28話 お願いされました
「レティちゃん、こっち」
「え?」
「オルティスさんとラァスさんも――」
マナのゆらぎが見え、不安を覚えた私は咄嗟にそう言いながらレティちゃんをひっぱり、店の外へと出た。
その途端、地響きのような音と一緒に強烈な光が私たちの目を焼き、その現象で起こった風に飛ばされ、ピリピリとした何かを感じながら地に転がる。膝や手が地面に擦れて傷でも出来たのか、ヒリヒリと痛い。
「お、おとうさん!!」
レティちゃんの焦ったような声が聞こえ、目を開けるがさっきの光の影響かぼんやりとしていた。目を何度か瞬かせると、次第に光の影響が消えて、ちゃんと見えるようになる。
もう一度彼女を見ると、レティちゃんが道に――地に転がって動かないオルティスさんを呼びながら揺すっていた。
ラァスさんも私と同じように何度か目をぱちぱちと瞬かせていたが、レティちゃんとオルティスさんの様子に気付くと慌てたように彼女たちに駆け寄った。
「…オルティス、オルティス? 心臓は……動いてる。レティ、大丈夫だ。オルティスは死んじゃいない」
「う、うん。おとうさん…」
「スイナも生きて…るな。立てるか? 大丈夫なら避難するぞ」
「は、はい」
ラァスさんはオルティスさんを担ぎ上げると、レティちゃんと私にそう促した。
私はレティちゃんの肩を抱えるようにして、ラァスさんの後を着いて行った。
レンゲ屋は他の家と同じように真っ赤な炎に包まれ、燃えていた。
☆ ☆ ☆
街の中央の塔の前へたどり着くと、そこには大勢の避難してきたのであろうセイレーンの人たちが居た。歩ける者は塔へ続く列へと並び順番に、怪我をして人の助けを借りねば動くこともできない者は別の通路へと運ばれて行っていた。
ラァスさんは私たちに列に並ぶように指示すると、意識のないオルティスさんを連れて、怪我人たちが運び込まれている列に向かった。
レティちゃんはそれを不安そうに見送る。本当ならついて行きたいのだろうが、ついて行っても何もできない事がわかっているのだろう。彼女は子供だが、とても大人だ。大人だけれど、やっぱり子供だ。
だから、私がレティちゃんの肩を強く抱くと、レティちゃんは不安そうな表情のまま私を見上げた。咄嗟に言葉など出て――何を言えばいいのかわからない私は、それでもレティちゃんを慰めたくて、彼女を抱く手に力を入れた。
「スイナおねえさん…」
「うん」
ぎゅっとしがみついてくるその体温が消えるのではないかと思える弱々しい声に、やはり私は何も言えない。
あの古代魔術を使えばオルティスさんを完全に回復させることはできるだろう。
できるだろうが、今は使えない。それは、メフィトーレスさんに禁止されている云々の理由ではない。あの時、メフィトーレスさんに使ったあの一度で私は気を失ったのである。オルティスさん一人であるならばともかく、彼以外にも怪我をした人はたくさんいる。一度で気を失うのだから、全員を回復させるのにどれだけ時間がかかる事か。そして、気を失ってる間にどれだけの怪我人が死んでしまうのか。助けたいが、死にそうな人が助かるかもしれないと期待させておいて、どん底に突き落とすような――間に合わずに死なせてしまう行為は、今はしない方がいいだろう。
私にはその責任をとれないし、その責任を背負う覚悟もない。
もっと私に力があれば、なんとかなったかもしれないのにとも思うが、それはここにいる全員が感じている事だろう。自分ばかりと思い自分を責めるのは自己満足の産物である事を、私は知っている。
「レティちゃん、順番きたよ」
「…うん」
塔の入り口の前には二人の兵士が名簿のようなものを持ち、避難してきた人を一人一人確認しているようだ。
「住所と名前をお願いします」
「住所はわからないのですが、レンゲ屋のレティーナちゃんと、昨日からラァスさんにお世話になっているスイナ・カゲウです」
住所と言われてもわからなかったので、正直にそう言い名乗る。
兵士さんが名簿から顔を上げ、私とレティちゃんをジロジロと見た。
「…ラァスは?」
「レンゲ屋のオルティスさんが怪我をしたのでそちらに」
「ラァスが人間の女を連れてきた事は知っています。レンゲ屋は…森林通りの4番地でしたでしょうか?」
名簿を持った兵士さんがそう訊ねるとレティちゃんは無言で頷いた。
「わかりました。…おい、この二人を長の元へ」
「承知いたしました。お二人とも、こちらへ」
名簿を持ってる兵士さんが、名簿を持ってない方の兵士さん――女の人の声だった――にそう言うと、女の兵士さんが私とレティちゃんに着いてくるようにと促した。
他の人はそのまま塔の上へと登って行くのに、なぜ違う場所へ行くのだろうかと不思議に思う。
思うが、ここで揉めても時間を食うだけであろう。
「わかりました。レティちゃん、行こう?」
「…うん」
レティちゃんの肩を抱き直すと、彼女は不安そうに私を見上げて頷いた。
女の兵士さんの後ろを着いて行く時、無言なのもなんだか気まずかったので、気になってる事をいくつか聞いてみる事にした。
「…長の元って、リシスさんの所ですか?」
「はい、そうです」
「えと、私とレティちゃんがなぜリシスさんの所へ?」
「私にはお答えしかねます」
「すみません」
「いえ…」
余計に気まずい空気になってしまったのは気のせいだろうか。
気のせいだと思いたいが、よく考えたら、リシスさんの――自分たちの長の決定のその理由とかを一般の兵士さんたちが知ってるかと言えば、そうでない事も多いだろう。やっぱり気のせいではなく、自分のせいであるようだ。ぐぬぬぬぬ。
気まずい空気をどうすることもできず、私もレティちゃんも無言のまま、女の兵士さんの後を着いていく。
塔の入り口を入った後、他の並んでいた人たちとは違う、地下へ続いてそうな階段を降りる。
薄暗いが所々にうっすらと緑色に光る…苔?のようなものが生えており、足元を確認するには十分な明るさがある。石のような木のような不思議な質感の階段に、靴音がコツコツと響く。
レティちゃんは時々私を見上げて止まり、その度に私は大丈夫という意味を込めて頷き、彼女を抱く手に力を込めてぎゅっとする。そうするとレティちゃんは不安そうにではあるが頷き、歩き始める。
不安を払拭しきれない事に力不足を感じるが、それでも今は彼女を支えられるのは自分しかいないとお腹に力を入れて自分の情けなさを吹き飛ばす。
そうこうしているうちに先の方が明るくなっているのが見え、明るいその場所へたどり着くとそこで階段は終わっていた。
高い天井を見上げるとそこにはたくさんの水が渦巻き、その水は少しずつ木の根っこのような物に埋め尽くされている壁を伝って床へと吸い込まれていく。
少しずつとはいえ常に水を吸っているのだから本来なら水浸しになっていそうな床は、ふかふかとした芝生が生えていて、適度な湿り気を保ち、私たちの足を支えた。
何より目をひいたのは部屋の中央にある、巨大な水色の半透明な水晶である。
その大きさはなんていうか、神社とかの樹齢ウン百年のご神木がすっぽりと収まってまだ余裕があるくらいの高さに、高層ビルの周りを一周するよりも幅があるのではないだろうか。とにかく大きい。
その大きな水晶の前に、リシスさんが立っていた。
「スイナさん、レティーナ、いらっしゃい」
リシスさんは私たちに気付くとふんわりとした笑顔でそう言った。
女の兵士さんは敬礼し、レティちゃんはぺこりとお辞儀をした。
私もレティちゃんに続いて一礼してから、口を開く。
「リシスさん、私たちに何のご用でしょうか?」
「ええ、そうなの。マナの巫女であるスイナさんにしかできない事を頼みたいの」
話が早くて助かるわとリシスさんは笑うが、その言葉を聞いた兵士さんとレティちゃんが驚きに目を開き、私の事を見た。
私はリシスさんとの出会いを思い出し、なるほどと納得した。あのフレンドリーさと警戒心の無さは、私が巫女であると見抜いていたからなのか…と。
同時に、なぜ巫女とわかったのかと不思議に思う。心当たりがあるとすれば、原初のマナの色の髪ねと言っていた事ではあるが、私からすればこの色はただの白髪であるのだし。うーん?
「…私にしかできない事とは何でしょうか?」
「水のマナを生み出して欲しいの」
「水のマナを生み出す…?」
生み出すって言っても…普通の巫女にはマナを生みだす事は出来ないと聞いているし、私はその巫女を落第した身である。
リシスさんは何か勘違いしているのだろう。
だから私はこう言った。
「…私はたしかに巫女ですが、救世の巫女ではありません」
「救世の巫女ではないわ。マナの巫女よ、その髪の色がその証」
救世の巫女とマナの巫女は別物なのだろうか?
でも、マナを生み出せるのは救世の巫女だけって話だったような。
「これはただの…友人が死にかけた恐怖で白くなっただけで」
「いいえ、白ではないわ。その色は原初のマナの色。マナを生み出しその色に染まった証の色よ」
私の言葉をリシスさんは即座に否定する。
強い響きを持った美しい声に迷いはなく、ともすれば私が間違っているのだろうかという気持ちになった。
それでも出来ないものは出来ないのだからと、正直に言う。
「…マナを生み出せと言われてもどうすればいいのかわかりません」
リシスさんは私を数秒見つめると、私の手を取りささやくように言った。
その横で兵士さんがレティちゃんを下がらせるのが見えるが、不思議とリシスさんの言葉や顔から目が離せない。
「古代魔術というのはわかるかしら」
「はい。術式を組まずに起動言語のみで発動させるものですよね?」
「そう。人間は不思議な力と呼んでいるのね」
数秒、宙を睨むように顔を上げ、リシスさんはそう頷いた。
そして私の顔を覗き込んで、再び口を開いた。
「“迷いの森の言葉”を覚えているかしら?」
「……『私の声を知っているかい?』、でしたっけ?」
「ええ、合っているわ。それを含むすべての言葉よ」
「すべて……森を抜ける時に聞こえた声、全部ですか?」
「ええ、全部よ。あの言葉がこの街に伝わる古代魔術であり、マナを生み出す言葉なの」
古代魔術ではなく“おまじない”と、リシスさんは言った。
おまじない。あの絵本の“おまじない”も古代魔術だった。
そういえば、メフィトーレスさんの怪我を治した時に髪は白くなったのだ。あの時使ったものは絵本に載っていた古代魔術。
魔術に詳しいメフィトーレスさんが使えなかった古代魔術。
使用条件があるようだと彼は言っていた。
そうか、巫女である事が……マナの巫女である事が条件なのか。
不思議とその事に抵抗は感じず、事実だけがすとんと私の中に落ちた。
「それを唱えればいいんですか?」
「ええ。水のマナをこの水晶に注いでほし―――」
リシスさんが全てを言い切る前に、地面が大きく揺れ、階段の方から爆音が聞こえてきた。
その激しい揺れに立っていられずにその場に座り込む。
見れば、レティちゃんも兵士さんもリシスさんも、座り込んでいる。
「何、今の…」
「メリィ、レティーナを守りなさい」
「はい。レティーナさん、こちらへ」
私とレティちゃんが呆然としていると、リシスさんが兵士さん――メリィさんと言うらしい――に指示を飛ばした。
烈しい揺れの中、メリィさんはレティちゃんの腕を引っ張り自分の腕の中へと抱き込む。
リシスさんは私を見た。
「スイナさん、時間がないわ。お願い」
「は、はい」
懇願するような響きの美しい声に、私は頷く。
あの大きな水晶にマナを注げという事は――メフィトーレスさんを治療する時は彼の側に私が居て、治療と一緒に私のマナが彼に入っていったのだから――やはり、水晶の近くへと行くべきだろう。
揺れは収まらず、少しずつ大きくなっていく。立てないのだから、這って行くしかないだろう。
私はハイハイのように手と足を使って進み、座り込んでいるリシスさんの横を通り、その先にある水晶へと近づく。
その時、天井から土のような何かがパラパラと降ってきた。上は水の渦であったのにと不思議に思う。
水晶を見上げ、水晶に手を預け、目を閉じて、息を吸う。
『私の光 私の輝き 舞い謳え 私は声を知っている』
ああ、あの時と同じ感覚だ…と私は気付いた。
言葉をひとつ言うごとに、私の中にマナが生まれ、それがくるくると舞うように言葉に乗って外へと湧き出していくのだ。
『光り輝くその声に 私は全てを預けましょう』
私からあふれ出た水色のマナが水晶の中へと吸い込まれていき、割れないのが不思議なくらいに、水晶の中で力強く渦巻き染みわたっていく。
モノであるはずの水晶から、喜びの声が聞こえてくるのは気のせいだろうか?
『私の声を知っているかい? 私はあなた あなたは私』
水晶の声が気持ちが、私の中へと入ってくる。
守れない。護りたい。私の子供。水晶の子供。護るための力が欲しいと、水晶が訴えてくる。
『一緒に遊ぼう 一緒に踊ろう 一緒に歌って 私と一緒に』
マナを得た水晶から力が立ち上り、塔の周囲へと迷いの森が広がっていくのがわかる。
塔の中に居る“異物”をはじき出すべく、森が蠢くのがわかる。
『私の光 私の輝き 惑え回れどこまでも』
“異物”の暗闇よりも昏い目が見えた。その目に映るのは動かなくなった大切な子供たち。
大切な子供たちを傷つけないでと強く想う。
迷いの森では聞かなかった言葉が聞こえ、それを私は口にする。
『惑え回れどこまでも 私の護りは何より強い』
“異物”の目が私を捉えたが、“異物”に出来る事は何もない。
護りに抵抗してはいるが、少しずつ少しずつ、“異物”は塔の――街の外へと押し出されていく。
『私の護りは何より強い 私は守る 全てを守る』
重ねて唱えると“異物”は完全に街の外へと排出され、続いた言葉によって街全体に結界を張り巡らせる。
それでも水晶の声は止まらない。傷付き倒れた子供たちに、哀しい、痛い、と訴えてくる。
水晶が哀しいと私が哀しい。水晶の心が痛いと、私の心も痛い。
治療の“古代魔術”を思い出し、水晶がそれを使い言葉を唱える。
『光に癒しを 輝きに護りを 全てに輝く光を』
私の中から新たに白く輝くマナが生まれ、それが水晶に吸い込まれていった水色のマナと混ざり、それが街全体を包み込む。
淡い水色のマナに触れた、動く事の出来ない“まだ生きている子供たち”は次々に目を開き、驚いた顔で辺りを見回していた。
全てを祈り、全てを願うが、死者は生き返らない。それだけは変わらない。
『光に癒しを 輝きに護りを 全てに輝く光を』
それでも水晶は諦めず、なおも願い、唱える。
それでも生き返る者はなく、水晶の叫びに私の心が悲鳴を上げた。
「ス……さ…」
「……ナ…………ん」
「…イ………っ」
聞き覚えのある声が、私を呼んでいる気がする。
水晶はなおも唱えようとするが、私にはもう力がない。
このままでは水晶と共に果ててしまうだろう。
『光に癒しを 輝きに護りを 全てに輝く光を』
それでも水晶は諦めない。
私の身体から力が抜け、水晶のマナも弱くなる。
「――おねえさん、戻ってきて!」
その強い声に、私は私であり、水晶ではなかった事を思い出した。
目の前には生き返らない子供たちでも水晶でもなく、レティちゃんの泣き顔が見える。泣き顔…?
「あれ? 何か悲しい事でもあったんですか?」
「スイナおねえさん!」
「ひゃっ!?」
私が問いかけるとレティちゃんは私の胸にすがって泣き始めた。
いやほんと、何があったの?
「スイナさん、ありがとうございました。おかげで街は守られましたわ」
リシスさんの声のする方を見れば、彼女もその目にうっすらと涙を浮かべている。
えーと、とにかく、古代魔術をちゃんと発動できて、この異常事態がなんとかなった…という事でいいのだろうか。
「お役に立ててよかったです?」
「スイナ様、なぜ疑問形なのですか」
女兵士さん…メリィさんの声もした。
気のせいでなければ少しだけ呆れたような色がその声に含まれている。
メリィさんの方を見ようと思ったが、顔を動かそうにも動かない。目だけで見ようとしても見える範囲にメリィさんはいない。
そういえば、手も足も、妙にだるくて、動かせない。
気付いてしまえば逆らえるはずもなく、まぶたが重くなっていく。
「…スイナおねえさん?」
レティちゃんが私を呼ぶ声は聞こえたが、返事をするのももう無理だった。
私は身体が要求するままに、夢の世界へと旅立った。
1月27日 削り忘れ箇所を削りました
水晶は意思を持っていて、それにシンクロしていた為に、意識を全部、乗っ取られかけていました。
“異物”は前話の塔に乗り込んだ男です。
それから、死んだ人は生き返りません。これは大前提。
あと、スイナ視点のみだとどうしても色々とあやふやなままに終わってしまうので、どうしようかと悩み中です。
行き当たりばったり展開とはいえ、最初に一人称を選んだのが失敗だったような気がとてもしてます。ハイ。




