第2章 王家の都市(1)
1.アイオーン・ロード駅
俺は車窓からみえる、大きな山脈の裏に沈んでいく太陽の光に目を細め、3等車両できざまれた尻の痛みをなんとか忘れようとしていた。
時刻は、夕刻、17:00
徐々に沈んでいく、恒星イザナミの光は秋特有の雲の隙間から見える、オレンジとも黄色ともつかな色をしていた。
それは一瞬尻の痛みを忘れさせるような黄昏の色だった。
視線を正面に移すと、
その黄昏色に照らされ眼を細めながら老執事はこくりこくりと船を漕ぎ始めたディアナにタオルケットをかける。
そして、その顔を眺め見て俺に言う。
「こんなに安らかにお眠りになるお嬢様を見るのは久しぶりでございます」
と、渋い声でそういった。
「そうなのかい?」
俺は付き合いの相槌を打った。
「不思議な方ですな、貴殿との会話で、すっかり心を許されたようで……」
「そうなのかい?」
またそう言った。
俺にはどこまでも関係がない、ただこの老いた執事のよく届くバリトンボイスに適当に反応しているだけ。
急にゴオッと、空気が押しつぶされる音がすると列車の照明に明かりが灯る。
地下の路線に進入したようだ。
「お嬢様はシュナイダー様に呼び出されまして、向かうところでございましてな」
「ここであったのなにかの縁でございましょうなぁ」
そういってほっほっほと笑った。
聞いてもいないことをペラペラと喋る、執事にあるまじき振る舞いに少し戸惑ったが、もう乗りかかった船だと思うことにした。
俺は少し意地悪な質問をすることにした。
「ふむ、俺は?貢物かい?」
俺を連れていけば、賞金どころか、地位や名誉を、いらないと言っても押し付けられるだろう。
「め、滅相もございません、こんな厄介な話を持ちかけられるのは貴殿くらいしかおりませぬゆえ」
執事は急に真面目な顔になって俺の意見を却下した。
「俺がここに来ることは、シュナイダーも当然知っているだろうなぁ」
「そうですかな?」
どちらとも取れない微妙な返事は老練の会話術のように滑らかだった。
「まぁ、奴に用がないわけじゃぁないんだ」
そろそろ賞金を取り下げてもらおうと思ってはいる。
だから嫌がらせの連絡を入れておいた。
「俺に売った喧嘩を、俺が買おうって言うんだ報酬がないとやる気にならないな」と
せっかく王都に行くんだ。牽制はしとく連絡するだけはタダだからな。
シュナイダーが俺に勝てない理由。
そもそも、現在は人類最強と呼ばれて王になった男だ。
強いのは間違いではないだろう。
それは奴の使う技が現代格闘技に根ざした効率化の果て、お上品で目立つ技ばかり使う。
その上、何かやろうとするたびに技名を叫びやがる。
そんな事どこで学んだのやら。
対して俺が使う、格闘技術は古武術、その技の極意を知ってるからこその技。
やつの使う技の根幹を俺は知り尽くしている。
だから俺にやつの技は通用しない。
まぁ、しかし黒竜烈波斬と叫びながら空手チョップを繰り出すのだ。
真面目に相手にするのも嫌になる。
強くなるための条件、俺は常に師に問われ続けていた。
なぜ強くなるのか、強さとはなにかその根幹を想像しろ。
シュナイダーは強くなるために強さを求め、女を口説くために強くなろうとした。
俺か?、勝つため、いや負けないためさ。
高校生時代の先輩であるシュナイダーのことを少し思い出す。
まぁ、分かりやすく言うと奴はボンボンだった、それもわりと世界有数の企業を経営し、貴族のの称号を持つ、貴族連合における序列第3位。
ライトニング・フルメン・シュナイダー・プレアデス家
13家名の一角だ。
そこの六人兄弟、末弟だった。
末弟ということで、兄弟たちにやたらといじめられたらしい。
父親、ハイエンド・エレメント・シュナイダー・プレアデス、その愛人の子というのも理由の一つだろう。
その結果、学問より運動、それも格闘技に傾倒していくのは自然なことであったかもしれない。
”ハイエンド・エレメント・シュナイダー・プレアデス その生涯”という貴族録(公開された貴族の歴史本)
に、そう書いてあった。
俺との差、それは本質が違う、生死を分かつか、単なる運動か……である。
格闘技は本来、相手を無力化するためにある。
そこに余分な要素は一切ない、結果的に殺すことになっても……だ。
あれは俺が16歳、シュナイダーが17歳、問題の少女、杠葉ゆう華、18歳
秋頃だ、学園のマドンナ的存在、生徒会長、その杠葉ゆう華を口説いたのがシュナイダーだった。
シュナイダーは実家も金持ち、見た目も悪くない、喧嘩も強い、とくれば断る理由は、「私の趣味じゃないのよ、ごめんなさいね」だった。
シュナイダーは何度もアタックしたそうだが、ゆう華はいい加減うんざりして通りかかった俺に勝ったら付き合うと言いやがった。
なぜその時なのかは俺にもわからん。
後で決闘などという背びれ尾ひれがついたその下らない喧嘩?いや単なるすれ違いは、俺もシュナイダーの啖呵を無視し続けいい加減、うんざりしとしていたところで終わりを告げる、ヤツにとってはゴングが鳴ったのであろう。
「問答無用ぉ!、奥義、炎獄鉄拳!!!!」と叫びながら俺に突進してきやがった。
奴には自分の拳が燃え上がっている様に見えたのかもしれない。
そんな叫びながら飛びかかってきたら、犬でも避けるわ。
と、思いながらヒョイッと身体を半身避けてそれを避けたところに運悪くサッカーボールが飛んできてまともに顔面にくらいやがった。
バチィンという音ともに。
そしてやつは鼻血を流しながら仰向けに倒れると、 杠葉ゆう華が写真をパシャパシャ撮っていた。
うん、俺はサッカーボールを避けたんだと俺は自分に言い聞かせながら、眼の前で殺虫剤でやられた虫のようにピクピクしている見苦しいそれを
ゆう華「やったやった」と大喜びしていた
それを尻目に、俺は後輩の見本のように駆け寄って「シュナイダー先輩、大丈夫ですか?」と助け起こそうとした。
「ブラッド・サイクロン!」と叫び奇声をあげながら、鼻血吹き出し足をぐるっと回しながら、さらに鼻血をまき散らして、足から立ち上がる。
見事なスターフィッシュ・キックアップだが、俺はその足よりも飛散る鼻血のほうが気になった。
そして少し後ろに下がった俺は、「ううん赤い、赤いなぁ、赤い……竜巻かぁ うん」
もしかするとブラッド・XXXXは鼻血を出しながら繰り出す時の技名に使うのかなぁと考えるくらいには余裕があった。
シュナイダーは身構えると「よ、漸くやる気になったようだな」と言ってぽたぽたと滴り落ちる鼻血を左の袖でふく。
俺は、咄嗟に声も出ないくらいの絶望を味わう。
なにもしてないんだが、どういうことか誰か教えてくれ。
しかし、ここまでくるともう後には引けないくらいシュナイダーにスイッチが入っていた。
俺は諦めて「仕方ない、これで立っていられたら相手になりますよ、先輩」
ゆらりと、シュナイダーに歩み寄る。
やつの間合いに入るが俺に構えはない。
故に型もない。
何をしてくるか分からない。
警戒したやつの足が浮く瞬間を見逃さない。
奴が軸足をずらそうとする一瞬、さらに片足に完全に体重が乗ったその瞬間を俺は逃さない。
右腕で制服の胸ぐらを吊り上げ、左腕で奴の右腕を引きつける。
全体重が乗って動かせなくなった奴の軸足を、後ろから深く右足で刈った。
腕は最後まで離さないでおいた。
頭をぶつけたら大変だ。
周囲を見たら取り巻きが野次馬たちの視線を塞ぐように立っている。
チャンスと思い、シュナイダーを立ち上がらせると。
奴の鼻血に触れないように服の埃をパタパタと払った。
まあなんとなくだ。
シュナイダーは何が起こったかまだ理解しておらず呆然としていた。
「先輩、僕の負けでーす、ごめんなさーい」
俺はそう叫んでその場から猛ダッシュで離れた。
それ以降、杠葉ゆう華は、シュナイダーに絡まれることはなかった……が。
俺が、杠葉ゆう華に色々と絡まれる羽目になった。
なぜ俺なのか、後で聞いたら、杠葉ゆう華は俺の親父の知り合いだった。
「なんかあったらあれ押し付けろ」と親父に言われていたらしい。
あれとは”おれ”だ、色々と裏がある気はするが調べる気にはならなかった。
そういえばこの女、以前暴走族にナンパされうっかりついて行ったら路地裏でストリップショーやらされそうになった(本人談)らしく——その現場にたまたま居合わせた、俺は暴走族を半殺しにした。
なんでそんなところにと思うかもしれんが俺は俺で同級生の捜索でバイト中だったんだ。
そういえばなんだっけ。
「学長への意趣返しとか、同級生の嫌がらせ」で襲われたとゆう華は言ってたが。
あれは絶対嘘だ、暴走族は俺に、あの女が誘ってきたんだ。と言ってやがった。
ややこしいので、詳細は割愛する。
それ以来、俺が杠葉ゆう華に絡まれていろいろやらされたのは悲しい思い出の1ページだ。
それから、数年後の第81回、この六男坊、シュナイダーが天上天下運動会の勝者になったのはその格闘術への信念か脳筋ゆえの努力の賜物か。
噂では武者修行と称して、あちこちのスポーツクラブに入り浸っては、VRで格闘技の技を習得したり、格闘ゲームの技を練習したりと
どっか間違った方向に突き進んだらしい。
今や天上天下運動会 優勝者、人類最強と世に謳われる貴族連合の代表、王族、貴族たちの頂点に立つ男となった。
——————————
そういえば……と思い出したように「あの黒服どもは?」と俺はベネディクトに聞いてみた。
「シュナイダー様が寄越したボディーガードです」
「不調法者で、難儀しておったところです」
「しかしどのようにして……」
俺が口八丁手八丁で追い払ったことが気になるのだろう。
「あぁ、蛇の道は蛇ってやつさ」
袖の下、シュナイダー周りの荒事部門に賄賂を配りまくってるとは言いにくい。
定期的に嘘の情報を流してちゃんとお仕事してますアピールまでちゃんとやってるのだ。
えらいだろ?
そんなくだらない話をしていると、執事は妙なことを言い始めた。
「そういうことでしたら、貴殿とご一緒しているほうが安全かもしれませんなぁ」
「よしてくれ、15歳の美少女と同衾なんか末代まで笑われてしまう」
「いっそ……貰っていただけましたなら、この不詳ベネディクト・クロフォード 79歳、心置きなく隠居させていただく所存です」
「………………」
なんて返したらいい?
車内の電光掲示板が「次は、 アイオン・ロード 終点」という文字を流した。
「まもなくですな」
「あぁ、おかげで退屈しなくて済んだ」
俺は自分の尻をさすりながら苦笑いして礼を言った
8時間もの列車の旅は三等旅客車両の椅子は硬いという苦い思い出と、思わぬ出会いとで何事もなく幕を下ろした。
もちろん学長への恨みも忘れることはないだろう。
そして列車は、駅のホームにするりと滑り込んだ。
<続>
次回 第2章 王家の都市(2)2.旅は道連れ




