第7話 寵愛を受けし剣士
ゼノシリアの玉座の間は、張り詰めた緊張感で満たされていた。王都へ至る門を叩くのはルビエスタの軍勢だけではない。
ゼノスの支配を打破せんと、内なる反逆の炎も燻っていたのだ。そんな中、ゼノスの前に、一人の青年が楯突くのだが。
彼の名はキスタ。
かつて王都の貴族階級に身を置き、若くして武術と魔法の才能を完璧なまでに開花させた「天才」だ。彼は女神からの寵愛を受け、常にその身を清らかな聖光で守られている。
剣技においても彼に並ぶ者はなく、かつてはレオンすらも一目置いていた存在だった。
キスタは静かに顔を上げた。その瞳には、ゼノスへの憎悪ではなく、純粋な闘争心が宿っている。ゼノスを服従させんばかりにその剣技を見せつけるつもりなのだ。
「ゼノス。お前の成し遂げたことは認める。拳一つで勇者をも凌駕したその力……だが、神の加護を捨てた者に、真の武など語る資格はない」
キスタが腰の細剣を引き抜く。刹那、間合いを詰める動きは風よりも速く、鋭い。それは剣技というよりは、計算され尽くした物理法則の体現だった。
それをゼノスは笑った。
薄ら笑う、冷酷な笑みだ。
「面白い。俺の庭で踊りたいというのか」
そしてゼノスは防御もせず、ただ右拳を突き出した。しかし、キスタの剣先がゼノスの拳に触れようとした瞬間、爆発的な聖光が弾けた。女神の加護が、ゼノスの闇に反応したのだ。
「ぐっ……!」
ゼノスの拳が、煙を上げて焼ける。キスタの剣技が描く「絶対領域」の内側では、あらゆる悪意が聖光によって霧散する。それはゼノスの怨撃さえも寄せ付けない、純粋な拒絶の力だった。
「………」
初めて見る光景に、玉座の影に控えるエリスが小さく息を呑む。ゼノスは焼ける拳を冷ややかに見つめ、そして心を躍らせた。
「ああ、いいぞ……! 神の加護か。ますます楽しくなってきた……より一層、粉砕し甲斐があるというものだ!」
ゼノスの拳に、濃密な怨念が凝縮される。
死闘の気配が更に彼を強くさせる、ゼノスは聖光の熱を無視して踏み込んだ。
キスタは剣先を旋回させ、防御の網を作るが、ゼノスの拳は物理法則を無視して、その網の隙間――わずかな隙を突いた。
――ドォン!
重厚な衝撃音が響き、キスタは壁まで吹き飛ばされた。聖光はゼノスの腕を焦がし続けるが、ゼノスの拳は容赦なくキスタの腹部を打ち抜く。
「が、は……っ……!」
キスタは膝をつき、聖光が霧散する。加護が、ゼノスの圧倒的な物理的暴力の前に、わずかに屈した瞬間だった。
ゼノスは倒れたキスタの喉元に拳をかざす。キスタの瞳からは、光が消えつつあった。
「──俺に勝てば、この国を継いでもよかったんだがな。……まあ、俺の下につくというなら、面白いものを見せてやる」
ゼノスは拳を下ろし、手を差し出した。キスタはその手を見つめ、そして震える手でそれを取った。
天才であるがゆえに、彼は理解したのだ。この男こそが、神すらも凌駕する「新たな象徴」であるということを。
「……僕の剣と、女神に与えられた癒しの力。ゼノス、お前の支配のために使うよ」
キスタは最大級の回復魔法を唱え、ゼノスの焼けた拳を瞬時に治癒した。その光は、もはやゼノスに逆らうものではなく、ゼノスの支配を永続させるための道具と化した。
以来、キスタはゼノスの側近として、その天才的な剣技と広域治癒能力で、ルビエスタ軍を恐怖に陥れる「聖なる処刑人」となった。
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しかし、その安寧は長くは続かない。
ルビエスタの戦鬼アーシュノルドの軍勢が、王都の目前まで迫っていた。その先頭には、一人の異端の聖騎士が立っていた。
名はオルカニス。
かつて聖教会から「異端」として追放された男であり、女神の加護を逆用し、死者を蘇らせて操る禁忌の聖騎士だ。彼が掲げるのは、光ではなく、光が落とした影。
聖騎士とはまるで似て非なるものだが、生粋の聖騎士。彼の加護はその肩書きに恥じない治癒能力を持つ。
「ゼノスの支配だと? 笑わせるな。神の光すら腐らせるこの俺が、貴様らの光を食らい尽くしてやる」
オルカニスが大地に杖を突き立てると、死したルビエスタ兵たちが不気味な音を立てて立ち上がった。
彼らの体からは、聖騎士特有の清浄な光が漏れているが、その瞳は漆黒に染まっている。
戦場は混迷を極める。
ゼノスの精鋭部隊に、オルカニスの「蘇った死兵」がぶつかる。キスタは最前線で光の剣を振るうが、オルカニスの操る死兵たちは、倒されてもすぐさま光の治癒で立ち上がる。
「ゼノス様、これは……! 癒しの力が、奴らを兵器として再利用しています!」
キスタの報告に、ゼノスは玉座から立ち上がった。彼の目に、異端の聖騎士の姿が映る。アーシュノルドという「戦鬼」の影に隠れながら、この男こそが最も厄介な駒であるとゼノスは直感した。
「聖騎士か。俺の領域で、腐敗臭を撒き散らすなよ」
ゼノスは嗤う。
アーシュノルドの武威、オルカニスの異端の奇跡、そしてゼノスの鉄拳支配。
異質に異質をぶつける、王都を舞台にした最終戦争の予兆が、この地で熱を帯びる。
キスタはゼノスの背後で、冷徹なまでに剣を研いでいる。彼の忠誠は、今や女神からゼノスへと完全に移っていた。
オルカニスが放つ影の光が、王都の空を鈍色に染め上げていく。ゼノスの伝説は、神の加護を持つ天才をも従え、今まさに異端の聖騎士を飲み込もうとしていた。
「キスタ、行け。俺の代わりにお前が、その偽物の光を消してこい。……あとの掃除は、俺がやる」
ゼノスの命令は絶対だ。キスタは深々と頭を下げ、戦場へと跳躍する。
神の天才と、異端の聖騎士。二つの光が激突する時、ゼノシリアの戦場は、血と聖光にまみれた地獄絵図へと変わる。
ゼノスは玉座で、その光景をただ愉悦とともに見守り続ける。自分の手は汚さずとも、自分の駒たちが、自分より優れた敵を食らい尽くすから。
これが最も贅沢な蹂躙なのだ。




