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神ノ社  作者: 空橋 駆
8章 種明かしは繋がりと共に
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36話 木の葉の行方

今日も今日とて、空は青く澄みきっている。

風は時折緩やかになりながら、変わらない日々を回し続けている。


ここには、いつもと変わらないままの日常がある。


木々はずっと、青々と生い茂っていた。

変化らしい変化があまり見られない事が気になっているのは、夢か現か定まらないような刹那の記憶のせいだ。


考えても仕方ないと思いながら過ごしてきた毎日の中で、

あの時ふと覚えてしまっていた違和感と似たようなものを、もう一度探していた。


その流れは、巫女さんの記憶を繋げる手掛かりにもなった。

今日に至るまで、僕と巫女さんは日常の微細な変化を辿りこの世界の謎を暴こうとしていた。



だから、その変化に気付くのが遅くなってしまった。

神社の周囲を取り囲むように植えられている木々の変化。

その過程を誰一人記憶せず、過ぎ去った物として平然と日常を続けていた事に、少しばかり遅れて今更ながら気付いたのだ。


巫女さんと僕が縁側でのんびりと外を見ていた時。

僕が、何気なく周囲の木が枯れ木になっている事を風流と呟いた事が全ての始まりになった。



「桃子さんは、どう思う?

 枯れ木を見て、何か感じる事は無いかな」

「そう、ですね……」


僕が呟いた事から、巫女さんは何かに気付いたらしい。

言いたい事が上手く纏まらないのか、なかなか言葉が出てこないのだが……

表情が次第に変わっていくのを見て、割ととんでもないことに気付いたのだと理解した。


「私達は既に大きな変化を見逃していたのかもしれません。

 本当に、本当に大きな変化を……」


そう、囁くように呟くと、外を見ながら巫女さんは大きな溜息をついたのだった。


「変化、というのは……」

「木々の変化、です。

 来人さんは気付きましたか?」

「いや……」


思い返せば、確かにそうだと思ってしまう事が幾つかある。

ただ、具体的に何がどうなのかと問われると難しい所もあるのだが……


「あまりにも自然に溶け込みすぎていて、この変化に気付く事が出来なかったとは不覚だね。

 まるで何かが邪魔をしているかのようだ」

「そうなのかもしれません」


思い当たる、とてつもなく大きな出来事が僕の中には刻みつけられている。

でも、僕はそれをこの場所で見届ける事が出来なかった。

本当に起きていたのかすらも、僕は知らなかったのだ。


「木々が葉を散らすところを誰一人見ていなかった、いや覚えていなかったとは」

「私もここ最近枯葉を掃除していなかった事を、いち早く気付くべきでした。

 巫女の仕事としても地に積もった桜の花びらや枯葉を掃除する事は日課に近いはずのに……」


巫女さんの落胆っぷりは僕よりも酷かった。

それもそうだろう、毎日とは言わずとも庭などを掃除しているのに気付けなかったのだ。


自然に落ちていく枯葉が増えぬまま、木々が青葉を色付けさせる予兆も見せる事も無いまま、

気付いた時には幾つかの木々から葉は落ち、冬支度が済んだ状態になっていた。

そしてそれを当たり前だと感じながら日常が過ぎて行くのを黙って見過ごす事になりかけていた。


まだ葉を残している木々はあるものの、恐らくこれも僕達が気付かないまま散ってしまうだろう。

その流れに、僕はほんの少しだけ恐怖を覚えた。


そして恐らくこの気付きもまた、巫女さんの記憶を取り戻す為の力になる。

だけど、僕としては、それだけでは無い妙な予兆のような物を感じ取れてしまい気が気でなくなっていた。


(夢の中で見た、あのような光景を知っているからこそ……)


全ては、夢か現かの境目で見たあの光景が頭から消えていなかったから。


(この流れが、何か大きな予兆を含んだものにしか感じられないんだ)


あれがどれほど現実に近い物かどうかも考えねばならないのは当たり前だが、今はそれは置いておく。

この神社の内と外にどれだけの繋がりが有るのかは、恐らくどれほど考えても答えに辿り着ける気がしないのだ。


(手掛かりのようなものは十二分にある、とはいえ……)


もし、この神社の外に植えられている木々と中に植えられている木々が同一の物ならば、

僕があの時確実に手にしていたはずの木葉は紅く色付いていた以上、

同様の流れで葉が色付いて散るまでの流れをこの神社の中でも同様に体感していなければおかしいのだ。


当たり前の事ではあるが、風は吹かずとも木葉は自然に地へと落ちる。

掃除などをしなければ少なくとも長い期間枯葉が木々の周りに集まるというのに、

それすらも先程見た状況からすれば一切残されていない。


木葉の行方が、解らない。

それはつまり、僕達が紅葉を知らぬまま季節を突き進んでいるのかもしれない、ということであり……

それ以前の木々の変化についても、僕達は全く気付く事も無く進んできていたのだという事になる。


「桃子さん、これまでにこんなことは有りましたか?」

「私の、思い出せる範疇の記憶では……

 あまりにも日常的な部分だったのでしょう、一切思い出す事ができませんね」

「巫女としての仕事の一環として割と当たり前のようにしている事だから仕方ないか」

「そういう事です、なので過去に同様の事が有ったとしても気にも留めていなかったでしょう。

 こんな形で季節が動いているのを当たり前と思い込んでいたのかも、私には思い出せません」

「つくづく、当たり前という概念がこの神社の中では一番警戒しなければならないものになってきてるなぁ……」

「そうですね」


思わず僕達がそう口にしてしまうほど、色々な事が記憶の中に呼び起されていた。


「ところで桃子さんは、紅葉という物を知っているかい?」

「勿論知っています」

「里遠ちゃんは、どうかな?」

「多分知らないと思います」


あっさりと巫女さんはそう返した。

少しは記憶を探る振りでもするかと思ったのに、この事に対しては即答だった。


「根拠は?」

「そうですね。

 あの娘は、春夏秋冬……

 そもそも、四季すらも理解していないと思うのです」

「なるほど」


それならば大体言っている事は正しくなるだろう。


「それはそれで、少し残念かな」

「風流は、子供にはなかなか理解できないと思いますよ?」

「確かにその通りだが、それでも何かを感じ取る事は出来ると思う」


触れて、感じ取って、見て、聞いて、嗅覚と味覚にまで訴えかけてくる全てを……

その一端を感じ取る間もないまま、ここに来ていきなり季節は変わったのだ。


「夏に葉は茂り、季節が秋になって色が変わり、枯れていき、落ちていく。

 子供でもその美しさは理解できると思うからこそ、かな。

 言葉で教えようとしても結局理解できないんだよ、こういうのは」

「そうですね。

 実際に体験しないと解らない事は一杯ありますもの。

 それに……」

「それに?」


巫女さんはその先を言い淀んでいた。


「言い辛い事、ですか?」

「そういうわけでは無いのですが、実は私も……

 紅葉を見た覚えがあまりないのです」

「その光景を鮮明に覚えているわけではない、という事ですか」

「はい」


その辺の記憶があやふやになっている、という事なのだろう。

最近になって巫女さんは、そういう事をしっかりと伝えてくれるようになった。

こういう形で改めて足りないものなどが理解できるのは、悪い事じゃない。


「なので、私が紅葉について教えるのも難しいと思うのです」

「なるほど」


僕は見た事だけは薄っすらと覚えていたとしても、何時何処で見たかまでは上手く思い出せない。

そういう意味では、どちらも似たようなものなのかもしれない。


「そもそも、あの娘に対して色々と教える事は難しいのです。

 知っていることについて、あの娘から全てを話して貰っている訳ではありませんから」

「確かに、ね」

「私達が気付いていない部分でも、あの娘はもっと知らない事が沢山あるのかもしれません」

「そうだな……」


実のところ、その辺りは前から思っていた事ではあった。

巫女さん以上に里遠ちゃんは何を知っているのかが解り難いのだ。


紅葉の件に関しては、以前知らないと教えて貰ってはいたが、

それ以外の事についてはあまり詳しく話して貰った覚えはない。


「まあ、その辺は上手く話を出来るように調整していくしかないさ。

 季節の巡りにも順序があるように、物事を教えるのにも順序がある。

 途中をすっ飛ばして教えても理解できないだろう?」

「そうですね」


全てに於いて、"解らない"だけで片付いてしまいそうな事ばかりだ。

一つ一つ、話をしていかなければならない。

擦り合わせていけば、何かを得られるかもしれないのだから。


(それでも、それでもだ……)


瞬く間に通り過ぎてしまった季節の変わり目に起きる出来事について、

その光景を共に見て、感じた事を話し合って共有出来なかったのは少しばかり寂しい、と思ってしまったのもまた事実だった。


そう、間違いなく僕達はこの場所で、自然と共に生きているのだ。

自然の雄大さの一端を垣間見る事が出来るであろう最高の瞬間、

特にその中でも僅かな時間にしか見る事が出来ない、誰もが見聞きしただけで解る瞬間に皆で立ち会えなかった。


(下手をすると、その機会すら得る事が出来なかった)


もし、もう一度それを見る機会が出来たのならば。

その時は、里遠ちゃんだけではなく、巫女さんにも見て貰いたい。


(僕一人だけがあの場所で枯れた葉を見ていた。だからこそ余計に虚しさを感じるんだよな……)


あれは長い夢の中での出来事だったのかもしれない。

だけど、ぼんやりと頭の中に残っている。


(鳥居の先を見る事が出来るなら、何かが解るかもしれない)


その先には何があるのか。

踊り場となっている場所から登ってきたことは覚えているが、その下の光景については覚えていない。


(下から風に乗って流れてきた枯れた葉は、何処から来ていたのだろうか?)


夢、だったのかもしれない。

だけど、夢ではなかったのかもしれない。


(もし機会があるのなら、確かめてみたいものだ……)


沸々と湧き上がる好奇心は、僕が元々外から来た旅人だからなのだろうか。

それとも、謎が解き明かせそうな気配を薄々勘付いているからだろうか。


「考え込んでいますが、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


巫女さんの呼ぶ声で、僕は考えるのを止めた。


「里遠ちゃんに聞いてみますか?」

「ん?」

「紅葉についての話です」

「そういえばそうだったな」


あまりにも脳内での思考に意識を回しすぎていたのか、僕はしどろもどろになりながら相槌を打っていたのだった。


「後で行くから、先に桃子さんは里遠ちゃんの所に行ってくれないか」

「何をするつもりですか?」

「少し気になった事があるから、確かめてくるのさ」


別に外に行くわけではない。だけど……


「私も付いて行っていいですか?」


何かを察していた巫女さんが一緒について来ようとしていた。


「いや、僕一人で行く事にするよ。別に遠くに行く訳でもないからね」


弁明は、した。

でも、巫女さんは納得していないようだ。


「今の来人さんをそのまま行かせるわけにはいきません。

 何か突拍子も無い事を考えているのでしょう?」


鋭い、な。

記憶の繋がりは曖昧らしいが、それでも巫女の直感という物があるのだろう。

あるいは、僕の行動がある程度解りやすかったからだろうか。


「半分当たりで、半分外れだな。

 確かに突拍子も無い事は考えていたが、それを実行するのは今じゃない事も理解しているよ」

「やはり、ですか……」


安堵して、胸を撫で下ろす巫女さん。

一応、ある程度は信じて貰えたみたいだ。


「なら、何をしようとしているのですか?」

「そう、だな……」


先程考えていた時に、思い付いた事があった。


「別の形で季節の変化が見れそうな物は無いかな、と思ったんですよ」

「別の形で、ですか?」

「秋から冬への変化は、紅葉からの落葉だけには限らないだろう?」


実は、些細な変化でも季節の変化というものは実感できる。

その好例になりそうな場所がここにはあるという事を思い出したのだ。


「裏庭、ですか?」

「そう、その通りだ」


薬草だって、季節で変化するんだ。

何らかの変化が起きていたとしても、不思議ではない。


「それなら、私が里遠ちゃんを連れて行きましょう」


巫女さんもどうやら興味を持ったのだろう。

予定変更で、丁度いい。


「なるほど、その方が良いかもしれないね。

 ここは、一緒に行った方がよさそうですか?」

「いえ、呼んでくるだけですから私が行ってきます。

 先に行って、待っていてください」

「それでは、お任せします」


そう言うと、巫女さんは里遠ちゃんの部屋へと早足で向かって行ったのだった。



さて、と。

一足先に実際に薬草が育てられている裏庭に来たのだが……


(季節の変化が判りそうなものは特に無さそうだな)


実のところ、薬草や花についての知識があまり無い事だけは自覚していた。

桜や銀杏くらいは知っているが、木々についてもそこまで詳しい知識は持ち合わせていない。


それでも植えられている草などの変化で多少は季節の変化を理解できると思っていたのだが、

改めてこの裏庭を見る植えられている物は僅かでしかなかったのだ。


(改めて考えると、草木にに疎い時点で本当に旅人として生きていたのか疑わしいな……)


旅をするなら緊急事態にも遭遇するだろう。

その際に薬草や食べられる植物などの知識はある程度持っていても不思議ではなかろう。

だけどそれを持たない自分は、本当に何者だろうか……


"旅人"は、この場所に"外から来た"からこそ呼ばれていた肩書。

僕の正体、未だに僕自身が一番判っていない。

だからこそ、不安になる。


("来人"という名前で呼ばれなくなったら、僕はどうなってしまうのだろうか……)


考える事に、解らなくなっていくのだった。



一人寂しく考え事をしながら裏庭で待っていたら、里遠ちゃんが巫女さんの早足よりも速く駆けてやってきた。


(相変わらず、子供は元気だなぁ……)


そう思ってしまうほど、恐らく僕は歳を重ねてしまっているのだろう。

実のところ、自分の年齢は今のところ全く解らないのだが妙にこの感覚が馴染んでしまうのだ。


ちなみに巫女さんの歳も割と不詳に近い。

人は見かけによらない事も多いので迂闊に推定するのも止めておくべきである。


(そもそも女性に年齢を聞くのは失礼、だな……)


里遠ちゃんが足元に抱きついてきて、巫女さんが僕の近くに来るまでの間に僕はそんなことを考えていたのだった。


「来人さん?」

「ん?」

「何か良からぬこと、考えていませんでしょうね?」


僕に近付いてきた巫女さんは、僕の顔を眺めながらそう言った。


「いや、別に大したことは考えてないよ……」


咄嗟にそう返事をしたのだが、微妙に察されていそうなのは気のせいだろうか。

深く突っ込んで聞くと口を滑らせかねないので何も言わないでおく事にした。

多少疑いの目を向けられているが、仕方あるまい。


「それよりも、だ。

 結局僕が見た限りでは季節の変化らしいものを感じ取れそうな物は無いと思うんだが……」

「一応薬草なども花を付けたりはするのですが、

 ここに植えている物では季節の変化を感じ取るのは難しいかもしれませんね」

「その辺の知識はあるんですね?」

「はい、大体は……」


なるほど、それならば何故……


「ここに来る前に教えてくれれば……」

「来人さん、確かにその通りですが……

 実際に見なければ理解できない事もあると思うのです」

「それは、間違いないな」


紅葉をすっ飛ばして枯れ木になっていたという状況を鑑みれば、

この薬草園で僕達の想定していないような何かが起きていたとしても不思議ではない。

突拍子もない速度で成長しているなんてことも、決して無いとは言えないのだ。


「大量の落ち葉を集めて時間を掛けて肥料にすれば、薬草たちも元気に育つのですが……」

「当然、桃子さんはそれをやった覚えが無い……」

「はい、落ち葉を集めた記憶も有りませんし、

 この薬草たちに落ち葉から作った肥料を与えた覚えも無いのです」

「つまり、本当に……」

「はい、来人さんの思う通りではないかと」


紅葉と落葉を経ずに変わってしまったという奇怪な現象が実際に起きていた。

他の要因でも積み重なって、それが事実だと補完されていく。


「おとうさんたち、なにをはなしてるの?」

「ああ、実はね……」


里遠ちゃんが僕達の話に興味を持ったらしい。


「里遠ちゃんは、木々の葉っぱが無くなったことに気付いていますか?」

「んー……」


巫女さんの問いかけに里遠ちゃんは少しばかり悩んだのち、首を軽く縦に振った。


「それがどうかしたの?」


まあ、そういう答えになると思った。

ならば、軽く説明しておいた方が良いだろう。


ただ、それでも伝える事は色々考えておいた方が良いかもしれない。

どこまで理解できるかは、はっきり言って未知数なのだから。


「そうだな……

 里遠ちゃんは、一年の四季の巡りについては知っているかな?」

「いちねんは、はる、なつ、あき、ふゆ」

「よく知っているじゃないか」

「うんっ!」


元気良い返事、結構。

思わず僕は里遠ちゃんの頭を撫でていた。


「うにゅ~」


極上の笑顔が、眩しい。

思わず沢山撫でてあげたい、と思ってしまうが我慢する。本題に入れそうにないからだ。


「桃子さん、里遠ちゃんは意外と物知りなところがありますね」

「昔、私が教えていたのかもしれません。

 大切なことだから、ちゃんと覚えておくように、と……」

「なるほど」


それならば、納得である。

しかしそうなると、季節の変わり目で何が起こるかも知っているかもしれないが……


「それならば、秋から冬へ季節が変わる時は一般的に何が起こるか……」

「ん……」


里遠ちゃんは先程とは違い少し悩んだ後に……


「わかんない」

「ふむふむ、なるほど」


まあ、簡単な事しか覚えていないということだろう。

そもそも、空を見上げて星を見るのが好きならば四季だけしか覚えてないのも仕方ない。


「それならばそこを説明しよう。

 大事なことだから最初に言っておくけど、

 少なくともこれはこの神社にある木の事についてだけ言っているという事を忘れないでね」

「いろいろあるんだ」

「そう、今から説明する事が起こらない木だって沢山あるんだ。

 だけど、少なくともこの神社にある木に付いては、大きな変化が起こる」


一応言っておくが、本来なら針葉樹や広葉樹について説明するべきなのだろう。

しかし、この場所ではどうしても例えられる物を見せられない以上、ちゃんと理解はできないと思う。


「夏の間まで青い葉を付けていた木々は、秋になると色を変える。

 黄色い色になる物も有れば、紅い色に変わっていくものもある。

 そして、そんな風に葉っぱが色付いていくのを紅葉と呼ぶんだ」

「きいろや、あか……」

「そうそう、色付いた葉っぱは物凄く綺麗なんだよ」

「こうよう、きれい……」

「そう、葉っぱが散っていく所も含めてとても綺麗なんだ」

「ちっちゃうの?」

「そうだね、冬になる時に葉っぱは枯れて、散っていく」


本当ならば、この流れこそ神社で起こっていなければならなかった話なのだ。


「そう考えると、今僕達が見ている枯れた木々の姿は……」

「こうよう……」

「里遠ちゃんは、来人さんがここで説明する前にその光景を見ていたのですか?」

「ううん、みてないよ」

「そう、ですか……」


つまり、僕達は紅葉と落葉の瞬間に出逢えなかったのだ。


「はっぱ、おちてなかった」

「そう、僕達も一枚も見つける事が出来なかった」

「こうよう、みてみたかったな……」


里遠ちゃんが寂しそうにそう言った。

僕と巫女さんは、黙って頷く事しかできなかった。


(あの出来事が夢でなかったなら、少なくとも紅く色づいた葉っぱを見せる事ができたのに……)


持ち帰れなかったその葉っぱは、間違いなく紅葉をしていた。


(外に出れば、落ちているのだろうか……)


思わず、そんなことを考えてしまう。

危険である可能性は十分に拭いきれていないというのに、今一度鳥居の先に足を踏み入れたいと思ってしまった。


「来人さん……

 鳥居のある方を見て、何を思いますか?」

「別に、大したことじゃないよ」

「そう、ですか……」


淡々と僕は答えたつもりだが、どうにもこういう考えだけは巫女さんに察されてしまう。


(余計なことを考えすぎているのかもしれないな……)


確か、好奇心は猫をも殺す、で良かっただろうか。

余計なことをして更なる心配を作り出すのだけは、今は避けるしか無いだろう。


だけど、この異様な現実に対して誰もが何かしら思う所はあったのだ。


「はっぱだけでもみてみたいなぁ……」

「不自然な程に、落ちていないのですね。

 ここに生えている薬草にも大きな変化はありませんし、色々と解らない事だらけです」

「それは僕も思っていた所です。

 木々の変化もそうですが、その他の季節の変化も殆ど感じ取れていないような気がするんですよ」


そもそも、冬が来ているならば木枯らしの一つくらい吹いていても不思議じゃないだろう。

風の冷たさも特段感じられるほどではない現状で、木々の葉だけが消えているなんて不自然極まりない。


「私達が気付いていないだけ、なのかもしれませんが……」

「可能性はある……」


だから、少しだけ鳥居の向こう側を見てきて良いだろうか、と。

そう言いたかったのだが、言葉が出なかった。だけど……


「鳥居の向こう側には、それがあるのかもしれませんね」

「そうそう、鳥居の向こう側には……」


そう言いかけて、思わず僕は眼を見開いた。


「桃子さん、一体いきなり何を言い出すかと思えば」

「来人さんも勘付いているのでしょう?

 大量にあるはずの木の葉の行方」

「確かに、境内を探し回って無いというのなら外に出たとしか言えませんが……」


僕が外を見てみたいと思っている事を理解して、それを言っているのだろうか?


「来人さんの予想では、鳥居の向こう側には何があると思っていますか?」

「正直、答えに困りますね。

 予想の範疇で答えて良いのなら、外には少なくとも紅葉をする木が多少は植えられてる、と……」


確証が持てない以上答えを濁すしかない。

ただ、僕としてはあの夢の話が事実ならば、外には紅葉をする木々しか埋まっていないのでは、とも思っている。

その数は想像できないとしても、あの葉っぱが比較的直近の場所から飛んできたであろうことは想定できるからだ。


「そと、かぁ……」


里遠ちゃんも興味を持っているのだろう。食い入るように話を聞いている。


「里遠ちゃんは外の世界を、見てみたいですか?」

「うーん……」


巫女さんの質問に、里遠ちゃんは首を傾げてずっと考えたままになってしまっていた。


「桃子さん、今の里遠ちゃんにそれを聞いても多分答えは出ませんよ?」


僕がそう指摘すると、巫女さんは何かに気付いたようで……


「そう、でしたね。

 外についてほぼ何も知らない里遠ちゃんには答え辛い質問でした」

「そういうこと」


それならば、少し他の形で聞いてみれば良いのだ。


「だから里遠ちゃん、時期という前提こそあるけれども、

 外の世界では一年を過ごしていれば間違いなく紅葉を見る事はできるんだ」

「こうよう、きれい……」

「そう、色付く様も散り行く様も共に美しい、紅葉……」

「そとなら、みれるの?」

「外で一年を過ごせば、見る機会は必ずある」

「それなら、そとにいってみたいかも」


そう、こういう聞き方をすれば間違いなく外に興味を持ってくれる。


「だけど、今は止めといた方が良いかな。鳥居の外は色々と怖い所だからね」

「ふーん……」

「はい、今のところはなるべくなら外には出ないでいただきたいのです……」


巫女さんが心配そうに、か細い声で僕達に忠告してくれていた。


「いつか、みれるの?」

「そう、だな……」


確約は出来ない。口から出まかせをいうわけにはいかない。


「今回は見れずとも、生きている限り機会はいずれまたやって来るだろうね」

「来人さん……」


巫女さんが少しばかり複雑な表情をしていた。

どうやら、僕が言っていた事に反応したらしいが……


その真意を探る事は、今は止めておこう。


「薬草園に異常が無いのなら、そろそろ戻るとしようか」

「そうですね」


里遠ちゃんは何も言わずに首を小さく縦に振っていた。

先程までの話を聞いて、里遠ちゃんもまた色々と思う事もあるのだろう……


「いつか、みてみたいな」

「そうだな……」

「そう、ですね……」


里遠ちゃんの屈託ない笑顔の横で、ちらりと見えてしまった巫女さんのどこか寂しそうな表情。

何に対してそんな表情を向けていたのかはわからないが、僕は忘れないでおこうと、心の中で静かに思ったのだった。

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