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9 魔獣討伐実戦 1


「実際に魔獣を討伐、ですか」


 俺は王様の執務室のソファーに座りながら、目の前にいる王様とその横に立って控える騎士団長ジャック爺さんの両名に呼び出された用件を聞かされていた。


「うむ。ユウキ殿が日頃、真面目に訓練しているのはジャックから聞いている。彼からも、そろそろ実践訓練を行う段階だと提案されてな。もちろん、君の意見を尊重するぞ」


 確かに俺は英雄というポジションなのだから、いつか国防としての機能を果たさなければいけない日が必ずやってくる。


 王国に篭って訓練しているだけで、いざ本番の時に動けないなど言語道断だ。

 

「わかりました。俺もぶっつけ本番で戦って来いなんて言われたらキツイですからね。その前に実戦での戦闘訓練はすべきだと思ってましたし」


 俺の覚悟は既に決まっている。


 と、偉そうな事を言っても実際に魔獣を倒してみるまでは口には出せない。


 コミュニケーションの取れぬ魔獣ならまだしも、俺が最も懸念するのは人との戦闘だ。


 この世界には山賊や盗賊といった人でありながらの『敵』や『悪党』もいる。


 そんな奴等と対峙して、足が竦んで殺されるなんて事にはなりたくない。平和な日本とは違い、死にたくなければ殺さなければいけないモノもいる世界なのだから。


 そう心では理解しているものの、人を殺すという行為を想像すると……。なんとも受け入れ難い。

 

 人との戦闘はまず置いておき、魔獣だけでも倒せるよう慣れておかなければならないだろう。


「では、1週間後に行う」


 王様とジャック爺さんと打ち合わせを続け、実戦訓練は1週間後に決まった。


 まずは日帰りでの訓練を繰り返し、順調であれば野営の体験を挟んで数日の訓練も視野に入れているそうな。


 入念な準備と日々の訓練に明け暮れていれば、1週間などあっという間にやって来る。

 

 そして実戦訓練当日の朝、王城前には馬車が2台。


 俺と一緒に実戦訓練を行うべく選抜された、騎士団の若手の中でも期待されている新米騎士が4名。


 俺や新米を指導と守る為のベテラン騎士5名。さらには騎士団長ジャック爺さんも同行する事になっている。


 そして、彼らに混じるゲストが2名いるのだが。


「アリアちゃんとロザリーさんも来るの?」


「はい。英雄様の戦いぶりを拝見してお父様に報告する役目なのです」


「アリア様が同行するのなら私もご一緒するのは当たり前でしょう」


 と、当日になって知らされたゲスト2名。


 さすがに王都の外、しかも魔獣と戦うのにお姫様が同行してもいいのか? と疑問に思っていたが、今回は王都の近くにある平原が目的地で王都から馬車で2時間ほどの場所。


 相手にする魔獣も弱いのが多いので同行しても脅威は無いそうだ。


 それに今回は日帰りなので緊急事態が発生すれば、すぐさま王都に引き返せるよう準備はしているらしい。


 ジャック爺さんに説明されて、納得した後にアリアちゃんと共に馬車へ乗り込む。


 1台は俺とアリアちゃんの乗る馬車、もう1台は現地で摂る昼食用の食料を積んでいるらしい。


 若手の新米騎士達には要人護衛の訓練も加味されているので、馬に乗った騎士達が馬車の周囲を囲うように配置されている。


「では、出発!」


 ジャック爺さんの合図と共に馬車が進み、目的地である平原を目指して進む。


 日帰りの実戦訓練スタートだ。



-----



 ゴトゴトと地面を転がる車輪が音を鳴らし、ゆっくりと馬車は街道を南へと進んで行く。その周りには警戒に勤しむ新米騎士達とそれを採点するかのように観察するベテラン騎士達。


 朝早くから出発して既に1時間。時折、馬車の車輪が跳ねた時の衝撃が尻から腹に伝わると尻の中の何かが熱くなりそうで困る。


 そんな気持ちを紛らわそうと真面目に働く彼らを馬車の窓から眺めつつ、俺は同じく車内にいるアリアちゃんと雑談を楽しんでいた。


「アリアちゃん、朝早くから出発したけど今日は学院に行かなくていいの?」


「ええ。これは公務なので学院はお休みです。英雄様は初めての魔獣討伐を前にどうですか?」


「そうだねぇ。しっかりやれるか不安もあるけど、ジャック爺さんもいるからね。訓練でしてきた事を活かして……あとは俺の心の持ち様かな」


 実際、俺は自分の手で生き物を殺した経験など無いのだからやってみないと正直何とも言えない。


 だが、見守ってくれる存在が周りにいるというのは心強い事だろう。出来れば今日の訓練で少しは慣れたいところだ。


「英雄様は……今の生活が嫌にはなりませんか? 元の世界に戻りたいとは思いませんか?」


 俺の意気込みを聞いた後、アリアちゃんは悲しそうな顔をして俺へ問いかけてきた。


 元の世界に戻りたいか。事前に王様から、召還は一方通行で元の世界に戻れないという事実は聞いているし、アリアちゃんも知っているはずだ。


 無理だと解っていても聞いてくるのは、やはり俺を召喚したという責任感と申し訳ないという気持ちが強いからだろうか。

 

 俺の気持ちとしては別に元の世界に帰れなくても構わない。


 確かに戦う事に対しては抵抗があるが、もうしょうがない事だと頭では割り切っている。


 今回の実戦訓練で心に残った抵抗を払拭できればと思っているからこそ、王様の提案に了承したというのもある。


 今の生活、というのは王城で噂されている事や俺をよく思っていない人達の事だろうか。


 街に出掛けた時のような罵詈雑言と陰口を叩かれる事については……勤めていた会社の時と変わらないからあまり気にならないな。


 俺の返事を不安そうに待つ彼女を安心させる為にも俺は正直に話す事にした。


「確かに召喚された時はびっくりしたけど、今は特に嫌じゃないよ」


「本当ですか? 元の世界にいる家族や友人に会いたいとか……。そ、その……王城の一部の者達が英雄様に良い感情を持っていないのも知っているのです。それなのに何故、頑張れるのですか?」


 アリアちゃんは顔を伏せながら小さな声で呟いた。

 

「ああ、家族とはもう死別しているし、友人もあまりいなかったから。それに、俺ってよく腹痛くなるじゃん? それで元の世界でもよく馬鹿にされたりしていたからね。慣れてるから平気だよ」


 自分で言ってて悲しくなってくる。仲の良い友人なんて1人しかいなかったし……。その友人も数年前に事故で死亡してしまった。


 あれ? ということは、今の俺は友達がいない状態……。俺もアリアちゃんをぼっちとは呼べないのでは……?


「だからさ、召喚してしまった責任感からでも王様と王妃様とアリアちゃんに心配されたり気にかけてくれるのは正直嬉しかったんだ。俺は変な能力持ちで英雄とは言えないような人間だけど、俺なりに頑張って心配してくれる人達には恩を返したいと思ってる。それが訓練を頑張れる理由かな?」


「英雄様……」


「変な能力を持って来ちゃった俺の問題なんだし、アリアちゃんはあまり気にしないでね?」


 ここで、君は笑っている方がステキだよ、なーんて言える程俺はイケメンじゃないんでね!


「はい……」


 俺の正直な気持ちを話すと、アリアちゃんは悲しそうな顔に少しだけ笑みを浮かべてくれた。


 やはり俺のような非イケメンが無理をするからこうなるのだ。

 

 それ以降、会話は無くなり、馬車内の空気は重々しかった。めっちゃ腹が痛くなった。


 重々しい空気、そして己のケツに力を入れて耐え続け、ようやく訓練を行うための場所に到達。


 馬車の外は暖かい陽の光。ぽかぽか陽気と見渡す限りの草原。ここで昼寝したらさぞ気持ちいいだろう。


 しかし、無言の1時間を耐え抜いた俺にはそんな陽気を満喫する余裕は無い。


 ケツに力を入れ、内股になりながらゾンビのように馬車を降りる。俺が最初にやる事は決まっている。


 トイレ作りだ。


 俺のゾンビのような動きを見て一瞬剣を抜きそうになったベテラン騎士に、トイレを作る場所を聞き出してから内股でヨロヨロと向かう。


 ああ、ああ……と苦悶の声を漏らしながら俺を見て、騎士達はドン引きしていたがそれどころじゃない。


 俺は美少女の前で漏らして、ご褒美と感じるようなドM野郎じゃないからだ。


 もう門の前でブツ共が「まだか? まだか?」と開門するのを待ちわびているのがわかる。


 だが、まだ大丈夫。あと2分半は耐えられる。俺は額から汗を流しながらも、自分の経験と研ぎ澄まされた感覚を信じてケツをキュッと閉めた。


 土魔法で土壁と穴を作り、さらに土魔法で固めた洋式トイレ風の土便器を作れば完成だ。


 この間、わずか1分半。効率的かつ無駄の無い動きをしてトイレを作り上げた自分を褒めたくなる。


 草原にポツンと佇む個室トイレ。天井に空気穴も忘れない。


 なんと素晴らしいことか。


 窓をつけて外を見ながら出来るようにしても良いが、それでは覗きが発生していまう。残念。


 俺はさっそくとばかりにズボンとパンツを下ろして座った。

 


 開放せよ――


 開放せよ――



 俺の脳内ではドンドコドンドコと大太鼓を叩きながら門番兵が「開門ッ! 開門ッ!」と叫ぶビジョンが流れる。


 内なる獣を開放して訪れるのは至福。それ以外の感想は必要無い。

 

 素晴らしき魔法世界。

 

 あ、そうそう。最後に穴に浄化石という石を放り投げれば、出した物は分解されて跡形も無く消えるので忘れずにね。


 スッキリした顔で野営地に戻り、トイレの設置を伝える。日本でいう和式トイレしか存在しないこの世界の住人達からは俺の作った座れるトイレは好評だった。


 ロザリーさんに「さすが本業は違いますね」と言われたが、俺の勤めていた会社はトイレメーカーじゃない。


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