28話 互いに答えを探し合う
笑顔が、やはり必要なのだ。
例えその時は泣いていたとしても、
いつかは笑顔に変わる日が来なければならない。
「だから、何故僕の部屋で寝ているのだと……」
里遠ちゃんと巫女さんが昼寝をしている姿を見ながら呟くが、
それを聞いてくれる人はここには居ない。
この神社を包む空気が、少し変わったと感じた日から……
巫女さんと里遠ちゃんの関係は、より深くなっていた。
一緒になって悪戯を仕掛けてくるくらいなのだ、
ここまで来ると、僕が居なくても大丈夫だとも思えてしまう。
(それなのに……)
この場所に残る理由だけが延々と増え続け、
去るという選択肢がいつの間にか遠い彼方に離れていく。
(僕が居なくなると、里遠ちゃんは寂しさに耐えられなくなるのだろうか)
思い浮かぶのは、先日の事。
(巫女さんも最初は何とかなるかもしれないが、一人では支えきれなくなる)
一応、しっかりしているのである程度までは大丈夫だとは思うが……
所々に危うさを感じてしまうのは、決して気のせいでは無いと思いたい。
本当に支えねばならないのは里遠ちゃんよりも巫女さんだと、
僕が危惧してしまうほど、内面は意外と弱いのを知っている。
(ああ、なるほど。既に手遅れというわけか)
二人を、黙って放って置けなくなった時点で、
もう後には引けなくなっていたのかもしれない。
「早く、目を覚ましてくれると助かるのだが……」
とりあえず、気持ち良さそうに寝ている二人に目をやる。
(結局、巫女さんが僕に何か言いたい事があったと言っていたけど……)
聞けずじまいになっており、少しだけ自分の選択を後悔していた。
この状況の発端は、少し前まで遡らねばなるまい。
里遠ちゃんが毎度の如く僕の部屋に遊びに来て、
部屋の中央で寝転がってそのまま眠ってしまった。
それが、今日のこの状況の始まり。
(まあ、これは正直よくある事なんだけどね……)
僕は本当にいつもの通り、あまり気にも留めず外の風景を眺めていた。
しかし、今日はそこから少しばかり異なった状況がやって来た。
暫くして、巫女さんが僕の部屋にやってきた所から色々と動き始めた。
(少し話がしたいと言っていたのだが……)
部屋の中央で寝ている里遠ちゃんを見た途端、
僕と話をする気が無くなったのだろうか。
その件はまた後日と言われてしまった。
すぐさま僕の横をすり抜けて、巫女さんは優しい笑顔で……
里遠ちゃんが寝ている姿を眺める方に向かってしまった。
僕は……
結局その場に取り残されてしまった。
仕方ないので、部屋の片隅で目を閉じて考え事をしていたところ、
暫くすると寝息が増えていた……と。
(何というか、ここまで来ると最早お約束とも言えるな……)
下手するとそうなるかもしれないとは思っていたのだが、
まさか本当にその通りになってしまうとは恐れ入った。
(色々と変わったものだな、本当に)
軽い笑みを浮かべて眠る、巫女さんの姿。
二人のすれ違いを正した頃にはあまり見る事なかった表情。
今はもう、自然に浮かび上がってくる。
笑顔が本当に大切なのだと思うのは、
こんな良い変化が自然と生まれ、連鎖のように増えていくからに他ならない。
以前……と思うと、どの辺りの事か少し曖昧になるが、
間違いなく巫女さんの纏っていた雰囲気は良い方に変わり続けている。
今ではもう、里遠ちゃんにとっては姉よりも近い存在……
一番信頼できる相手になったのではないかと思う。
巫女さんもまたそんな里遠ちゃんを心から大切にして、
積極的な行動を取り続けているのではなかろうか。
先程の行動も含め、明らかにそうなりつつあると感じる。
(対して、僕は……)
二人が仲良くなっていくのを見ていながら、
何処と無く取り残されたかのような寂しさを感じていたのかもしれない。
(本当に、僕はこのままここに居るべきなのだろうか)
二人が仲良くやっていれば、それはそれで良い事なのだろう。
最早、ここまで来れば僕の存在は空気に近い。
自然に溶け込んではいるが、当たり前すぎて忘れられた位置に居た。
反対に、得体の知れない僕が留まり続ける事で、
もしかすると悪い事が起こるかもしれない……
そんな、杞憂とも思える事に対する恐怖が日を増す毎に強くなり、
二人とは自然と距離を置きたくなってしまうのだ。
この日常がそれなりに楽しく、
それでいて心地良いと思ってしまっていたからこそ……
可能な限り邪魔をしたくないという気持ちが強くなっていたのだ。
(足掻くほどに、手詰まりに感じる)
何か一つでも手掛かりらしい物を持っているのならば、
それだけでも心に余裕が生まれるのだろう。
巫女さんは恐らく、それを見つけている可能性が高い。
(それが、里遠ちゃんとの関係の変化に至る……のか)
そう考えると、僕と巫女さんは対称的な立場に居るのだろう。
「結局、何も解らないまま……
時は過ぎ、日常に解けていくのだろう」
外を見て、思わずそんな事を口走っていた。
(しまった、余計な事を……)
背後から物音が聞こえて、その事に気付いて後悔した。
「大丈夫……です……」
聞きなれた声が聞こえてきた。
そう、僕の言葉は全て聞かれていたのだ……
「桃子……さん?」
あまりにも驚きすぎて、僕はただ放心していた。
いつの間にか巫女さんは目を覚ましていて、
僕の方を向いて座っていたのだから……
横にはまだ眠っている里遠ちゃん。
そもそも、何時から目を覚まして……
「来人さんは、未だに悩んでいるのですね」
「ああ、僕は……」
「様々な問いがあると思います。
ですが、答えは身近な所にあるのかもしれません」
「随分と曖昧で、無責任な事を言う」
正直、この悩みは……
記憶が上手く繋がっていないと言っていた巫女さんも持っているはずだ。
現に、過去に同様の事をしているのだから当然かもしれない。
「探すのも、見つけるのも自分ですから……
それに、私もまだ探している途中なのです」
「桃子さんも……」
「私も、自分が誰なのか……
存在から、曖昧だと思う事があるのです」
「この神社の巫女、では無いのですか?」
「そうですね、確かに……
私は巫女の格好をして、ここで生きています」
だからこそ僕は巫女さんと呼んでいて、
桃子さんと名前で呼ぶのに少し詰まる事がある。
しかし、そこに何の疑問を挟む必要が在るというのだろうか?
「時々、判らなくなる事があるのです。
巫女である前に、私はもっと大切な事を忘れている……
そんな気がする時が、あるのです」
「なるほど……
もしかして、今日はその事について話そうと?」
「はい、そのつもりでした」
「なるほど……」
さらりと話を聞いてみた限りでは、
大した話ではないのではないかとは思ったが……
「それならば何故、今になってそれを僕に……」
「来人さんの悩み方が、尋常では無いほどに酷くなっているとお見受けしたからです。
特に、里遠ちゃんが寂しさのあまり泣き出してしまった時を境に、
一段と悩み深ける機会が増えて、恒例の朝寝坊も酷く……」
「い、いや……
朝寝坊の事はごめんなさい、本当に面目無い……」
「私だけではなく、里遠ちゃんも随分と心配していました。
自分のせいで、悩みが酷くなったのではと……」
「それは、流石に不味いなぁ……」
何というか、そこまで心配させるほどに……
僕は悩み、苦しんでいたという事か。
改めて、反省しなければなるまい。
寝坊の事を気をつけるのが先だが、
原因がそこにあるので、原因を片付けねば。
だけど少し、大げさに言っているのではと思ったので……
「本当に色々、すみませんでした。
しかし、本当にそこまで酷く見えましたか?」
「やはり、信じられませんか?」
「いや、別に……
ただ、確認のつもりで聞かせて貰いたかっただけです」
その表情で大体悟った。
全く持って、嘘偽りではないのだと。
「そもそも、来人さんが何者なのか……
私はこれまでの行動から、大体判ります。
里遠ちゃんは、もっとよく知っているはずです」
「何を根拠に言っているのかはよく判らないが、
随分と僕は信用されているという事かな?」
「そういう事です。
以前も指摘した覚えがあるのですが……」
巫女さんはそう言ったが、
僕としてはあまりよく覚えていなかった。
「覚えていないのならば、構いません。
そんな所もまた、来人さんらしいのですから」
「僕らしい……か」
何というか……
巫女さんの言葉には、人を安心させる力でも籠められているのだろうか。
(本当に、不思議なものだ……)
巫女さんと話をしているだけで、
絡まっていた糸が解けていくかのような感覚に包まれ、
先程まであった不安が、取り除かれていくような気持ちになる。
ただ……
素直に全てを受け取る事も出来なかった。
(僕らしさ、という言葉を考えてみると……)
元々この場所に来た時に、
過去に繋がる物が殆どなくなっていた自分からすれば、
巫女さんや里遠ちゃんに見せているその姿もまた、
偽りでは無いのかと疑わしくも思ってしまうのだが……
「信じられませんか?
私達や、自分の事を……」
「な、何を突然?」
「来人さんは、何処か納得していないという表情を浮かべていましたので、
あえて言わせていただいたのですが……」
「これもまた、表情に出ていたという事かな」
「ふふっ……
以前よりも、来人さんは表情が豊かになりましたからね。
ですから、何となくそんな感じがしました」
僕が何を考えていたのか……
巫女さんに悟られたのにも驚いたのだが、
表情豊かになったなんて、これまで一度も聞いたことが……
「最初の頃の来人さんは、
私からすると、少し近寄り難い雰囲気がありました」
「今はそれが無いから、変化もより鮮明に映るわけか……」
「なので、私もまた里遠ちゃんに感謝しています。
最初に里遠ちゃんが声を掛けて呼び止めなかったら……」
「それは……」
僕がここに来た時の、話……
「私の記憶は、日を追う毎に繋がり続けています。
断片的にですが、思い出せる事も増えてきました」
「それは、良い事かな」
内容はよく解らないが、悪い事ばかりではないのだろう。
思い出していることに感謝している姿を見ていると、僕も安堵した。
「ですから、来人さんも……」
「望みはある、と……」
「そうです」
言いたい事は、大体解った。
現状からすれば全て鵜呑みには出来ないとは思うが……
「正直、全てを疑わずに信じるなんて事は出来ない。
何も無いからこそ、僕は尚更悩んでいる。
確証が、手掛かりが、一つでも良いから欲しい……」
何か一つでもあれば、それだけで……
希望を持って先に進める。
悩みを絶つ為にには、この方法しか思い当たらないのだ。
「思い出したことがあれば、一つでも多く伝えます。
そして、一緒に考えてみたいとも思っています。
ですから、あまり思い詰めないようにしてくださいね……」
「解りました。
なるべく、そう心掛けたいと思います」
心配を掛けないように……
出来る限りの笑顔で、僕はそう答えた。
(まあ、内心は大体見通されているだろうけどね……)
妙な所で勘が鋭い巫女さんの事だ、十分に有り得る話だろう。
本当はその鋭い勘を、もっと早い段階から活用して欲しかったのだが……
その辺は僕も似たような物なので、言っても仕方ない。
過去の事ばかり考えても仕方ないのは、事実。
(引き摺られないように、それでいて忘れないように……)
やはり、悩みは尽きない。
ここは、もう一度頭の中で整理を……
「あの……」
「ん?」
肩を軽く叩かれて、思考が中断する。
思わず視線を巫女さんに合わせると、
その表情は少しばかり怒っているように見えた。
「来人さん、まだお話は終わっていないのですが……」
「あ、ああ……」
確かに、僕の事情について相談しただけに近い。
ただ、何となくここまでの間に、
本来の話題に触れようとしていた気はあったのだろう……
「それで、話とは……
僕の正体とかそういう話なら、大歓迎ですが」
「旅人さんの格好をしてここにやって来た、
今は私達の面倒を見てくださっている方ですよね?」
「いや、確かにその通りだけど……」
何というか、今の立場をそのまま言葉として表しただけ。
僕からすれば、そこにまだ色々足りないと思ってしまう。
「正体不明という言葉が抜けている……」
「実は、その件なのです」
「つまり……
僕の正体に迫る手掛かりがあるとでも?」
期待して、思わず僕は目を見開いて巫女さんに迫っていた。
「い、いえ……違います。
来人さんではなく、私についての事です」
「あ、桃子さん自身の事ですか。
しかし、それならば既に……」
それならば、既に答えが出ているじゃないか。
「僕から言わせて貰うと、
この神社の巫女さんであり、里遠ちゃんの保護者でもある存在。
どの辺りに正体不明という要素が出てきますかね?」
「はい、来人さんから見ている限りでは……
疑問を持たれてしまっても間違いではないと思っています」
それならば、何が問題だというのか。
「私こそ、素性が一切思い出せないのです。
里遠ちゃんがここに来るまでの間の事は記憶にありません」
「何だって……
それは、本当なのかい?」
僕が驚いて間髪入れずに問い返したら、
巫女さんは静かに頷いていた。
「来人さんが過去を思い出せない事と……
関係があるのかもしれません」
「なるほど……
関係が無いとは、流石に言い切れないかもしれないな」
そうなると、この神社には……
これまでの素性がよく判っていない三人が集まっているという事か。
(こうなると、何となくだが運命的な物を感じざるを得ないな……)
僕がそんな事を思っていると……
「これは運命なのでしょうか、それとも……
全て必然なのでしょうか?」
「いや、全く同じ事を考えているとは思いませんでしたよ……」
「えっ、そうだったのですか?」
「口には出していなかったけど……内心ではね。
これを偶然とするには、色々不自然な気がする」
「そうですね……
ですから、一緒に探させてください」
「なるほど、それならばここは承諾するしかないね」
僕と巫女さんの談笑は、
最初の頃の重い雰囲気を全て押し流すように……
どんどん明るく、弾んでいた。
だから、巫女さんとの他愛ない話の中に……
重要な事実が潜んでいたのに気付くのが遅れた。
「来人さん……
まだ、気付きませんか?」
「ん、一体何を?」
「私は、最初から巫女ではないかもしれないのですよ?」
「ん、それは……
確かに気付いてはいたけども、それが何の関係を……」
「呼び方、です」
「そういえば、以前は……
桃子さんの事を、巫女さんと呼んでいたね」
今でも時折間違えそうになるが、
口に出る直前で辛うじて桃子さんと呼べている。
「呼び方を変えて欲しかったのは……」
「ああ、なるほど。
自分が巫女ではない存在かもしれないと思ったから、
本当の名前を呼んで欲しくなったという事になるのか」
「はい、その通りです」
つまり、呼び方を変えて欲しかったのは……
皆が仲良くなったからという理由だけでは無かった。
巫女ではない可能性があるのに、巫女さんと呼ばれるのは……
旅人ではないとしか思えない僕を、旅人さんという愛称で呼ぶのに等しい。
その時に自分が感じた事を思えば自ずと納得もできる。
「そんな事情まで隠されていたとは……」
今更ながら、意図を知ると素直に驚くしかなかろう。
「仮に私が巫女でなかったとしても、天宮桃子という名前の人間です。
それだけは何時までも変わる事はありません」
「確かに、その通りだ」
巫女さんは自分を見失う事が無くなった……
だからこそ、絡まった記憶を解く道筋も見えつつあるのだろう。
里遠ちゃんと仲を深めているのも含めて、
着実に前に進んでいるのは間違いない。
(と、なれば……)
必然的に近い位置に居る、僕の状況を考えざるを得なくなる。
「来人さんの方が、状況としては深刻かもしれませんね」
「だからこそ悩んでいたのだが?」
「ですが、今は私達にとっての……
一緒に住む仲間である事には違いありません」
「経緯がどうであれ、それは変わらない事。
僕は僕、だから過去に囚われ過ぎてはいけない」
「そうです」
そしてそれは、きっと大切にしなければならない。
本当に、本当に大切な事だ。
心の底から、そう思った。
ふと、思い返す……
僕たち三人が兄妹のような関係だった頃にも、
巫女さんによく似た事を言われていたような気がした。
(いや、間違いなく気のせいでは無いな……)
色々な事実が解ったとしても本質は変わらない。
今も、以前も、巫女さんはその事を気に掛けてくれている。
それが、何処と無く嬉しくて、こそばゆかった。
僕の心は、旅ではなく放浪をしていたのだろう。
いつの間にか、自分を本当に見失いそうになっていたらしい。
今回は、巫女さんに色々と助けられてしまった。
「ありがとうございます。
気持ちは、少し落ち着きました」
改めて僕がお礼を言うと、巫女さんも笑顔で……
(あれ?)
僕の予想とは裏腹に、そこに笑顔は無かった。
巫女さんは目を伏せて、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「来人さん。実は、ですね……」
「ん?」
「正直な事を、話します。
本当は、人の心配をしている場合では無いのです……」
「ん、それは一体どういう事かな?」
つまり、巫女さんは何らかの手掛かりを……
とにかく、話を聞いてみるしかない。
「朝の日課として、毎日境内の周りを掃除しているはずなのですが……
その時の記憶が、いつも曖昧になっているのです」
「直近の記憶が曖昧って、誰がどう考えても……」
「はい……」
あまりにも衝撃的な事だったので、大声を出しそうになったが、
里遠ちゃんが寝ているのを見て冷静になった。
「いつから、それに気付いた?」
「つい最近の話です。
来人さんが私の名前を呼んで頂いた頃からでしょうか……
無意識のうちに朝の掃除をしていた事に気付いたのです」
「なるほど……」
それだけではよく解らないのだが……
とにかく、何かがあるのは間違いないだろう。
「ですが、来人さんはいつも朝遅く起きてきますので……」
「僕自身も、それは少し問題だと思っています。
いや、もう、本当に……すみません」
まあ、迷惑を掛けているとは自覚しているが、
どうしても眠れない事が多いので難しい。
「この先、もし来人さんが朝早く目を覚ましてしまったのならば……
その時は私が朝早く起きて本当に掃除をしているのかを、
実際に見て確かめていただきたいのです」
「なるほど……解りました。
可能な限り早くその機会を作りたいと思います」
一応、少しだけではあるが……
抱えていた悩みは解決の方向に向かっていると思うので、
今後はもう少し早く寝て起きれるのではと思っている。
(まあ、そんな事よりも……)
その前に、特別に早く寝て起きれば済むだけの事。
これまで一度もやった事がないので、上手く行くかは解らないが……
(何かが解るかも知れない以上、やるしかないな)
物は試し。
一つ一つ改善して、巫女さんの頼みを聞かなければなるまい。
「それでは……」
「そうですね、そろそろお開きにしましょう。
里遠ちゃんのお昼寝が、そろそろお昼寝ではない時間にまで差し掛かりかねない」
「私も、お夕飯の支度をして参りますね」
そう言って、巫女さんは軽く一礼して僕の部屋を出て行った。
後に残るのは、少し離れた場所で寝ていた里遠ちゃん。
(相変わらず、良い寝顔だが……)
そろそろ起こさねばなるまい。
しかし、すんなりと起きてくれない場合も多いので、面倒だ。
(こういう時は、一番楽な方法を取るべきだな……)
結局……
里遠ちゃんを抱きかかえて、一緒に食堂に向かう事にした。
「ん……みゅう?」
途中で目を覚ました里遠ちゃんは、
最初は何が起きているのか理解できずに辺りを見回していたが……
「だっこ?」
「まあ、そういう事だ。
このまま食堂まで行くから、しっかり掴まっていてくれよ」
「わかったぁ……」
寝ぼけながらも納得してくれて、
一切暴れられる事無く食堂まで連れて行く事に成功したのだった。
「ありがとぉ……」
「いえいえ、どういたしまして」
着いた後、里遠ちゃんをゆっくりと降ろすと、お礼を言われてしまった。
嬉しくて、思わず里遠ちゃんの頭を撫でていた。
「うみゅぅ……」
毎度の事ながら、拒まれる事無く撫でさせてくれる。
(このやり取りも、面白い物だな……)
少しだけ、楽しいと思ってしまった。
そして、その日の夜は……
考えないようにと無理をした結果、
なかなか寝付くことが出来なかった。
結局、本当に何時頃寝ていたのかは覚えていないが、
その後暫くの間夜更かしが続き、
巫女さんや里遠ちゃんに文句を言われて続けてしまったのだった。
とはいえ、反省なしでこんな状況を続けていたのかと問われると、違う。
半分くらいは意図してやっていた所もあった。
(巫女さんの不安を取り除くには……)
過去の手法を参考にして、自分なりの手法でやってみせるしかない。
(警戒を緩める為に、忘れるか忘れないかの境目くらいで行動しなくてはな……)
その為には、僕自身が忘れずに日常を過ごし続けるしかない。
いつもの毎日の中だからこそ小さな歪みはなかなか見えない物だが……
大きな歪みは、絶対に隠し切れない。
(さて、また今日も……)
夜更かしして、朝寝坊。
そして、行動を移すべき機会を窺いながらの毎日を過ごすのだった。




