35話 巫女と少女を結ぶ糸
大きな変化の後も日常は訪れる。
些細な変化を繰り返しながら、気にも留めないような変化を繰り返しながら。
気付いた時には、全てが変わっていたとしても。
僕は自分を見失わず、僕であり続けなければならない。
僕達の関係だけが変わっていけばいいのだ。
そしてきっと、今この時も世界は順調に姿形を変えているのだろう。
大切なのは僕達がここに居るという事。
家族としての絆で結ばれた三人がこの場所に居るという事。
「んっ……んんっ……
すぅ……すぅ……」
寝ようと思ったんだが、残念ながら寝れないのでこんなことを考えていた。
現状をとりあえず簡潔に説明するのなら、両腕が動かせなくて身動きが取れない。
巫女さんの柔らかな肢体がそのまま僕の腕や足に押し付けられているのだ、先程からずっと。
見事なまでに僕の腕にしがみ付きながら、寝ている。
「むにゃ、むにゅぅ……」
更に悪い事にもう片腕には里遠ちゃんがしがみ付いていてがっつりと腕の自由を奪っている。
とりあえず起こしたくはないし、振り落すなんて酷い事をするのも気が引ける。
となれば僕に採れる選択肢なんて最初から一つしかない。
(起きてくれるのを待つしかない、か……)
発端は僕と里遠ちゃんが軽く雑談をしていた所から。
気が付いた時には僕も含めて寝入っていて、里遠ちゃんが僕にしがみ付いていたのだろう。
それを見た巫女さんが、真似をしたといったところか。
とりあえず里遠ちゃんはまだ良いとしても、このような形で動きを封じられるのは流石に少々困る。
くっつかれ続けている、という事実も含めて二重に困る。
「と、とりあえず二人とも聞こえてますかね……」
「すぅ……」
「みゅぅ……?」
里遠ちゃんの方は望みがありそうだ。
巫女さんの方は、疲れが溜まっていたのか軽く寝入っている。
説得出来れば、活路が見いだせるかもしれない……
「里遠ちゃん、腕が上げられないので少し離れてくれないかな?」
「いやぁ~」
駄々をこねるような感じでなく、甘えてくるような感じの返事を聞いて僕の苦悩は増す事になった。
「拒絶しないで欲しいよ、全く……」
「おとうさんといっしょにねるのぉ……」
「あはは……」
思わず零れた愚痴をかき消すような甘い声。
当然の如く嬉しくないなんてこれっぽっちも思っていないなどいないのだが、状況的には苦しい。
この現状を考えれば気持ちだけ受け取って毅然とした態度を取りたい。
(明日以降、腕が痛くなるだろうなこれは……)
というよりもだ……
頭を撫でてあげたいんだよ、すやすやと眠っている里遠ちゃんの頭を。
両腕塞がっていると絶対に不可能なんだよ。
巫女さんは巫女さんで完全に寝入っていて手が着けられないから余計に質が悪い。
これが家族というものの重みなのだろうか。
これが、幸せというものなのだろうか。
そんな事を無理矢理考えながら今日はこのままやり過ごしていくしかないのだろう。
巫女さんが目を覚ますまで、里遠ちゃんが飽きるまで……
何度かの溜息をついていた事までは覚えていたが、気付いた時には僕も寝入っていた。
どの段階からそうなっていたのかは解らないが、時間の感覚が失われていた。
気付いた時には朝になっていた。
恐らく昨晩は何も食べる事も無いまま寝入ってしまった可能性が高いのだろう。
ただ、不思議と腹は減っていなかった。
「結局そのままの形で一晩を越えてしまったな……」
「来人さん、おはようございます。
そして、色々とごめんなさい」
「謝らなくていい。不調がこれで直ったのならばそれはそれで喜ばしい事だからね」
勿論紛れもなく僕の本心である。
ただ、その事実に気が付いてしまったらとてつもなく緊張してしまったのだが……
(そういえば、一緒の布団に寝転がって会話するなんて初めてだ)
それだけではない、一緒に朝を迎えるのも含めて、今日が初めての事が沢山あったのだ。
全てが、何もかもが未体験の事ばかりで急に恥ずかしくなってきていた。
「すぅ……みにゃぁ……」
「里遠ちゃんはまだ寝てますね」
「という事は僕の片腕はまだこのままの状態なのかな?」
「折角なので起こしてあげてください。
ほっぺたぷにぷにしてあげると気持ち良いですよ?」
ほう、それはなかなか良い事を聞いた。
少しばかり悪戯のつもりでやってみるとしよう。
ふにふにっ……
「みゅぅぅ……」
ふにふにっ、ふにふにっ……
「ううぅ……」
「反応も可愛らしくて結構楽しいじゃないですか……」
「ですよね?
せっかくなので私もやっちゃいます」
ふにっ……
「あうぅ……あさ……」
「うんっ、朝だよ」
薄目を開いて僕達を見た里遠ちゃん。
ほっこりとした雰囲気がまた、何ともいえない。
そんなほっこりとした雰囲気のままで朝食を食べ、僕達は家族の時間というものを過ごす事にした。
覚えていない事が多すぎる僕達からすれば、本当の初めてかどうかは判らないけども……
僕達が家族になった、それを大いに実感できる始まりの朝を迎えたのだった。
とはいえ、だ。
残念なことに外の世界に出ない限りは永久に毎日がそのまま家族の時間となり続けるし、
誰かが外からやってこない限りは本当にこのまま誰も居なくなるまで続く事にもなる。
(今は、少しぐらいこんな時間が長く続いてもいいじゃないか)
折角だから経験したことのないこの状況を、喜びと共に楽しむ生き方も悪くない。
「桃子さんも、この状況を結構楽しんでいるんですね」
「私も心の何処かで望んでいた事です。
本当にそんな日が送れるなんて、望んでも手に入れられないと思っていました」
恐らくそれは巫女さんの本音だろう。その笑顔に曇りは一切ない。
だからこそ、その笑顔を曇らせかねない何かがまだ無いとは言えない事を僕は警戒する。
ただ絆を深めただけでこの形に収まったなんて、そんな都合よく行くわけないだろう。
何事も楽観的に見た方が良いとはいえ、疑念は頭の片隅に置いておくべきだ。
望んでも手に入らないなんて言っている物が手に入っているのなら、尚更。
「しかし、それでも世の中はそんなに良い事ばかりで進むはずがない。
桃子さんも全てを肯定的に扱ってしまうわけにはいかないとは思ってますよね?」
「そうですね、私から見てもこの変化は何かの前兆ではないかとも思っています」
「前兆、か。桃子さんの予想はあながち間違っていないのかもしれない」
「来人さんには何の予兆に見えますか?」
「今の僕には答えられない」
手掛かりが少ないのもあるが、どうにも的を絞れていないのだ。
肝心なところで靄が掛かっているような感じではなく、思い当たる節が多くて纏まらない。
点となる出来事は沢山見ているはずだが、線に出来ていない……
(巫女さんの記憶の件も、そんな感じなのだろうな)
ふと思ったのは、そんな事だった。
それならば、巫女さんの記憶が上手く繋がらない理由も納得できる。
繋がるような何かが思い当たらなければ、結局記憶として引き出せない。
ただ、そこで間違った情報を与えて繋げてしまうと永遠に正しい記憶には辿り着けない。
それと似ていると考えたならば……
「僕が、何かを指して予兆だと言えば、それが予兆になってしまうかもしれない。
正しいか、間違っているかに限らずね」
「そうだと思います。ですが、私はまず何らかの始まりを通り過ぎたのだと思っています」
「次の段階に至る為の必要な変化だったと、そういう事なのかな?」
「はい、恐らくその先には家族となった私達にしか挑めない領域のようなものがある、と思うのです」
巫女さんの考えが正しいかどうかはともかく、この出来事が何かの始まりでしかないのは僕も感じ取っている。
しかしそれは何かの予兆、という話でも無い所に本質があるわけで……
「結局のところ、家族になった所からどう動いていくのか。
今はただこの現状を楽しむ事しか無いだろうと思っているよ」
「はい、私もそう思います」
「一つだけ忠告。あまり気負い過ぎるなよ?」
「あ、ありがとうございます……」
何というか、少し珍しい反応を見る事が出来たような気がする。
僕の言葉で思いっきり照れる巫女さんなんて今までで全くと言っていい程見た事が無いような気がするのだ。
それに、僕は僕で巫女さんを気遣うような言葉を自然と掛けていた。
家族になったから起きた変化なのかどうかは判らないが、こんなところにも心持の違いによる影響が染み渡っているようだ。
「詰まるところ、二人だけでは解決できない何かがこの先に待っているという事なのだろう」
「三人で居る事が、紛れもない答えなのではないでしょうか?」
「それならば、僕もまた鍵の一部だという事になるな」
旅人として一歩退いた位置で居続けたら決して訪れる事の無かった状況。
お互いがお互いを必要とした世界が作り出された結果、どのような道を辿る事になるのだろうか。
もしこれが誰かの策略だったとしても、僕は咎める事はしないだろう。
僕は今、この状況をそれなりに楽しいと思っている。
訂正しよう、一人で居ようと思っていた時よりも何倍も楽しいと感じている。
だからこそ、少しばかり気になる事が出てくる。
未だに僕は巫女さんと里遠ちゃんの"正体"が掴めていないのだ。
僕から見れば、似た者同士の仲良し姉妹の延長戦から家族になった二人の存在。
元を辿っていくと、一体どんな人間なのか、何処から来た誰なのか。
(これを聞き出していく事は、それなりに野暮な事かもしれないが……)
旅人、の一点だけで片付けられてしまう僕からすれば、とても気になる事ではあった。
「桃子さんと里遠ちゃんは、僕が来る前はどんな存在か……」
「昔の私ならば多少は覚えていたかもしれませんが、今はもう思い出せない事ばかりです。
少しくらいは自身の正体に関して思い出せている事はありますが……」
「まあ、謎多き方が女は美しくなる、とも言いますからね」
「それも、来人さんの知識、ですか?」
「多分そうだろうね。割と考えることなく口先から出てきたよ」
まあ、本当に謎なのは僕自身なのかもしれないのだけど……
話を脱線させるのは好ましくないだろう。
「僕からすれば、それを無理に解き明かす必要は無いが……」
「きっと何か、思い出せない原因が何処かに眠っている、とでも言いたいのですね」
皆まで言う前に答えないで欲しかったが、つまりはそういう事である。
「解く為の鍵が何処かにあるのは、まず間違いないだろうね」
「はい、私もそう思います」
きっとその鍵を持っているのは……
今ここに出てきていない少女、であろう。
「だとすれば里遠ちゃんの正体を掴んだ方が楽になりそうですね」
「考えてみれば、私ともかなり深い繋がりがありそうですもの……」
「元の繋がりに関しては、桃子さんと里遠ちゃんの間にしかない以上、
そこから類推するしか方法は無いので、かなり難しい事になると思います」
「私の記憶の件も含めて、起点となる何かが必要ですね……」
つまりはそういう事なのだ。
何か記憶を繋げる為の起点が無ければ恐らく次の答えには辿り着けない。
「どこを切り取れば、手掛かりになるのやら……」
「そうですね……」
暫し二人で悩んでいると、巫女さんが何かを思い付いたらしく口を開いた。
「来人さんがここに来た時の私は、一体どんな状態でしたか?」
思い当たる中で一番大きな起点、そこに有ったじゃないか。
記憶にない事だとは言っているが、僕からすればそれこそが最大の謎と鍵。
「僕の記憶も多少は曖昧ですが、割と特徴的な所は覚えているんです。
二人の関係なんかは特に印象深かったので覚えています」
それでは巫女さんにその事実をしっかりと伝えよう。
「里遠ちゃんと桃子さんの関係は、傍から見ても結構悪いと感じ取れるくらいの状態でした。
そんな状況がそれなりに長く続いていた事は覚えていますか?」
「いいえ、今の私には殆ど思い出せないのです。
ですから、思い出させていただけませんか」
不自然さはない。本当に巫女さんは忘れていると思っていいのだろう。
「あくまで、傍から見ていた僕の感想という事を前提に置いてくださいね。
二人して気持ちをすれ違わせ続けていたような、そんな状態だったんです。
当然のことながら、互いの呼び方に関してもそれが強く出ていて……」
「呼び方については既に先日の話で教えていただきましたが、
すれ違っていたとはどういうことでしょうか。
一体私と里遠ちゃんの間で何が……」
「残念ながら、僕はその理由については殆ど聞いていなかったんです。
僕自身が旅人として一歩引いた所から関わっていたのもありますが、
二人からしても僕が部外者であるという意識が強くて……」
「今のような信頼は無かった、ということなのですね」
「そういうことです」
なので、二人の仲を取り持ったとか仲裁役をしていたという自覚もあまり無い。
確かに僕が居た意味はあったかもしれないが、それでも僕から働きかけたのではなく、
割と自然な成り行きで問題は片付いていたような気がする。
(だからこそ、妙な認識の狂いのような物が有る様に感じるんだよなぁ……)
「とにかく、あの時は互いが互いを寄せ付けないような雰囲気がありました。
どちらかが遠慮した結果なのか、それとも踏み込みすぎた結果なのか……」
「険悪だったのですね」
「程々に、ですね」
今だから言える事だが、それ故に僕は深入りをするのも躊躇った所はあった。
見ず知らずの他人がその間に入ってできる事は、話を聞くことくらいしか無い。
(色々と引っ掛かる事はあるとしても、だ……)
「何となくですが、僕が来た頃の二人は……
この神社の巫女と、そこに遊びに来ている少女のような間柄にしか見えなかったんです」
「そう、だったんですか?」
「会話の内容だけなら、家族だと紹介されても信じなかったかもしれないですね」
「そこまで、ですか……」
「一時的に預かっている子供等々、割と遠い関係にしか見えませんでした」
なお、当然のことながらあの頃の方が……
「それで、その時の方が巫女らしさはあった、と言いたいのですね」
「まあ確かに、否定はできませんね」
そう言い切ると、僕は巫女さんに睨まれてしまったのだった。
言い切った自分も悪かったけども、事実だから仕方ないだろう。
「来人さんから見てその時の私達がそんな関係に見えていたのならば、
私と里遠ちゃんは元々全く関係が無い相手同士だったのでしょうか」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
「寂しい話ですね」
「まあ、確かにそうだけども……
里遠ちゃんに聞いても答えてはくれないから、あくまで全部想像の範疇だけどね」
「それでも、知ってしまうと気になる事ばかりです」
まあ、巫女さんが一番気になっているのは先程も言っていた巫女らしさの事だろう。
ここから面白い線から核心に迫れると考えていたが、
結局記憶が曖昧すぎて辿るのが無理な可能性が高い事については十分に理解できた。
「あの、来人さん……」
「どうしました?」
「その時の私は恐らく、巫女らしく働いていたのだと思います。
それをほぼ完全に忘れてしまっている今が異常なのでしょうか?」
「それは、答え辛いな……」
「私がそれを認めてしまったら、巫女失格になってしまいますね。
巻き込まれている事に気付かず、異常に対する対処が疎かになってますから」
「確かにそういう事にはなるね」
「なので、私としては認めたくはありません」
「なるほど」
それが、巫女さんの考えだ。
それに対して僕が何かを言うべきではない、とは思うが……
「そうである以上、認めないなりに現状を考えなければならないのです。
異常ではないのならば、私の記憶が無くなっている理由が必要になります」
「どうして、そんな事を思うのかな?」
いや、一応言いたい事は何となく理解できてはいる、しかし、しかし……
「それと巫女らしさとは、どういう……」
「巫女らしさを失った理由も含めて、考えてみたのです。
巻き込まれているのは私も一緒、そう思った時に何かが繋がったような気がしたのです」
「ほう……」
確かにそうだ。
変化の影響を受けているのは僕と二人の間には留まっていないはずだから、
当然巫女さんから見て変化している何かがあるのは間違いないのだろう。
(その変化を辿りたくても、大元は曖昧な記憶の中だろう……)
「来人さんが旅人から家族になったように、私は巫女から家族になったのでしょう。
それなら、私に起きた変化はそれだけだったのでしょうか?」
「色々と考えられる事はある」
「ですから、考えてみたのです」
それが仮定だったとしても、十分に意味のある事だろう。
「実際に私が何時からここに居るのかは判りません。
私一人だけの時間も、覚えている範囲では存在していないのです。
記憶にないだけで、私と里遠ちゃんは二人で永い時間を生きていても不思議ではありません」
「なるほど、それなら二人の関係は……」
「巫女としての私が、ここで遊んでいる里遠ちゃんの面倒を見ているのです。
その記憶だけは、間違いなく私の中にあるのです」
「なるほど、記憶はある、と……」
恐らく何処か記憶が繋がってきているのだろう。
話し方は仮定ではあるが、恐らく巫女さんの中ではある程度確証があると見ている。
「極論かもしれませんが、里遠ちゃんこそ外から来た誰かかもしれませんね」
「そうなると、里遠ちゃんは巫女の桃子さんと出逢って居ついた可能性がある……」
「それならば、私が巫女らしく働いていた事を忘れてしまっていても不思議ではありません。
巫女らしさを引き換えに、家族への道筋を付けたのですから」
確かにその通りだが、それならば……
「懐かれて、一緒に住む中で考えの違いか何かで仲違いした。
その状態が続いたから僕が調停に呼ばれたとか、そんな可能性もあるのか」
「確かに、そんな可能性もあるかもしれませんね。
何となくですが、里遠ちゃんの願い事は良く叶っている気がしますので……」
「つまり、里遠ちゃんの願いで桃子さんや僕が動かされてきた可能性は無いとも言えないね」
「そうですね、これだけ上手く繋がると驚きを隠せません」
「本当にその通りだ……」
あまりにも上手く繋がりすぎて逆に疑いすら持ちたくなるくらいの仮定、だけども……
「私は色々な事を忘れているのは間違いないのですが、
不思議と里遠ちゃんとの関係について深く考えようとすると、
目の前が一気に開けていくような感じになるのです」
「つまり、桃子さんにとっての鍵は、そこか……」
僕からすれば羨ましい限りだ。巫女さんは確実に全てが見えてきている。
「これは想像のお話になりますが、
もしかすると、私もまた孤独をずっと抱えていた存在で……」
「里遠ちゃんとの出逢いもまた、必然だった……」
「きっとそうなのでしょう。
不思議ですが、何故かこれだけは自信を持って正しいと感じてしまうのです」
どういう経緯で出逢ったのか……
どうやらそれを追うのは僕ではなく巫女さんに任せた方が良さそうだ。
だから、二人の共通点を巫女さんに教える事にする。
「なら、それをもっと確証に近付けられるかもしれない事を教えます。
今の状態に変化していく前から薄っすらと思っていた事です」
「来人さんがずっと感じ取っていて、私達が気付いていない事、ですね」
逆に、僕はそれを知っていたから二人が赤の他人より近しい関係に思えた。
「きっとこれは思い出せない何かに繋がっています。
里遠ちゃんと桃子さんは似ているんですよ、全体的な雰囲気とかが近いだけではなく……
根本的に相似しているからこそ、二人にはきっと何か強い繋がりがあるんです」
「姿見を見ていれば気付ける事、ですか?」
「そうですが、あまりにも当たり前になりすぎて逆に忘れていることになっているのでしょう。
尤も、こういうのは意見の相違に繋がり喧嘩の元にもなる事なのですけどね……」
その部分を個人的に気にしているのなら特に、口論の原因になる。
「教えてください……
私と里遠ちゃんは、一体何が似ているのですか?」
巫女さんが僕に近付き、真剣な目で見つめてくる。
それほどまでにこの事実が欲しいのだろう。
だから、その肩を右手で掴んで、応える。
「目元、ですよ」
「目元……
え、そんな事ですか?」
「そうです、しかしとても重要な事です。
性格とか言動が似ているならば後天的に似通っていく物かもしれませんが、
容姿の割と特徴的な部分でほんのりと重なる部分があるのは、何か特別な物があると考えてしまう」
「偶然……」
「可能性としては無いとは言えませんが、それだけではないんです。
近付いてみると良く判りますが、恐らく髪質もかなり似通っている、かと」
「そんなに似ていますか?」
はっきり言おう。最初期の二人を見て姉妹でも疑念を抱かなかった程度には、似ている。
「姉妹や親子と自己紹介すれば多分最初の僕は信じたでしょう。
赤の他人同士だったとしても、ね」
「そこまで、似ていたのですね……」
「家族になった今ならば似ている事が嬉しく感じられるとは思いますけどね」
「確かにそうですね。
私と里遠ちゃんの間には深い深い繋がりがある事になりますから……」
「まあ、僕としては絆を深めるための共通事項を探していて、
偶然その可能性に至っただけなんだけどね……」
巫女さんの話の中で出てきていた手掛かりを頭の中で整理したら、
偶然繋がって出てきたこれこそが、一つの手掛かりだと思ったのだ。
「私がこの神社の巫女として……
里遠ちゃんと出逢って一緒に暮らすまでの間にも核心に迫れる出来事を通過してきていたのですね」
「そうだね、だけど思い出せない限りは何も変わらないのさ。
だからその線から攻めていくのが有効、とだけしか今は言えない」
「手掛かりとなる物が何も無い、これが一番の問題なのだと思います。
一つでも何か、私の過去に繋がる物があれば良いのですが……」
「僕の曖昧になっている記憶と同じだ。だけど桃子さんの方には解決出来る見込みがある。
見込みがある方を確実に解決できなければ、
見込みの薄い、この場所に来るまでの僕のことに辿り着くのは難しいだろう……」
「諦めないでください……」
「だけど現実は、甘くは無いわけだ」
外を向いて、少しだけ遠くを見てみようとする。
絶対に埋まらない何かが僕と二人の間にはあると思っていたが、
口にしてみるとそれは意外と単純な事だった。
でもそれは手繰る為の糸を見つけたに過ぎない。
本当に探さねばならないのはここから辿るべき道筋。
「静かな寝息をたてて眠っている里遠ちゃんの姿を見ていると、
そんな小難しい事なんて全部忘れそうなんですけどね」
「来人さんもそう思いますか?
私も、そう思ってしまうのですけど……」
「まあ、それはそれで仕方ないかもしれないね。
それだけこうして流れている時間の中に幸せの空気が入っていて、
僕達は間違いなく暖かい家庭の中へと引き摺り込まれているのだから」
「何か、不満な事でもありますか?」
「あ、気付いてしまったか……」
あえて断定していなかったのを、気付かれたらしい。
あまり隠しているわけにもいかなかったのだが……
「平穏すぎると、見えるべきものが見えなくなる気がする。
風は吹いているのに、それを感じ取れなくなる日が来る。
それが怖いと思わないかい?」
「風が感じられなくなる……
危機感が失われてしまう事を指しているのですね」
「その通り。平和だからこそ、頭の片隅にでも危機感を置かないといけない。
桃子さんの姿を見ていると、それが見えなくなっている気がする」
「そこまで私は浮かれていましたか?
私からすれば、来人さんも浮かれていたとは思っていますが……」
「否定はしないさ、でも気を緩めていたのは桃子さんだ。
嵐の前の静けさのように、不思議なくらい何も無い状況もまた、不気味だとは思わないか?」
「私には何も感じ取れません。
気配が無ければ、悟る事も難しいと思っています」
「杞憂であったとしても、危険を察知しているなら対処はしないといけないんだがな……」
どうもまだ、巫女さんは当事者意識が薄い。
この部分から改善しないと不味いとは思うが、思い通りにはならない事も僕は良く知っている。
「来人さん、改めてお願いしても宜しいでしょうか?」
「はい?」
「えっと……」
僕を見つめながら、巫女さんは必死に語ろうとしている。
でも、何故か上手く続きが出てきていないみたいだ。
覚悟を決めているのに、最後の一押しが出来ていないかのように。
「もし、もしもですよ……」
「はい」
「何か、何か本当に大変な事が起きてしまった時は……」
「その時は?」
「私と里遠ちゃんを、護ってくれませんか?」
「それは、当然の事です」
当然の事なのに。
それを改めて問い直す事に意味があるのか。
ある、と思った。
だからそっと、肩に手を置いた。
任された、という意味を籠めて……
きっとそれは来る。
だからこそ、僕は再度気を引き締めようと決意した。
一日の終わりに空を見上げて、僕は……
ほんの少しだけ、考えすぎて明日の早起きが難しくなりそうかなと、思ったのだった。




