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神ノ社  作者: 空橋 駆
7章 在るべき形を求めて
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32話 仮定から家庭に到る過程

巫女さんとの長話が契機となったのかは判らないが、

延々と続いていた妙な胸騒ぎが収まり、再び遅く起きる事が増えた。


お蔭様で、巫女さんからのお小言と里遠ちゃんの呆れ顔をまた拝む事になった。


(こんな変化は、要らないのだがな……)


いずれ丸く収まり、僕が必要なくなる……

そんな甘い状況に近付いてるわけではなさそうだ。


今はもう、とにかくあちらを立てればこちらが立たず。

右に左に東奔西走。心の底から落ち着いた記憶も遠くなっている。

一難去ってまた一難なんて冗談をこぼす余裕があった頃が懐かしい。


発端は、あれだけ深い話をしてしまった後から、

巫女さんと僕の間に妙な照れ臭さが入り、

お互いを視界に入れないようにし始めていたからなのだろうか。


(微妙に先読みされて避けられているから、対策できない……)


動揺しているときとそうでない時の差が判らないので何ともいえないが、

稀に僕から話しかけると顔を真っ赤にして挙動不審になり、時折逃げてしまう。


なお悪いことに里遠ちゃんしか相談相手が居ないのだから、

相談を持ちかけようと悩んだ時点で瞬く間に筒抜けになる事か。


(八方塞りだな、どうにもならない……)


そうこうしている間に、間に挟まれて忘れかけられていた里遠ちゃんが、

目立たぬところで巫女さんと話し合っている姿を見かけたり……

以前よりも積極的に行動していたりする姿を見かけるようになった。


ますます、近付き辛い状況に僕は追い込まれてゆく。

今まで経験したことの無い状況や光景や拝む機会が増えてしまい、

僕は安心感と焦燥感を同時に受けて板挟みになった。


そしてある時、歪みは顕著になって現れた。


「このままだと、だめだよっ!」

「そんな事、里遠ちゃんに言われなくても判っていますからっ!」

「わかってないのっ!」


廊下を歩いていると、突然間近の部屋から口論のような物が聞こえてきた。

内容は良く判らないが、どちらも声を荒らげている。


今までの二人には無かった事なので驚きはしたが、

仲裁のために部屋に入ると相対して睨み合う二人がそこにいた。


「声を荒らげて、どうかしましたか?」

「えっ……」

「来人さん、いつからそこに……」


無言で相対していた二人の顔が、刹那のうちに凍り付いていたように見えた。

僕が居た事で一気に冷静になったらしい。


「少しばかり用事があって通りかかっただけです。

 何があったのかと驚きました」

「そうですか」


怒りがまだ燻っているのか、巫女さんの返事は若干刺々しく聞こえた。


「一応、これは来人さんには関係の無いお話です。

 私と里遠ちゃんがお互いに話し合うべき内容で……」

「だから、またね」

「はぁ……」


珍しく、里遠ちゃんまで僕に対して刺々しさをぶつけて来た。

優しさの欠片が全く無い巫女さんも、同様に珍しい。


「それならば、もう少し穏便にお願いします。

 僕に知られたくないと思っている事ならば尚更です」


部屋を出ようと背を向ける前に警告したら、無言で二人同時に頷かれた。


その後速やかに追い出される格好になってしまったので、

口論の詳細はこのまま聞けず仕舞いになってしまったが……


(いつの間にか、ここまで関係が深くなっていたのだな……)


結果は振り回されるだけ振り回された形だが、悪い事とも言い切れない。

二人が一緒になって何らかの相談を繰り返し、意見をぶつけ合っているのは進歩である。

僕がここに来る前ならば、まともな口論すらしていないだろう。

お互いが遠慮しあうことも無く、本音で話せるのは素晴らしい事なのだ。


(但し、悪乗りで結託するのは勘弁してほしい)


ふと、巫女さんを本当の名前で呼ぶ切欠を作られてしまった件を思い出す。

そして、妙な寂しさを覚える。


(取り残されたような感覚、か……)


以前ならば有り得ない考えに至った事を、僕自身が戸惑っていた。


懐古はあまりすべきではないが、

今までを思うと嬉しい反面で複雑な感情を抱いてもいたのだった。



改めて、僕が置かれている現状を考えてみる。

僕があの鳥居を潜り、神社に招かれて留まる事を選んだ瞬間から、

今に至る全てが始まっているのだとしたならば……


それまでここに流れていた、緩やかに孤独へと誘う日常。

それを叩き壊して、三人で過ごす賑やかな世界へと作り変えたのは僕だ。


すべての発端は、些細な変化から始まる。

当然の如く、常に良い結果ばかりを呼べるわけではない。

好ましくない事象や見たくも無い現実を引き寄せてくる時もある。


(そう考えると、結局……)


今日に到るまでの様々な変化には意味があり、

先に待つ重大な出来事に至る為の些細な過程でしかないと仮定しよう。

それならば、先に待つものの正体に近づけば近付くほど、

連鎖的にあらゆる関係が結び付き、ある時を境に瞬く間に解けてしまうのではなかろうか?


(しかもその鍵は、身近にある可能性も……)


僕の記憶に欠損があるのは、鍵の在り処を知っていたからだろうか。

巫女さんの記憶が曖昧なのは、そこに至る道を失いつつあるからだろうか。

全部空想だが、どこか納得している自分が居る。


考えるごとに心のつかえが取れるような気持ちになる。

理由が解らない。解らないが……


(遠からず全てが明かされて終わる日が来る……)


時間の感覚が無いので、時期で表現する事はできない。

それならば、何かが成されるか、もしくは成されない事を条件にして、

相応しい終わりがあちらからやってくるのだろう。


ならば、終わるまでの間に孤独を味わう事の無いように……

もう一度、巫女さんや里遠ちゃんが寂しさに負けないように……


(一緒に居続ける事が最善の解ならば、僕はこれからもずっと一緒に居るしかない)


今はもう、里遠ちゃんは寂しい思いをしなくて済んでいる。

だが、その裏でしなくても良かった思いを抱えているのかもしれない。

後者の件を、今の僕は心苦しく感じているのだが……


(里遠ちゃんの、本音は……)


子供の感覚、特に洞察力は時に僕達の想像を凌駕する。

絶対に侮っていてはいけない。


最近の行動を振り返ってみる。

間違いなく里遠ちゃんは巫女さんと僕の間にある微妙な隔たりを察知しており、

その上であえて積極的に巫女さんに近付いていると思うのだ。

原因が僕にあると考えているのは一緒なのだから、いずれきっと僕の所に尋ねてくるだろう。


(時には、待つのも大事だ……)


進むだけなく、辺りを見回しながら機会を窺うとしよう。



大体数日経った頃だっただろうか。

残念ながら、相変わらず巫女さんが僕の事を避け続けたままで、

待てど暮らせど里遠ちゃんもなかなか僕のところには来てくれない。


仕方ないので、巫女さんと里遠ちゃんが一緒に居ない時を狙って、

里遠ちゃんと改めて話をすることにした。


「やっと、きてくれたね」

「待っていたのか?」

「うん」


なるほど、お互い待ちの姿勢では事態が動かないわけだ。


「多分、僕が皆まで言わなくても事情は解っていると思うけど……」

「うん、わかるよ~」

「それなら、話は早いな」


内容を理解しているかどうかは別として、

その件についても巫女さんと話し合いをしていたのは、間違いなさそうだ。


「里遠ちゃんも心配だから桃子さんと話をしていたのかな?」

「うん、そうだよ。

 しんぱいなのは、いっしょだもん」


一緒とは何を指しているのだろうか。

もしかして、僕と巫女さんの事を言っているのだろうか。


「桃子さんの様子は、相変わらずかな?

 いつもの落ち着きが無くて、若干挙動不審だったけど……

 それは、時間を置けば解決できるだろうか」

「ちょっとしんぱいだけど、もうだいじょうぶかな~」

「本当に?」

「うん」


微妙に信用できないところはあるのだが、

首を縦に振る姿の可愛さに免じて疑いは横に置いておこう。


「それよりも、ほんとうにしんぱいなのは……」


里遠ちゃんが、問いかけに答えるかのように……

そっと手を伸ばし、僕の手に軽く触れた。


「僕の方が、か」

「うん」


すぐには否定できなかった。

そう言われても仕方ないと内心では思っていたのだ。


「あの……ね。

 けんかなら、なかなおり、しよ?」

「喧嘩?

 僕と桃子さんがいつ、喧嘩していると?」

「え、ちがうの?」

「いやいや、そもそもここ数日の間で桃子さんとまともに話せていない。

 思い当たる節が無いのに急に僕を避けだすから話し合いも出来ない……

 むしろ、少し前に口論していたのは里遠ちゃんと桃子さんの方だっただろう?」

「あぅ、そうだったかも」


露骨に里遠ちゃんは目を逸らした。

だけど、気になっているのはそんな事ではない。


「まあ、それはこの際関係ないので一旦横に置いておくとして、

 桃子さんから僕達が喧嘩して口も聞かない状態だと聞いたのかい?」

「えっと、そんなことはいってなかったかな」

「それなら、変な事を言わないように。

 仮定の話を根拠にして、勘違いを起こしたらいけないよ」


僕の出来る範囲で、諭すように里遠ちゃんに注意してみる。

人の振りを見て我が振りを正すかのように。

最近の自分は、どうにもそんな事が増えている。


「かんちがい?

 それなら、ふたりとも……」

「そもそも、色々と拗れて解けなくなったからすれ違いを起こしているはず」


まるで僕が最初に来た頃、里遠ちゃんと巫女さんの間に漂っていた悪い空気が……

今の僕と巫女さんの間に流れているみたいだ。


「よく、にてるの」

「煮てる?

 今日のご飯は久々の鍋物……」

「ち~が~うっ!」


つい、別の物が頭に出てきてしまい里遠ちゃんに窘められる。

どうやら、僕の集中力も切れつつあったらしい。


「ごめん。流石に今のは悪かった。

 相似という意味の方だ、冗談でも少し飛ばしすぎた」

「うみゅぅ……

 べつに、いいよ」


呆れた顔の里遠ちゃんから、更に追い討ちの溜息が流れてきたような気がした。

僕は心の底で、軽く侘びを入れていた。


「まあ、これくらいの冗談の掛け合いすら、

 今の桃子さんとはできそうにないから困るんだ」

「どうして?」

「お互い、あまり踏み込みたくない事もあるんだ。

 里遠ちゃんだって、僕に悟られたくない秘密はあるだろう?」

「うーん……」


里遠ちゃんは首を少し捻った。子供には思い当たる節も無いのだろう。

それならば、具体例を出した方が理解してくれるはずだ。


「桃子さんとの口論の理由とか……

 今ここで答えろと言われても、言えないだろう?」

「うみゅぅ……」


里遠ちゃんは噛み締めるようにゆっくりと頷いていた。


「だから、難しい。

 言えば悔いに繋がりかねないが、言わなければ伝わらない。

 そこで留まっているから埒が明かない」

「えっと……

 おんなじこと、きいたよ」

「桃子さんが言っていたのかな?」

「うん、たぶん……」


これは、呆れるべきだろうか。それとも喜ぶべきなのだろうか。

少なくとも里遠ちゃんへの接し方だけは、どこか似通っているみたいだ


「里遠ちゃんから見ると、どうだろうか?」

「どこまでもにたものどうし、だよねっ」

「あ、ああ……」


考えていた事を里遠ちゃんに言い当てられたような気分になり、

思わず僕は反論はできずに情けない返事しかできなかった。


ほんの少し、静寂が流れる。


「一緒に住んでいて、互いに意識して、会話もしているのだから、

 必然的に似てくるところもあるのだろう」

「きょうだいよりも、かぞくみたい」

「家族か、なるほど……」


確かに、その呼び方で括った方がしっくりと来るのは否めないが、

僕としてはあえて踏み込まずに避けねばいけない領域として触れずにいた。


(ここで踏み込まなければ、旅人に似た誰かと神社に住む姉妹で居られるんだ……)


僕は、家族という言葉だけしか知らない。

その先はあまりにも眩し過ぎる領域で、踏み込めそうにないと考えていた。


「だけど、そう考えるには僕達は噛み合わなさ過ぎないか?」

「そうかな……

 そうはみえないけど?」

「いつも思っているんだが、里遠ちゃんと桃子さんは最初から血の繋がりなど関係なく姉妹に見えるし、

 既に親子にも似た関係にすら見える時がある」

「えへへ……」

「だけど、僕は今でも興味本位に節介を焼くだけの旅人でしかない。

 そうであらねばと思っているし、そうでありたいと思っている」


異変の原因を持ってきたのが僕であるならば、

関わり過ぎるのもまた、問題を複雑化させるだけだろう。

傍観者ならば、旅人という傍観者ならばまだ冷静なままで……


「このまま、にげるの?」


心の中で念仏のように唱えていた言葉は、里遠ちゃんの一言で無音に変わった。


「当事者になっている僕が逃げたら、人として駄目だろう。

 関わってしまった以上は、最後まで面倒を見るのが筋というものだ」


建前ではない。

だけど、僕はその言葉を震えながら呟いていた。


この先が見えないのも、怖い。

冷静でいられなくなるのが、怖い。

流されるまま動かねばならないのも、怖い。

迷わずに二度と振り返れない方へ歩むのが、怖い。

一緒に居る事で更に悪い状況へと陥りかねないのが、怖い。


それでも、それでも。

それでも……


「里遠ちゃんは、家族とは何か知っているのか?」

「ことばしかしらないよ」

「僕も同じだ。

 他の色々な知識はしっかりと持っているのにね」

「そうなの?」

「もしかすると、ここに来る前の僕は……

 家庭や家族から疎遠な場所に居たからなのかもしれない」

「ひとりぼっちだったの?」

「記憶が無いんじゃなくて、元々殆ど知らなかった。

 もしくは、記憶に残るほど関わっていなかった……」


だから僕は、ある段階から巫女さんに役目を押し付けようとしていた。

里遠ちゃんと仲良くするように促して、旅人として見守る立場になろうとした。

巫女さんは少なくとも僕よりは感覚で理解しているだろうと思ったから。


「みんな、いっしょ」

「一緒……

 思う事も、考えている事も……」

「むずかしくないよ、きっと。

 すなおになればいいって」

「素直に……って、

 それも桃子さんが言っていたのかい?」

「ちいさなこえでつぶやいてたの」

「なるほど」


それは多分、僕と同じで……

壊れないようにと自分に言い聞かせようとしていたのだろう。


「里遠ちゃん、もしも一緒に居るだけでも十分な家族になれるのなら、僕達は……」

「それはちがうよ、きっと。

 いっしょにいるだけがかぞく、じゃないよ」

「ふむ……

 どうして、そう思う?」

「えっとね……たしか、

 やさしくてあたたかいつながり……」

「桃子さんの受け売り、か」

「うん。

 それと、しあわせなばしょだって」

「そうか、それなら……

 今の僕達は。本当に幸せになっているのだろうか」

「うにゅ?」


里遠ちゃんは首を傾げた。

なぜそこに疑問を持つのだろうかと、言いたそうに。


「僕が認めたくないだけなのかな。

 二人との明確な繋がりが、もう解けないところにまで達していると」

「なんか、とおいね」


感覚的に、そう思う。


「遠回りしているという意味なら……

 たぶん相当なもの、だろう。

 僕だけではなく、きっと桃子さんも同じだ」


お互いに、里遠ちゃんを中心にして目を背けようとしていた。

巫女さんが僕を避けていただけではない。

走って逃げる巫女さんを追いかけもしなかった僕も僕だったのだ。


「お~に~あ~い~」

「茶化さないでくれないかな、里遠ちゃん」

「みにゅう……

 みんなでなかよくなれば、しあわせになれるかな?」

「それは僕が聞きたいよ。

 里遠ちゃんは、幸せになれると思うかな?」


あ、とうとう僕はこれを直接聞いてしまったではないか。

踏み込まないようにと気をつけていたのだが……


「きっとなれるよ。だって、もう……

 ここのみんなでかぞくになれそう」

「既に変わり始めているという事か?

 どう変われば良いのか、何も考えていなかったのに」

「かんがえなくても、いいよ。

 だけどもっとかわりたいのなら……」

「変わりたいなら……」


この先を、僕は聞くべきだろうか。

里遠ちゃんの口に手を当ててしまえば、止められるだろう。

だけど、僕は……


「ふたりが、もっとなかよくなるの。

 そうすれば、もっとかぞくになれる」

「そんな簡単に上手くいく訳、無いだろう……」

「どうして?」

「色々と、お互いに事情があるんだ」


痛いところを突いてくるものだ……

巫女さんも同じような事を言われて、困惑したのだろうか。

それとも激昂したのは、これの事だったのだろうか。


「それでも、いっしょにはいれるよね。

 なんでいっしょにならないの?」

「おいおい……」


いつの間にか、僕が詰め寄られる格好になっていた。

こんなに追い詰められるなんて、予想もしていなかった。


「なんで?」

「それは僕が教えてほしい。

 僕と桃子さんが一緒になって、どうなるんだ?

 夫婦のような関係になれなんて、そんな簡単に……」

「むずかしいことばっかりいってる。

 それも、おんなじ」

「ぐぅっ……」


図星を突かれて、僕は怯んだ。

同時に、巫女さんも同じ事を言われていたのだと気付く。


「すなおになればいいのに。

 にたものどうしで、おなじこといってる」

「そういうわけにもいかなくてな……」


一緒に居ると楽しいから。一緒に居ると落ち着けるから。

互いが互いを知り、心を繋いで日常を過ごせば家族になれるのだろうか。

そして、そこに一つの家庭を作り上げられるのだろうか。


準備は、まだ足りないだろう。

だけど、見えている方向は同じ。


「同じ目的を持って、同じ方向にも向けているのならば、

 それはむしろ運命共同体と呼んだ方が良いだろう。

 血の繋がりとかそういうものではなく、家族に足りないものは……」

「あいじょう、とか?」

「愛情、か。

 あまり深く考えてはいないのだがな……」

「えへへ……

 それも、ふたりでおんなじなの」

「そうか……」


ここまで来ると、言葉はあまり必要ではないかもしれない。


「かさねると、きれいかも」

「おいおい、影絵や版画とかじゃないんだぞ?」

「えへへ……」


里遠ちゃんは、まるで誤魔化すかのように笑っている。

その光景に、その言葉に、思わず僕も笑っていた。

だけど、不思議としっくり来るのは何故だろう。


「それでも、間違っていないのかもしれないな。

 最初から一つの場所に迷い無く向かっていたのなら、

 辻褄の合う事柄も、思い当たる節も山ほどある」

「なにか、わかったの?」

「ああ……」


生きてゆくために必要な、もっとも強固で理想的な形。

旅人と姉妹の関係や、単なる兄妹の関係よりも深い関わり。

お互いを繋ぐのは、絆。


絆を繋いでいけば……

全てが通じた時に形作られるのは、家族。

そして、この神社は僕達の家庭そのものになる。


(足りないのはそれだけになるのか)


里遠ちゃんが言っている事は尤もだったのだ。


「仮定は過程を経て家庭への道筋となる。

 至る場所は判らないが、その先には必ず理由がある」

「よく、わからないよぉ……」

「全ての事には理由がある」

「それなら、わかるよ」


偶然か必然かは判らない。

意図的か、偶然を狙ったものかも判らない。

それでも、僕達の関係は間違いなくそこへと収束している。


ここに家庭が築かれたとしたら……

その先には、何が待っているのだろうか。


「一番薄いのは、桃子さんと僕の間の絆」

「うん……」

「どうすればいいのだろうか。

 現実をいきなり突きつけられても、考えが浮かばない」

「そうだよね……」


ああ……

旅人だからと、自分を疎かにした付けを払うべき時が来たのだ。


姉妹の仲を取り持ち、巫女さんには更に保護者としての考え方を与えた。

それは、里遠ちゃんと巫女さんには感謝されている。

だけどそれだけの為に僕がここに居るわけではない。


ここに居続けられているのは、まだ僕が必要になる問題があるからだ。

それを探して、見つけて、昇華していかねばならない。


(ならば、一番相談に適した相手がここに……)


先ほどから僕と巫女さんが一緒になる事を提案している、

里遠ちゃんに聞いてみるのが最善だろう。


「里遠ちゃん……

 これからする質問に、正直な気持ち、本心だけを答えてほしいんだ」

「うん……」


だから、小細工なしで聞いてみるしかない。


「里遠ちゃんは、家族が欲しかったのかい?」

「ずっと、いっしょにいてくれるひとがほしかったよ。

 ひとりは、さびしい」

「桃子さんと一緒でも、寂しかった?」

「ちょっとだけ……」


いや、違うだろう。目を伏せた瞬間僕は悟った。

目は口ほどに真実を語るのだから隠せはしない。


「それが限りなく本物に近い偽物だとしても、家族が欲しい?」

「うん」


その返事を聞いて、納得がいった。


「里遠ちゃんは、外の世界に興味はあるかい?」

「えっと……

 よく、わからない」

「ここではない、別の場所には……」

「ここがいいもん」

「うーん……

 それでは、困るんだよなぁ……」


どうやって聞いてみれば良いのだろうか。

少しだけ考えを巡らせてみる。


「暖かい場所、寒い場所。

 赤や青や緑や白が広がる世界」

「よく、わからないの」

「知らない、という事か」


里遠ちゃんは、静かに頷いた。

それならば、聞くべき事は一つ。


「知らない場所を見てみたいと思う?」

「それは、おもしろそうかも」

「興味はあるんだな。

 それなら、いずれ見に行ってみようか。

 本当にできるかどうかは、判らないけど」

「そう、だね……」


だけど、僕は旅人だった。


「きっと、この神社の外には無数の世界が広がっていて……

 そんな場所を、一つ一つ巡ってみたい。

 勿論、僕だけではなくてここに居る三人で行けたら理想だな」

「うん、きっとたのしいよ。

 きれいなのとか、うつくしいのもあるよね?」

「そうだな、きっとあるはずだ」


生憎、僕の記憶の中には絵のような存在だけが浮かぶものの、

言葉にして伝えられないので感覚を共有できず残念だと思っているのだが……


「きっと、里遠ちゃんは……

 紅葉や雪も見たことが無いのだろう?

 それならば、この世界でも見ることができるかもしれない」

「こうようと、ゆき……

 こうようは、しらない」

「なるほど、雪は見た事があるのかな?」

「きいたことは、あるけど……」

「見た事は無い、か。

 空を見上げて星空を見るのが好きな里遠ちゃんなら、

 きっとそんな自然の風景も気に入ると思うよ」


そう、あの時僕が夢と思わしき場所で見た紅葉のように。


(あれは、本当に幻だったのだろうか……)


手元に何も残っていない以上、結論は出ない。


「ねぇ……

 こうようって、なに?」

「ああ、それはね……」


言い掛けて、何かが頭の中を過ぎった。

そして、直ぐにその正体に気付いた。


「木々の葉が色付く事なんだが……

 実際に見れそうな気がするから、その時に改めて教えよう」

「え~っ……」

「何というか、実物を見れば説明は要らないから……」

「みゅぅ……」


不満そうな顔の里遠ちゃんを尻目に、

僕は寸前まで出かけていた言葉を飲み込んだ影響を抑えるのに必死だった。


(この世界の根幹を揺るがせてしまったら……)


巫女さんに相談もせずに情報を伝えてしまって良いものか。

もし何かが起きれば後々面倒になるに違いない。


「この神社に埋まっている木についても調べてみるから、

 それまで待っていて欲しい」

「うん……」


苦しい言い訳だったかもしれない。

だけど、仕方ないと里遠ちゃんは許してくれたみたいだ。


「今日までの毎日は、楽しかったかい?」

「うん」


純粋無垢な笑顔を見ていると、なんとなく心が揺さぶられる。

思いっきり甘やかしてやりたくなる。


だから……


「んっ……みゅぅ?」


僕は里遠ちゃんのおでこに手を軽く触れた後、

頭を、できるだけ優しく撫でていた。


「また一緒に空を見よう。

 今度は桃子さんも一緒に誘って……」

「そうだねっ!」


ああ、とても優しい気持ちになれる。

きっと、里遠ちゃんだけではなく僕も微笑んでいるのだろう。


ここに至るまでの世界を、在るがままに楽しんでいる里遠ちゃんが居る。

それだけで、僕は救われた気がしたのだった。

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