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11 魔獣討伐実戦 3


 突如現れたクリムゾンベアーという魔獣。


 見た目は赤毛の熊だ。だが、立ち上がったその大きさは2メートル以上。


 ギラギラとした鋭い歯。長く伸びた鋭い爪。絶対に獲物を逃がさんとばかりに睨みつける眼光。


「グオオオッ!」


 クリムゾンベアーは手近にあった馬車を吹き飛ばす。吹き飛ばされた馬車は別の馬車に激突し、俺達の背後で転がった。


「アリア様!」


 メイドのロザリーさんは咄嗟にアリアちゃんへ覆い被って馬車の破片から身を守る。


「くっ……!」


 ロザリーさんから苦悶の声が漏れる。もしかしたら今の攻撃でケガをしたのかもしれない。


 しかし、俺にはそれを気にする余裕は無かった。


 動いたら死ぬ。動かなくとも死ぬ。今死んでないのはジャック爺さん達が牽制して足止めしているから他ならない。


「あ、う……」


 もはや生命の危機を通り越して、頭の中が真っ白になってしまった。


 ジャック爺さんは逃げろと言うが、逃げ切れるのか? そもそも、これは人が勝てるモノなのか?


 現状にそぐわない無駄な考えが浮かんでは消える。

 

「あ、あ……」


 それでも俺が我に返れたのは隣にいるアリアちゃんがロザリーさんに覆い被さられながら短い悲鳴を上げて、俺の服の袖を掴んだからだろう。


 力無く引っ張られる感覚を覚え、俺は隣にいるアリアちゃんの顔を見た。


「う、う……」


 可愛い顔が恐怖に歪み、美しい瞳には大粒の涙を溜めている。


 袖を引っ張っているのは無意識に俺を逃がそうとしているのだろうか。


(俺は何をしてるんだ)


 王家に恩を返そうと決めたじゃないか。この子を守ろうと決めたじゃないか。


 英雄は希望であると、ジャック爺さんも言っていたじゃないか。


 人生を変えよう。これが転機であると、決意したじゃないか。


「お、俺は……!」


 震える足に力を入れ、俺は立ち上がった。


「え、英雄様……」


 立ち上がり、俺を見上げるアリアちゃんの顔を一目見た後に俺は彼女の前に立った。


「アリアちゃん、逃げるんだ!」


「で、でも、英雄様が」


「ジャック爺さんも気を引くので精一杯みたいだ。俺が隙を作って、爺さんに倒してもらうしかない」


 ジャック爺さんは牽制と回避で精一杯。倒そうと立ち回れば俺達を気にしてはいられないだろう。


 ベテラン騎士も数人が致命傷を受けて動けない。新米の騎士達はクリムゾンベアーの威圧にやられて腰を抜かしている。


 ここで満足に動ける俺が加勢しなければアリアちゃんが遠くまで逃げられない。


「早く行くんだ!」


 俺は震える足を力いっぱいに込めた掌で叩き、魔剣を構えた。


 俺の持ち札は少ない。


 英雄のみが作れる剣があろうが、まだ剣術の訓練だって初級段階。魔法も初級しか使えない。しかも、ケツから出るんだ。


 接近戦は厳しいのは目に見えている。ならばケツから出ようが、人よりも威力が高いと評価された初級魔法を何とか連続で当てるしかないだろう。


 ならば――


「爺さん! そいつの気を引いてくれ!」


「な、英雄殿!」


 俺はクリムゾンベアーに向かって駆ける。だが、真正面からは対峙しない。


 素人同然の俺が真正面から剣で斬る、なんて自殺行為も良いところだ。絶対にカウンターを喰らって死ぬ。


 故に、爺さんから習った対魔獣戦の基本。正面から対峙する味方を援護するべく、側面からのL字攻撃。


 一瞬だけ爺さんに気を引いてもらって相手の側面へ。移動後は魔法で攻撃して少しでも相手の体力を削る。


 そうすれば相手は俺に体を向けるだろう。その数秒が、ジャック爺さんの態勢を整える時間となる。


 あとは敵の攻撃を耐えて、百戦錬磨な爺さんにお任せだ。今の俺には誰かに頼るしかない。


 正直言って死ぬかもしれない。だが、ここで弱くとも英雄という立場である俺が何もせず、騎士団の人達を見殺しにする選択肢などあるものか。アリアちゃんを守らないという選択などするものか。


 緊張と恐怖でドクドクと脈打つ心臓の鼓動を感じながら、素早く脇に駆けた俺は後ろを見ながらケツを向ける。


「くらえええ!」


 ドン、ドン、ドンと火属性の初級魔法を3連発。


「グオオオッ!」


 クリムゾンベアーの横っ腹に火の玉が3連続で着弾! 白い煙を上げて自慢の赤毛が黒く焦げたのが見えた。


「アリアちゃんと逃げろおお!」


 俺はクリムゾンベアーへ再び魔法を撃ち込みながらロザリーさんへ叫ぶ。


 すると彼女は俺の意を汲んでくれたのか、少々フラつきながらもアリアちゃんと共に離れてくれた。


 よかった。これで一安心。俺はアリアちゃんへ精一杯強がって笑顔を向けた。


「こっちだ! アホ熊!」


 既にクリムゾンベアーの体を向け、鋭い眼光で俺を真正面に捉えている。


「爺さん!」


「承知!」


 愛剣を上段に構え、ジャック爺さんはクリムゾンベアーの背中を斬りつけた。


 しかし――


「ぐっ! なんだ!?」


 クリムゾンベアーの背中越しにジャック爺さんの驚愕する声が響く。


「これは強化魔法か!?」


 どうやら想定外の事が起きたようだ。


「グオオオッ!」


 背中を斬られたクリムゾンベアーは腕を振り回し、背後にいた爺さんへ攻撃を加える。


 剣で防御し、爺さんはバックステップでその場を離れると


「英雄殿! コイツは強化魔法で外皮が固くなっているようです! お逃げ下さい!」


 外皮が硬くなっている? 


 しかし、先ほどの火魔法は赤毛を燃やしたはずだ。


「魔法は通用するって可能性は!?」


 俺の叫び声から数秒遅れ、爺さんの叫び声が再び聞こえて来た。 


「魔法、魔法か! 英雄殿! 1分、いえ、30秒だけ稼いで下さい!」


 30秒。この化け物と対峙して30秒持たせる。


 今の俺に出来るだろうか。


 しかしこの状況を脱するには、どうにか魔法を撃って気を引きながら後ろに逃げるしかあるまい。


 と、思っていたのだが現実は甘くなかった。


 クリムゾンベアーは息を吸い込み、俺に向けて特大の叫び声をぶつけてきた。


「ガァァァァッ!」


 ビリビリと空気が震え、俺は動きを止めて大音量の鳴き声に顔を顰める。それは俺にとって致命的な隙となってしまった。


「あっ――!」


 気づいた時にはもう遅い。大きな腕が俺の頭上に迫っていた。


 もう逃げられない。


「クソッ!」


 一か八か、俺は剣の腹を頭上から振り落ちてくる腕に向けて構えた。  


 ドガン、と炸裂する打撃音。それと同時に俺の足からはメキメキという嫌な音がして激痛が走った。


 だが、生きている。


 生きているだけで奇跡だ。あと何秒耐えればいいのか。


 その前に俺は押し潰されてしまうだろう。


 これが咄嗟の機転なのか、火事場の馬鹿力なのか、俺は土魔法を起動して地面から伸びる土で足を分厚く覆った。


 足が土で覆われ、俺は崩れ落ちないように地面と一体化した状態になって今の体勢を強制的に固定する。 


「グワァァッ!」


 今の力では圧し潰せないと悟ったのか、クリムゾンベアーは一層力を込める。


「いぎゃぁぁ……!」


 相手の腕を抑える剣は、さすが魔剣というべきか。滅茶苦茶な負荷を掛けられながらも折れない。


 だが、剣を支える俺の腕と足からはメキメキ、ブチブチ、と嫌な音が走る。


 このままでは腕がヤバイ。再び土魔法を起動して地面から伸びる土を首の下まで覆う。


 地面と一体化しての強制固定。イカれた足と腕を強制的に固定させ、俺は相手の腕を抑えたポージングで土鎧マンとなった。


「グオオオッ!」


 押し潰すのが面倒になったのか、クリムゾンベアーから掛かる圧が無くなる。その代わりに俺の目に映ったのは腕を横薙ぎにしようとする熊の姿。


 ああ、終わった。


 そう思った時――


「ハァァァァッ!!」


 クリムゾンベアーの背後で炎が纏った剣を上段で構えながら飛び掛かるジャック爺さんの姿が。


 飛び掛かるって、相手の頭よりも上にいるけど? 爺さん、歳なのに半端なくね?


 激痛を感じながらも脳内でしっかりとツッコミを入れる俺。そして頭から一刀両断されるクリムゾンベアー。


「――――!!」


 散々俺を痛めつけてくれた熊の断末魔が耳にこびり付く。俺は土鎧マンになったまま地面に沈む熊を見送った。


「英雄殿! やりましたぞ!」


 次に見たのはジャック爺さんの笑顔だ。


 にこやかな笑顔を見て俺は気が緩んだのだろう。


「イギ、アバッハァッ!?」


 腕も足もめちゃくちゃ痛い。体中が熱く、悲鳴すらも上げられないくらいに全身が痛い!


「フ、フ、フ……」


 浅い呼吸を繰り返しながら痛みに耐える。もう汗やら鼻水やらで顔中はべちゃべちゃだろう。


 しかし、英雄は涙を見せてはいけない。心に浮かんだ爺さんの言葉が、俺の最後の支えになった。


 全身に痛みが走り、筋肉の制御がうまくいかないのか、ケツには熱いパトスを感じている。


 涙なんて気にしている場合じゃない。自分の顔面がどうなっているかなんて気にならない。


 なぜなら今すぐトイレに行かなければ全てこの場で出そうだったからだ。


 痛みで体がイカれ、ケツまでイカれてしまった。エマージェンシーコールが俺の頭の中を駆け巡る。


 だが、どうだ。今の俺は土鎧マン。


 しかも腕も足もイッちまってやがる。こんな状態で満足にトイレができるのか? 答えは否だ。


(アカン)


 俺は全てを悟り、確定された未来を想い、つい関西弁になってしまうほどの絶望を感じた。


「え、英雄殿!? 今お助け致しますぞ!」


「フ、フゥー、フゥー、フゥー……!」


 ガチガチと歯を鳴らしながら必死に耐える。 


 だめだ、爺さん。来たらダメだ……!


「今すぐこの土を剥がさなければ!」


 爺さんは必死に俺の体に纏わりつく土を手で剥がそうとするが、もうムダっ……!


「お、あ、う……」


 俺は激痛に耐え切れず意識を失った。それと同時に全部出た。


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