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神ノ社  作者: 空橋 駆
7章 在るべき形を求めて
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33話 星空の下に結い上げる

どこまでが偶然で、どこからが必然か。

何が正しくて、何が問題で、どうすれば良いのか。


旅人という立場であり続けられていたならば、考えずとも良かった事達が今になって迫って来る。


(この約束は、守らないといけないからな……)


里遠ちゃんと今後について話したのだから、既に退路なんて無い。

部外者として逃げようとした報いを受けるべき時が来たのだ。


星空の下、僕はその時を待つことにする。


いつも殆ど当てにしていない旅人の直感めいたものが、今この瞬間だけ特段過敏にでもなっているのだろうか。

先程から耳の奥で吹いていないはずの風の音が鳴り響く。

きっと、これは巫女さんがこの場所に出向いてくれるという暗示なのかもしれない。


柄でも無いが、今回ばかりはその直感に近い何かをを信じて運命を委ねてみようと思う。

星空の下で、いずれこの道は交差するはずだ。

そうなるように、ずっと前から決まっていたのかもしれない。



その時は、思いもよらず早くやってきた。

僕の待ち人もまた、何らかの奇妙な感覚に導かれてここに来たのかもしれない。


「桃子さん、こんな時間に出歩くなんて珍しいですね」

「来人さんこそ、こんな時間まで星を見ているなんて……」


巫女さんの二の句は紡がれなかった。

絶妙に奇妙で微妙な距離感が、僕と巫女さんの間に形作られて広がってゆく。


「様子を見に来た……

 と、いうわけでもなさそうですね」

「私も、時々空を見てみたくなるのです」

「ほう……」


巫女さんのその言葉に、?偽りが無い事を祈る。

きっと、その本心はとても遠い場所にあるのだろうから。


「それならば、このまま黙って空を見ているのも悪くない」

「意地悪なことを言わないでください」


何というか、少しばかり新鮮な反応だった。

尤も、僕自身が随分と意地悪なことを言っているのは否定しないが……


「先日の件も含めて、私も色々と考えがまとまらないところがあるのです」

「お互い、そういう状況なのだな」

「来人さんもですか?」

「ああ……」


巫女さんはほんのりと笑顔を見せてくれている。

その優しさが少しだけ僕の心に沁みた。


「それに、来人さんが一緒に居る時は、

 漠然とした不安を感じなくて済みますから……」

「一緒に居たいと思ってくれているのならば、光栄です」


少しだけ、ここから逃げたくなるのは何故だろうか。

旅人の性ではない部分で、こんなに逃げたくなるのは……

この些細な動揺が、巫女さんに伝わっていないことを祈るばかりだ。


「実は、これも里遠ちゃんの勧めなのですよ?」

「ほう……」


だとすれば、かなりの策士ではなかろうか。

僕と巫女さんの間に存在する微妙な間を着実に縮めてみせているのだから。


「一緒に居れば大丈夫、とでも言われたのでしょう。

 僕もまた、それらしい事を里遠ちゃんに指摘されてしまいましたよ」

「そうでしたか」


巫女さんは話し始めた時よりも明らかに嬉しそうな表情を浮かべて僕を見てくる。

見ていれば見ているほど、距離が縮まっているのを実感できる。


「桃子さん、それでも……

 迫り来る不安を跳ね除ける力なんて大層な物、僕は持っていませんよ。

 それでも僕と一緒に居る事で恐怖が和らぎますか?」

「はい、誰かが隣に居るだけでこんなに変わってしまうとは思いませんでした。

 里遠ちゃんとは違い、来人さんだと特に安心できるのです」

「なるほどね」


思わず僕は、巫女さんの方を向いていた。

きっと巫女さんの顔は、ほんのりと紅く染まっているだろう。


先程の巫女さんの言葉が心の奥底で響き続けている。

僕は、この言葉を知識だけではないもっと別の領域にあるものだと知る事ができた。


それと同時に、僅かに憂いを纏ってしまった月光が、

目の前にある全てをはっきりと映し出してくれない事を心の底で少しだけ恨めしく思った。


「来人さん……

 私は、もっと色々なものを欲しても良いのでしょうか?」

「欲する、とは?」

「形式上だけかもしれませんが、こんな状況でも一応私は巫女の端くれですし、

 里遠ちゃんの保護者のような立場なのです。

 なので、あまり色々な物を欲せる立場ではないと考えていたのです」

「なる、ほど……」


思わず僕は言葉に詰まってしまった。

巫女としての使命について、僕にかどうにも考えが及ばない部分があったと知った。


「欲せば欲すほど、反対に不安が増えてしまいそうなのです。

 私は、私はどうすればいいのでしょうか。

 不安にさせてしまうような所を見せないようにしていたのに……」

「発端の一部に、僕が居る事も含まれるでしょう。

 僕がここに来たことで生じてしまった不安、それは確実に大きな歪みに繋がっているはずですから」

「来人さんは……」


巫女さんが僕に何かを聞こうとしているのに伝わってこない。

迷いが、巫女さんの言葉を止めているのだろう。


「桃子さん、一つ聞かせてください。

 乗り掛かった舟、という言葉を知っていますか?」

「はい」

「今の僕は、その言葉を気軽な気持ちで使えないところに来てしまった。

 桃子さんは、どうですか?」

「私は、最初から乗っている側ですよね」

「確かにその通りだ。

 だからこそ、桃子さんが何を望んでいるのかを知りたい」

「私は、私は……」


巫女さんは、気付いているのだろうか。

不安を気にして十分に欲せない事も自らの不調の遠因になりそうではないかということに。


「思う通りに、感じる通りに望みを口にする事が悪いとは思いません、

 無理矢理押さえつけているから、思わぬところに悪い影響が出てきてしまう」

「そんな、ことは……」


小声で反論する巫女さんを見て、僕はようやく確信を得てきた。

きっと、旅人である僕が逃げようとしていた方向と真逆に逃げようとしているのが、今の巫女さんだ。


「無いとは、言い切れないでしょう?」

「来人さんは、どこまで私の事を知っているのですか……」

「いいや、何も知らないよ」


巫女さんが怪訝な表情をしているが、そんなことは関係ない。

事実をただ、淡々と突きつけた。


「知らずとも、一緒に居れば何となく解っていくこともある。

 少なくとも今回はそういう事だと思っていてください」

「見透かしているのではなく、私がそんな姿を見せていると言いたいのですね?」

「そういう事です」


何となく、そんな感じがした程度の事だとしても構わない。

気のせいならば気のせいでそれで良いのだ。


「だからこそ、今は話し合いが必要だ」


僕は改めて巫女さんと正対する。

ここからは、僕のすべきことを為さねばならない。

巫女さんが一歩でも先に進めるように、道標を見せなければ。


「里遠ちゃんとの話の中で出てきた話題を要約する形になりますが、率直に聞かせてください。

 桃子さんはこの場所で何を求めていますか?」

「私がこの場所で求めているもの、ですか?」

「そうです」


巫女さんの事なので、きっと平穏とか日常とかそういう事を言うのだろうか。


「答えたいのに、言葉になりません。

 わがままかも知れませんが、ごめんなさい」

「本当に我侭ですね。ですが……」


恐らく軽々しく触れてはならない事なのだろう。

しかし、それを知らなければ先には進めない。


「何というか、今日は桃子さんの今までとはまた違った一面を垣間見た気がしますよ」

「来人さんが気付かなかっただけではないでしょうか?」

「それならば、桃子さんが上手く隠し通していたというわけですね。

 全体的な不調を窺わせる程度で収めていた時点で、普通に考えれば十分すぎる」


だけど、既に覆い隠していた物が剥がれ落ちていた。

先日桃子さんの手を握った時に、その兆候を深く感じ取ってしまった。

今も継続して、相当な無理をしている気がしてならない。


「真実から遠ざかる事しかできずに、

 無駄な徒労を挟んで変化を認めないのは、全てを投げ棄てているのに等しいだろう」

「厳しい、言葉ですね……」

「だからこそ、僕は知らなければならない。

 巫女としての桃子さんではなく、里遠ちゃんの保護者としての桃子さんでもない。

 今ここで僕の目の前にいる桃子さんが、この先何をしたいのかを教えてください」

「私がしたいこと、ですか」

「ありませんか?」

「そんな事を、考える機会がありませんでした。

 私は一体今まで何をしていたのでしょうか?」


そんな問い、答えは明確だろう。


「巫女として、愚直に頑張っていた」

「そうですが、私はその時に……」


以前から自分で言っていたはずだ。最初から巫女としてここに居たと。

使命として、義務として、やらなければならない事は沢山あると思う。

その中で巫女さんは、自分の望みを持つことはできていない。


自問自答しながら悩み続ける巫女さんは、暫く声を発さなかった。

これは、これまでの流れからすれば予想できた。


巫女さんは、望みを持つところから始めなければならない。

そうでなければ、一歩でも前に歩みださなければ話にならないのだ。


「里遠ちゃんや来人さんは、答えを知っているのでしょうか?」


ようやく発してくれた彼女の問いかけは、僕達にそれを聞くこと。

僕や里遠ちゃんと比べると遠い答えだが、今は仕方ないだろう。


「答えは各々が持つものですが、

 里遠ちゃんはこの先何をしたいのかという願いを僕に教えてくれました」

「来人さんは……」

「僕は、まあ……

 漠然としていてよく見えているわけではありませんが、

 里遠ちゃんと桃子さんの願いを可能な限り叶える為に頑張りたいということで」

「そうなんですね」


漠然としているとはいえ、この場所に隠れている数多の謎を突き詰める等の願いが巡り巡って二人の為になると思っている。

旅人ある事を取り除いたとしても、そこには二人が求めてくれている来人という存在が際立って現れるのだ。

だから今は心置きなく前に進める。


対して、巫女である事、保護者である事を除いた時の巫女さんは……


(もしかすると、この瞬間に至るまで何も持っていなかったのかもしれないな)


あまり考えたくない事だが、それが一番的確に状況を示していると感じた。

そして、その場合巫女さんは……


「私はきっと、この先に進むことを怖いと感じているのかもしれません」

「なるほど」


巫女さんの言葉にはある程度共感できる所がある。

それは、否定してはならないだろう。


「来人さんは、どうですか?」

「似たようなものさ。

 今この時でさえ、旅人であった事に固執したくなるのだから」


旅人として居続ける事を望んで現状から目を背けるのも、巫女という立場を守り変化を拒むのも、

結局はその先に進むのが怖いと感じているからこそ。


「私たちは、似た者同士ですね」

「ああ、里遠ちゃんが言っていた事が十二分すぎるほどに理解できた気がするよ」

「里遠ちゃんにもそう言われましたか?」

「似た者同士、とね」


僕がそう言い切ると、少しだけ二人の間に沈黙が訪れた。

それが、何というか、とても心地よく感じた。


「折角の似た者同士ですし、もう少し近付いてみてもいいですか?」

「どうぞ」


巫女さんの照れながらの要求に、どんな理屈なのかと押し止める事も出来なかった。

雰囲気に飲まれた、そういうことだ。


「ありがとうございます」


巫女さんが僕の横、少し離れた場所に並び立ってくれた。

今まで、こんなことは無かっただろう。


(どうせなら、折角と言ってくれたのだから……)


手を、繋いでみたい。

その手に触れて、温もりを確かめてみたい。

そう思ったのは、自然な事だろうか。


もし、叶うのなら。

もしも、拒絶されないのなら。

そんな思いがゆっくりと形になってゆく。


(落ち着け、落ち着くんだ、全く……)


僕は、ゆっくりと……

巫女さんのその小さな手を包むように握っていく。


巫女さんは、一切抵抗しなかった。

それどころか、僕の方へとより近付いてくる。


「手をつなぐだけで、良いのですか?

 もう少しだけ、もう少しだけ近づいてみてもいいですよ」

「それは、どういう……」

「ここからは、来人さんが考えてください」


考えてみてくれと言われても、その答えは……


「それなら、密着でもしてみるかな?」

「えっ……」


可能な限り近付いてみて……

拒否されなかったらそのまま……


そっと手を後ろに回して、僕は……


「ふあああああっ!?!?」


巫女さんをそっと抱き寄せた。


「ごめん、な」

「みぅぅぅぅっ……」


悶えている巫女さんがとても可愛らしい。

だけど、こうして抱き寄せてみると……


(ああ、強く触れたら壊れてしまいそうだ……)


一人の護るべき女性として彼女を見たならば、

そこには本質的にはか弱いままの……


「ずっと、怖かったんだろう?」

「はい……」


ようやく、この時がやってきた。

僕の中で辿り着かないようにと逃げ続けていた結論に辿り着いてしまった。

心のどこかでは、この瞬間を待ち望んでいたのだろう。


僕はここまではっきりと見えているものから、ずっと目を背けていた。

見えていなかったのではなくて、見ようとしていなかったのだ。


「桃子さんの不調は、あらゆる意味で不安定さが増しているこの状況と密接に関係あるんだろうね」

「来人、さん……」


目に涙を浮かべながら、涙声で巫女さんは僕の名前を呼ぶ。

それだけで、僕の予想は正しいのだと確証が持てる。

故に僕が取るべき選択肢はもう、僅かしか残されていない。


「本当は僕に、この不安定な局面に立ち向かう為に支えて欲しかったのだろう?」


巫女さんは黙って頷いた。


護るべき存在、里遠ちゃんが居る中で、

弱さを覆い隠せば隠すほど、日を追うごとに不安定になる現実が確実に彼女を蝕んでいた。

それは僕が作り出してしまった、無かったはずの隙間。


(どうして、こんなに……)


今こうして、抱きしめる。

胸を貸す程度ではなく、しっかりと抱きとめた瞬間。


(華奢だと思っていたけど、ここまで……)


想像以上にか細いその体と……

これまで僕が殆ど感じた事のなかった暖かさと柔らかさを、感じた。


「僕は、愚か者だ。

 あの時に、寸での所で助けて貰ったというのに、何も返してこなかった」

「過去に助けていただいた時の、恩返しです」

「それでも、僕の為に、命を掛けてくれたというのに……」


巫女さんが陰ながら僕を見張っているのは知っていた。

再び僕が鳥居の向こう側へと吸い込まれてしまわないか心配だったのだろう。


そして、好奇心に負けて僕が鳥居に近付いたあの時も、その時も。

巡り巡って里遠ちゃんへの悪影響になる事を恐れて、己を顧みずに僕を助けてくれていたのだ。

だから、僕は……


「心配してくれて、助けてくれてありがとう」


己が持ち得る最高級の笑顔というやつを、巫女さんの前でやってみるのだった。


「あっ……」


僕に抱きしめられてより一層赤くなっていた顔が、更に赤みをさしてゆく。

本当に、見れば見るほど可愛らしい。


そして、暴れることなく照れたまま笑顔を浮かべてくれているのも、尚の事可愛いのである。


「可愛いなぁ……」

「えへへ……」

「その笑顔、護らせてください、ずっと……」

「はい、喜んで」


何気なく自然に口にしていた言葉を、巫女さんは笑顔で承諾してくれていた。


いつからこんな気持ちになっていたのだろうか。

最初から、本当はずっと心の底に眠っていたのだろうか。


湧いてくる感情はきっと、今まで感じた事のないような感情ではない。

形にしていなかっただけで、ずっと前から心を満たし続けていたのだろう。

そして、言葉として溢れた瞬間、旅人としての僕ではなく、一人の男としての僕が確立されてゆく。


(彼女を護りたい。その為には……)


その答えは、一つしかないだろう。


「そして、里遠ちゃんを一緒に護らせてください」

「はい、是非ともよろしくお願いいたします」


もう、迷いはない。

巫女さんもまた、何かを掴めたのだろう。


ここに居るのは、里遠ちゃんの姉という立場で接してきた巫女ではない。

この先に求められてゆくのは、一人の女性としての姿。


もっと具体的に示すなら、母親のような存在。

姉という存在よりももっと身近で親密で切れない関係。

それが、僕の脳裏に浮かんだこの二人が行き着くべき先。


そして、僕が覚悟を決めて目指さなければならないのは……


(父親、だな)


少女の兄という役割ではなく、父親としての関係だろう。


赤の他人の関係から、兄弟姉妹の関係へ。

そして、今度は家族へと変化してゆく。


成り行き上だったのかもしれない。

それでも、僕は家族へと変化してゆくこの関係を引っ張っていかねばならないのだ。


「来人さん……

 幻想だったはずの風景が、この場所に現れた気がします」

「昔、そんな会話を僕としていた気がするよ」

「覚えていたのですね。

 私も本当に何となくですが、覚えていました」


それはきっと、随分と前に互いが垣間見た幻想。


巫女さんは、里遠ちゃんの母親のような姿。

僕は、里遠ちゃんの父親のような姿。


「本当にそこへと近付いているのですね」

「僕も驚きですよ、全く」


言われるまで、ちゃんと気付けなかったのは内緒だ。

だけど、言われて納得できるほどには思い出していた。

ほんのりと、記憶の片隅に残り続けていたのだろう。



しかし、その反面で気になる事もあった。

今は、寧ろ気にしなくても良いのかもしれないが……


「この全てを偶然にするのは、少しばかり恐ろしいと思いませんか?」


巫女さんは僕の疑問を形にしてしまった。

そうなってしまったら、その先に進まねばならない。


「僕としては、何らかの意図に沿って向かわされている気がしないでもない。

 全部気のせいだとするには、引っ掛かる点が多すぎる」

「それは、来人さんの予感のようなものでしょうか?」

「予感というよりも、そこに妙な流れのようなものがあるのは前々から感じ取っていました」

「私も、同じです……」

「だけど、それがどこかで収束しているという考えは無かった。

 そういうものだと考えたなら、自ずと疑問に思わなくなる事ばかりだった」


そうだ。

それもこれも、全部……


「全部、里遠ちゃんの事があったからだ。

 あれから、流れのようなものがあると気付くことができた」


暴論かもしれないが、里遠ちゃんがあらゆる意味での発端かもしれない。

無論、それをここで巫女さんに伝えはしないが……


「里遠ちゃんも、関係者なのですね」

「仕方ないでしょう、

 ここに居るのが三人限りなら、常に無関係であろうとする方が難しい」

「言い切らないのですね」

「ええ、まあ……」


少々言葉を濁す。

実のところ、例外はあるのだ。


「当然例外もある」

「例えば、どんなことですか?」

「意地悪しないでくださいよ。

 桃子さんと里遠ちゃんの会話に割り入る勇気はありません」

「それもそうですね。

 女同士の会話ですもの、来人さんの話題以外は無関係にならざるを得ませんね」

「そういうことです」


ある種、それが増えてくれている事が嬉しくもある。

仲違いせずに親交を深め、親子のような関係にまで近づいた二人。

変化は、僕の知らない場所でも続いているのだ。


だけど、それだけではいけない。

僕の方からも何らかの働きかけをしていかなければ、取り残されかねない。


だからこそ、僕は巫女さんに聞かねばならないのだ。


「そういえば、里遠ちゃんと話していた時に気になったことなのですが、

 桃子さんは過去の事をある程度思い出せるのですか?」

「結論だけ言わせていただきますと、ほんの少しだけ、ですね」

「少しだけ、ですか」

「特に印象深く残っている一部の事柄だけならば、思い出せます」

「その割には、あまり話してくれませんね」


これは前々から思っていた当然のような疑問なのだが、今ならば巫女さんも答えてくれるだろう。


「確かに覚えてはいるはずなのですが、その一つ一つが上手く繋がらないのです」

「上手く繋がらない?」


繋がらないとは、どういう事だろうか。


「知識として色々な事を知っていたとしても、

 一部しか解らなければ使いどころがありません」

「ふむ。確かにその通りだが……」


もう少し具体的に言って欲しい。解り難いにも程がある。


「例えば、外の世界に出たことがあったとしても理由が思い出せません。

 ここを出てから戻るまでの詳細を一切覚えていないのです」

「なるほど、肝心の中身が無いとは……」


これは重症かもしれない。

それでは何の役にも立たないのだから。


「堅く纏まっていそうで、その実は定まりきらずに曖昧で中途半端。

 それがここを護る巫女さんの本当の姿、ですか」

「そうです。

 本当ならば重要なことを記憶としてもっと沢山知っているはずなのに、欠落ばかりで上手く伝えられません」

「欠落だらけ……」


それは、つまり……


「私の記憶は、最初から今に至るまで曖昧なのです。

 来人さんがこの場所に来る前の記憶は、特に欠落が激しくて……

 恐らく巫女である事以外の記憶は奥底に眠ってしまっているのでしょう」

「状況については薄々予感はしていましたが、

 厄介だと思いながらも全てを探ってみたくもなりますね……」

「来人さんなら大歓迎です。

 私の奥底に眠っている、途切れ途切れの世界を組み合わせていけば、

 きっと求める答えへと繋がっていけると思うのです」

「希望はある、という事かな」

「そうです」


お互いがお互いを考えて、もっとも身近になれる距離で真剣に話し合う。

それが、この月下にて求められていた事。


この空は、やはり冬の空に近いのだろう。

星空は綺麗で、月は淡い憂いを抱えながら輝いていた。

そういう時は、少し感傷に浸りたくもなるものだが……


「これで、来人さんが何者かなんて、もう関係ありませんよね?」

「さあ、どうだろうね?」


その件に関しては、ちょっと待ってほしい。


「え、気にしていたのですか?」

「まあ、僕が何者かという事はそこまで気にはしていないよ。

 まだまだ謎として解かれてはいないけど、いずれは解いてその全貌を明らかにしてやりたいね」

「何も見つけられないかもしれませんよ?」

「それでも僕は考えてみたいのさ」


そこにはまだ、大切な何かが眠っている気がするから。


「綺麗だけど謎だらけの空は美しい。

 そんな空をもう少しだけ見てから、戻ろうか」


巫女さんに少しだけ誘いをかけてみる。

しかし、巫女さんは僕の元から少し離れて……


「星空を眺め続けるのは結構ですが、

 あまり遅くまで起きていてはいけませんよ」


優しく微笑みながら、母親が子供を諭すような言い方で、僕に言った。


(母親、だな……)


あまりにも似合っていた。

思わず僕が呆気にとられてしまったのも仕方のないくらいに。


「あ、あと……

 一緒に居たいのは山々ですが、里遠ちゃんが独りで寂しいと思いますので、

 部屋に戻った後はしっかりと慰めてあげたいと思います」


巫女さんは僕の反応で何を思ったのかを察したらしく、

照れているのを誤魔化すかのように少し早口になっていた。


「そうしてくれると、助かる」


悟られたのを感じて、思わず焦ってそう答えるのが精いっぱいだった。

結局、僕達のこの状況が続いて、迷惑を被ったのは里遠ちゃんなのだから。


「ところで、どうして……

 私を、抱きしめてくれたのですか?

 先日までは、親密になるのを避けていましたよね」

「里遠ちゃんだよ。

 気付かせてくれたのは、他でもない……」

「やっぱり、そうだったのですね」


少しだけ不機嫌な感じで、答える巫女さん。

その後に続く言葉が何かと、僕は一瞬だけ身構える。


「里遠ちゃんが独りになって寂しくならないかと、

 以前からずっと来人さんは心配していましたよね?」

「困ったことに、その理由を目の前で粉々に粉砕されてきたわけです」

「あら、そうだったのですか」


この場所に来る前にしていた話を思い出す。


先述した通り、里遠ちゃんからは気付いていない僕が悪いと言われていた事も含めて、

早くくっ付けと前々から言葉や態度で示され続けていたのである。


それならば、後は態度で示すしか無かろう。


「こうなったら桃子さんの好意を受け取らないわけにはいかないでしょう?

 拒否する理由なんて無いのに、逃げられるとは思ってませんよ、僕は」

「ふふっ……

 とうとう折れてしまったわけですね、私の愛に」

「その包み込むような愛に、降参です」


恋を意識していたわけではない。

成り行きでそうなっただけだろうと思っていたが、巫女さんの深い愛情に救われ続けていたのである。


そして、その柔らかい笑顔に。

その美しい心と、その可愛らしい姿に惹かれ、そして抜け出せなくなった。


きっとそれは、巫女さんも同じなのだろう。

そしてその気持ちは、僕よりもとてつもなく大きかったのだろう。


「次は、家族になっていくのですか?」

「僕としては、それを望みたいところです」

「私も同じ気持ちです」


だから僕達は、恋人なんて浅い関係ではないところを目指す。


とうとう、ここまで……

僕達の関係は、変化してしまったのだ。

そしてそれは、恐らくこの程度では終わらない。


大きな始まりの予感は、目前にまで迫ってきていたのだった。

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