表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

ep.12「エキストラクション・パス」

 ジンの声が、車内の緊張を切り裂いた。


「カウントダウン、残り十秒」


 移動ハッキング車内。陸はキーボードから手を離さず、二枚のモニターを交互に睨みつけていた。一枚は有線ドローンからの赤外線上空映像。もう一枚は、現場のバルーン投光器を制御している仮設電源ネットワークの管理画面だ。


「ジン、陽動の準備はどうじゃ」


「いつでもイケるっちゃが。ただし、無線のドローンはジャミング圏内に入った瞬間にコントロールを失う。軌道は完全に物理的な放物線任せになるぞ」


 助手席でプロポを構えたジンが、額の汗を拭いながら答えた。その手元にあるのは、ストロボライトを搭載した改造ドローンだ。電波妨害の壁に突っ込ませる、使い捨ての目眩ましだった。


「構わん。一番警備が手薄な北側、暗峠くらがりとうげへの旧道付近に向けて全速力で射出せよ。目標は、連中の視線の『固定』じゃ」


「了解。カウント、三、二、一……ゼロ。飛べ!」


 ジンの指がスティックを弾く。

 森の暗がりから、一台のドローンが夜空へ向かってロケットのように射出された。

 数秒後、クラヴィスの電波ジャミング圏内に突入したドローンは通信を喪失し、制御不能となって富雄丸山古墳の北側斜面へと墜落軌道を描き始めた。


 その瞬間、プログラミングされていた高輝度LEDストロボが、秒間二十回の凄まじいスパークを発した。


「な、なんだ!?」

「空から何かが落ちてきたぞ!」


 暗闇を引き裂く閃光に、機動隊員と民間警備員たちの視線が一斉に北側の空へと釘付けになる。


「今じゃ」


 陸がエンターキーを叩いた。

 事前にバックドアを仕掛けていた現場の仮設電源ネットワークに対し、過電流のシャットダウンコードを叩き込む。


 バツン、と。

 大きな破裂音が周囲に響いた。


 発掘現場を昼間のように照らしていた巨大なバルーン投光器が、六基すべて一斉に沈黙した。

 富雄丸山古墳の南側、造り出しのトレンチ(溝)周辺が、一瞬で闇に呑まれた。



―――



 その暗闇は、鋳方巴いかたともえにとって「スタート」の合図だった。


(来た……!)


 泥だらけの作業着のまま、巴は息を潜めた。

 タブレットの画面にはコマンドラインが表示され、緑色の文字が現在進行形で打ち出されている。ジンの有線ドローンが通信を中継し、暗闇の中でこの画面だけが陸との唯一の繋がりだった。


> [RiQ] : 3時の方向、警備員が2名。10秒待機しろ。


(3時ってことは、十五メートル先の仮設テントの横だわ!)


 巴の脳内に、発掘現場の極めて正確な「三次元の地図」が立ち上がる。考古学者にとって、数センチ単位で地層を掘る現場の地形は、自分の庭よりも見知った場所だ。


> [RiQ] : 連中が左を向いた。今だ。5メートル前進。


 真っ暗闇の中、巴は一切の足音を立てずに素早く前進した。

 普通の人間なら、足元の盛り土や発掘機材につまずいて転ぶだろう。だが巴は、昨日自分が掘ったトレンチの縁に音もなく滑り込み、身を伏せた。


(トレンチの中なら、斜め上からの視線は完全に切れる)


 上空を飛ぶ有線ドローンの赤外線センサーが、人間の熱源(警備員)の位置を正確に捉え、陸に情報を送っている。

 ソフトウェアとハードウェア。陸の俯瞰と、巴の足元の地形理解が、暗闇の中で初めて噛み合っていた。


> [RiQ] : よし。目の前の段差を降りて、右にある巨大な反射物の影へ潜れ。


(反射物……出土した盾形銅鏡の保存箱ね!)


 巴はトレンチの底を這い、盾形銅鏡が収められた巨大なコンテナの裏へと回り込んだ。直後、焦った機動隊員の持つ懐中電灯の光が、巴の頭上をかすめていく。


「こっちもブレーカーが落ちてる! 誰か電源車を確認しろ!」

「さっきの光はなんだ! 侵入者か!?」


 怒号が飛び交う中、巴のタブレットに新しい指示が届いた。


> [RiQ] : ここからが一発勝負じゃ。東側、富雄川へ向かって斜面を滑り降りろ。

> [RiQ] : 下で「馬」が待機しとる。


(馬って……車のことね。行くしかない!)


 巴はタブレットを胸に抱え込み、古墳の墳丘を形作る「段築だんちく」と呼ばれる斜面を、泥まみれになりながらノンブレーキで滑り降りた。

 背中で機動隊の懐中電灯が交差する。

 斜面を転がり落ちた先、富雄川の土手の暗がり。


 そこに、金属のメッシュ(ファラデー・ケージ)で覆われた真っ黒なワンボックスが、幽鬼のように音もなく滑り込んできた。

 スライドドアが内側から勢いよく開く。


「乗るっちゃが、姉ちゃん!」


 運転席からジンが叫ぶ。スライドドアの向こうでは、陸が片手を差し出していた。

 迷うことなく、巴はその手を取った。

 体が車内に引きずり込まれると同時にドアが閉まり、ワンボックスはライトを消したまま、暗峠方面の細い旧道へと急発進した。



―――



「……エキストラクト(抽出)、完了じゃな」


 後部座席でモニターから目を離した陸は、小さく息を吐いた。

 隣では、転がり込んできた巴が肩で息をしている。顔にも作業着にも泥がこびりつき、普段の学者らしい面影はもうない。


「……あんたが、RiQ?」

「いかにも。まあ、自己紹介は安全圏へ抜けてからじゃ」


 ジンの運転するワンボックスは、クラヴィスの警備網が敷かれる前に奈良の暗闇へと溶け込んでいった。


 だが。

 彼らが知らないところで、もう一つの「通信」が行われていた。


『──対象車両の離脱を確認しました』


 暗峠の古びた茶屋の屋根の上。

 陸たちが使っていたのとは別の、黒く塗装された小型ドローンが、暗闇の中で静かにローターを回していた。


『通信トラフィックの解析結果……間違いありません。以前、我々の検索エンジン・オペレーションを阻害した未知のIPと、同じルーティング・アルゴリズムを使用しています』


 ドローンからの暗号化された音声を、くたびれたジャケットを着た中年男が、ノイズキャンセリング・イヤホン越しに聞いていた。

 男は、口元に煙草をくわえたまま、手元のスマートフォンで「対象車両の予測ルート」をなぞる。


「……まったく。警察──いや、奴ら《クラヴィス》の猟犬どもの邪魔立てをしたかと思えば、今度は発掘現場から考古学者を浚うなんてな」


 男──真壁章吾まかべ・しょうごは、煙を月夜に吐き出した。


「面白ぇ。とことん追わせてもらうぜ、『最強の素人さん』たち」



―――

【次回予告】

脱出し、ジンの魔改造車へと転がり込んだ巴。

彼女を待ち受けていたのは、岡山弁を喋る古代の管理AI「コトダマ」だった。

「地層……これ、古代の物理レイヤー……?」

考古学の常識が崩壊する中、陸のシステムに割り込む不敵なASCIIアート。

ep.09で陸を救った「ポイズン・マスター」が、ついにその姿を現す。


次回、ep.13「ポイズン・マスター」

―――


―――

【用語・補足解説】


※物語を読むだけなら飛ばして大丈夫です。気になった用語があれば参照してください。


◆ エキストラクション・パス(Extraction Path)

 「エキストラクション」は軍事・スパイ用語で「対象の人物を危険地帯から救出・引き抜くこと」。「パス」はその経路・手順を指します。タイトルには、巴という「データ」を発掘現場から「抽出する経路」という意味と、二人の道が交わったという意味が重なっています。


◆ バックドア

 直訳すると「裏口」。ハッカーが一度侵入したシステムに、後で簡単に再侵入できるようにこっそり仕掛けておく秘密の入り口のこと。


◆ シャットダウンコード / 過電流

 陸は、現場の照明に電気を送っているネットワーク(おそらくスマート電源管理システム)に侵入し、わざとエラーを起こさせて照明を全部消しました。このように周囲のシステム(ネットにつながった家電や装置=IoT機器)を操ってハッキングすることを、ここでは環境ハックと呼びます。


陽動ようどう

 敵の注意をわざと別の方向へ向けさせる作戦。ジンはストロボを積んだドローンを墜落させることで、機動隊の視線を古墳の北側に釘付けにしました。


俯瞰ふかん

 高い所から見下ろすこと。全体を広く見渡すこと。上空のドローン映像を見ている陸の視点を指します。


◆ 赤外線センサー

 熱を感知するカメラ。肉眼では真っ暗でも、人間の体温を捉えることで、陸は上空から警備員の位置を把握していました。


◆ トレンチ / 段築だんちく

 発掘調査のために掘られた細長いトレンチや、古墳の斜面に作られた階段状の構造(段築)。巴は自分が調査した現場だからこそ、これらを隠れ場所や逃走経路として利用できました。ハードウェア(物理)の知識が勝利した瞬間です。


幽鬼ゆうき

 幽霊や亡霊のこと。ライトを消して音もなく近づく黒いワンボックスの不気味さを表しています。


◆ ファラデー・ケージ

 外部の電波を遮断する金属の網目のこと。ジンの車はこれが仕込まれているため、強力な電波妨害ジャミングの中でも通信機器の誤作動を防いだり、逆に自分たちの電波が外に漏れるのを防いだりできます。


◆ トラフィック / ルーティング・アルゴリズム

 トラフィックはネットワーク上を行き交うデータ量や通信そのもののこと。ルーティング・アルゴリズムは、そのデータがネットワーク上をどうやって通っていくか(経路)の計算方法。真壁は、陸がデータを送る時の「特徴的なクセ」を見抜き、同一人物だと特定しました。


◆ ポイズン・マスター

 「検索エンジン・ポイズニング(SEOポイズニング)」を操る高度なハッカー、あるいはその手法そのものを指す言葉。ep.09で陸の居場所を特定しようとしたクラヴィスの検索結果を「汚染」し、無関係な画像を表示させて陸を救った謎の協力者(?)です。

―――


―――


※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。

※遺跡・古墳の無断立ち入りや発掘は法律で禁止されています。見学の際は管理者の指示とマナーを守ってください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ