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神ノ社  作者: 空橋 駆
7章 在るべき形を求めて
34/36

34話 呼び名の解

日常における変化は基本、何気なく発した言葉から起きているのだろう。

例え些細な失言であっても、総じて何らかの影響を与えるものだ。


ならば、僕の周りで起きているこの変化は一体どう説明すれば良いのか。

始まりについて心当たりがあるからこそ、戸惑いを隠せなかった。



朝起きて顔を洗おうとした、そこから今までとの違いに気付く。


「あれ、桃子さん?」

「むーっ……」


むすっとした顔で、巫女さんは僕の事を睨んでくる。


「恋人同士になったのですから、

 呼び捨てにしてして欲しいと思うのはわがままでしょうか?」

「いや、ちょっと……

 それは、もう少しだけ待ってもらえませんかね」


勿論問題なんてないが、照れてしまって呼べそうにないので避けているだけだが、

よく考えてみれば我ながら情けないものである。


「冗談には、して欲しくないです」

「解ってるさ、解ってるからこそ……

 もう少し僕の中で覚悟が決まるまで待ってくれ」

「待ってますからね」


巫女さんはそう言うと、溢れんほどの期待の眼差しとこの上なく上出来な笑顔を向けてくれた。


(頑張って呼べるようにしないといけないな)


改めて思う、ここまで変わってしまって良いのかと。


少なくとも、少なくともだ。

自分はまだこの状況を飲み込み切れず踏ん切りが付けてない。

もはや一気に進みすぎて置いて行かれる寸前になっている。

僕の適応力云々の問題よりも、これは間違いなく……


(桃子さん、言論の端々に浮かれてるのが見えるんだよなぁ……)


こういう時こそ細心の注意を払わねばならないと思うのだが、

結局元凶が注意したところで逆効果になるだけだろう。


(こんな一面もあったんだなぁ……)


いつも冷静な面を見せ続けているのが巫女さんだと思っていたからこそ、この変化は喜ばしい。

それは認めるが、願わくばその変化が悪い方にも向かわない事が心配だった。



そう、思っていた。

巫女さんが此方に向けて大急ぎで走って来るまでは……


「そんなに慌ててどうしました?」

「来人さん、急いで来て!」

「とりあえず落ち着こう、まずは状況から」


走り出すのはそれからでも遅くは無い。


「いつもなら起きてくる時間なのに、里遠ちゃんが起きてこないんです」

「ふむ、確かにそうだ」


そういえば、いつも僕が顔を洗う頃に里遠ちゃんは起きて、元気に僕に挨拶をくれるのが日課になっていた。

それを、他事に時間を取られた結果気付けなかった。


「どうしましょうか?」


巫女さんが心配そうにしているがお互い多少は見当が付いているのだろう。

僕らの間に何らかの大きな変化が起きた時は大概、里遠ちゃんに異変が生じている。

今回もまた、何らかの大きな異変が生じていると思うが、問題はその変化がどんな形で訪れていようか……


(最悪の事態で無い事を祈る)


立ち話をしていても始まらない。

僕と巫女さんは顔を見合わせ、決意を込めてお互いに首を縦に振った。


「まずは部屋に行ってみて、後の事は後で考える!」

「はい!」


了解が得られたところで、そのまま急いで里遠ちゃんの部屋に向かったのだった。



部屋に入って最初に気付いたのは巫女さんの方だった。


「あら?

 これは、珍しいかもしれません……」

「確かに」


僕も気付いた。これは滅多に見る事の出来ない光景だ。

思わず僕と巫女さんは顔を見合わせ、険しい顔を柔和な笑顔に変えていった。


「寝てるだけだな」

「来人さんを呼ぶ前に自分で確認するべきでした」


反省する巫女さん、これはこれで珍しかった。

確かに、これならば自分で起こしに行けば解決だ。

そう思い揃って安堵した直後、何かに気付いて顔を見合わせた。


「来人さん?」

「桃子さんも、気付きましたか」


それこそがいつもと違う出来事だ、と。

何かが確実に変わっているからこそ、里遠ちゃんが寝坊するなんて事になっている。


「寝顔はいつもとても安らかなのですが、今は少し寝苦しそうです」

「僕からすると、心地よく眠っているように見えますが?」

「普段を良く知らない来人さんにはそう見えるのですね」


確かに、そう言われてしまうと反論は出来ない。


「もしかすると、少し体調を崩していたのかもしれません」

「僕達には何も言ってくれなかったが……」

「いえ、私達が関われた問題ではないでしょう」


どうやら、巫女さんには何らかの理由が思い浮かんでいるのだろう。

ただ、僕達でどうにもならない問題とは何かを巫女さんは直ぐに答えてはくれなかった。


「桃子さん、その続きは……」

「信じられない話になってしまうかもしれません」

「いや、それでも教えて欲しい」


巫女さんにとっても、不確定要素が多い話なのだろう。

僕の説得の言葉に頷いた後、その理由を話し始めてくれた。


「里遠ちゃんは、私達が形だけでも結ばれた瞬間を何らかの形で感じ取っていたのかもしれません」

「なるほど、信じられるかどうかは別だとしても理屈は通っていると思うよ」

「そう、なりますよね……」


確かにそれならば、仮定の話が多すぎて意味のない会話になりかねない。

何が起きても不思議ではないとはお互い考えていても、起きている事について納得できるとは限らない。


「確証が無くてもそれが一番馴染む答えだとは思う」

「来人さんもそう思いますか」

「ああ」


そう、断定はできないが間違いだとも到底思えない。


「これが大きな問題にならなければ、良いんだが……」


僕がそう呟いて里遠ちゃんの方を見る。


「ん……」


その時、里遠ちゃんが目を覚ました。


「おはよう、里遠ちゃん」

「おはようございます、里遠ちゃん」


僕と巫女さんが、順番に里遠ちゃんに朝の挨拶をした。

それを聞いた里遠ちゃんは巫女さんの方を見て……


「おかあ……さん?」

「……えっ?」

「おかあさん、だよね?」


僕達の前に、大いなる現実を突きつけたのだった。



里遠ちゃんの発した一言。

全部が、全部が一気に崩れ去ったのを僕は感じた。

恐らく巫女さんも同様の事を思ったのだろう。


僕と巫女さんは互いに顔を見合わせて、何も言えなかった。

あまりにも衝撃的な出来事すぎて、頭の処理が追い付いていなかった。


「桃子さん……」

「来人、さん」


お互いの名前を呼ぶが、その後に言葉が継げない。

里遠ちゃんは不思議そうに僕達の顔を見続けている。


例えそれが刹那の出来事だったとしても、

僕と巫女さんはそれが悠久の空白にすら感じていたかもしれない。

言葉が出ない。ただ、それだけだった。


「桃子さん、多分……

 あなたの事、ですよ」


震えながら、僕は言葉を紡いでいた。


「え、は、はい」

「むーっ……」


巫女さんもまた、震えながら里遠ちゃんに返事している。

それを聞いた里遠ちゃんの顔は不機嫌になった。


「えがお、どこ?」

「笑顔、かぁ……」


思わず僕が苦笑いすると、

それを見ていたであろう巫女さんは何かを決意したみたいだった。


「おかあさん」

「はい、里遠ちゃん」


母、と呼ぶ声に笑顔で巫女さんは返事をした。

そうすると、里遠ちゃんはたちまち笑顔になった。


「えへへ……

 ちゃんとえがお、かえしてくれたぁ~」


その笑顔は、今まであまり見る事の出来なかった物だった。

子供に返っているかのような印象なんて、初めてかもしれない。


「おとうさん!」

「僕の、事かな?」

「うんっ!」


思わぬ言葉を受けて、僕は首を傾げてしまった。

恐る恐る聞いてみたら、里遠ちゃんは笑顔ですぐに返事をしていた。


(全て、変わってしまったのだな……)


あまりにも、あまりにも……

それはほんの一瞬であり、それはとてつもなく強烈な変化、だった。


予想はしていた。

予感もしていた。

覚悟もしていたはずだった。

危惧していて、巫女さんに注意喚起すらしていた。


だけど、人は。

どれだけ予想して身構えても、耐えられない時があるんだ。


近いうちに来る、大きな変化の終点。


再び桃子さんの顔を見る。

その顔にはもう、驚きはない。

それが答えだった。


里遠ちゃんも含めて、お互いがそう呼びたかったのだ。

心の奥底でずっと燻っていたそれが、今ここに引き摺りだされたのだった。


「この流れ、僕は予見してなかったとは言えない」

「気付いていらっしゃったのですね、私と里遠ちゃんの本当の願い。

 特に里遠ちゃんは私だけではなく……」

「大丈夫です、それ以上は……」


誰が見たって判る事ではあるだろう。子供が本当に欲っしているのは、居場所。

それも、自分が安心して生きていられる環境だ。


親と云う存在に護られながら生きていける場所。

母親だけでなく、父親を求めるのもまた当然の事だ。


「家族、特に父親が欲しいという願いは、随分前から遠回しに感づいていたよ。

 外から来た旅人として生きていた僕に良く懐いていた事から始まっていたんだ。

 辿っていけば、いずれ全部がここに行きつく事もね」


だからこそ僕はそれを意図的に避けていたところがあった。


「流されたまま溶けあってしまったら、何も知る事も無く当たり前だけがそこに積みあがるだろう。

 謎だらけのこの状況に対して、何も謎に思えなくなってしまったらそれが一番困る」

「来人さんはそれを心配していたのですね」

「ああ、一歩引いた目線を保ち続けないといけなかったんだ」


もう、その前提は全部崩れ去ってしまいそうだけど。

それでも、それでも。


「桃子さんも、自分を支えてくれる誰かを欲していたんでしょう?」

「恥ずかしながら……」

「恥じる事は無いよ。

 こんな世界に二人だけ、なんて事になれば誰かの温もりだって欲しくもなるさ」


それに僕もまた、どうしてこの場所に居るのかという意味を自分に問い続けてきたんだ。

答えはきっと、結果的に巻き込まれたのが自分だったということ。

巫女さんが必要以上に気に病む事は無い。


きっと、この世界に取り込まれないようにと必死に抵抗していたら今は無い。


一番近い場所に居て、既に取り込まれている巫女さんの目線。

そこまで近付いてみなければ、絶対に見えてこない物が沢山あったのだ。


「うにゅぅ~

 くすぐったいよぉ」

「ふふっ、もっとくっついてもいいんですよ、里遠ちゃん」


巫女さんが座って、里遠ちゃんを甘やかしていた。


もはやそこには姉妹の面影など無い。

見えているのは、紛れもなく何処にでもいそうな、じゃれ合っているだけの親子の掛け合い。

今までのような僅かに距離のあった関係とは、違う。


そして今更ながら気が付いたことなのだが、里遠ちゃんにはどことなく巫女さんの面影がある。

それが、尚の事二人が親子であることを想起させているのだ。


この姿を見てようやく、収まるべき場所に収まったのだと僕は思った。


「おとうさんも~」

「来人さんもこちらに来て、私の手を握って欲しいな」

「仕方ないね」

「ふふっ……

 そう言いながら、嫌そうな顔はしてませんよ?」


そっけなく返したつもりなのに、微笑が止まらない。

何故だろうか。


呼び名か。

呼び名が変わってしまうだけでこれだけ変わるのか。


(惹き込まれてはいけない、というわけでもないのだが……)


二人の手を握った瞬間、僕もまたその輪の一員に入り込んで抜け出せなくなった事に気付く。

ここには今、里遠ちゃんを中心とした家族という集まりが寸分の狂いなく組みあがっていた。

常に一歩離れた場所から居たはずの僕も、一部になった。


(里遠ちゃんが呼び名を変えてしまっただけで……)


たったそれだけの事で、全部が大きく変わってしまった。

僅かながらの変化でしかなかった物が、ここまで大きく変わってしまうのか。


「呼び捨てだけは厳しいな。まだ、慣れる事ができそうにない」

「頑張って慣れてください。期待していますから!」


巫女さんに満面の笑みで言われてしまうと、応えたくなってしまうのは何故だろう。

先程まで持ち得なかった、今まで無かった妙な感情が僕の中に沸々と湧き続けている。


照れる、という感情を表に出すなんて今までの自分には無かったはずだ。

安らいでいるのに落ち着けないのだ。

この甘く優しい空間に慣れていなくて、それでいて居心地が悪いとは思わないのだ。

微妙に靄が掛かっていくかのように、自分もまたこの中の一員として……


溶けあう前に、失われる前に。


「呼び名を変えただけでは家族にはなれないだろう?

 家族には、時間という軸も必要になるのだから」


僅かばかりの楔を、打つ。


「私はもう、この時点で既に家族になっていると思います」


それを巫女さんが、ただの一言で弾き出す。

真実には勝てないのだ。


「一つの家族がここに成立した。それは、認めないといけないな」


これまで過ごして積み重ねてきた時間がどれほどかは定かではない。

僕が思う限りではきっと短い期間だと思っているが、それでも確実に僕達は時間を共にして生きてきた。


(未完成でも、不完全でも、家族がそこにあるんだ)


だから、僕は受け入れなければならない。

先程から延々と僕にくっついて離れようとしない、

巫女さんのその行動についても、全部、全部……


(……まだ、だ)


諦めてはいけない。


「僕にくっついて離れようとしないのは別の話だろう?」


とりあえず、まだ流されるわけにはいかない。

節度は持とう、それが肝要だ。


「里遠ちゃんが居るから恥ずかしがっているのですか?」

「ふうふはいっしょがいちばんだよ?」

「二人に責め立てられると退けそうにもないな……」


訂正する。これは明らかに異常事態だ。

流されるとかそういう状況をもう越えて、僕は引き摺り込まれようとしている。


(助けてくれ、誰でもいい。だが、誰も居ないんだよなぁ……)


思わず心の中で助けを呼びつつ愚痴を吐いてみるが、退路は最初から無いのだ。


このままだと完全にこの二人の勢いに圧されてしまう。

恋愛とか愛情とか家族とか恋とか、そういう物をよく解っていない自分からすれば、

この状況はそう簡単に対処できるものではない。


親子という絆に生まれ変わった結果、二人の結束力は遥かに大きく跳ね上がっている。

どうすればいい。


(どうにかできる気がしない。どうにかできたら苦労しない!)


思わず自分を見失いかけて、だけど何とか踏ん張りを利かせて。

足掻いてみせようと、僕は決意する。


そうすると、次第に頭が冴えてくる。

ほのぼのとした空気に支配されている現状を締める事も、今ならできそうだ。


「さて、満足しましたか?」

「みにゅぅ?」

「どうしたのですか、来人さん」


先程までの緩い空気が、一気に変わった。


「少しばかり真剣なお話をしましょう、桃子さん。

 絆の確かめ合いは、後で幾らでも時間を取ればいい」

「解りました」


巫女さんは少々不満そうな顔を見せはしたが、僕が割と真剣である事に気付いて態度を改めてくれた。


「そもそもこの変化は誰かが望んだ結果なのでしょう。

 しかし、僕がこの関係を望むのは考えにくいとするならば……」

「私も心の奥底で望んでいたかもしれませんが、

 ここまで一度に変わってしまうとは思いませんでした」


これが共通の認識である。


「なになに~?」


互いに視線を合わせた先は、里遠ちゃん。


「先日、里遠ちゃんが私達の関係の変化を望んでいる事を直接聞いたのです」

「そう考えれば、僕達は恋人同士だった期間が僅かのまま一気にここまで……」


そう、まるで最初から既定路線だったかのように。


「それでも、私が抱いた恋心は本物と信じています。

 来人さんは信じられませんか?」

「いや、僕が気にしているのは別の事」

「それならば、一体何を……」


巫女さんも気付いている事には違いない。

家族になった、その部分に重きを置いているからあえて考えていないのだ。


「中心に居るのは何時も里遠ちゃん。

 その仮定が、その通りの過程を踏んで、こんな形の家庭を作り出したんですよ」

「仮定が、過程で、家庭……」


里遠ちゃんとの話の中で漏らした言葉が、その通りになってしまった。


「里遠ちゃんのせいにしては……」

「だからそういうのではなく、

 重要なのは同じようなことが今までにも繰り返されてきたのではないか、です」

「あ……」


それを聞いて巫女さんは何かに気付いたようだった。


「来人さんは、思い当たる事があるのですね」

「ああ、喉元まで出てきているよ……」


僕がそう言うと、巫女さんは少しばかり考えた後……


「呼び名、ですか?」

「そうだね」


思い返してみて欲しい。呼び名の変化で起きた、よく似た事象。

記憶としては薄れていて完全には思い出せないが……


「最初は、兄弟のような関係だったんだ、僕達は。

 発端となる出来事を覚えていますか、桃子さんは」

「いえ、思い出せません。

 ですが、何か不自然なことがあったのは……」

「きっと、なにかあったよね?」


里遠ちゃんも首を傾げている。

間違いなくその時、何かがあったのだ。


「旅人、姉妹、不仲……

 そうだ、里遠ちゃんが僕を兄と呼んだ時も、発端は里遠ちゃんだった」

「そうでしたか?」

「考えてもみてください、それまで桃子さんは何と呼ばれていましたか?」

「覚えていません、鮮明に思い出せないのです」


その反応も大体予想通りだ、だからこそ確かめているのだ。

巫女さんの記憶力の弱さについても、手の届く範囲で知りたいのだ。


「ならば僕の覚えている範囲で答えましょう。

 里遠ちゃんと桃子さんは僕の事を旅人と呼んでいたよ」

「ええ、それは……」

「そうだよぉ~」


ここでの里遠ちゃんの相槌は有難い。

来てから早々に決まった愛称だから印象として強く残っていたのだろう。


「そして、里遠ちゃんは桃子さんを呼び捨てにしていた。

 姉と呼んで慕い始めたのはもう少し後だ」

「昔は不仲でしたものね、思い出しました」

「いまは、なかよしだよ?」

「そうだな。

 だけど、その呼び方が変わったのは里遠ちゃんが発端だった」


頷く巫女さん、里遠ちゃんも目を閉じている。


「そもそも、僕が今こうして桃子さんを巫女さんと呼ばなくなった理由も……」

「関係ありましたか、それは?」

「関係あるもなにも、これは完全に二人の仕掛けた悪戯が原因ですよ!」

「そういえば……」

「そうでしたぁ……」


こくり、と二人揃って頷いていた。


「悪戯を最初に持ちかけてきたのは里遠ちゃんですから、中心に居るのは……」

「だから僕は、それが今後の流れに必要になると思っている」


変化は事実として認めていこう。

きっとその先に、求める何かがある気がする。


「詰まるところ、僕達は互いに対する呼び方を変化させる事で関係を変化させた。

 それも大体は里遠ちゃんが発端で、だ」

「本当に、謎ばかりですね」

「誰かが意図的に作っていたとしても、ここには結局人が居ない。

 黒幕や容疑者と呼べそうなのは、全員だね」


だからこそ、背後に流れる何かが全くといっていいほど繋がらない。


「何処かの小説に出てくる探偵の真似事みたい」

「桃子さんはそんな妙な事も知っているのですか」

「ええ、出所ははっきりとしない知識ですが、お役に立ちそうですか?」

「さあ、どうかな?」

「かな~?」


一緒になって言葉を発してくれる里遠ちゃんの可愛さが、段々と癖になって来る。

癒される感覚に浸れるのは、どうしてなのだろうか。

この問いかけにも、巫女さんはその知識で答えを出してくれるのだろうか。


(関係ない、な……)


雑念として、僕はその問いかけを頭の隅に追いやる。

そうしていると、里遠ちゃんが僕の腕に抱きついてきた。


「おとうさん……」

「なんだい、里遠ちゃん?」

「いっしょに、そらをみたいの」


もちろん僕は、それを断るつもりはない。


「構わないよ、今から行くのかい?」

「ううん、おかあさんもいっしょで、よるのそらをいっしょにみたい」


そこまで聞き終わる直前にふと思い出した。

そんな約束を、過去の僕はしていたんだなと。


そして部屋の外に出て今の空を確認する。


(部屋に来た時は朝だったはずだが、何時の間に……)


どうやら思っていた以上に時間を使っていたらしい。

気が付くともう昼の時間みたいだ。


「夜空の鑑賞の件、桃子さんもどうですか?」

「一緒に行きましょう」

「わーいっ!」


喜びの気持ちが抑えられずに、巫女さんに飛びつく里遠ちゃん。

本当に、本当に以前では考えられない事が起きている。


だけど僕はまだ、この変化を素直に受け入れられていない。

どれだけ割り切ろうとしても、どこか心の奥に引っ掛かり続けていたからだった。



それからの一日は、ずっと考え事ばかりになっていた。


巫女さんが聞いたら杞憂と言われてしまいそうな事。

里遠ちゃんが聞いたら、大丈夫で済ませてしまいそうな事。


(どれだけ考えても、繋がりが見えてこない……)


そして、その全てを覆されたような現状を、嘆く。

思考を繰り返していけば、あっという間に一日が当たり前のように過ぎていく。


そう、当たり前。

外に出て空を見に行くのも、僕にとっては当たり前。

風を感じ取ろうとするのも、僕にとっては当たり前。

考えて結論や決断するのも、僕にとっては当たり前。


(当たり前って、何だ……)


些細な疑問が僕の耳元を掠めていく。

そこにあるのは変容した現実だというのに、どちらが本当の当たり前なのか。

僕には判らないが、変化した後の現実がこれからの当たり前になる確証はあった。



外に出るのは、気晴らしの意味合いもあった。

気が付けば、外は暗くなっていた。


晩飯を食べた事も記憶にはあるが、二人曰くその時も考え事に勤しんでいたという。


「ずっと考え込んでいますが、どうしました?」

「ああ……」


巫女さんの話を、聞き流すような感じで聞いていた。

それが気に入らなかったのか、巫女さんは僕の手を強く掴み……


「空がとても綺麗ですよ、来人さん」


訝しげな顔でそう言ったのだった。


「そうだな、空は変わずに綺麗なままだな。

 色々なことが有りすぎて見る余裕すら無くしていたよ」

「だよね、おとうさんおつかれさまなの」

「そうですね、里遠ちゃん」

「あ、あはは、ありがとう」


まあ、労ってくれたのだから礼は言わないとね。

それに、考えすぎるのも良くないか。


「それなら、空をもう少し見上げてみて……

 どれがどの星かを里遠ちゃんは知っているかな?」

「よくわからないの」

「私もあまり詳しくはありません」


なるほど、それならば詳しく説明しても意味がない。

神話とか星座について名前から教えてみてもいいかもしれない。


「それなら、この機会にちょっと説明してみよう」


僕のちょっとした天体講義が始まったのだった。


二人はそれを真剣に聞き入り、僕は僕で楽しい時間を過ごす事が出来た。


その中で出てきた話で、僕は気になる事が幾つかあった。

特にその中でも一番気になっていたのは、今の季節が何時頃になるのか微妙に見当が付かない事。

僕が覚えている範囲で解説したくとも、時期や季節を捉える事が出来なかったのだ。


「綺麗な空を眺めていると時の流れはあっという間だと感じる。

 空の星々も、止まっているように見えるけど実際には動いているんだ」

「そうなの?」

「長い時間を掛けて、ゆっくりとね。

 何度も何度も見れば、そこに流れがあると気付けるんだよ」

「おとうさんは、わかるの?」

「少しだけ学んだ事があったからね」


多分、これは旅人としての知識の延長線上にあるものだろう。

趣味の話としてだけではない部類の知識も話そうと思えば話せてしまいそうだ。

そこまでの説明を出してしまわないように気を付けつつ、僕は話を続けた。


「こんな感じで、どうかな?」

「はい、色々な事を聞かせていただき、ありがとうございました。

 本当に知らない事ばかりで、とても新鮮でした」

「一応言っときますが、多少曖昧な記憶なので間違っていたらごめんね」

「それでもたのしかった~」


まあ、それで良いのだ。少なくとも知る事を楽しめたなら万事問題なしなのだ。


だからこそ、その隙間に入って来る妙な風が気になって仕方ない。


(必要ならば、鳥居に近付いててでも……)


確証を得たいと思う心は、別の思惑によって押し止められる。


(家族に成れたのに、直ぐに居なくなるような行動は自重しなければな……)


空白を詰めるだけの何かがまだこの神社の何処かに転がっている気がするのだ。


変化を嫌って外に逃げるくらいなら、別にもう少し様子を見てもいい。

それに、無茶な行動は無用な心配に繋がる。それは避けたかった。



部屋に戻って寝る準備をしようとした。

家族になった事を記念して一緒に寝る、なんてことにはならなかった。

一番絆が深まったであろう巫女さんと里遠ちゃんは一緒に寝ているかもしれないが、そんなことは些事である。


あまりにも大きく物事が移り変わってしまったので、巫女さんも困惑している。

だから、それを一気に進めかねない状況を作るのは避けようという事で意見が一致したのだった。


それに、あの二人の間に挟まれて一緒に寝るなんて事をするには抵抗が……


(元々そういうのに慣れていなかったのだろうな、外からくる前の僕自身がね)


それならば、のんびりと慣れていけばいい。

己を見失わずに慣れていく事ができれば、自ずと欲する答えは向こうからやってくると思う。


(だからこそ、今は……)


そこまで考えたところで、大きな欠伸をしてしまった。


色々ありすぎてとても疲れていたのだろう。

更に何かを考えようと思った時にはもう、意識が落ちていた。

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