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神ノ社  作者: 空橋 駆
6章 桃子と来人
27/36

27話 失う恐怖と向き合って

当たり前のような毎日。

それがどれだけ大切な物なのかは、

崩れた時にこそようやく知る事ができる物である。


そして、多くの場合……

平穏と自覚した日常は、長く続かない。

今の僕もまた、ここ最近の平穏さに少し疑問を抱きつつあった。


気がつくと、里遠ちゃんの事を気にかけていた。

無意識のうちに視線で後を辿っていて、

気がついてまた、何も無いのだと目を閉じて離れる。


(心配している表情は、なるべく見せたくないのだが……)


だが、こんな些細な隠し事なんて既に悟られているだろう。

要所要所で気遣いをされている気がするのは、気のせいでは無い。


仕方ないので、今回は自分から働きかける事にした。

ただ、何時から始めるか……


「おにいちゃん……

 おにいちゃんってば!」

「ん……あ、里遠ちゃんか」

「よんでるのにへんじしてくれないの、かなしいよ~」

「ごめん、ちょっと考え事をしていた」


どうやら、先程からずっと呼ばれていたらしい。

気付けないときは手でも触れてくれれば気付くのだが……


「来人さん、あまり考え込まないでくださいね。

 話していただければ、一緒に考えられるのですから」


本当、しっかりと悟られていたわけだ。

ならばいきなり話し始めても構わないだろう。


「何といえば良いのかな。

 僕の予感は外れていなかったと、確証を持てる様になってきた」

「来人さん、いきなり何を言っているのですか?」


案の定、巫女さんには溜息をつかれてしまったが、

最初から相槌を打つつもりだったのだろう。


「あまり大きな変化とは言えないから困るのだけど、

 ここ最近、鳥居に向けての風がよく吹く上に、

 段々強くなっている気がするんだ」

「そうですか?

 私にはあまり感じられませんが……」

「そんなにつよいかなぁ?」


やはり、二人には思い当たる節が無いらしい。

しかし僕はそれを何となくだが感じていた。


「僕の思い違いならば良いのですがね。

 縁側の穏やかな雰囲気を感じていると、

 時折そこに混じって一瞬だけ強い風が吹きます」

「信じられませんが……」


確かに、僕しか感じられない可能性は十分にある。

"風の流れに飲まれるな"と巫女さんに言われてから、

僕はそういう小さな変化を可能な限り警戒してきた。


「一度様子を見に行く方が良いね。

 僕と桃子さんで行けば問題ないかな?」

「うん、おるすばんなの~」


里遠ちゃんも快く引き受けてくれたので、

僕と巫女さんはいつもの縁側のある部屋に向かう事にした。



ほんの少しばかりの寛ぎを求められる場所。

縁側には、穏やかな微風と優しい日の光が届いている。


(見た限りでは、いつもと変わりないはずなのだが……)


直感が、何かを告げているような気がする。

風の声に、耳を傾ければ知る事が出来るのだろうか。


「来人さんの思い違いではないのでしょうか?」

「確かに、今の時点ではそう考えたくもなりますね」


思い違いではないかと考えたくなるほどに、

縁側に作られた世界は静かだった。


「僕は少し、廊下に出ていようかな……」

「それなら私は、この部屋に居ますね」


とりあえず、一度離れてみる。

独りの時にしか感じられないのならば、僕が居てはいけない。


そう思って廊下に出た時……


(ん、これは……?)


風の動きが、変わった気がした。


(一定方向に流れる風が、吹き続けているのか)


思い違いでなければ良いのだが、どうもそうでは無さそうだ。

これだけで、十分警戒するに足りる。


(様子を見なくては……)


全神経を研ぎ澄ませ、風の流れを感じ取ろうと試みる。

何も、警戒するような変化はそこには無い。


「来人さん、里遠ちゃんにも来て貰いましょうか?」

「あ、ああ……」


研ぎ澄ませていたはずなのに、

何故か巫女さんの動きには感付けず、そのまま返事を返してしまった。


(もう、警戒心すら湧かなくなっていたのか……)


いつの間にか、僕は巫女さんをそれなりに信頼していた。

そんな事に、気付いた。



里遠ちゃんと巫女さんが縁側で寛いでいる。

僕は、何となく嫌な予感がしていたので廊下に居た。


(巫女さんや里遠ちゃんは一緒に居て欲しいと言ったが……)


何か悪い事が起きるかもしれない。

そう思うのには十分なほど、風の動きが揺らいでいる。


他人からすれば僅かに揺らぐだけの風だが、

僕には何らかの力を持った波のようにも感じる。

その波が、少し、また少しと……


(変な感じだ、何か、鈍く重たい感覚が……)


強くなって、嫌な予感を増幅させているかのようで……


「来人さん!」

「な、何ですか?」


部屋の中から、巫女さんの呼び声が聞こえた。


「縁側に来てください!

 里遠ちゃんが、里遠ちゃんが……」

「わかった、すぐに行く!」


詳細を聞くまでも無く、僕は部屋の中へと飛び込んでいた。

そしてすぐに、一緒に居なかった事を後悔した。


「ううううぅぅぅ……」

「里遠ちゃん、どうしたのですかっ、何で……」

「ううううぅぅぅ……」


妙な唸り声を出し続けている里遠ちゃんと、

それを見て異常事態と察知して困り果てている巫女さん。


「どうしたのかな、里遠ちゃん?」

「ううううぅぅぅ……」


里遠ちゃんの目からは、涙が零れている。

何かに怯えるているのか、小刻みに体を震えていた。


「巫女さ……桃子さん」

「里遠ちゃんが突然……

 こんな状況、今までで一度も見た事が……」

「皆まで言わなくても良いさ。

 今日は朝から、延々と嫌な感覚が付き纏っていたんだ。

 まずは落ち着いて、話を聞こう」


そうは言ったものの、話が出来る状態には見えない。


「うえぇぇぇぇっ……

 おにいちゃん、おねえちゃんっ!

 いやだよぉっ、いやだよぉっ!」

「何が嫌なのかな?

 とにかく、言ってくれないと解らないんだ」

「ふええぇぇぇぇぇん!」


困った……

もう少し落ち着いてくれないと、話ができない。

気持ちだけが焦り、僕の呼吸まで荒くなってきた。


「来人さん……

 もう少し、落ち着いてください」

「あ、ああ……」

「はい、息を吸って……吐いて……

 深呼吸すると、落ち着けますよ?」

「ありがとう……」


巫女さんの一言で、僕は軽く深呼吸をする。

そして、改めて里遠ちゃんに向き合い、

震えているその手を、軽く握ってあげた。


「みんな、みんな……

 こわれちゃうの、いやだよぉ……」


涙を流しながら、僕達を見る里遠ちゃん。

何が壊れてしまうのかは知らないが、

とにかくそれを極端に恐れているのは伝わってきた。


「里遠ちゃん、もう少し具体的に話して欲しいの。

 来人さんが居ますから、大丈夫ですよ」

「ふぇぇ……」


とりあえず、僕が居てどう大丈夫なのかは知らないが……

里遠ちゃんの様子が少しばかり落ち着いてきた。


「ぐすっ……

 みんな、みんななくなっちゃうの。そんなのいやだぁっ!

 はなれたくないよ、おにいちゃん、おねえちゃんっ!」


里遠ちゃんは喚いた。

それを聞いた巫女さんも、僕も……

互いに、現状を少しだけ理解したのだった。


「うええええぇぇぇぇん」


とうとう、里遠ちゃんは本格的に泣き出してしまった。


「落ち着いてください、里遠ちゃん。

 もう、どうすれば……」


落ち着かせる為に優しく語り掛けるが、効果が無い。

思わず嘆くほどに巫女さんは困っていた。


「里遠ちゃんの心配事は、

 来人さんが何とかして……」

「だめぇ……むり、なのぉ……」


鼻声で里遠ちゃんが答える。

何がどう、駄目で無理なのだろうか。

それよりも、まず……


「巫女さ……桃子さん。

 正直、僕に期待をしすぎてませんか?」

「来人さん、まだ私の呼び方に慣れませんか?」

「名前の件で誤魔化さないでください」


咄嗟の事で、意識がそこまで回っていなかった。

いや、今はそれよりも……


「本当はそれも大切なのですが、

 里遠ちゃんが見ている何かについて、私にも思い当たる節はあるのです」

「それは……」

「時折夢の中に現れる光景の一つ。

 終わりの日の夢が、関係しているのでしょう」

「終わりの日……か」


この世界も、始まりがあれば終わりもあるだろう。

それが、どうかしたのだろうか。


「具体的な事を私が答えるわけにはいきません。

 一応、私と里遠ちゃんの間の秘密のような……」

「ああ、女同士の秘密とでも言いたいのかな?」

「ぐすっ……みゅぅ……」


泣いているが、里遠ちゃんは首を縦に振った。

巫女さんもまた、無言で首を縦に振っていた。


「それならばせめて、慰める方法だけでも……」

「私は……

 今回の件では、どうしても……」

「ぐすっ……きえちゃうの……いやぁ……」


以前と違い、泣いている里遠ちゃんを抱き留めて慰めない巫女さん。

手を握っているだけの僕では、どうにもならないのだろうか。


「意味が解らない以上、僕にはどうする事も……」

「来人さんだけの問題ではありません。

 私にも問題がある話になるのです。これは……」

「うわぁぁぁぁん!

 もういやだぁっ、いやだよぉっ!」


静まっていたかと思ったら、里遠ちゃんは再び泣き喚き始めた。


(本当に、早く何とかしなくては……)


打つ手は無い、はずは無い。

思い返せ、何か決定的な事……


(恐れているのは、壊れている事か?)


最初に、何かに怯えて震えていたのを思い出して、

頭の中でようやく整理が出来た。


(何が壊れるのを、恐れているのだろうか……)


そんなのは、大体決まっているだろう。

その一端を僕も感じ取っていたのだろうから。

そして里遠ちゃんは、僕よりもっと強く感じ取り恐れているのだ。


「里遠ちゃん、正直に答えて欲しい。

 壊れて消えてしまうのは、僕達二人?

 それとも、この日常?」

「み、みんな……

 みんなこわれちゃうよぉ……」

「包括して全部、かな」

「ぐすっ……うん……」


やはり、そうなのか。

これはどうも、面倒な事になりそうだ。


今の僕には、どうして泣き始めたのか解らないのだから。



まずは、原因から突き止めていくべきか。

そうしなければ、泣き止ませるのは難しいだろう。


「巫女さ……桃子さんは、

 里遠ちゃんが泣き出した理由を知ってますね」

「話の内容は答えられませんが……」

「それでも、巫女さんはその場に居たはずだ」

「はい、ですから……

 里遠ちゃんが泣き出したのは私との会話中だったのです。

 そのの話題が関係していないとは……」

「なるほど」


全て言い切る前に、僕は頷いて答えた。


「最後まで聞いてください。

 それとも、この事が気にならないのですか?」

「気にならないわけではないが……

 聞いて、全てを教えてくれるとは思わない。

 それならば、聞かない方が良いだろう」


秘密、とまで言っているのだ。

そんな事を簡単に教えてはくれないだろう。

だから、僕はあえてそれ以上触れる事はしないと決めた。


「気にならないのですか?」

「気にはなるけど、

 知ってしまえば余計な混乱に繋がるのかなとも思っている」

「それでも、聞いてみたいとは……」

「そもそも……

 理由を知っているのならば、自分から動かないのは何故ですか。

 いつもならば、こんなに泣き止まずに暴れる事なんて……」


巫女さんは、黙って俯いた。


「答えられないという事は……

 根本を辿れば巫女さんに原因があって、

 僕に解決を丸投げしている事にも他なりませんよ」

「そ、それを言われてしまうと、

 全部否定できないので、少し困ります……」


妙に歯切れが悪い。


「まあ、それでも……

 このままだと僕はここに居る必要もあまり無いのか」

「そ、そんな事言わないでください。

 少なくとも、里遠ちゃんは来人さんを……」

「なるほど。

 だけどそれは、里遠ちゃんから直に聞きたいね。

 泣いている今は、無理かもしれないが……」


それでも、今の僕には難しい。

間違いなく、経験の無い事を求められている。


「来人さん、逃げないでください。

 とても大切な事なのです」

「僕には、どうすればいいのか……」


気持ちは焦り、自信は消える。

いつまでも里遠ちゃんを泣かせたままにしてはおけないのに。


それなのに、巫女さんは優しい顔で僕を見つめていた。


(どうして、こんなに余裕を……)


思い当たるのは、先日までの状況。

芝居を打たれているのかもしれないと思ったが……


(流石に今回は違うだろう)


廊下で感じていた何かが、その線を消していた。


「来人さん……

 悩んでばかりでは、何も出来ません」

「確かに。ですが……

 僕には何をどうすべきか」

「それでは、里遠ちゃんは泣き止みません。

 今回の事は、私一人で説得しても意味が無いのです」

「なっ……」


驚く僕に、更に巫女さんは続けた。


「難しく考えなくても良いのです」


そして、少しだけ頬を染めて照れながら……


「来人さんはもう、知っていると思います。

 私が見ているいつもの二人になれば、良いのですよ?」


その言葉で、気付かされた。

その仕草で、気付かされた。


普段とは違う巫女さんの表情と言葉。

それが、繋がっていなかった僕の思考を纏め上げていく。


(なるほど、それならば……)


考えなくても、すぐに答えは出てくる。

寂しいときには、どうすればいいのか。

今ここで、里遠ちゃんを慰めるには……


「僕もそれなりに深く関係しているわけだ。

 それはまた、少々厄介な問題になりそうだ」

「そうですね……

 ですが、いつかは気付かなければなりません」


そう言うと、泣いている里遠ちゃんを軽く抱き締めた。

抵抗はされなかったが、泣き顔は変わらなかった。


「いつまで泣いているのですか、里遠ちゃん?」

「おねえ……ちゃん……」

「私達は今、一緒の時を過ごしているのです。

 近くに居るのですから、もっと頼ってくださいな。

 そうすれば、そんな恐怖なんてどこかに飛んでいってしまいますよ?」


ゆっくりと、優しく里遠ちゃんの頭を撫でて……

僕に手本を見せてくれた。


「その通りだね」

「ですが、一番頼れるのは来人さんなのは変わりません。

 そこに至るまで、解決するまでの道筋は皆で作らないといけません」

「そうだな……」

「そして最後は、来人さんが……」

「僕はそこまで万能では無いさ」


しかし、これまでを考えると間違いでもないかもしれない。


「みゅぅ……ぐす……

 きえちゃうのは、かわらないよぉ……」

「いつか来る運命を悲観しても、始まりません」

「みゅぅ……」


少し落ち着きを取り戻してきた里遠ちゃん。

これならば、話もできるだろう。


「里遠ちゃんは、何を一番恐れているのかな?」

「みんな、こわれてなくなっちゃうこと。

 おにいちゃんとおねえちゃんがいなくなって、

 みんな、なくなっちゃうの……」


皆無くなる、か。


「こわいよぉ、ひとりぼっちはいやぁ……」


ああ、やはり……

子供の願いは、こういう素朴な物なのか。


「確かに、独りは僕も嫌だな」

「来人さん?」


小さな願いと侮る無かれ。

大人の僕でも恐れている事だから、子供なら尚更大きく感じる。


「孤独が怖いのは誰でも同じさ。

 僕や桃子さんだって、心のどこかで恐れている事なのだから。

 里遠ちゃんなら、尚更そうだろう?」

「うん……」

「震えたくもなる、当然だね。

 皆と離れるのを怖いと思わない方がどうかしている」


いつの間にか、この場所にも愛着が湧いていた。

だから、今はそれを失うのが、怖い。


「だけど、もし……

 里遠ちゃんの抱く恐怖が、悪い事の前触れなら、

 僕達はもっと、互いを注視しないといけない」


僕は、里遠ちゃんの頭に手を乗せ、優しく撫で回した。


「うにゅぅ……」

「もしも、それで危険が察知できるのなら……」

「里遠ちゃんに、そんな力が?」

「この際有無は関係ないよ。

 そう考えた方が、気持ちは楽になる」

「はい……」


逆に、それで苦しむのなら……

僕達が支えてあげなければならない。


「何事も、起きてみなければ解らない。

 だけど、準備だけなら幾らでも出来る。

 だから……」

「それを、今からするのですね」

「うんっ!」


いつの間にか、里遠ちゃんは泣き止み……

目は腫れているが、極上の笑顔がそこにあった。

そして、巫女さんは……


「本当に、最後は来人さんが何とかしてしまいましたね……」

「あっ……」


微笑みながら、その瞳には涙が滲み出ていた。

そして……


「だから私は、来人さんの事を信じます。

 本当に、本当にっ……」

「桃子さん……」

「おねえちゃん……」


張り詰めていた気持ちが解けて、巫女さんは号泣していた。


「今は少しだけ、泣かせていただけませんか……」

「構いませんよ。

 思いっきり泣きたい時は、気が済むまで泣けば良いさ」

「ありがとう、ございます……」


僕は、黙ってその姿を見ていた。

この涙が、里遠ちゃんへの愛情の大きさなのだろう。

これだけでも驚くべき事だが……


いつか話したときよりも、僕への信頼が強くなっている。

互いが互いに警戒する心を持つと言っていた頃が懐かしい。


(それに……だ)


どうしてここまで、泣いている巫女さんの頭を撫でたくなってしまうのか。

小刻みに震えている足が、彼女の本音を現していて、尚の事そう思う。


「怖かったのは、桃子さんも同じかな。

 ごめん、僕は気付けなかった」

「来人さん、謝らないでください。

 私もまた、自覚していなかったのですよ?」

「それでも、です。そして感謝もしなくては。

 里遠ちゃんと、向き合ってくれた事を」

「あ、はい……」


僕が来た頃の状況を考えれば、

こんな光景が見れるなんて、誰も思わなかっただろう。


「そして巫女さんは……

 何か、大きな決意のような物をしたのかな」

「はい、ですが……

 まだ、何となくでしかありません」

「それで、十分です」


それはきっと、終わりに対しての事。


(終わり……か)


僕は多分、外から来た人間。

それならば、何処かで別れを経験しているはずなのだ。

記憶が無いだけ、かもしれない。


「互いに信頼を深めれば、掴めるのかもしれませんね」

「僕も、そうなれば良いと思っています」

「みゅぅ……」

「だから、今は互いが互いを必要として、信頼する事。

 それだけで、十分ではないかと」

「そうですね……」


それが切れた時に、里遠ちゃんが怯えていた事態になる。

絶対に、避けなければならない。


「きっと、終わりもまたその果てに訪れるのですか……」

「それは、多分……」

「おねえちゃん……」


間違いない、とは思う。

だけど、今はあまり考えたくない事かもしれない。


「まずは、今を大切にすべきだね」

「日常は、まだまだ続くのですから……」

「そのとおりだよ~」


そう、ここでの生活はまだ続いていく。

いずれ迎えるであろう終わりの日が近付こうとも……


頭を抱えるほどの秘密を積み重ね、

数多の矛盾を有耶無耶にしながら、

掴んでは消えていく尻尾を、追いかけて……


(いずれは、僕が掴まねばならないのだろうね)


日常は、続いていく。

どこまでも、どこまでも。

縁側から見上げる空のように……



ところで、先程から辺りが静かなのだが……


「すぅ……うにゃぁ……」


里遠ちゃんがいつの間にか縁側で寝ていた。


(待て、寝返りで……)


落ちそうじゃないかと思い、慌てて部屋の方に押し戻した。


「うみゅぅ……」


幸せそうに寝ている姿を見て、安心する。

で、巫女さんは何処に……


「えいっ!」

「んなっ……!」


そう思った時には背中を突かれて声を出していた。

慌てて振り返ると、笑顔を浮かべる巫女さんが……


「考え事ですか、来人さん?」

「今ので全部飛んだ気がする」

「え、そ、それは謝ります。

 ですが、油断をしていると……」

「気持ちを引き締めろという意味なら間違ってはいないけど、

 お茶目な悪戯にまで神経を尖らせる気は無いですよ」


そこまでしていたら、正直疲れてしまう。


「本当は、少しばかり里遠ちゃんの事が羨ましいのです。

 来人さんに護られている、そんな姿が……」

「僕にとっては、桃子さんも護らねばと思っていますけどね……」


これは、紛れも無い事実だった。

先程の涙を見て、巫女さんもまた一人の女性であり、

弱さも何処かに持っているのだと感じた。


「本気にしてしまいそうな事を、言わないでください。

 ですが、不思議な事にとても嬉しいとも思っています」

「僕もまた、こんな考えに至っていた自分に対して驚いています」


そして、その大元に存在しているのは……

僕も巫女さんも、薄々感付き始めていた。


「里遠ちゃん、だ」

「里遠ちゃん、ですね……」


僕も、巫女さんも……

そこで寝ていた里遠ちゃんに視線を合わせていた。


「良くも悪くも、全ての中心に居るのは里遠ちゃんだね」

「はい、私も同じ事を考えていました。

 これは本当に、単なる偶然なのでしょうか?」


そう、下手な偶然にしては出来すぎている事ばかりだ。


(尚悪いのは、出来すぎているのに嫌悪を抱いていない事か)


まるで……

いや、ここで結論を出すのは拙速か。


「僕達の間を繋いでいる力の根源は、

 多分そこにあるのだと思います」


僕も、巫女さんも……

お互いに、納得していた。


「関係の全てを変えてきたのは……」

「その結論は、まだ出せないかな。

 謎はこの場所に、隙間無く詰まっています」


そう、考え始めれば際限が無くなるほどに。


「私には、これもまだ真実の一端でしかないと思います。

 私や来人さんの両方に似てきた里遠ちゃんを見ていると、

 中心に居るのはやはり……」

「その予想で間違いないと思う。

 だからこそ、桃子さんの中に生まれている淡い気持ちを、

 今の僕は受け取る気は無い」


いつかは出てくると思った話。

この関係が、姉妹と旅人の同居から始まって、

義理の兄妹を経て、その先に向かうのは……


「な、何で……」

「流石に、その手の事に疎い僕でも気付きます。

 だからこそもう一度念押しします。

 それを受け取る気は、ありません」

「残念、です……」

「但し……」


そう、これは終わりではない。


「これが仕組まれて生まれた物ではないと断定できた時は……」

「私も、はっきりと言葉に出来るまで……」

「お互い、止めておきましょう」

「はい」


これはきっと、僕達の関係を変化させる為に必要な手段。


「気付く前から失恋すると思いましたが、

 お互いの気持ちは正しく伝わってますね」

「家族に近い関係ならば、自然にこうなるのかな」


それが、きっと本質なのではないだろうか。

里遠ちゃんが中心に居て、大切な存在と考えるならば……

僕達はまだ行動を起こすべきではないだろう。


「もう少し、成り行きを互いに見ていきますか」

「はい、そうですね。

 時が来たら、この縁側で……」

「是非とも、思う存分語り合いましょう」


きっとこれは、あるべき姿を辿るための序曲。

ここから、変わる。


改めて、そんな事を僕は思った。



縁側から見る空は、広い。

手を出して、流れるそよ風を感じてみる。


里遠ちゃんに異変が起こる前にあった風の変化。

その事を思い出す。


(結局あれは、何だったのだろうか……)


また一つ、考えなければならない謎を増やしつつ……

今日もまた、いつもの日常。


(だけど、少し前とは趣が違う……)


時間の流れが確実に過ぎている事を、改めて実感するのだった。

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