32話 大変な事がわかりました
「そういう事ならラァスなんてどうかしら。オススメよ?」
頬に手を当て首をちょんと傾げ可愛らしくリシスさんがそう言うと、ラァスさんがぎょっとしたように目を見開いた。
私とリシスさんとレイコさんの3人を見比べ、口も開く。
「……長、選択の権利くらいはあるだろ」
ラァスさんの言葉の内容に私も頷いた。
若く見えるらしいのは置いておくとして。こんな体質以外にモテる要素がひとつもない適齢期を10年ばかり超えているおばさんを押し付けるとか、ラァスさんにも失礼な気がする。
素直で真面目な彼であれば、もっと可愛くて愛嬌の良い可愛い女の子が喜んでお嫁さんになってくれるだろうし。
……だから自分を下げる発言とか考えは自分で言ってて悲しくなってくるんだってば。いい加減に学ぼうよ、私。
「あら? ラァスはスイナさんが嫌いなの?」
「いや、そういう事じゃない……って、わかってて言ってそうだな」
「あらまあ、わかる?」
「…………はぁ」
一人で勝手に落ち込む私をよそに、リシスさんとラァスさんの会話は続く。
面白そうな表情で玲子さんはそんな私たちを眺めている。
「……スイナちゃんスイナちゃん」
こそこそと小さな声で私の服の袖をひっぱるレイコさん。
落ち込むのをいったん止め、私は何ですかとレイコさんに小声で返した。
レイコさんはうふふと嫌な予感のする笑顔で頷いた。
「……三角関係? 三角関係なの?」
「――ぶっ」
嬉々とした、それでいて内緒話なので小さな声で言うレイコさん。
内容が内容なので、思わず吹き出してしまった私は悪くない。絶対悪くない。
「美人で器量の良いお嬢さんとぶっきらぼうで真面目な優しい青年。そんな2人の前に現れ――もがっ」
私の反応に気付いていない訳がないが、レイコさんは両手を組み、目をキラキラとさせて妄想を垂れ流しはじめた。
全部言わせてなるものかと彼女の口を慌てて塞ぎ、私はレイコさんの耳元にささやいた。
「……リシスさんもラァスさんも、男性ですよ」
「…っ!?!?!?」
思った通りに驚くレイコさんが凝視してくるので、私は力強く頷いた。
「男です。本人に確認はしてあります」
レイコさんは信じられないという顔で私とリシスさんを交互に見、彼女の口を塞いでいた私の手を強く握り、息を大きく吸い込んだ。
「あんなに可憐で美人な子が男な訳がないわよー!?!?!?!?」
心とお腹の底からであろうレイコさんの叫びに、リシスさんが満足げにしていたのはレイコさんには言わない方がいいに違いない。
☆ ☆ ☆
「それはレイコが悪いと思うよ?」
濃い茶の髪にグレーの瞳をした好青年――モーリスさんがメガネをクイッと直しながら言った。
レイコさんは不貞腐れたようでいて、でもどこか甘えたような表情と口調で言いかえす。
「モーリスも見たらわかるわよ? あんなに可憐な声と見た目の美しい人…セイレーンって言うのだったかしら? 私、初めて見たんだもの!」
頬をぷくっとふくらまして主張するレイコさんは、同性の私から見てもとても可愛い。
可愛い人っていいなぁ。何をしても可愛い。目の保養になる。
「……長の性別はどうでもいいだろ。そんな事より――」
「――そんなことじゃないわ!超!重!要!よっ!」
かれこれ20分ほど続いたレイコさんによるリシスさんの性別詐欺への力説につっこむラァスさん。見ればうんざりしたと顔に大きく書いてある。
それを力いっぱい遮り主張する彼女を見る限り、よほどリシスさんが男性である事に何かを思うところがあったらしい。
可愛い女の子を見るのが好きな私でも、さすがにちょっぴり腰が引けてしまった。言わないけど。
「…え、ええと、レイコさん?」
だからと言って彼女の主張をひたすら聞いていても時間は待ってはくれない。
私自身は急いでいるわけではないが、私を拾った責任感から付き合ってくれているラァスさんの時間を無駄に消費していくのはよくないだろう。
頭をフル回転させながら、私はレイコさんに話しかけた。
「リシスさんの見た目詐欺っぷりはよくわかります。ええ、私も気が付いた時はとても驚きましたから!」
まずは肯定。否定せず肯定。同意見だと力強く頷く。
こういうものは勢いも大切だと聞いた事があるので、レイコさんが言葉を挟む前に続けて言う。
「だからわかるでしょう! 見る分にはとてもとても素晴らしい目の保養な方なのですが、リシスさんは可憐で美人で、なのに男性で! 彼との結婚はもちろんお付き合いも私には無理です! コンプレックスを刺激されすぎてガックリきちゃいます! それはもう力の限り落ち込みます!」
先ほどまでの勢いはどうしたのか少し引いたような表情になるレイコさん。
もう一息かなと思い、レイコさんの肩をつかんで勢いに任せてぐいっと近づいた。
「なのでひとまずリシスさんについては置いておいて、建設的な話をしましょう! 私の婚活とこれからについての話でしたよね! 私は結婚したい事はしたいですが! 年齢が年齢なのでこの世界では少し厳しいかなとも思っています! それに何より保護者というか師匠がたぶん探してくれているので連絡しなくてはなりませんし! 善は急げですよね! ここで旅の資金を貯める以外は思いつかないのですが! 何かいい案はありませんか!」
自分で言っていてもよくわからなくなってきたが、こういうのは勢いで押し切ったものが勝つのだ。
間違えたかななんて顔に出してはいけない。間違っていても私は正しい。そう言い切り踏ん張り仁王立ちするくらいでちょうどいい!
……と、マッチョな旦那さんを尻に敷く可愛い奥さまである友人がよく言っていた。
「……え。あ、うん。スイナちゃん」
「はい!」
勢いよく捲し立てた私の言葉が途切れたからか、レイコさんは唖然としつつも返事をくれる。
ちなみに他の2人――ラァスさんとモーリスさんは口をあんぐりと開けた状態で固まっていた。
少し勢いを付け過ぎたかなと思ったが、あれくらいは捲し立てないと尻すぼみになってしまう自信がある。押しに弱い自覚はあるんだよ、これでも。うん。
「その、お師匠さん? の元へ帰りたいの?」
「はい!……あ、帰れなくても連絡ができればそれで」
勢いよく頷いてしまったが、帰ったらまた嫁になれと言われながらの軟禁生活だなと思い出したので、言葉を付け足した。
レイコさんは少し考えるそぶりを見せ、それから何かに気が付いたように固まる。
そして、私を改めて正面から見て口を開いた。
「……スイナちゃん、何歳?」
ずばっと聞いてくるその男前っぷりも素敵だと思います。
それはおいといて、真面目な顔で私を見つめてくる、私の事を心配してくれているレイコさんを誤魔化すのはダメだろうと思った。私もレイコさんを見つめ返して真面目に言う。
「30です」
「は?」「え?」「うそっ!」
きっぱりと言う私に、3人が驚いた声を上げる。
というか、レイコさんまで「うそ!」ってどういう事なのか。
20過ぎてるってわかっていたんだから、日本人な基準で行けば20過ぎも30もそこまで驚くような差でもないと思うのです。それを言ったら怒られた事があるから、言わないけど。
「……え、本当に30歳なの?」
「そうですよ。どこからどう見てもおばさんでしょう?」
私が言えばレイコさんは信じられないと首を振った。
もしかして20過ぎって聞いてきたのはお世辞で、もっと……40とか50過ぎに見えていたとか?
レイコさんはあーでもないこーでもないとぶつぶつ言い、決心がついたかのように顔をあげた。
ラァスさんとモーリスさんは未だに固まっている。
「……正直に言うわね」
「はい」
息を大きく吸って、レイコさんは私に言った。
「スイナちゃん。日本人のあれこれを抜きにしても、口を開かなければ10代にしか見えないわ」
「……はい?」
聞き間違いかと思って見つめ返すも、レイコさんは目をそらさない。
大真面目にもう一度同じことを言った。
「日本人って童顔の子も多いからスイナちゃんの落ち着きっぷりも考えて20代だと思っていたの。でもね、そうでなければ10代の……14・5くらいかしら? そのくらいの学生と言っても信じてしまえるくらいに、若く見えるの。この世界の基準ではなくて、日本基準でよ?」
レイコさんの言葉に私は硬直した。
日本基準ではきっちり30…より少し上に見られる事が多かった外観の私である。
この世界基準で若く見えるならばそれはいいとしても、日本基準で14・5歳という事はあれですか。若返り説が濃厚ですか。
「か、鏡を持っていませんか!鏡!」
「えーと…。はい、どうぞ」
私が言うと、レイコさんはポケットから手のひらサイズの鏡を出して手渡してくれた。
鏡面が少し歪んでいるので、日本製ではなさそうだ。
いや、それはともかく。
「はっ!?」
鏡を覗き込んだ私は驚いた。それはもう驚いた。
鏡の中にはあんぐりと開けた口の白い髪に濃いグレーの瞳の少女が信じられないという表情をしていたのだから。
「ええええええええええええええええええええええええ」
髪と瞳の色が黒色でない事を除けば、15年ほど前の――中高生だった頃の私が居た。
一体いつから。
この世界に呼ばれて、自己紹介した時には何も言われなかった。
言葉をぼかす事も知っていそうな鳴海嬢ならともかく、思ったことを素直に率直に言ってくる市橋譲も何も言ってはこなかった。
という事は、その頃はもともとの年齢に応じた容姿。多少若返っていたとしてもそれほどでもなかったはずである。
身長と体型は残念ながら中2の時から止まってしまっているので変化がないのはわかる。いやまあ、こちらの世界へ来てから寝込んだり寝込んだり寝込んだりで結構痩せたが。でもそれだけだ。身長はともかく、体型もそんなに変わってないと思う。たぶん。
大きな変化があったのはメフィトーレスさんが怪我をしたあの時。
絵本の“おまじない”という古代魔術を使用した時。
メフィトーレスさんが言うにはその時に私の髪から色が抜け、白くなったと言っていた。
では目の色は?
今まで誰にも何も言われなかったが、目の色の変化はいつだったのか。
もともとの私の目は、黒に近いよく見れば濃い茶色だとわかるような色だったのだ。
それが茶色の成分はどこかへ行ったらしく、今は濃いグレー。黒には見えず、でも限りなく黒に近い色。
黒と言えば黒にも思えるが、もともとの色と比べれば明らかに違う。
古代魔術と言えば怪しいのはつい最近の出来事もだが、それで容姿が変わってしまったのなら、リシスさん…は面白そうだという理由で黙っていそうだから置いといて。ラァスさんが何か言ってきそうなものである。
けれど筋力が落ちすぎて動けなくなった事以外は異常なしと言われたし、その筋力も日常生活を送れる程度には戻ってきている。
私はいつ若返ったんだ!?
「えええええええ…」
「スイナちゃん…?」
鏡を見て驚きの声をあげ、続けて膝をついて項垂れた私に、レイコさんが声をかけてくれる。
心配げな優しい声が心にしみる。レイコさんも天使だったか…。
「……髪と目の色以外は、15年ほど前の私でした」
「ええ!? もともと信じられないくらいの童顔だったという訳ではなくて?」
「…はいぃ。少なくてもこちらへ来た時はもうちょっと上な外見だったはずです」
若返ってるみたいですと私が言えば、レイコさんもモーリスさんも驚き、何を言っていいのかわからないらしく無言の空間が出来上がっていた。
そんな中、ラァスさんは不思議そうに声を発した。
「おまえを拾った時はすでにその外見だったぞ」
目も髪も今の色で、見た目年齢も今の若い姿だったとラァスさんは続けた。
若返りの原因は水の水晶と同調した時ではなかったようだ。
となると心当たりは最初の“おまじない”しかない。
聞こうにもその場に居たメフィトーレスさんたちはいないし、連絡を取るにも順調に旅をしても1年はかかるくらいに遠い場所である。
私の知らないうちに、私は私ではなくなってしまったのだろうかと不安になった。
「スイナちゃん、大丈夫よ!」
落ち込む私にレイコさんが明るく励ましてくれるかのように声をかけてくれる。
私は顔を上げた。
「若返ったなら婚活にはプラスよ?この世界で言えばちょうど適齢期じゃないの。問題ないわ!」
そういう問題ですかと私が聞けば、レイコさんは力強く頷いた。
「だから、大丈夫。私もモーリスもいるからね!」
「……おい」
「いるからね!」
「…………」
途中でモーリスさんの不満げな声が聞こえたが、レイコさんはそれを力強く黙殺した。
女の人って強い。私も女だけど、見習いたい。
この世界へ来てからはじめて、頼れる人を見つけた気がした。
若返ったタイミングはアレです、アレ。
まだ自作言語の解読もその他もろもろの修正も終わってはいないんですけれど、書かないと終わらない事を思い出したので、矛盾していてもいいやー!と開き直って再開しました。
他のもちょいちょいいじったり何だりしているので、再開したとは言っても不定期更新です。
がんばるぞー。




