第4章 九重家(2)
2.父と母と弟と。
ウルリカの実家、クライン家の屋敷の玄関前で車を執事に引き渡すオメガ。
その執事は身長が低く、全体的に丸い、あれはもう球体に近い体躯の若い男だった、きっと名前はセバスチャンだ。
オメガはその執事に、よせばいいのにウィンクして、「これお願いね」
と言った。
俺は小声で「おい、よせ」
「なによ、やきもち?、みなさーん、ここにロボットに欲・・んぐ」
俺はお決まりのようなやり取りで、オメガの口をふさぐと
「次やったら殴るからな」といった。
口をふさがれてオメガは「フゴ、フゴ」と何度もうなずいたのだった。
————
ウルリカは「ただいま、オグリキャップ」とその球体執事に向けて言った。
「わ・・私のことをその名で呼ばないでください、できれば旬と・・いつも」
言い切る前にウルリカは「わかったわよ、オグリキャップ」と全然分かっていない。
俺はそいつの名前が、オグリキャップ・旬という名前に度肝を抜かれた。
両開きのごつい扉を今度はメイドたちがうやうやしく、頭を下げていた。
「おかしい」と俺は思った。
人んちに来ておいておかしいとは何事かと思うかもしれんが、そう表現するって、みんなきっとそうなる、全体のスケールが人間向けではない気がする。
扉を抜けると、玄関ホールには豪華なシャンデリアや赤い絨毯、インペリアル階段中ほどの踊り場に飾られた歴代のクライン家の当主の顔は、みな手書きだ。
その階段の上から声がする、何か聞き覚えがあって底知れない不安を感じた。
「お・お・お、お帰り、ウルリカ、ほかの皆さんもお疲れ様だね」
「お父様、ただいま戻りました。」
「ウルリカ、よく無事で、それでいい人、コホン、お勤めはきちんと果たせたのですか?」
「はい、母様」
「ま・ま・ま、まぁ母さんや、今日は、も・も・もう遅い」
「夜分に申し訳ございません、このような時間にクライン家の皆様にお世話になるとは」
とディアナはスカートをつまみ持ち上げると目を伏せながら挨拶する。
「な・な・な、成り行きとはいえ、致し方なし、仔細はウルリカより聞いておる、ゆるりと寛がれよ、そちらの・・」
「ベネディクトと申します、親方様」とディアナが紹介する。
「ベネディクトも、この家では客人だ、用向きは何なりといってくだされ」
そう言われベネディクトは完璧なお辞儀をした。
「はっ、斯様な時間に、過分なご厚情に恐縮の極みでございます」
「至らぬところもございますが、何卒、よろしくお願いいたします」
と言った。
そして俺の番だ。
「おじさん、お邪魔します」と俺は軽く会釈してまじまじと階段から見下ろす貴人を見上げた。
オメガが小声で、(どこの部屋の人なの?)
(おいやめろ)
クライン家当主、 マクタッキーモス・マンプーク・クライン。
その姿はまるで・・まるで、そう、まるい。
高さと幅の長さがほぼ同じで俺は見上げてるのだが、せり出した腹の所為で、か・お・が・み・え・な・い。
中くらいのはオグリキャップ・旬が、大きいのはウルリカのパパが、こうなると小さいやつがいてもおかしくない。おかしくないが見たくない、おれは自分の目をつぶしてしまおうか本気で考えた。
だって、笑い死ぬかもしれないから。
俺は反対の階段から出てきたウルリカの母親をなるべく視界に入れないように挨拶をすると、必要以上にお辞儀をする。
「おばさま、ご機嫌麗しゅう」
「久しいわねぇ、どうしたの?九十九殿、そんなに俯いて。」
「いえ」汗汗汗
「大丈夫よ、九十九殿、さぁ私に顔を見せて頂戴な。」
(私は違う)とウルリカの母は告げている、告げているが俺の知っているウルリカの母はウルリカに似て…………もう15年以上前ひと目見ただけだ。
15年、15年 俺の心は限界を迎えそうになっていた。
なんという作者の罠、だってそうだろう。
君にだってもしかすると作者がいて、そいつの手のひらなのかもしれないのだ。
現実と妄想が乖離していく。
俺の額を流れる汗を見て、ディアナをして、どうしたのすごい汗と言わせた。
その命懸けに近い賭け、そしてあまりにもくだらない賭けに、乗るか、そるか。
俺の中で今、人生最大の争いが始まるのだった。
俺はロビーにある花瓶に刺さった色とりどりのコスモスの花を見て、その白い色の花びらを1枚づつちぎるように、見たい、見たくない、見たい、見たくない、見なければならない、見るしか無い、見る、見ろ、見れば。そして心のコスモスはなくなってしまった。
左手の奥の扉がガチャリと開く、Oh My God
思わず心のなかでその言葉が出た。
だが、俺は神を信じないたとえGカップでもだ。
だが今回だけはそれを奇跡だと信じたくなった。
「失礼いたします、お館様、お部屋の準備が整いましてございます」とメイドが告げた。
その声に聞き覚えがある、が先に
「あ、おねーちゃん」とオメガが呑気に言った。
俺はこれ幸いと、そっとそちらに向き直る。
そこにはさっき俺を殺さんばかりに鉄扇を投げていたアルファが深々とお辞儀をしていた。
そして、アルファの背に隠れて、いや全く隠れられていないその影丸い影を見て俺は限界がきた。
その生物、いや人間は、アルファのメイド服の後ろに隠れながら(くっ)
「おねーちゃんおかえり」といって顔をだした。(ぷっくく)
顔なんか出さなくたって、アルファの後ろに隠れてたって(くくく)
その隠しきれない、まるい、まるい、ああぁほんとうにまぁるい。(ぐっ)
極限まで追い込んだこの俺の心をここで完膚なきまでに叩き壊そうというのだな、よかろうならば戦争だ。(ぐぬぬ)
はっ これはアルファの仕掛けた罠か…………
ウルリカはとんでもないことを言った。
「マツヨシキ!、ただいま、副読本の九重九十九、つれてきたわよ」
あぁでてくるな、そこからでてこないでくれ。(ぐっ)
その高さと幅の比が同じ父のミニチュア。
「マジで?、お前が九十九かー」と言いながら俺に突っ込んでくる。
(ぷつんっ)
なんというまるさ。
ひらがながなんと心地よく嵌ってしまうのだろう。
大きいまぁるいウルリカの父。
中くらいのまぁるい、執事、どうやら叔父さんらしい。
小さくまぁるい、ウルリカの弟。
たったったと走って、いや転がって……いや、走って……
どう見てもあれは転がってるだろう。
俺は神経が持たずマツヨシキのタックルを受ける前に卒倒した。
「ぽぷて……ぴ…ぴく………ガクッ」
それは俺が最期に残した、ダイイングメッセージだ。
そしてマツヨシキのボディプレスをもろに食らうのだった。
「ぎゃふん」
<続>
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