第1章 アイゼン・エクスプレス(2)
2.ディアナ・ムーンリリー
スッキリシャンとして、ハンカチで手を拭きながら通路を戻る。
途中で老執事が恭しく頭を下げ、座席に通される。
ダイアナは顔を見るなり、何か言いたそうにしたが、俺が座るのを待ってから話し始めた。
「お互い、顔を知っているから初対面という気持ちにはならないわね」
「それは失礼したね、レディ・ダイアナ、多分10年ほど前に君のお父上と一緒の時に会っているよ」
「君は……確か、4歳か5歳の時だったと思う」
親父は賞金稼ぎという商売の傍ら、九重家の家業である遺失物管理・収集というのもやっていた。
その時にこの少女とその父親に会っている。
その頃俺は、高校生だった。
ライトニングと揉めたのもちょうどその頃だ。
ダイアナ・フォン・ローゼンタール 15歳 名門といわれたローゼンタール家の長女にして、第29位王位継承権を持つ少女。
銀髪、碧眼、華奢な体つきは、可憐な少女のそれ。
だが、その鋭い眼光と雰囲気は、その父が何者かに命を奪われて3年、その過酷な運命に抗い続けてきたであろう風格が備わっていた。
王位継承権は本来、王の血筋によって継承されるがその血統も長年の歴史の中で優劣が生まれることや貴族たちの反乱を抑え込むことを目的に4年に一度開催されるのが天上天下運動会だ。
武闘会と言うと血なまぐさいとか格闘技ばかりと思われがちになるとかで、運動会としているのは何らかの配慮だろうか。
そんな事に気を使って生きる世界は楽しいのかねぇ……。
天上天下運動会において、その父親が第30位だったころから1つランクを上げている。
多分、上位の誰かの不祥事かなんかだろう。
天上天下運動会 血盟連合が4年に一度、王位をかけて繰り広げられる大運動会だ。
数々の種目を勝ち抜き最後の一人となったところで王に挑む権利が与えられる。
全開の決勝戦は七日七晩にわたり繰り広げられた決戦と言われるに等しい戦いだと伝えられている。
素手での肉弾戦、血なまぐさい死闘はただの一人も、いや一匹すら死者をだすことなく、周りには気絶した人と動物たちに囲まれ勝鬨をあげていた。
その姿は伝説的と言ってもいいだろう。
その時の第一声が、「九重九十九、待っていろ、今度こそケリを付けてやる」だったのは俺も後で聞いた話だ。
その男の名は、ライトニング・シュナイダー。
ちなみに、 27歳で独身。
高校生の頃の因縁……。
シュナイダーがとある女子に告白したところ、俺に勝つことができれば付き合うというのを真に受けて真剣に俺に挑んできた。
愛すべきバカだ。
俺は嫌いじゃないが、負けてやる義理もなかったので適当にあしらってやったのは青春の黒歴史の1つだ。
ただ、皇帝になって以来、再戦させろとうるさいので無視しているといつの間にか賞金付きになってしまった。
この広い世界で、たった一人をそう簡単に見つけられるものか。
俺みたいな探し屋にでも頼まない限りは。
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「あらためて、ディアナ・ムーンリリーよ」とすっと小さな手を差し出した。
「九重九十九だ」
俺は簡潔にそう言ってその手を握る。
これはローゼンタール家の礼儀作法の「握手」
まぁ普通の握手だが、ローゼンタール家では別の意味をもつ。
それは信頼の証だった。
信頼の証に偽名を名乗ると言うよりは、貴族名と通俗名と2種の名前を持つのが貴族の習わし。
通俗名というと聞こえは悪いが、ローゼンタール家には別の意味、ユダヤの神秘主義、「神の隠された名」の言い伝えがある。
ディアナ・ムーンリリー 月光のユリ とつけられたその名は 月に浮かぶ影がユリに見えたとされる伝承から来ている。
代々、その家に継がれた名だった。
「重ね家のお坊ちゃまネ」とディアナは薄く笑いながら俺を茶化す。
「君ほどお嬢様じゃないさ」と軽口で返した。
親父が言っていた「重ね家」、弁当箱ではない。
が、その名前の持つ本当の意味はそのうち分かるらしい……。
が、まぁ興味はなかった。
すっかり打ち解けた雰囲気になり長年の知り合いのような気分になる。
それはこの少女のカリスマ性なのかもしれなかった。
「本題に入ろう」
あまり一緒にいるところを見られるのは良くないとはいえ、この発達した通信社会で覗きを防ごうと思うと、地下1000メートルほどもぐって密会するしか無い。
ディアナは神妙な顔で頷いてから話しだした。
「元次郎オジサマに父が預けていたものが……」
言いかけて俺は慌てて、「ちょっとまて、弁護士を呼ぶ時間をくれ?」
「そんな時間はないし、大丈夫よ、厄介な話にちがいはないけれど、めんどくさい話じゃないわ」
——嘘だ…………親父が絡むとろくなことがない。
俺は耳をふさぎたくなった。
借金と女の話はもううんざりだ。
隠し子説がまた急に頭をもたげて俺は軽くめまいを覚えた。
「なによ、やけに嫌うのね、お父様でしょう?」
「いつも面白い話を聞かせてくれて、あたくしは好きだったわ、まぁ話半分なんでしょうけど」
「外面はな、いつもそうなんだ、君が未成年でホッとしている」
そしてそのおかしい話は7割が真実なのを俺は知っている。
「どういう意味よ?」
「まぁいいわ、せっかく少し時間も出来たことだし」
それには俺も頷いて同意した。
<続> 次回:第1章 アイゼン・エクスプレス(3)王の錫杖




