第4章 九重家(3)
3.アルファ
「おぼ・・ま、ぁ、・・ァです、目を覚ましてくださいまし」
「お・・ちゃま」
俺は微かに聞こえる懐かしい声と嗅ぎなれた香り。
臭覚は過去の思い出を呼び覚ます。
目を開くと眼の前にはその整いすぎた顔、深い緑色の瞳、俯いて流れた黒く長い髪はよく見ると、濃い紫色だった。
それが俺の視界をうめつくしている。
「アルファ、おはよう」俺は子どもの頃と同じようにそう言った。
頬に当たる柔らかいもの、そして額に当たる硬いもの——俺は再起動した。
「その銃を降ろせ、アルファ」
アルファは俺身体を抱き起こすように左手で抱え、そして右手にS&W M36「チーフズ・スペシャル」、俺が隠し持っていた銃をその手にしていた。
残弾は1発。
「いいえ、いいえ、ぼっちゃまを苦難から救うためです」
AIのくせに声が震えている。
俺の額に突きつけられた銃口は微動だにしない。
「そうか、なら撃ってみろ……」
その言葉に体を震わせると、その体が異様に熱を帯び始める。
抵抗すると今のアルファならあっさり撃つかもしれない。
周囲の息を呑む声が聞こえる。
ここは、クライン家の玄関ロビーだ、マクタッキーも、マツヨシもウルリカも、ディアナもいる、オメガもベネディクトも。
その気配を感じる。
だが、ここに他人など居ない、俺とアルファだけの世界があった。
「おやめください」
そういうアルファの声が震えている。
「撃て、かまわない」
俺は優しくそう言ってそのトリガにかかったアルファの指に俺の手をかけた。
殺さなきゃと思う相手、たまたま手に入った銃。
人はそれを魔が差したというのだ。
「おやめください!」
泣くように叫ぶアルファ。
意識と行動の乖離、意識とは行動によって証明される。
それを理解してやる気にはなかった。
俺は強く言った。
「撃て!!!」
Bang!!!
俺は首をひねってそれをさけた。
耳の端が切れて血が流れているのがわかるのと耳がキンキンする。
アルファは俺をそっと手放すと飛び退る。
「あぁ、わたくし何ということを」
そんなセリフをAIは言わない。
ジリジリと後ずさるアルファを見ながら俺はすこし憐憫の情が湧いた。
「いいんだ、お前は正しいことをした」
と言いながら立ち上がる。
これはハッキングによる認識改変と感情阻害の正しい運用方法だろう。
ただこれは、人の葛藤そのものがウイルスなのではないか——と。
あらゆる困難に立ち向かう姿に憂い、
——助けるために殺す。
失うくらいなら永遠にそのままに、
——愛してるがゆえに殺す。
そして、
——殺すがゆえに殺す。
それが今のアルファの思考ロジックにおける最適解なのかもしれない。
それはまるで究極の生へ執着する人に対する、究極にして最悪の選択。
人はその殺意を、気の迷いとして受け流す想像力と恐怖と生きることへの執着がある。
はたしてAIに、プログラムされたものに人と同じ事ができるだろうか。
そして俺はアルファに背を向け耳から流れる血を左手で押さえた。
「おい、行くなら玄関からいけよ、窓破ってでていくとか勘弁してくれ」
と背中越しのアルファにそう言った。
ちらりと見えたアルファはまたも俺に銃口を向けている。
弾丸がもう無いことに気がついても居ない、それ以上に、撃てないだろうという確信があった。
俺は階段の上を見上げて縦も横も同じサイズのこの家の主とその嫁さんにむけて
「おじさん、おばさま、説明は日を改めて。騒がしくてすみません、絨毯よごしちゃってすみません、弁償しますので、今日ってわけには行きませんが落ち着いたら連絡します。」
「お姉ちゃん…………」オメガの声が聞こえるとバタンと玄関の扉が閉まる音が聞こえた。
アルファは言いつけを守って玄関からでていったのだろう。
「悪いがいろいろと明日にしてくれ」とディアナとウルリカ、ベネディクトにいうと様々に同意をしてくれた。
俺は別のメイド(もちろん普通の容姿)に部屋に案内してもらい玄関ロビーの左奥の部屋へと向かう。
俺は扉の前まで来ると、
「なんでお前がついてくるんだ?」とオメガにいった。
「だって」
「お前もアルファと同じことをするのか?」
「え?そんな」
とオメガは驚いた顔をするが、それは予定調和の行動だった。
メイドにオメガを頼むというと俺は一人で部屋に入った。
部屋は本当にアルファが用意したのか、水差しの位置も、なにもかもが、俺がまだ子どもだった頃に住んでた部屋の間取りにそっくりだった。
————
俺は部屋の真ん中にあるソファーに座ると、そこのテーブルに備え付けられてたタブレットで請求書を処理していく。
アルファは流石に分かっているようで、そのタブレットは新品だった。
もう日が変わりそうな時間。
アルファやベータの使っていた装甲車やマイクロミサイルを決済する。
全くもって今日は大赤字だ。
マザーAIがあの調子なら実家のサーバにアクセスするのはやめておく。
装備部からあらたに装備を取り寄せようと思ったがやめた。
だが、装備部に自宅のマザーAIへのアクセスの禁止の指示
マザーAIの出した研究成果の破棄、そしてAIの指示による作業は全面中止。
手の空いた作業員については、慰安旅行を提案する
もちろん全額俺持ちだ。
最期にウルリカに、メールを書いておく。
駐車場に明日コンテナが届くので受け取っておくようにと。
本当はホテルのヘリポートで受け取る予定だったが、そこから陸送の手続きをする。
今、俺を取り巻く状況は混沌としている。
九重家のマザーAIへのハッキングによるアルファやベータ、オメガの行動、そして、王の錫杖。
何故か俺はこの王の錫杖の言い伝えがすべて絡んでいるような気がしてならない。
持ち主を王にする。
すべての流れがこの計画の一端を担う可能性、だが俺にはそのすべてを認識することが出来ない。
俺にはこの「王の錫杖」に関わる件に、俺をかかわらせたくないという意図すら感じるほどに。
<了>
次回 五章 王の錫杖




