まさか●●●餅!
「いやあ、今日はよく来てくださった。自分、阿闍梨と申します。そしてこちらの精進料理『心』の店主です」
お店に到着すると、ボブと共に阿闍梨が迎えてくれた。
阿闍梨は前回と同じ、紺色の作務衣に白のエプロン姿で、ボブは執事みたいな黒スーツ姿だ。
お昼の営業を終え、次は夜の営業。今は閉店しているお店へ、特別に通してもらった。
「お茶の時間ですから、よければこちらをお楽しみください」
そう言って出されたのは……なんとわらび餅!
「これは……ナタリーお嬢さんのお馴染みの黄金パウダーに、ブラックシロップ。でもこの透明なぷるぷるしたものは……ゼリーではないよな?」
わらび餅が乗ったお皿を持ち上げ、顔を近づけるデグランは、いつもの装い。でもアッシュブラウンのズボンと同色の上衣を着ている。それだけで、なんだかフォーマル感が出ていた。
「ゼリーにしては、形を保っていますし、なんだか違う気がしますね」
フロスティーブルーのセットアップ姿のアレン様も、お皿を持ち上げ、じっくりわらび餅を眺めている。
「こういう時は、食べるのが一番なんじゃないー?」
結局バートンは、画材屋で店番。ロゼッタだけが、阿闍梨のお店へやって来ている。婚約周年祝いパーティーでは、バートンもロゼッタも店番ができず、代わりに彼らの父親が店頭に立つことになっていた。そう頻繁に二人して休むわけにはいかないと、バートンは留守番になったのだ。
ということで、明るいミモザ色のワンピース姿のロゼッタの、まずは食べようの提案に、みんな同意したが……。
「これでどうやって食べるのでしょうか……?」
ココア色の生地に、オレンジ色のペイズリー柄がプリントされたワンピースを着たドロシーが、途方にくれている。手に持つのは、木の棒――黒文字の楊枝を模したもの。黒文字はこの国には生えていないようだ。阿闍梨は適当な木の枝を調達し、和菓子用の楊枝を考案していた。
「書物で見たことがあります。こうやって使うのですよ」
ラベンダー色に、白でマラケシュ柄がプリントされたワンピースを着た私が、お手本を見せる。
「なるほど。この棒に刺して持ち上げるだけで、このスイーツは崩壊しそうだ。かなり柔らかそうだな。きっと口の中では、とろける味わいと見た。よし、食べよう!」
デグランのこの言葉が合図になり、皆、一斉にわらび餅を口に運ぶ。そして――。
「美味しい……! とろける! 絶品!」と叫ぶことになる。
「皆様、どうだろうか……と、おや。困惑しているかと思いきや、悶絶されている。この楊枝の使い方も、分かったのですな」
「はい、アジャリ様。ナタリー嬢が教えてくれました」
アレン様が秀麗な笑みと共に応じると、阿闍梨は「ほう、さすがシルバーストーン伯爵令嬢。東方の文化に、誠に造詣が深いですな」と褒めてくれる。
もはや、やたら東方に詳しい女性認定されているので、ここで質問しても、怪しまれないだろう。気になったことを、尋ねることにした。
「わらび粉を手に入れるのは、この大陸では難易度が高いのではないでしょうか。何で代用されたのですか?」
「! そこをついてくるとは。だがその通り。そもそも我が母国でも、わらび粉を手に入れるのは簡単なことではない。自分はサツマイモを栽培しているからな。甘藷でん粉で作りました」
「なるほど、そうなのですね」
前世で私は子供の頃、祖母の家で、山菜の天ぷらを食べさせてもらった。その中に、わらびもあったのだ。形が面白いので、祖母にわらびについて、いろいろ教えてもらった。つまりわらび餅のからくりについても、教えてもらっていたのだ。名前にわらび餅とついているが、ほとんどがわらびは使われず、代用品で作られていると。
それにしても私がお土産にきな粉を渡し、それを活用しようと、わらび餅を作るなんて! 阿闍梨はすごいと思う。食への探求心はデグランと同じ。今もデグランと、甘藷でん粉について、熱く語り始めている。
そんな和菓子による歓迎を受けた後は、味噌と醤油のために建てた二つの蔵を、見学させてもらった。
蔵と言っても、見た目はレンガ造りの倉庫。
でも中に入ると、特注で作ってもらったのだろう。巨大な樽があり、それはザ・和風。ドロシーが感動している。感動している人物が、もう一人いた。言うまでもない。デグランだ。
もうその瞳は、子供のようにキラキラと輝き、阿闍梨に質問をしまくりだった。その熱心さに感動した阿闍梨は、これまで誰にも見せたことのない、あれやこれやもデグランに見せている。
もしこれが前世で言う工場見学なら、一時間程度で終わっただろう。だが熱心なデグランにより、三時間近くかけ、見学は終ることになった。そしてお店がオープンする一時間前。私達は精進料理を、阿闍梨の説明を受けながら、食べることができた。
ドロシーは、そこで阿闍梨がどんな器を求めているのかを、まさにヒアリングし、熱心にメモを取っている。デグランはそれぞれの料理のレシピを教えてもらい、継続して瞳が輝いていた。アレン様はその様子を菩薩の微笑みで見守り、私はそんなアレン様を見て、心の中で拝んでいた。
帰り際は、既にお店がオープンしてしまったので、阿闍梨の見送りはない。
だが見送りするボブから、お土産で醤油と味噌をもたせてもらい、みんな感動していた。アレン様も「これでショーユを使った肉料理が楽しめます」と笑顔だ。
心から今日、阿闍梨のお店を訪問できて良かったと思った。


















