第6章 John Doe(1)
1.身元不明
俺はSHIMIZU総合総社の地下駐車場をでるとビジネス街の道路へ、そこから環状道路を経由し都市郊外の一般道へと車を走らせる。
エンジン音だけの車内に少し飽きてきた俺はカーステレオのボタンをかちゃっと押した。
スピーカーから流れてくるのはラジオ。淡々とした真面目な声を聞きながら
ポケットから古い懐中時計を出す。
短針と長針は23:50を示していた。
秒針はない。
しばらく走ると、左方向に真っ暗なドライバー向けの休憩所があるのでそこに車を侵入させる。
人っこ一人いない。
だだっ広い駐車エリア端っこに車を止めて用意していたグッズを手に持って車を降りた。
このグッズは車に使う。
結構、力技のグッズ達、まずは偏光スプレーを車にまばらに吹きかけた。
こいつの繊維構造は極微細なガラスの粒な、本来色っていうのは光の波長の長さで判定させる。
車体が持つ色をカメラで捉えたときだけ別の色に変えてしまう代物だ。
明るい場所だとあまり役にたたないが夜行スコープだとその変化は顕著に現れる。
自走車はこの車をもやもやする四角い塊が滑っているように認識するだろう。
そしてダミーパッチマグネットを車の前後左右と天井、ボンネットにペタペタと貼っていく。
こいつには場所を識別するためのQRコードが埋め込んである。
自走車がそれをカメラで捉えると解析してアドレス情報を読み込むと、結果として瞬間的に情報を撹乱させることができるというやつだ。
効果は瞬間的だがそのたびに自走車は位置情報を確認するためGPSの確認を数回繰り返し、位置情報が撹乱される。
しばらくすると、車内のラジオのかすかな声が、俺の確認したいタイミングを喋り始めた。
「ただいまから、零時、丁度をお知らせいたします。
(ピ、ピ、ピ、……ポーン)」
0:00という時間はログDBの日替わり処理が行われる時間だ。
監視衛星の超精細カメラ、自走車のGPS情報、周囲の位置情報タグや広告の表示。
それらの情報を統合することで位置の特定、車載のセンサーカメラを利用することで
位置情報の詳細化を行う。その切替処理を行う。
つまり高負荷がかかる時間だ。
その時間を狙ってステルスドローンを1機飛ばす。
この車の偽装情報を流したドローンは行き先の反対方向へと飛ばす。
一度記録した情報と同じ情報を持つ車が真逆方向に存在するのだ。
そしてデータ記録上は全く同じ車が2台存在することになる。
そこから時間を潰すため、買っておいた缶コーヒーと雑誌を開く。
市が置いていった、 週刊誌 ペルミ・ド・プリヴィレージュ、(Permis de privilège)だ。
もちろん社内灯をつける。
車内の光が少し外に漏れるが、そこまで気にすることもないだろう。
たっぷり10分ほど、俺は懐中時計をを見て0:10を過ぎたあたりで移動を開始した。
この時間の郊外の車両道を走る車は貨物用が殆どでほぼ無人運転。
稀に有人車も交じるが、俺の車にパッシングをしてからすごい勢いで追い抜いていく。
いわゆる高速便。
自走車のちんたら運転では間に合わない品を高額な報酬で運んでいたりする。
しばらく爆走する車を見送ると、バックミラーに自走者の影が写り始める。
そしてみるみる——近づいてくる。
試しに俺はアクセルを踏み込んでスピードを上げる。
通常自走車の走行中の車間は30~50メートルを維持しようとするのが、こいつの車間の取り方は異様に近くなったり遠くなったりと安定しない。
どうやらグッズ効果がきっちりでているようだ。
そして警備ドローンがすっ飛んでくる。まぁ予測はしていたことだが。
あいつらライトで照らしながらやってくるで、ちょっと周りに気を配ってればすぐに分かる。
俺は速度を落とし路肩に車を寄せてそれやりすごすとドローンはしばらく周囲をグルっと回って飛び去っていく。
それから再び走り出す、自走車4~5台が化かされると調査ドローンが1機飛んでくる。
やたら敏感な気はするが、狙った通りの挙動ではある。
それも仕方ない。
ちなみに警告情報が多発すること自体を監視はしていない。
そのたびに脇道にそれて車を停止させた。
AttentionからNoticeにすぐに上書きされ何事もなかったことにされる。
時間を掛けて偽装したが、その自走車の引っかかるペースが意外に早くて隠れるのがどんどんめんどくさくなってくる。
5機目のドローンが飛んできたときに、俺はそれをやりすごすと、海岸方面にむけて道を踏み外した。
もう少し曇ってるほうが良かったが、それよりもドローンを気にかけて走るほうがめんどくさくなった。
そして俺はその道路からはぐれ、道なき道に突っ込む。
結構、がたがた揺れるが仕方ない。
そのための4輪駆動だ。
かなり急な山林を登ったり谷間ののガードレールもない細い道を抜け崖のような坂を下る。
さすがサーフだ何とも無いぜ。
そうやって2時間の道のりを4時間掛けて移動した。
とりあえず都市管理監視網から抜ける距離を稼ぐという目的は達成した。
まぁ整備されてない海沿いを水しぶきを上げながら走るのはなかなか楽しかった。
そして、持ってた地図には乗ってない漁村に到着したのは日の登り始めた午前6時前。
なんで知ってるか?
昔立ち寄った記憶があるんだ。
車で入ると目立ちそうでちょっと村外れの茂みのあたりに隠してから村に入った。
空はどんよりとしていて、海からの風が冷たく肌寒い、潮の香りがなんだか生臭い。
なんというかインスマウスを想起するような雰囲気をただよわせていた。
朝の6時頃だと言うのに、ちらほら見える爺さんと婆さん達は俺の方みると驚いてから軽く会釈してくれる。
インスマウスなんて陰気な街に見立てて済まないという気持ちになった。
住民はみんな愛想がいい。
俺は畑仕事に行くのか散歩なのかわからないがちょうど近くにいた腰の曲がった人の良さそうな、おばあちゃんに声をかけた。
「おはようございます、すみません旅行中に立ち寄ったんですが、このあたりで朝食を摂れる場所はありますか?」
おばあちゃんは驚いて、教えてくれる
「朝ごはんかい?このあたりはそんなのないよ」
「そうですか、ありがとうございます」とその場を離れようとすると
岩場の方から、声がする。
「ばあさんや、そいつは誰だ?」と言いながら、がっしりした爺様がよってきた。
手には高級そうな釣り竿に、クーラーボックスを持っていた。
「なんでも旅行中とかで・・・」
「こんな場所にか?」
おばあちゃんは手短に事情を爺様に伝えると
「朝飯?、こんな場所でか?」
と更に驚いていた。
「で、首尾はどうだったの?道楽にもほどがありますよ」
爺様は少し考えると、クーラーボックスを開けて中をばあさまに見せる。
ばあさまは目を大きく開くと
「おやま、大量じゃない」
俺も中を覗き込んで、「立派なアイナメですね」といった。
爺様は相好を崩すと自慢げに
「そうだろう、そうだろう」と言った。
そして「あんた、釣りはできのかい?」
「えぇ、まぁ少しは」
爺様はうれしそうに、そうかと頷いた。
「よければその・・家で食っていかんか、ばあさんええやろか?」
「はぁ、かまいませんよぅ」
と俺は朝焼けの中、老夫婦につれられて木造二階建ての古い家屋についていくことにした。
<続>
次回 第6章 John Doe 2.漁村にて




