を取る!」
街道沿いに戻ると馬車を守っていた騎士達が野営食と呼ばれる料理を作って待っていてくれた。
地面に広げられたレジャーシートのような物に腰を降ろすと、隣に座ったジャック爺さんが笑顔を向けて来た。
「初めてにしては、なかなか良い動きをしておりましたな。特に負けじと前に出る姿勢は素晴らしい」
「そ、そうかな?」
ジャック爺さんに褒められ、俺は少々照れた。めっちゃ嬉しかった。
「ええ。強大な敵と対峙した時、震える体を抑えて前に出るのは簡単に出来ることじゃありません。ああいった姿勢は仲間を鼓舞する。騎士でも英雄でも、変わらず必要な心構えでしょう」
確かに言う通りだ。俺は今回が初めての魔獣戦であるが、ジャック爺さんや騎士の人達がいるからやれている。
戦うには安心感が必要だ。この人がいれば大丈夫、という絶大な安心感が戦闘に冷静さを齎すのだと痛感した。
「辛く、怖いかもしれませんが……英雄たる者、涙は見せてはいけない。2代目の英雄様が残した言葉だそうです。強敵と相対した時、希望示すのが英雄の役目。私は先代英雄と共に戦いましたが、彼もそうでした」
「確かに英雄が逃げてたら示しがつかないですよね」
英雄とはこの世界において希望だ。
酷く一方的な感情を押し付けて申し訳ない、と召喚された当初に王様からも聞かされた。
だが、理解はできる。
人は希望無くば生きてはいけまい。俺だって元の世界で給料日だけが希望だった。給料日に必ず買う国産黒毛和牛のステーキと異世界ラノベだけが希望だったんだ。
あと、同人誌。エッティなやつ。ダウンロード版ね。便利だよね。ダウンロードが完了してファイルを開くまでのワクワク感ったらたまらんわ。
まぁ、スケールの違いであるが人には何か希望は必要だ。特に魔獣という驚異に塗れるこの世界なら猶更だろう。
ただ、1つ懸念として残るのは人が相手になった時に俺はどうするか、という事だ。俺は人を斬れるのだろうか。
「英雄様。お疲れ様でした。ご飯持ってきましたよ」
不安を感じながらジャック爺さんと話しているとアリアちゃんの声が背中から聞こえてきた。
休憩地へ一緒に戻ったアリアちゃんは騎士から料理を受け取って来てくれたようだ。
料理の入った器を俺に手渡してくれる。その笑顔、可愛い。
この世界は異世界文化が入り混じる世界。アリアちゃんに差し出されたのは乾燥麺を用いた料理。
持ってきた野菜と干し肉を煮込み、味付けは醤油だろうか。そこにパスタ麺がズドンと入った超絶簡単料理である。
うん、味も悪くない。俺が独り暮らしの時に作った適当和風スープパスタに似ている。
麺も乾燥麺を使っているので柔らかすぎないし、これを旅の道中で食えるならば上等すぎじゃなかろうか。
「野営食っていつもこんな感じなの?」
隣で一緒に食事を摂るアリアちゃんに問うが、答えたのはジャック爺さんであった。
「そうですな。先代の英雄殿が乾燥麺を作ってからは、こういった料理が多くなりました。乾燥麺が無い頃は干し肉と水のみが一般的でしたな」
「先代英雄様には感謝しかないですね。食の文化を齎して下さり、国民の食事事情が豊かになりました」
「今では3代目英雄様が作った魔鉄道も広く普及しました。遠い地でも生産地から野菜や肉も輸送できます。おかげで食事がひもじくありません。しかし、魔鉄道では行けない場所で魔獣が発生した場合は野菜などの調達は難しいですな」
なるほど、魔鉄道の駅がある街――補給地点から遠い場所まで陸路を用いて移動すればジャック爺さんの言う通りになるだろう。
とは言え、話を聞く限りでは異世界技術を用いた事で昔よりもずいぶんと改善されているようだ。
「持ち運びできる物か。フリーズドライとか使えば簡単に野菜スープが作れるのかな?」
「ふりーずどらいって何ですか?」
アリアちゃんが俺の言葉に興味を持って質問してきた。
俺はフリーズドライ製法をネットで知った程度であるが説明してみせると、アリアちゃんは凄い便利ですね! と驚いていた。
どうやら先代英雄の中に醤油や味噌を作ったであろう日本人がいるようであるが、時代的にはかなり昔の人物らしいのでフリーズドライという製法が生まれる前の時代から召喚されたのかもしれない。
もしくは、日本に限りなく近い文化を持った世界から召喚され、フリーズドライという技術が無い世界だったのかも。
しかし、乾燥麺という概念があるのだからカップ麺は作れなかったのだろうか? まぁ、作るのはめちゃくちゃ難しいというのは俺も理解しているが。
袋麺も売っていないようなのでスープを袋に入れるのが難しいのかもしれない。この世界でビニール製品は見た事ないし。
いや、粉スープは作れるかも? 入れ物を考えれば出来そうだな。
「今度、城の食品部門で話をしてみませんか?」
「それは良いですな。上手くいけば軍行時に助かります」
確かに作れれば騎士団の遠征では大変役立つだろう。そのうち、俺自身もお世話になるだろうしやる価値はありそうだ。
「うん。話して作れるなら作ってみようか」
「ええ!」
頑張りましょうね! と器とフォークを持ちながら笑顔で言うアリアちゃん。尊い。
この笑顔、守りたい。
そう、俺が決意したからか。それとも偶然か。
ピーッという笛の音が鳴った。
「だ、団長! 魔獣がぎいあああッ!?」
和気藹々と食事していた俺達の近くに一人のベテラン騎士が吹き飛んで来た。
力無く地面に横たわった彼の胸には陥没した胸当てと深い爪の跡が。
ジャック爺さんは飯の入った器を投げ捨て、剣を持って走った。
事態が上手く飲み込めない俺は爺さんを顔で追う。すると、馬車の裏から姿を現したのは巨大な赤毛の熊。
「グオオオオッ!!」
赤毛の巨大熊は俺達を威嚇するように吠える。
「クリムゾンベアーだと!? なぜ、接近に気付かなかった!!」
「わ、わかりません! 突然、街道横から現れてッ!」
剣を構える騎士とジャック爺さんに熊が太い腕を叩きつける。
「ぐっ! 姫様! 英雄殿! お逃げ下さい!」
熊の一撃を避けながら叫ぶジャック爺さん。
だが、俺は目の前にいる魔獣に体が震えて動く事が出来なかった。




