奪い合い
「ちょっと失礼」
「なっ!?」
「ぬっ!?」
体が勝手に動いていた。俺は予想外の青柳の瞬発力に驚きを隠せず、ただ棒立ちになっていた荒巻の体を突き飛ばした。その瞬間、先ほどまで荒巻のいた場所に、岩のような大きな拳が豪快に風を切り裂きながら通過する。
別に俺は正義の味方を語るつもりはない。ここではまだ血を見たくなかった、ただそれだけのこと。
「……少年、あたしを助けたつもりか?」
「いや、俺は血が苦手なんだ。だから突き飛ばした。ただの自己都合」
「……感謝はしないぞ?」
「あぁ、問題ないよ」
「……俺の動きを見切ったのか? ということは佐倉の言っていた、良い眼を持つ男というのは貴様か。ふむ、これは実に興味深い。ちょっと可愛がってやろうか」
不敵な笑みを浮かべる青柳。そして俺の全身を舐めるように観察する。その視線はどうしてか、とても不快なものだった。
「青柳、そろそろ遊びは終わりにしたまえ」
「ぬっ……佐倉。あぁ、承知した。あいつはもう少し俺好みに筋肉が付いたら、たっぷりと可愛がってやることにする」
「……なぜそんな不敵な笑みで俺の事を見る?」
「ちなみに黒羽くん。青柳は男も守備範囲らしいから、せいぜい気をつけることだな! はっはっは!」
「ふっふっふっふ」
「いや、なに笑ってるんだよ!? 何か俺めっちゃ狙われてそうじゃねぇか!?」
「大丈夫だ優、痛いのは最初だけだ。優しくするから、安心して俺に身を委ねろ」
「うわっ……ハゲ、マジでない……引くわ……」
「誰が委ねるかっ!! てか、名前で呼ぶの止めろ!! さっさと俺たちの今後について話してくれ!」
「……マッチョと細身な美男子……いいです!」
ドン引きしている荒巻。それを楽しそうに見つめる佐倉。そして先ほどまで膝を抱えて泣いていたはずの少女が、瞳を輝かせて俺と青柳のことを見つめていた。
……なぜだ? なぜそんな期待に満ちた視線を送ってくるんだ? その無垢な眼差しは、マジで勘弁してほしい。
「うむ、そうだな。田舎でひっそりと二人で住むのも――」
「そっちじゃねぇよ!! これから一週間のことについてに決まってんだろ!!」
「ふむ、優は素直ではないな。だがそこがまた良いではないか!」
「……はぁー……」
俺はその青柳の一言に頭を抱えた。この激しい頭痛、これはさっき透視の力を使ったからではないだろう。俺は一分一秒でも早く、この場を……いや、この男から離れたかった。
「青柳。そろそろいい加減にしたまえ」
「うっ、佐倉、承知した。さて、優とはまた今度じっくりと話すとして、早速説明に移るとしよう」
「ここでの絡みはなしですか……残念」
少女が口にした不吉な呟きを、俺は聞き逃さなかった。しかもそう口にした表情は、心の底から残念そうな表情だったのだから笑えない。
「まず貴様らには一週間を必死に生き延びてもらう。この無数の扉の先には、様々な空間が広がっている。猛獣がいる部屋、食料が置いてある部屋、武器が置いてある部屋、それは様々だ。そしてこのサバイバル……いや、デスゲームと言った方が正しいか。貴様ら以外の参加者も大勢いる。その参加者たちと貴様らは少ない食料を奪い合い、生き残らなければならない」
参加人数が大勢いる。俺はそのことを聞いて、嫌な予感が的中していたことを悟った。
奪い合い、騙し合い、そして殺し合い……。それが俺たちがこれからやらされることだろう。非日常……と言うより、できの悪いゲームのような展開。
だがこのペンキの下に隠されている血痕が、嘘ではないことを裏付けていた。




