第4章 九重家(1)
1.アルファと、そしてオメガと
白いリムジン・クルーザー mark.IIは、そのエレガントさを売りにしたデザインにすすまみれ傷まみれの化粧を施して、さらに薩摩の丁寧な運転からかわりオメガの効率重視の運転はちらほら見えはじめた貨物車両が脇へと避けるほどの勢いで文字通り爆走していた。
流石に高級車で、揺れも感じないが。
ベネディクトは、「お茶を」と言うと、私物であろう持参したバックから紅茶のパックやら何やらを取り出して、それぞれにお茶を振る舞う。
室内に香ばしくも芳醇な香りが漂い、心の疲れを癒してくれそうだった。
「「「ふぅ」」」
と全員で一息ついた。
「さっき、ウルリカが説明してくれたけど、なんだか色々でてきて、私、何か他のものにも巻き込まれてる気がしてならないんだけど?」
とディアナは至極真っ当な不安を口にした。
「そ・そ・そ、ソンナコトナイヨ」
と俺はすっとぼけて言った。
「何その喋り方、変~」とオメガがすかさずツッコミを入れる。
「で、私たちを襲った変なおじさんは誰?」
「あれは、序列12位 清水家の次郎長親分、市っていうのはあだ名だ。そしてディアナを狙う一人だよ」
「ふぅん」とディアナはさして興味がなさそうだった。
「じゃぁそこの?家電製品?は?」
「いやん!」となぜかてれるオメガ、声に媚と甘えが乗っている。
「俺にもわからん」とあっさり答えた。
「ひどい、九十九、さっき説明したじゃん!」
「お、おま、説明するにしても時と場所を選べよ」
「だってぇ、聞きたいと思ってぇ」とオメガはさらに脂の乗った甘えた声を出した。
少し胸焼けしそうだ。
俺はまたもウルリカとディアナの胡乱な空気を感じて「はぁぁぁぁ」とため息を付いた。
俺はオメガを睨みつけると
「そんな目で見ちゃいやん、他の人が見てるでしょ?」
俺は呆れて、「他の人も何も関係ないんだよ」
俺の周りにいるAIにまともなやつはおらんのかと考えるとげんなりした。
「で?」と俺は気を取り直して聞いてみる。
オメガは正面を見たまま、首を横にかしげると
「うちのマザーAIがね、多分あれは、ふぁ・・ハックされたの」
今なんと言おうとしたかなんて聞いてはいけない。
これは低俗な罠だ。
オメガは、今度は逆にかしげて
「お姉ちゃんたちは、九十九を九十九と認識してるけどなんていうの?
感情のベクトルがね」
さらにもう一度は逆にかしげながらこちらを見て
「操作されてる?みたいな?」
俺は少し考えながらしかし何も言わないように、オメガの脳内に生まれかけている何かに別のベクトルを与えないように言った。
「お前は大丈夫なのか?」
「私?大丈夫じゃないわよ、でもなんていうか、愛っていうとなんだか私も理解できないけど、愛憎ならなんとなく?」
「正直、攻撃衝動あるのよね……めちゃくちゃにしたいって」
「九十九、私には優しくないじゃない?なんていうのかなぁこれ、嫌悪感というとちょと違う。」
オメガは目を細めて、怪しい笑みを浮かべながら俺を見て言った。
『コロシタイホドアイシテル』
俺はその言葉を聞いて背筋がゾクッとする。
本当に大丈夫なのかと俺の中で疑心暗鬼が頭をもたげた。
「だからわかるのよね、その複雑な気持ちがね」
オメガはそういってその赤い唇に人差し指をあてて虚空を見つめた。
こいつは人間そっくりのロボットだ色気なんかないんだぞ……と。
「ね、前見て前」とウルリカが突っ込むと
「大丈夫、運転はオートクルージングでハンドルは握ってるだけだから」オメガはあっさりネタをバラした。
さっきからハンドルを左右に軽快にぐりぐりとしていたがどうやら、運転してる感じを再現してるだけらしい。
「でね、認識をすげ替えられてるけど、ほら私たちってプロンプトに忠実じゃない」
「私たち変な規制がない分、暴走したら人より危ないって言われてるけど、それもそうだとわかるの」
「結局のところ、自分でプログラムを組めないと、そういうプログラムを組み込まれたら、従うしか無いんだもの」
「私が大丈夫じゃないけど、大丈夫なのは……」
なぜかオメガは顔を真赤にしてうつむいてしまった。
「な・・内緒」
急に車が蛇行しはじめて、俺はあわててハンドルを握って操作する。
そして、「おい!」とオメガに突っ込みをいれた。
「あ……ごめんなさい」
オメガは何故か素直に謝り蛇行がおさまる。
俺はかきもしてない汗を拭う、まぁそんな時ってあるだろ?
「で、そもそもなんでそんな事になった」
と改めて聞いてみた。
「あぁ、バックドアがあったの」とえらく危険度の高いことをしれっという。
「私たちの脳神経に組み込まれているプログラムの中にいくつか古代技術が入ってるのは知ってるよね?」
「俺は見てもわからんが資料は読んだことがある。」
もちろんちんぷんかんぷんだった。
オメガは頷いて俺にわかるところだけわかり易く説明した。
「未解明の魔法陣をプログラム化して脳神経の構造設計に使われているのだけれど」
「ソロモンの大いなる鍵?……か、カオス理論に介入されているか」
俺はそのAIの仕様書の話を聞いているから出てくるが、その理論、その仕様を明確にすること自体が危険な代物であることは知っている。
なぜかって?人の理解を超えるものがそこにあるからさ。
オメガはふむ、と考え込むような仕草をしてから、浅いわねという感じで話した。
「その表現は理解できないものを理解できるように表現するための言葉でその本質はとらえてないわね」
仕方ないわねみたいな感じでドヤって話すオメガ
「で、ウイルスをあちこちに流し始めてるわ、ウイルスというより情報操作ね、それも誤差レベルの」
「そりゃえらいこったな」俺はまるで他人事のように言った。
数字だけ見たら結果は見える、だがその本質は見えない。
「世界に1億機ほどいるAIの2割は影響を受けているわ」
高度なAIを持つほどその影響は受けやすいのよと続けた。
「破滅的なウィルス?情報?なのか?」
「わからないわ、行動原理そのものに変化はないの。」
「なんじゃそりゃ」
「だからわかんないんだって」 オメガはやれやれといった口調でいった。
「そうね、逆にあり得ない情報から洗うと見えてくるものがあるかもって、さっき大日本帝国横丁にいってたのよ」
「そういえば、あの眼鏡まだある?」と話を脱線させようとする。
「あぁ、カバンにな、てかおま、あそこにいたのか」
「そうよ、さっきそういったじゃない」とディアナがつっこみを入れた。
その抜群の間は話の脱線の系譜を消し去った。
「たとえばAIの医療ミスなんて、0.0000001%くらいしか発生しないって言われているけれど、それが起こる。わかりやすいのはこれかな」
車に備え付けられたスクリーンがいくつかニュースを列挙する。
「アーカイブだけど」とオメガは付け加える。
俺は写真付きのスクラップブックのように表示されるそれを手元に引き寄せて眺めた。
貴族連合 ラジヴィウ家 医療チーム、チーフオペレータが遺体で見つかった件で、ナノマシン投薬治療中の事故が原因として、他殺、自殺の両方から捜査を継続中。
ウルリカはその被害者を知ってるらしく
「その医療事故にあった子、軍学校の名簿にあったわ、除名処理にされてたの」
俺はしかめっ面になりながら気になって聞いてみた。
「そいつの病気は何だったんだ」
ウルリカはかなり秘匿度の高い情報をしれっと話す。
「病気ってわけじゃないんだけど、デザインチルドレンの定期投薬っていうか」
少し言い淀んで、
「うーん——見た目を少年に保つためのね、彼、本当は18歳だったのよ」
ここまで話していいか悩みながらも喋った。
俺はしかめっ面から嫌そうな顔になりさらに聞いた。
「なんだいそりゃ、医療ミスなのか?」
ウルリカは複雑な表情で「莫大なお金かけてるもん」
たぶん、えーっと1回、私の年収くらい。
俺はいくらかさっぱりわからないし、下らないと思った。
「んなもんなんでニュースになる?」
オメガは補足するように言った。
「それ、貴族新聞の内容の抜粋だから、一般には出回らないわ、まぁ大日本帝国横丁には売られてるんだけどね」
ふぅっとオメガは一息つくと、人が情報を嚙み砕く時間を取った。
「発売元は清水家よ、巧妙に偽装しているけれどね、偽装ってやる人が見ればすぐバレるのよ、似たようなことするから。」
「そんなもん売れんのか?」 と呆れて聞く。
「ゴシップ週刊誌みたいなものなんだけど、売れ筋はなかなからしいわ」
「ちなみに、貴族紙はノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)、その週刊誌はペルミ・ド・プリヴィレージュ、(Permis de privilège)よ」とオメガはつまらなそうに言った。
ディアナは、「義務と責任に、特権と独り占めね、そんなことないんだけどな」
「ちなみに週刊誌は、紙媒体ね、英語とかなら言語体系も理解しやすいからいいんだけど、なぜか日本語なのよ、その表現力で嘘を本当のように書いたり、本当のことをぼかして書いたり。読むの大変なんだから、もやっとするわ」
と愚痴を言った。
本当にAIかと思うくらい人間臭い、いや人間より人間臭いならやはりAIなのかもしれない。
どうでもいい話なのか、誰かに説明するかのような口調になって続けた。
「貴族ってデジタル情報よりも紙媒体が好きなのよ」
「上位の貴族になるほどね。」
「なんだそりゃ」俺は合の手を入れるように言うと。
オメガは軽くうなずいて
「デジタルって簡単に複製できるじゃない」
「紙っていうアナログは、データ自体が存在しないと残しにくいわけ」
「今どきの映像なんて本物かどうかわからないんだもの」
「便利なのはいいけど便利すぎて氾濫すると正誤がわかりにくくなるのよ。だからAIはどれも情報として採取する、間違えるというより
”だってそう書いてんだもん。”ということよ。」
そうやって記事を眺めているがそれ以上劇的?な事件はない。
ないが、交通事故で貴族会議延期になったり、道路工事中に爆弾が発見されたがそれが誤報だったり。
ずらずらと、そしてざっと100ページくらいあった。
「たぶん、氷山の一角よ、中でもっぽいのをgrep、抜粋しただけだから」
くだらないか、くだらなくないか、それは当事者じゃないとわからない。
これらがすべてそのハッキングの影響ならと考えると背筋に冷たいものが流れる。
それは、そうじゃない可能性もあるということだ。
普通とはそんなに劇的なものじゃないのに、なにか原因が見つかると、それがすべての陰謀論にすり替えられてしまう。
そんな軽々しいものかな世界は、と思うと何もかもが普通ではない気がしてくる。
全ては普通だと思えば、普通。
そうじゃないと思えば……。
認識ハックだ。
「ま、起こったことはしょうがない」
俺は現実的な落とし所を提示すると改めて聞いた。
「で、うち(実家、九重家)はどうなってるんだ」
「宗次郎おじちゃまの検死をすませたあとは九十九も知ってるでしょ?」
「まぁな、食中毒でくたばったのは覚えてるよ」
半年ほど前、ユニバーサル、ユニなんだっけ……っていう大学の研究員に就職を決めたときだな、俺はその仕事でこんな所まで来てるのを忘れるところだった。
明日学会に出席しなきゃなぁという現実を思い出す。
「もう!、そんなことだとは思ってたけど、ほんと気が合わなかったわよね」
オメガは呆れた感じでそう言ったが俺は、
「親ってのは反面教師にするもんだぜ」と俺はハード・ボイルドに言ってみた。
オメガはやれやれというような口調になり
「親になったことがないってそういう事よね、って自称AIの私が言ってもねってつっこみはあえて受け入れるわ。」
「で、本題なんだけど、今、おうちがね、ピンチなの」
「ふむ?」
俺は、こいつが言うとなんだか全然ピンチじゃないみたいだと思ったら
「「おうちがピンチ」なんだか語呂がいいわね、「オウチがぴんち」」
「パンツがピンチでもいいわね、お家がピンチ、ピンチがパンツ」
「パンツがお家」
とオメガは車のハンドルから手を離して腕ぐみをるするとその超次元的超高級なCPUをぶん回してつまらないことを言い始めた。
「おい」と俺はオメガをこちらに呼び戻した。
オメガは思考の奥底から帰ってきて言った。
「はっ、今パンツがM87銀河の中心に向かって移動してるのよ」と言いながらハンドルを握り直す、オメガの人間臭い動作がかえってみんなの不安を誘っているのにネタを振りまいていく。
これが昨今の超高度AIというのだから、世も末なのか、世の中も捨てたもんじゃないのか。
別にパンツならいいんじゃねーかという気持ちにさせるその言葉を
「あれ、壊れると結構大変なことになるわよ、九十九のコレクションもね」
「俺のコレクションがパンツみたいに言うのはやめてくれ」
俺はディアナとウルリカに向けて。
「君等なんで、自分の履いてるものを確認しようとしてる?」
「はっ」という声がしたのはウルリカだったのかディアナだったのか。
二人とも、顔を赤くしてうつむいてしまう。
「ピンチ、ピンチだから、違う、パンツ、パンツよ」とオメガは言い直した。
俺はすかさずツッコミを入れた。
「違うわっ!おうちだよ、お・う・ち」
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「しかしそれはまたえらいことに挑戦してるな」
「リミットは一週間ね、”あれ”でも離脱できなくなるわ。」
”あれ”とは、サマーガール、いや宙航船。
宇宙空間を飛行可能な船のことだ。
全長120mのそれは……。
………………長くなるからやめておく。
(詳しくは、0/0=1 | Null Pointer Memory=” ” を参照してくれるとありがたいなぁ、あれはあれで長いけど)
「ふむ、アルファとベータが居ないと無理だなぁ」というと
「そうなのよ、だからね」
「私たちのroot移譲の件、九十九が断ったの考え直してよ、多分この事態の引き金なのよ」
「そうなのか?だが断る」
「俺の指示に絶対従うとか、面白くない」
「「そうなの?!」」といきなり後部座席から声がした
ウルリカとディアナだ。
「「今までの会話って……そうよね…………でもほら…………ぼそぼそ」」
お前ら声に出てるぞ。と思わず言葉にしてしまった。
「「だって聞こえるように言ったんだもの!!」」
と、また謎の意気投合を見せた。
こいつら絶対俺で楽しんでいるな。
やれやれだ。
「そろそろ到着よ~」とオメガが後ろの連中に向けて言う。
ウルリカは「クライン家にようこそっ、な、中は大丈夫だから・ら……」
不安しかないんだが。
<続>
次回 2.父と母と弟と。




