27話 失う恐怖と向き合って
当たり前のような毎日。
それがどれだけ大切な物なのかは、
崩れた時にこそようやく知る事ができる物である。
そして、多くの場合……
平穏と自覚した日常は、長く続かない。
今の僕もまた、ここ最近の平穏さに少し疑問を抱きつつあった。
気がつくと、里遠ちゃんの事を気にかけていた。
無意識のうちに視線で後を辿っていて、
気がついてまた、何も無いのだと目を閉じて離れる。
(心配している表情は、なるべく見せたくないのだが……)
だが、こんな些細な隠し事なんて既に悟られているだろう。
要所要所で気遣いをされている気がするのは、気のせいでは無い。
仕方ないので、今回は自分から働きかける事にした。
ただ、何時から始めるか……
「おにいちゃん……
おにいちゃんってば!」
「ん……あ、里遠ちゃんか」
「よんでるのにへんじしてくれないの、かなしいよ~」
「ごめん、ちょっと考え事をしていた」
どうやら、先程からずっと呼ばれていたらしい。
気付けないときは手でも触れてくれれば気付くのだが……
「来人さん、あまり考え込まないでくださいね。
話していただければ、一緒に考えられるのですから」
本当、しっかりと悟られていたわけだ。
ならばいきなり話し始めても構わないだろう。
「何といえば良いのかな。
僕の予感は外れていなかったと、確証を持てる様になってきた」
「来人さん、いきなり何を言っているのですか?」
案の定、巫女さんには溜息をつかれてしまったが、
最初から相槌を打つつもりだったのだろう。
「あまり大きな変化とは言えないから困るのだけど、
ここ最近、鳥居に向けての風がよく吹く上に、
段々強くなっている気がするんだ」
「そうですか?
私にはあまり感じられませんが……」
「そんなにつよいかなぁ?」
やはり、二人には思い当たる節が無いらしい。
しかし僕はそれを何となくだが感じていた。
「僕の思い違いならば良いのですがね。
縁側の穏やかな雰囲気を感じていると、
時折そこに混じって一瞬だけ強い風が吹きます」
「信じられませんが……」
確かに、僕しか感じられない可能性は十分にある。
"風の流れに飲まれるな"と巫女さんに言われてから、
僕はそういう小さな変化を可能な限り警戒してきた。
「一度様子を見に行く方が良いね。
僕と桃子さんで行けば問題ないかな?」
「うん、おるすばんなの~」
里遠ちゃんも快く引き受けてくれたので、
僕と巫女さんはいつもの縁側のある部屋に向かう事にした。
ほんの少しばかりの寛ぎを求められる場所。
縁側には、穏やかな微風と優しい日の光が届いている。
(見た限りでは、いつもと変わりないはずなのだが……)
直感が、何かを告げているような気がする。
風の声に、耳を傾ければ知る事が出来るのだろうか。
「来人さんの思い違いではないのでしょうか?」
「確かに、今の時点ではそう考えたくもなりますね」
思い違いではないかと考えたくなるほどに、
縁側に作られた世界は静かだった。
「僕は少し、廊下に出ていようかな……」
「それなら私は、この部屋に居ますね」
とりあえず、一度離れてみる。
独りの時にしか感じられないのならば、僕が居てはいけない。
そう思って廊下に出た時……
(ん、これは……?)
風の動きが、変わった気がした。
(一定方向に流れる風が、吹き続けているのか)
思い違いでなければ良いのだが、どうもそうでは無さそうだ。
これだけで、十分警戒するに足りる。
(様子を見なくては……)
全神経を研ぎ澄ませ、風の流れを感じ取ろうと試みる。
何も、警戒するような変化はそこには無い。
「来人さん、里遠ちゃんにも来て貰いましょうか?」
「あ、ああ……」
研ぎ澄ませていたはずなのに、
何故か巫女さんの動きには感付けず、そのまま返事を返してしまった。
(もう、警戒心すら湧かなくなっていたのか……)
いつの間にか、僕は巫女さんをそれなりに信頼していた。
そんな事に、気付いた。
里遠ちゃんと巫女さんが縁側で寛いでいる。
僕は、何となく嫌な予感がしていたので廊下に居た。
(巫女さんや里遠ちゃんは一緒に居て欲しいと言ったが……)
何か悪い事が起きるかもしれない。
そう思うのには十分なほど、風の動きが揺らいでいる。
他人からすれば僅かに揺らぐだけの風だが、
僕には何らかの力を持った波のようにも感じる。
その波が、少し、また少しと……
(変な感じだ、何か、鈍く重たい感覚が……)
強くなって、嫌な予感を増幅させているかのようで……
「来人さん!」
「な、何ですか?」
部屋の中から、巫女さんの呼び声が聞こえた。
「縁側に来てください!
里遠ちゃんが、里遠ちゃんが……」
「わかった、すぐに行く!」
詳細を聞くまでも無く、僕は部屋の中へと飛び込んでいた。
そしてすぐに、一緒に居なかった事を後悔した。
「ううううぅぅぅ……」
「里遠ちゃん、どうしたのですかっ、何で……」
「ううううぅぅぅ……」
妙な唸り声を出し続けている里遠ちゃんと、
それを見て異常事態と察知して困り果てている巫女さん。
「どうしたのかな、里遠ちゃん?」
「ううううぅぅぅ……」
里遠ちゃんの目からは、涙が零れている。
何かに怯えるているのか、小刻みに体を震えていた。
「巫女さ……桃子さん」
「里遠ちゃんが突然……
こんな状況、今までで一度も見た事が……」
「皆まで言わなくても良いさ。
今日は朝から、延々と嫌な感覚が付き纏っていたんだ。
まずは落ち着いて、話を聞こう」
そうは言ったものの、話が出来る状態には見えない。
「うえぇぇぇぇっ……
おにいちゃん、おねえちゃんっ!
いやだよぉっ、いやだよぉっ!」
「何が嫌なのかな?
とにかく、言ってくれないと解らないんだ」
「ふええぇぇぇぇぇん!」
困った……
もう少し落ち着いてくれないと、話ができない。
気持ちだけが焦り、僕の呼吸まで荒くなってきた。
「来人さん……
もう少し、落ち着いてください」
「あ、ああ……」
「はい、息を吸って……吐いて……
深呼吸すると、落ち着けますよ?」
「ありがとう……」
巫女さんの一言で、僕は軽く深呼吸をする。
そして、改めて里遠ちゃんに向き合い、
震えているその手を、軽く握ってあげた。
「みんな、みんな……
こわれちゃうの、いやだよぉ……」
涙を流しながら、僕達を見る里遠ちゃん。
何が壊れてしまうのかは知らないが、
とにかくそれを極端に恐れているのは伝わってきた。
「里遠ちゃん、もう少し具体的に話して欲しいの。
来人さんが居ますから、大丈夫ですよ」
「ふぇぇ……」
とりあえず、僕が居てどう大丈夫なのかは知らないが……
里遠ちゃんの様子が少しばかり落ち着いてきた。
「ぐすっ……
みんな、みんななくなっちゃうの。そんなのいやだぁっ!
はなれたくないよ、おにいちゃん、おねえちゃんっ!」
里遠ちゃんは喚いた。
それを聞いた巫女さんも、僕も……
互いに、現状を少しだけ理解したのだった。
「うええええぇぇぇぇん」
とうとう、里遠ちゃんは本格的に泣き出してしまった。
「落ち着いてください、里遠ちゃん。
もう、どうすれば……」
落ち着かせる為に優しく語り掛けるが、効果が無い。
思わず嘆くほどに巫女さんは困っていた。
「里遠ちゃんの心配事は、
来人さんが何とかして……」
「だめぇ……むり、なのぉ……」
鼻声で里遠ちゃんが答える。
何がどう、駄目で無理なのだろうか。
それよりも、まず……
「巫女さ……桃子さん。
正直、僕に期待をしすぎてませんか?」
「来人さん、まだ私の呼び方に慣れませんか?」
「名前の件で誤魔化さないでください」
咄嗟の事で、意識がそこまで回っていなかった。
いや、今はそれよりも……
「本当はそれも大切なのですが、
里遠ちゃんが見ている何かについて、私にも思い当たる節はあるのです」
「それは……」
「時折夢の中に現れる光景の一つ。
終わりの日の夢が、関係しているのでしょう」
「終わりの日……か」
この世界も、始まりがあれば終わりもあるだろう。
それが、どうかしたのだろうか。
「具体的な事を私が答えるわけにはいきません。
一応、私と里遠ちゃんの間の秘密のような……」
「ああ、女同士の秘密とでも言いたいのかな?」
「ぐすっ……みゅぅ……」
泣いているが、里遠ちゃんは首を縦に振った。
巫女さんもまた、無言で首を縦に振っていた。
「それならばせめて、慰める方法だけでも……」
「私は……
今回の件では、どうしても……」
「ぐすっ……きえちゃうの……いやぁ……」
以前と違い、泣いている里遠ちゃんを抱き留めて慰めない巫女さん。
手を握っているだけの僕では、どうにもならないのだろうか。
「意味が解らない以上、僕にはどうする事も……」
「来人さんだけの問題ではありません。
私にも問題がある話になるのです。これは……」
「うわぁぁぁぁん!
もういやだぁっ、いやだよぉっ!」
静まっていたかと思ったら、里遠ちゃんは再び泣き喚き始めた。
(本当に、早く何とかしなくては……)
打つ手は無い、はずは無い。
思い返せ、何か決定的な事……
(恐れているのは、壊れている事か?)
最初に、何かに怯えて震えていたのを思い出して、
頭の中でようやく整理が出来た。
(何が壊れるのを、恐れているのだろうか……)
そんなのは、大体決まっているだろう。
その一端を僕も感じ取っていたのだろうから。
そして里遠ちゃんは、僕よりもっと強く感じ取り恐れているのだ。
「里遠ちゃん、正直に答えて欲しい。
壊れて消えてしまうのは、僕達二人?
それとも、この日常?」
「み、みんな……
みんなこわれちゃうよぉ……」
「包括して全部、かな」
「ぐすっ……うん……」
やはり、そうなのか。
これはどうも、面倒な事になりそうだ。
今の僕には、どうして泣き始めたのか解らないのだから。
まずは、原因から突き止めていくべきか。
そうしなければ、泣き止ませるのは難しいだろう。
「巫女さ……桃子さんは、
里遠ちゃんが泣き出した理由を知ってますね」
「話の内容は答えられませんが……」
「それでも、巫女さんはその場に居たはずだ」
「はい、ですから……
里遠ちゃんが泣き出したのは私との会話中だったのです。
そのの話題が関係していないとは……」
「なるほど」
全て言い切る前に、僕は頷いて答えた。
「最後まで聞いてください。
それとも、この事が気にならないのですか?」
「気にならないわけではないが……
聞いて、全てを教えてくれるとは思わない。
それならば、聞かない方が良いだろう」
秘密、とまで言っているのだ。
そんな事を簡単に教えてはくれないだろう。
だから、僕はあえてそれ以上触れる事はしないと決めた。
「気にならないのですか?」
「気にはなるけど、
知ってしまえば余計な混乱に繋がるのかなとも思っている」
「それでも、聞いてみたいとは……」
「そもそも……
理由を知っているのならば、自分から動かないのは何故ですか。
いつもならば、こんなに泣き止まずに暴れる事なんて……」
巫女さんは、黙って俯いた。
「答えられないという事は……
根本を辿れば巫女さんに原因があって、
僕に解決を丸投げしている事にも他なりませんよ」
「そ、それを言われてしまうと、
全部否定できないので、少し困ります……」
妙に歯切れが悪い。
「まあ、それでも……
このままだと僕はここに居る必要もあまり無いのか」
「そ、そんな事言わないでください。
少なくとも、里遠ちゃんは来人さんを……」
「なるほど。
だけどそれは、里遠ちゃんから直に聞きたいね。
泣いている今は、無理かもしれないが……」
それでも、今の僕には難しい。
間違いなく、経験の無い事を求められている。
「来人さん、逃げないでください。
とても大切な事なのです」
「僕には、どうすればいいのか……」
気持ちは焦り、自信は消える。
いつまでも里遠ちゃんを泣かせたままにしてはおけないのに。
それなのに、巫女さんは優しい顔で僕を見つめていた。
(どうして、こんなに余裕を……)
思い当たるのは、先日までの状況。
芝居を打たれているのかもしれないと思ったが……
(流石に今回は違うだろう)
廊下で感じていた何かが、その線を消していた。
「来人さん……
悩んでばかりでは、何も出来ません」
「確かに。ですが……
僕には何をどうすべきか」
「それでは、里遠ちゃんは泣き止みません。
今回の事は、私一人で説得しても意味が無いのです」
「なっ……」
驚く僕に、更に巫女さんは続けた。
「難しく考えなくても良いのです」
そして、少しだけ頬を染めて照れながら……
「来人さんはもう、知っていると思います。
私が見ているいつもの二人になれば、良いのですよ?」
その言葉で、気付かされた。
その仕草で、気付かされた。
普段とは違う巫女さんの表情と言葉。
それが、繋がっていなかった僕の思考を纏め上げていく。
(なるほど、それならば……)
考えなくても、すぐに答えは出てくる。
寂しいときには、どうすればいいのか。
今ここで、里遠ちゃんを慰めるには……
「僕もそれなりに深く関係しているわけだ。
それはまた、少々厄介な問題になりそうだ」
「そうですね……
ですが、いつかは気付かなければなりません」
そう言うと、泣いている里遠ちゃんを軽く抱き締めた。
抵抗はされなかったが、泣き顔は変わらなかった。
「いつまで泣いているのですか、里遠ちゃん?」
「おねえ……ちゃん……」
「私達は今、一緒の時を過ごしているのです。
近くに居るのですから、もっと頼ってくださいな。
そうすれば、そんな恐怖なんてどこかに飛んでいってしまいますよ?」
ゆっくりと、優しく里遠ちゃんの頭を撫でて……
僕に手本を見せてくれた。
「その通りだね」
「ですが、一番頼れるのは来人さんなのは変わりません。
そこに至るまで、解決するまでの道筋は皆で作らないといけません」
「そうだな……」
「そして最後は、来人さんが……」
「僕はそこまで万能では無いさ」
しかし、これまでを考えると間違いでもないかもしれない。
「みゅぅ……ぐす……
きえちゃうのは、かわらないよぉ……」
「いつか来る運命を悲観しても、始まりません」
「みゅぅ……」
少し落ち着きを取り戻してきた里遠ちゃん。
これならば、話もできるだろう。
「里遠ちゃんは、何を一番恐れているのかな?」
「みんな、こわれてなくなっちゃうこと。
おにいちゃんとおねえちゃんがいなくなって、
みんな、なくなっちゃうの……」
皆無くなる、か。
「こわいよぉ、ひとりぼっちはいやぁ……」
ああ、やはり……
子供の願いは、こういう素朴な物なのか。
「確かに、独りは僕も嫌だな」
「来人さん?」
小さな願いと侮る無かれ。
大人の僕でも恐れている事だから、子供なら尚更大きく感じる。
「孤独が怖いのは誰でも同じさ。
僕や桃子さんだって、心のどこかで恐れている事なのだから。
里遠ちゃんなら、尚更そうだろう?」
「うん……」
「震えたくもなる、当然だね。
皆と離れるのを怖いと思わない方がどうかしている」
いつの間にか、この場所にも愛着が湧いていた。
だから、今はそれを失うのが、怖い。
「だけど、もし……
里遠ちゃんの抱く恐怖が、悪い事の前触れなら、
僕達はもっと、互いを注視しないといけない」
僕は、里遠ちゃんの頭に手を乗せ、優しく撫で回した。
「うにゅぅ……」
「もしも、それで危険が察知できるのなら……」
「里遠ちゃんに、そんな力が?」
「この際有無は関係ないよ。
そう考えた方が、気持ちは楽になる」
「はい……」
逆に、それで苦しむのなら……
僕達が支えてあげなければならない。
「何事も、起きてみなければ解らない。
だけど、準備だけなら幾らでも出来る。
だから……」
「それを、今からするのですね」
「うんっ!」
いつの間にか、里遠ちゃんは泣き止み……
目は腫れているが、極上の笑顔がそこにあった。
そして、巫女さんは……
「本当に、最後は来人さんが何とかしてしまいましたね……」
「あっ……」
微笑みながら、その瞳には涙が滲み出ていた。
そして……
「だから私は、来人さんの事を信じます。
本当に、本当にっ……」
「桃子さん……」
「おねえちゃん……」
張り詰めていた気持ちが解けて、巫女さんは号泣していた。
「今は少しだけ、泣かせていただけませんか……」
「構いませんよ。
思いっきり泣きたい時は、気が済むまで泣けば良いさ」
「ありがとう、ございます……」
僕は、黙ってその姿を見ていた。
この涙が、里遠ちゃんへの愛情の大きさなのだろう。
これだけでも驚くべき事だが……
いつか話したときよりも、僕への信頼が強くなっている。
互いが互いに警戒する心を持つと言っていた頃が懐かしい。
(それに……だ)
どうしてここまで、泣いている巫女さんの頭を撫でたくなってしまうのか。
小刻みに震えている足が、彼女の本音を現していて、尚の事そう思う。
「怖かったのは、桃子さんも同じかな。
ごめん、僕は気付けなかった」
「来人さん、謝らないでください。
私もまた、自覚していなかったのですよ?」
「それでも、です。そして感謝もしなくては。
里遠ちゃんと、向き合ってくれた事を」
「あ、はい……」
僕が来た頃の状況を考えれば、
こんな光景が見れるなんて、誰も思わなかっただろう。
「そして巫女さんは……
何か、大きな決意のような物をしたのかな」
「はい、ですが……
まだ、何となくでしかありません」
「それで、十分です」
それはきっと、終わりに対しての事。
(終わり……か)
僕は多分、外から来た人間。
それならば、何処かで別れを経験しているはずなのだ。
記憶が無いだけ、かもしれない。
「互いに信頼を深めれば、掴めるのかもしれませんね」
「僕も、そうなれば良いと思っています」
「みゅぅ……」
「だから、今は互いが互いを必要として、信頼する事。
それだけで、十分ではないかと」
「そうですね……」
それが切れた時に、里遠ちゃんが怯えていた事態になる。
絶対に、避けなければならない。
「きっと、終わりもまたその果てに訪れるのですか……」
「それは、多分……」
「おねえちゃん……」
間違いない、とは思う。
だけど、今はあまり考えたくない事かもしれない。
「まずは、今を大切にすべきだね」
「日常は、まだまだ続くのですから……」
「そのとおりだよ~」
そう、ここでの生活はまだ続いていく。
いずれ迎えるであろう終わりの日が近付こうとも……
頭を抱えるほどの秘密を積み重ね、
数多の矛盾を有耶無耶にしながら、
掴んでは消えていく尻尾を、追いかけて……
(いずれは、僕が掴まねばならないのだろうね)
日常は、続いていく。
どこまでも、どこまでも。
縁側から見上げる空のように……
ところで、先程から辺りが静かなのだが……
「すぅ……うにゃぁ……」
里遠ちゃんがいつの間にか縁側で寝ていた。
(待て、寝返りで……)
落ちそうじゃないかと思い、慌てて部屋の方に押し戻した。
「うみゅぅ……」
幸せそうに寝ている姿を見て、安心する。
で、巫女さんは何処に……
「えいっ!」
「んなっ……!」
そう思った時には背中を突かれて声を出していた。
慌てて振り返ると、笑顔を浮かべる巫女さんが……
「考え事ですか、来人さん?」
「今ので全部飛んだ気がする」
「え、そ、それは謝ります。
ですが、油断をしていると……」
「気持ちを引き締めろという意味なら間違ってはいないけど、
お茶目な悪戯にまで神経を尖らせる気は無いですよ」
そこまでしていたら、正直疲れてしまう。
「本当は、少しばかり里遠ちゃんの事が羨ましいのです。
来人さんに護られている、そんな姿が……」
「僕にとっては、桃子さんも護らねばと思っていますけどね……」
これは、紛れも無い事実だった。
先程の涙を見て、巫女さんもまた一人の女性であり、
弱さも何処かに持っているのだと感じた。
「本気にしてしまいそうな事を、言わないでください。
ですが、不思議な事にとても嬉しいとも思っています」
「僕もまた、こんな考えに至っていた自分に対して驚いています」
そして、その大元に存在しているのは……
僕も巫女さんも、薄々感付き始めていた。
「里遠ちゃん、だ」
「里遠ちゃん、ですね……」
僕も、巫女さんも……
そこで寝ていた里遠ちゃんに視線を合わせていた。
「良くも悪くも、全ての中心に居るのは里遠ちゃんだね」
「はい、私も同じ事を考えていました。
これは本当に、単なる偶然なのでしょうか?」
そう、下手な偶然にしては出来すぎている事ばかりだ。
(尚悪いのは、出来すぎているのに嫌悪を抱いていない事か)
まるで……
いや、ここで結論を出すのは拙速か。
「僕達の間を繋いでいる力の根源は、
多分そこにあるのだと思います」
僕も、巫女さんも……
お互いに、納得していた。
「関係の全てを変えてきたのは……」
「その結論は、まだ出せないかな。
謎はこの場所に、隙間無く詰まっています」
そう、考え始めれば際限が無くなるほどに。
「私には、これもまだ真実の一端でしかないと思います。
私や来人さんの両方に似てきた里遠ちゃんを見ていると、
中心に居るのはやはり……」
「その予想で間違いないと思う。
だからこそ、桃子さんの中に生まれている淡い気持ちを、
今の僕は受け取る気は無い」
いつかは出てくると思った話。
この関係が、姉妹と旅人の同居から始まって、
義理の兄妹を経て、その先に向かうのは……
「な、何で……」
「流石に、その手の事に疎い僕でも気付きます。
だからこそもう一度念押しします。
それを受け取る気は、ありません」
「残念、です……」
「但し……」
そう、これは終わりではない。
「これが仕組まれて生まれた物ではないと断定できた時は……」
「私も、はっきりと言葉に出来るまで……」
「お互い、止めておきましょう」
「はい」
これはきっと、僕達の関係を変化させる為に必要な手段。
「気付く前から失恋すると思いましたが、
お互いの気持ちは正しく伝わってますね」
「家族に近い関係ならば、自然にこうなるのかな」
それが、きっと本質なのではないだろうか。
里遠ちゃんが中心に居て、大切な存在と考えるならば……
僕達はまだ行動を起こすべきではないだろう。
「もう少し、成り行きを互いに見ていきますか」
「はい、そうですね。
時が来たら、この縁側で……」
「是非とも、思う存分語り合いましょう」
きっとこれは、あるべき姿を辿るための序曲。
ここから、変わる。
改めて、そんな事を僕は思った。
縁側から見る空は、広い。
手を出して、流れるそよ風を感じてみる。
里遠ちゃんに異変が起こる前にあった風の変化。
その事を思い出す。
(結局あれは、何だったのだろうか……)
また一つ、考えなければならない謎を増やしつつ……
今日もまた、いつもの日常。
(だけど、少し前とは趣が違う……)
時間の流れが確実に過ぎている事を、改めて実感するのだった。




