29話 未明を満たす静寂
目が覚めた時、辺りは夜の闇に包まれていた。
(もう一眠り……と、いきたいが……)
妙な胸騒ぎがして、二度寝をしようかと思う気持ちが薄れた。
起き上がれば頭はすぐに冴えてくる。
里遠ちゃんや巫女さんに呆れられるほど、
普段は朝に弱い事を自負しているが、稀に日も昇らない時間に目が覚める。
ただ、大体の場合は二度寝や三度寝で誤魔化すのだが……
(今回はそういうわけにもいかない)
布団でまどろむ時間を惜しみつつ、現状を把握しようと試みた。
部屋は静寂に満ちていた。
日の出には、まだ時間が必要みたいだ。
(そういえば、ここではまだ一度も朝焼けを見た事が無かったかな……)
記憶にある範囲の話なので確実ではないが……
意識から抜け落ちていたので知らないと思う方が自然だろう。
(行動してみれば、変わるのだろうか?)
この妙な胸騒ぎの正体を掴む手掛かりがあるかもしれないと思い、
僕は迫り来る期待と不安の間を縫って外へと向かうのだった。
人の気配がしない世界に一歩踏み出す。
水の流れる音も、風の音も、
動物の鳴き声も、僕の耳には届いてこない。
(この静まった時間帯でも音は何処かにあるはずなのに……)
長らく佇めば、不自然さに気分を悪くしかねないほど。
世界は完璧とも形容したくなる程の静寂に包まれていた。
(神社は清き場所だが、これは少し趣が違わないか?)
まさか、音という要素までも穢れとして祓われているのだろうか。
ここまで来ると息苦しさすら感じる。
思わず空を見上げて気を紛らわせようとするが、静か過ぎて落ち着きもしない。
鳥居の方に向かって足を進めれば、
より一層その異様さが際立っていくのを感じた。
僕の足音以外に、耳に届く音は無い。
限りの無い静寂は、容赦なく全てを無へと塗り替えていた。
遠くを見れば、鳥居の向こう広大な空が見える。
下に目を向ければ遠い地平線まで霞が掛かっている。
意を決して鳥居の下にまで踏み込むが、
闇に包まれた空と霞に消える大地しか見当たらない。
(このまま日が昇れば、自然と大地が浮かび上がるのだろうか?)
そういえば、神社へ続く石段を歩いていた時も……
下方へ進む道は白い霧のような物に包まれていた。
(今となってはその記憶も怪しく思えてしまう)
巫女さんや里遠ちゃんがここに居れば、
真相にもう少し近付けたのかもしれないが……
今この場所で、それは決して望めない事だった。
暫くその場に留まっていると、遠い空の色が変わり始めた。
(夜明けが、来た……)
ゆっくりと、太陽はその姿をこの世界に現してゆく。
闇に染まっていた空は、次第に遠くへと退いていた。
その光景を、僕は黙って鳥居の下から眺めていた。
途中から目が離せなくなり、振り返る機会を失っていたからだ。
(これが、一日の始まり……)
今日が特別な日で無くとも、日の昇る姿は美しかった。
知識としてしか知らなかった物なので、僕は尚の事深く感動していた。
(この光景を、巫女さんは何処かで見ているのだろうか?)
確か、朝早く起きて掃除をしていると聞いていたのだが……
何時頃から掃除を始めているのかは知らないが、
この時間に出てきていても不思議ではなかろう。
そう思って振り返ってみるのだが、誰も居なかった。
(ん……?)
違った、人が居るのを見落としていた。
遠巻きに、巫女さんらしき人が居る。
(掃除に来た……のか?)
箒などの掃除用具も持っていないのだから、別の用事だろうか。
ただ、こちらに向かって近付いていた。
(寝床に居ない僕を探しに来たとでも?)
理屈としては正しいが、僕の部屋にあまり来ない事を考えれば見当違いか。
何となくだが、巫女さんはいつもとは違う雰囲気を纏っている。
様子を窺うために、僕は少しだけ鳥居から離れる。
遠くに居た巫女さんが僕に気付いたらしく、こちらへと歩いてきた。
だが……
(やはり、何かが違う)
妙な胸騒ぎの正体を探る為に、僕はここで待っていた。
すぐに、巫女さんは僕の前へとやって来た。
いつもみたいに朝の挨拶が来ると思ったのだが……
「つかぬ事をお聞きいたしますが……
貴方は、何者ですか?」
巫女さんから最初に発された言葉に、耳を疑った。
明らかに普段とは違う声色と、雰囲気。
まるで侵入者や客人に対峙するかのような反応。
(態度の違いだけで、これほど印象が変わるものなのか?)
目の前に居るのは、よく知っている誰かとは別人だと気付いた。
「答えられませんか?
それとも……」
「外から来た、名無しのしがない旅人ですよ。
それ以外の何者でもありません」
「そうですか、なるほど……」
こちらの言い分に納得したのか、巫女さんは軽く頷いていた。
「迷い込んできたのですね。
それならば、仕方ありません」
巫女さんが笑顔で答えてくれたので、
先程までの警戒の姿勢が急に引き穏やかな空気に包まれる。
「こんな朝早くに境内に佇んでいましたが……
目的は一体なんですか?」
「空を見に来た。
ここならば、間違いなく他よりも美しい日の出が見られるだろう」
この神社に居候している事も含め、今はあまり大きな目的は無い。
ただ、余計な事を言って勘繰られたくは無いので誤魔化した。
当然だが、巫女さんは黙っていなかった。
「貴方はその為だけに……」
「さあ、どうなんだろうね?
気まぐれな旅人は、大した目的が無くても……」
旅をする事を目的にしている時もある。
そう答えれば、納得してくれると思った。
だが……
「本当は、何かを探しに来たのではありませんか?」
「探していたのかもしれないし、違うかもしれない」
「目的を話すつもりは……」
「仮に目的を話しても、解決にはならないだろう」
「確かに、その通り……ですね」
少々納得行かないという表情を巫女さんは浮かべていた。
僕自身が既にその目的に拘らなくなっていたから、仕方ない。
「手助けできる事があるのならば……」
「不要だ」
「諦めるつもりですか?」
「そのつもりは無い。
諦めが良くないと自負しているからね」
この神社に留まっていたのも、そういう事だ。
時間が経つ毎に色々な理由が積み重なってはいるが……
「違うなら、既にここから去っているさ」
「そうですね、それならば一安心です」
話していけばいくほど、普段の巫女さんに近付きつつある。
決定的な違いは、笑顔の無さ。
「それでも、少し前には諦めかけていた」
「ですが、立ち去っていない……
立ち直る事が出来たのですね」
「ああ……」
不完全だが、という言葉を口にしようと思って止めた。
「これは、私の推測ですが……」
先程まで僕の目をあまり見ていなかった巫女さんが、
突然僕の目を凝視して話を始めてきたからだ。
「旅人さんの抱えている謎を解く鍵は……
既に手中にあるのでしょう」
「そうだとしても、使い方が解らなければ意味が無い」
「それもこれも、私が何も伝えないからですね」
「否定はしない。知っている事をもっと話して貰わない限り、
僕は道を見つけられそうには無い」
既に、手探りで進むのも限界に近い。
「教えてくれないのは、事情があるからだろう?」
「そう、ですね……」
「ならば仕方ない、時が来たら伝えてくれれば構わない。
お互い、全てを共有してはいないのだからね」
「無用な混乱は避けたいと、考えているのですか?」
「そう、だからこの話はここまでだ。
確証を持つまでは、不用意な発言は控えたい」
仮に、一歩でも答えに近付けたとして……
何がどう影響しているのかが解らない現実を思えば、
目の前に居る人物に全てを打ち明けたくは無い。
しかし、そもそも……
「ここに居る巫女さんに話した所で、
大した意味を成さないのではとも考えてます」
「何故……」
明言しなければ、相手は納得してくれないのだろう、
だから僕は、意を決してその続きを口にした。
「残念だが、巫女の姿をした誰かに話すべき事は無い。
僕や里遠ちゃんが知っている、いつもの巫女さんでなくては」
「変わりません。私は、私です」
この神社に来た、最初の頃の巫女さんの雰囲気に近いと思える相手。
ここに居る巫女さんは、外に引き摺られかける前までの印象に近い。
故に、この人もまた巫女さんの一面には違いないのだろう。
しかし、しかしだ……
「本来の姿をした巫女さんが目の前に居るのならば、
僕は逆の事を願わないといけないのかな?」
「それを私に聞きますか」
巫女さんが溜息をついたように見えた。
「そう思うのならば、やってみれば良いのです」
「ほう、なるほど……」
そう言う前に、先程から元に戻れと既に心の中で反復しているが反応は無い。
これから手法を変えて問答を繰り返すのも、現実的ではない。
(ならば、怪しいのは……)
一番効果があると思った方法を、試す事にする。
「巫女さんと僕が呼んでいるからこそ、
目の前にその人が居る。そうでしょう?」
「そうです。
今の私は、この神社の巫女としてここに居ます」
「ならば簡単に戻せそうだが……
今、やってはいけないのだろう」
「どうして……」
これもまた、直感なのだが……
「巫女さんは朝日を眺めながら掃除をしに来た」
「それが、何か?」
「今から、目的を果たして来てください。
僕との話は、後で良い」
巫女さんは軽く頷いた。
あまり表情は動いていないが、安堵しているようにも見えた。
「お掃除をしたら朝食の時間になります。
もう暫く、自分の部屋にてお待ちいただけますか?」
「判りました。気をつけて行ってきてください」
「ありがとうございます」
掃除の後はご飯を作る……か。
そう言って、少し硬い笑顔を浮かべながら巫女さん一礼して去っていった。
(これで、良いのだろう……)
この巫女さんをあまり邪魔してはいけない。
これは恐らく、巫女さんの根本にも関わる事に違いない。
(役割……なのだろうな)
だからこそ、あのまま行かせた。
見送る事しか、僕には出来なかった。
玄関にて暫し待つ。
こんな朝早くに起きてしまうと、やる事が無い。
暇潰しを兼ねて、境内を散歩しようとまた外に出た。
「あ、来人さん……
珍しいですね、朝の散歩なんて」
「まあ、そんな所かな」
歩き出して直ぐに、用事を終えた巫女さんと遭遇してしまい、
朝の散歩は中止になったのだった。
(先程までとは違う、いつもの巫女さん……だな)
時間がそれなりに経っていたので、
鳥居を見に行っただけでは無いのだろう。
「巫女さ……桃子さんは、今まで一体何を?」
「朝日を見た後、境内のお掃除をしていました」
「いつも通り、という事ですね」
「はい……」
本当にあの会話の後に掃除に行ったのかは判らない。
詳細を聞いたところで、記憶なんて残っていないはずだ。
だから、もっと核心を突く質問をしなければなるまい。
「日課にした理由は……」
「そうですね、最初は何となくでしたが、
落ち着いて考えられる時間を得られるので日課にしています」
「なるほど」
理屈としては、完璧だ。だけど……
「先程、僕は鳥居に向かう桃子さんと話をしました」
「そう、でしたか?」
「覚えていないという事は、
少し違った雰囲気を纏った巫女さんは……」
「あ……」
僕がそこまで口にすると、
どうやら巫女さんにも思い当たる節があったらしい。
「その顔は……知っているという事かな」
「ご名答、です。
私の中では、巫女としての役割を続ける自分が居るのではと思っていました」
「それは、僕がここに来た時の……」
「そうです、その印象で問題ありません。
ですが……」
「記憶に残らないから、確証が持てなかったわけだ」
「仰るとおり、です」
だからこそ、僕がその事実を確認する必要があった。
それで状況を共有できれば……という事なのだろう。
「恥ずかしながら、手掛かりはありません。
巫女としての私は、未知の存在になります」
「本当に?」
「本当だからこそ、自分が巫女なのかを疑っているのです」
「その辺は、僕とほぼ同じ……か」
境遇が似ている事は薄々感付いていたのだが……
「それでも、巫女として何かをしているのは間違いなのです。
記憶がはっきりしていないからこそ……」
「そこで、僕が頼りになるわけだ」
互いが互いの変化を知る、その言葉が早速実践されていた。
「このままでは里遠ちゃんをまた心配させてしまいます。
私はどうすれば……」
「確かに、好ましくはありませんね」
再び不仲を生むかもしれないという恐怖を考えれば尚更だろう。
それでも……
「桃子さんは、心配させない事だけならば……
方法を知っていると思いましたが?」
「そんな事、私は……」
「僕が悩んでいる時に、いつも見せてくれていた物です」
気付いていないのならば、気付くまで何度も伝えるだけだ。
「ここまで、里遠ちゃんや桃子さんの笑顔に助けられてきた。
桃子さんも自分でそう言っていたはずだ」
「笑顔……」
巫女さんはそれを聞いて、少し考える仕草を見せた後……
「そうですね、笑顔が一番です。
心配も、悩みも、まずは……」
「突き詰めればそこに行くと思う。
これは仮説だけど、里遠ちゃんが要となり回る世界と考えたなら、
笑顔が一番の鍵になるのかもしれない」
予想としては、かなり無茶がある。
と、僕はそう続けようとした。しかし……
「来人さんの仮説は、概ね核心を突いているのではないかと思っています」
「それは、どのくらい……」
「半分程度、でしょうか」
「なるほど、それならば……
残りは巫女さんの重要性という観点から考えてみるか」
「私の、重要性ですか?」
「そうです」
巫女さんは思い当たる節が無さそうな顔をしていた。
真相の一部に至る何かを知っているとは思っていたのだが、
簡単に口を滑らせてはくれないみたいだ。
「何度も起きる偶然は、不自然極まりない。
納得できる理由があったとしても、突き詰めたくなる」
「来人さんならば、あっという間に辿り着いてしまいそうですね」
「当然、一緒に探してくれますよね?」
「可能な限り、お手伝いさせていただきます。
一緒に考えたり、探したりするのも楽しくて……」
「その姿勢なら、大丈夫かな」
巫女さんの顔は、いつの間にか優しい笑みに変わっていた。
(僕としては、そんな顔をもっと見せて欲しいのだけどね)
いつもの雰囲気を纏っていない姿も含めて、
この沢山の表情を持つ可愛らしい女性が、巫女さん。
変化している部分と、根本として持っている境遇を併せ持っている。
謎だらけでありながら、自分でもそれを把握していなくとも前を向いている。
とても、興味深い人だ。
「来人さん……
最近の私は、自分でも少し変わったと思っています」
「確かに、僕から見てもそう思います」
故に、今があるのだが……
「忘れるのも、悪い事ばかりではないと思うのは間違いですか?」
「それは僕にも答えられない。
だけど、思い出すからこそ忘れている事にも気が付く」
「はい……」
何と言うか、巫女さんが僕にくすぐったい視線を向けている。
「今の来人さんは、この神社の大黒柱のような存在ですね」
「大黒柱……?」
思わず僕は、目を見開いていた。
そんな言葉が巫女さんから出てくるとは思わなかったからだ。
「いざという時に、最も頼りになります。
それだけで、どれだけ救われているか……」
「いや、まあ……
好意的なのは嬉しいけど、何か色々と……ね」
素直に納得して良いのか疑問に思ってしまった。
取り方によっては……まあ、そういう事だ。
「ふふっ……
そんな姿を見せていただけるからこそ、
私はいつも来人さんの事が気になってしまうのですよ?」
「な、なんだって?」
先程から妙な雰囲気が漂い始めていると思っていたが、巫女さんが発端だったらしい。
僕は、一切想定していなかった言葉を受けて硬直していた。
「もちろん、本心です。
そのままの意味で受け取っていただけませんか?」
「あ、ああ……」
駄目だ、このまま流されるのは不味くないか……
「あれ、来人さん?」
近付いてくる巫女さん。僕は少し距離を取る。
「どうして、悲しげな顔をするのですか?」
「自棄なのかどうかは知らないが、
僕に対する甘そうな想いは、暫く何処かに封じておいてくれないか?」
「そ、そんな……」
あえて僕が明言すると、周囲の妙な雰囲気が薄れた気がした。
少しだけ、巫女さんの目が涙目になっている。
「酷い、ですよ……
私の事、嫌いなのですか?」
「それは……」
それは違うが、今は断言したくない。
隣に居てくれるならば間違いなく楽しい毎日が送れそうな相手だとしても、
今は心を鬼にして言わねばなるまい。
「まだ、お互いに迷いがある。
この目を直視せずに気持ちを伝えられても、好意を抱く事は無いだろう」
「そんな……」
巫女さんの目から、涙が溢れつつある。
「そこまで言う必要、ないのにぃ……
ふえぇっ……ぐすっ……」
「涙で、心変わりを誘おうとするな。
桃子さん、いや……この神社の、巫女さん」
「やめて……」
「止めない」
「いやぁ……」
縋るような目で、僕を見る巫女さん。
見ているこちらも、正直苦しくて仕方ない。
「まだ、前に進むべきではないと思う。
これが自然な形だと認めて、止まりたくは無い」
「どうして……」
「まだ、僕の探究心が満たされていない」
不貞腐れ気味で答える巫女さんに、真剣に答える僕。
茶化す余裕が無いのが、惜しい。
「そうやって、独りで何処か遠くまで走り去ろうとしないでください!
私と、私達と一緒ではいけませんか!」
「なっ……」
巫女さんの叫びにも似た声が僕に刺さり、動揺が酷くなる。
そう来るならば、こちらも我慢はできない。
「大体来人さんは……ふえっ?」
巫女さんの両肩に手を置いて、その目をしっかりと見つめる。
お互い、顔が紅潮しているのを感じる。
「まだ、ここで満足したらいけない。
今の桃子さんは、恐らく自然と答えに辿りついていたのに目を逸らした」
「何を、ですか……
よく、わかりませんが……」
「僕と桃子さんだけではいけない。
桃子さんと里遠ちゃんの関係を考えないと、先に進めない」
「そんな事は、ありません……よね?」
そこまで言って、巫女さんの言葉が止まった。
どうやら何かに気付いたらしく、
恥ずかしさからか一気に顔が赤くなっていた。
「ごめんなさい、私の方が勝手に突き進んでしまいました……
来人さんは色々と深く考えていたのですね」
「そういう事です。
このままだと、里遠ちゃんが独りになってしまう」
「それは、由々しき事態です」
里遠ちゃんがこの世界の鍵だというのならば、
三人が不仲となる原因を呼び込むのは避けたい。
「だから、僕達が密な関係になればなるほど……」
「私が姉という存在から離れて、
保護者のような立場にならなければ進めないのですね」
「その通りです」
つまり、現状では受け入れるのは不味い。
僕にとってもそれは、辛い答えではあるが……
「私は少し、急ぎすぎていたのですね」
「否定はしません。だけど……
僕としては、先程の桃子さんの言葉は嬉しかった。
落ち着いたら、もう一度一字一句欠かさずに聞きたいくらいです」
「と、遠回しに……
うぅ、みゅぅぅ……」
「まあ、そういう事です」
誤解されかねない為にも、本音を少し混ぜていた。
それがまた、少しもどかしい。
「嬉しいのですが、すっきりしません……」
「それは、僕も同感です」
本音を吐き合ったとしても……
完全な解決には結びつかない時もある。
だけど、解決への道筋は立ったのではなかろうか?
「そうと決まれば、行動するしかありませんね。
ですが、何から始めれば……」
「最終的にどうしたいのか、それが鍵になるはずかと」
「それが一番難しいのです……」
確かに、口で言うほど簡単ではない。
「ならば、まずは桃子さんと里遠ちゃんの変化からかな?
これが無ければ始まらないと、僕は思います」
「え、あ、はい……」
返事は聞こえる。だけど様子を見るとどこか上の空。
顔を見てみると、少しばかり照れているのか紅さが増している。
「そこで、何故照れますか?」
「あの……
来人さん、気付いていませんか?」
「いや、何をですか」
「私達が最後に求める関係は、何か……」
判らないわけではない。
この先の関係の変化は、より身近で影響が強い物になる。
恋人とかそういう関係を通り越すのも考えねばならない、が……
「それ以上の事を今考えるのは、危険かもしれないな」
「はい、私もそう思いました」
本当はもっと考えなければならないのだろう。
だが、僕達は保留を望んだ。
それはきっと、僕も巫女さんもお互いに……
心の何処かでまだ歯止めが利いていたからなのかもしれない。
「話題、戻しませんか?」
「深呼吸してから、そうしましょう」
そう言ったのに、お互い心は落ち着かない。
「桃子さん、大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫です。
お互い、もう少し冷静に……」
表面上はそう取り繕っているが、
やはりお互い、何処か浮ついていた。
「ふと思ったのですが、今の僕と桃子さんの会話は……
傍から見たら、相当面白い光景に見えるのかな?」
「ま、間違いないと思います。
でも、口にされると更に気になって……」
つい、意地悪な言葉を掛けてしまったが……
巫女さんの困り顔に目を奪われ、更にお互いの冷静さが失われていく。
「こ、こほんっ!
本当に心臓が飛び出そうなくらい恥ずかしくなるので、
悪戯は止めていただけませんか?」
顔を真っ赤にしながら言われると、逆にもっと言いたくなるが……
とりあえず収拾がつかなくなるのも困るので、話を纏めるしかなかろう。
「まあ、とりあえず……
寄り添えば、互いに安らぎを得られる関係を広げる事が答え、かな」
「はい、それでこの話は終わりにしていただけると助かります」
引きつった顔で巫女さんはそう告げる。僕も苦笑いしていただろう。
滅茶苦茶かもしれないが、慌てて出した結論のだから仕方あるまい。
「それで、ここからは話題を変えて一つ」
「な、何ですか?」
「朝食の方はこのままだと……」
「え……
あら、もうそんな時間ですか?」
辺りを見回して、しまったという顔を巫女さんはしていた。
話に夢中になりすぎて僕も忘れていた。
「僕は我慢できそうですが、
里遠ちゃんが文句を言うかもしれませんよ……
覚悟、出来てます?」
「い、急いで作ってきますね!
先程の話の件は、また……」
大急ぎで走っていってしまったので、その先は聞き取れなかった。
急かしたのは僕だが、巫女さんも早くここから離れたかったのだろう。
気持ちは落ち着いているとは言えないが……
巫女さんと居た時よりも独りの方が落ち着かない。
(慌てている相手を見ると、逆に冷静になれるわけか……)
朝食の時間まで境内を散歩すれば良いと思い、僕は早速行動を開始する。
(何かをしていた方が、気分は紛れるはずだ)
しかし、一時的に気持ちは落ち着いてもどこかで燻り続けている。
こんな場所では、どんな形にせよいずれ現実を直視しなくてはならない。
それが、現実なのだろう。
巫女さんと話していた時に感じた、沸々と心の底から湧き上がる何かの正体。
きっとそれを、これから探ってゆく事になるはずだ。
だけど今は、朝食が出来るまで……
気晴らしの散歩を楽しむことにしたのだった。




