26話 縁側で一服の時
さて、唐突かもしれないが……
日常に疲れて、一息入れたいと思ったときは、
縁側に腰掛けて、のんびりと空を眺めると良い……
と、僕ではなく巫女さんが言っていたのを聞いた。
今日みたいな過ごし易い陽気なら、最高かもしれない。
「それにしても、本当にのんびりとしているな……」
あまりにもゆっくりと時間が流れていて、
まるで止まっているかのような印象を受ける。
淹れたてのお茶と茶菓子を片手に寛げば、
和の雰囲気に包まれ、心地良さで時間を忘れそうにもなる。
(とはいえ、だ……)
これを準備したであろう肝心の巫女さんが、
行方不明なのは少々気味が悪いかもしれない。
恐らく里遠ちゃんに引っ張られて外に行ってしまったのか。
もしくは、僕を探して部屋を出た結果入れ違いになったのか……
どちらでも、そこまで心配する必要は無いだろう。
(何せ、ここに来る前に遠巻きに歩いていたのを見たからね)
というわけで、この独りだけの時間を満喫しよう。
正直な所、罪悪感が無いとは言わないが、
時にはこんな感じでのんびりするのも楽しくて良いじゃないか。
「あーっ!」
と、いきなり足音が響いたと思ったらこれだ。
やはり、独りの時間は長続きなどしなかった。
足音の大きさで巫女さん一人だと気付いた。
「来人さん、やっぱりここにいたのですね!」
「気付かれたか……」
「探しても見つからなかったので何をしているのかと思えば、
ここで独りで和んでいたのですね!」
やはり、僕を探していたのか。
「しかも、私が準備していたお茶まで勝手に飲んでいますし……」
「いや、本当にすみません。
呼び止め損ねたのも重ねて謝ります」
「そこまで謝るという事は、
私が外にまで探しに出ていた事を知っていたのですね!」
あ、しまった。
どうやら薮蛇だったみたいだ……
「偶然だったといえば、許してくれますかね?」
「もう……
いい加減にしてくださいね、全く」
膨れっ面だけど、何となく笑っているのは気のせいか。
いや、気のせいでは無いのだろう。
「まあ、最初からこうなるのを見越して準備していたのは、
桃子さんの方だと思うと、いい加減にして欲しいのは……」
「あ、判りました?」
わざとらしく巫女さんが返してくる。
全く、これだから……
「当然ですよ。
それに、今回はおまけに里遠ちゃんも共謀しているでしょう」
巫女さんの後ろに目を遣ると、里遠ちゃんが出てきていた。
「みゅぅ、わかっちゃったの?」
この不自然な状況を見れば、
わざわざ深読みなどせずとも気付けるだろう。
笑顔の里遠ちゃんを見て、僕は苦笑いするしかなかった。
「冷めてないお湯が入った急須と、
飲んでくださいと言わんばかりの準備具合。
ここまでされて判らない方がどうかしてるさ」
「それもそうですね」
むしろ、逆に不自然だった。
裏があると思ったら逆を突かれそうなほどに。
「で、里遠ちゃんが提案したのかな、これは」
「あら、そこまでお見通しなのですか」
「巻き込まれたのは……」
「それ以上は言わないであげてくださいね」
お互い、状況を察した。
「それにしても、よくこんな悪戯を……」
「みゅぅ、ごめんなさいなのです」
反省はしているみたいだ。
別に気にするほどでもない悪戯なので構わない。
「そこまで気にしないでも良いさ。
ほら、笑顔笑顔」
「えへへ~」
僕が里遠ちゃんの頭を撫でる。
「来人さん、里遠ちゃんに甘くありませんか?」
「そもそも、一緒になって悪戯している時点で、
十分過ぎるほどに桃子さんも甘いですよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、判ってしまえばただの悪戯だから、
あまり怒る気にはならないけど……」
潔く謝られてしまうと、それ以上は追求できなくなる。
相手の思惑に寸分違わずに引っ掛かった時点で、
最初からこちらの負けなのだ。
それこそ、日常の風景としてみるのならば、
これほど楽しい瞬間は無いのではなかろうか。
そんな事を、最近の僕はよく考えていた。
仕切り直しということで、僕と巫女さんは縁側に座っていた。
里遠ちゃんは縁側に座らず、部屋の中に入って寝転がっていた。
それでも落ち着きが無いので、すぐに寝る事は無いだろう。
(少し落ち着いたら、外で一緒に遊びに行っても良いか)
伸びてみたり転がってみたりしているのを見ているのも楽しいが、
とりあえず縁側の雰囲気を楽しもうと体勢を戻す。
そうすると、目の前にお茶が差し出された。
「はい、どうぞ」
「あ、お茶、ありがとうございます」
巫女さんは続けて自分の分のお茶を手際よく注いでいた。
お茶菓子も先程僕が食べた品とは違う物が用意されている。
本当に、用意周到だと感心した。
「落ち着きますね、本当に」
巫女さんがお茶を飲みながら呟く。
「縁側に座って空を眺め、自然を楽しむ。
最高の贅沢とまでは言わないけど、良いものだね」
「来人さんは……
自然が、お好きなのですね」
「記憶に無くとも、心のどこかで追い求めているのかもしれない。
だからこそ、空を見たくなる」
見上げれば、青い空にゆっくりと動く雲が一つ。
「普段は大きな変化なんて存在しない。
だけど、時折大きなうねりのような物を感じる」
空は、常に動いている。
雲一つ無い快晴の日でも、空は刻々と変化を見せる。
時計が無くとも、時の概念はあるのだ。
「つい、その動きから目を離せなくなる。
変化しているからこそ、美しい」
「里遠ちゃんも感化されているのでしょうか……
最近、よく似た事を言っていたと思います」
「ふむ、それはなかなか興味深い事だね」
僕が知らない所で起きていた事。
だから、知りたいと思ってしまう。
「里遠ちゃんの仕草、行動、考え方、振る舞いも……
来人さんに影響されて変わっています。
嬉しい反面、怖いと思うときもあるのです」
「僕としても、手放しで全て喜べる物とは思っていません。
ですが、僕達の事をしっかり見ているのは、よく解る」
「そうですね……」
里遠ちゃんが外を走り回っている。
これもまた、僕に影響されたからなのだろうか。
「外から来た存在である自分が、何者か……
何一つ答えも出ていないのに、こんな事をしていても良いのだろうか」
「まだそんな事を気にしているのですか?」
「気にならないわけが無い。
ここまで完全に溶け込めているのが異常だとは思いませんか?」
「正直に言わせていただくと、私はそう思いません」
「そうか……」
巫女さんに自信を持って言われてしまったので、
思わず僕はそう呟くしかなかった。
「来人さんの疑念も、解ります。
ですが、それもまた里遠ちゃんの行動で変化した物では……」
それを聞いたとき、僕は耳を疑った。
思わず反論しようと思ったが……
(よく考えてみれば……なるほどな)
否定する要素なんて、一切無かった事に気付いた。
「それならば一つ気になる事が。
桃子さんは、里遠ちゃんが僕に似てきていると思うのは……」
「はい、私はそう思っています。
もしかして、来人さんは気付いていませんか?」
「それと対になる事を考えていたとしたら、
桃子さんは、どう思いますか?」
これは、先日の話の延長線上にある事。
里遠ちゃんは、僕だけではなく巫女さんにも近付いているのだろう。
「それは……」
「根拠は同じですよ、多分」
「一緒に生活しているから、似てくるのでしょうか?」
「それは、十分考えられるかな。
色々と疑問に感じる点もあるにはあるけど」
「小さな娘ですから、影響も受けやすいのですね。
でも、あまり深く考えてはいけませんよ?」
深く考えすぎ……か。
確かに、それは間違いじゃない。
だけど、それならば……
「里遠ちゃんは、桃子さんの影響を強く受けているのは当たり前。
同姓だし、それこそ永い時間一緒に居たと思えば、尚更」
「そうですね、触れ合わなかった時間はありますが、
共に暮らしてきた時間は、永かったですもの」
本当にそんなに時間が流れていたのかは知らないが、
里遠ちゃんはやはり、巫女さんによく似ているのだ。
「ただ、それならば……
異性であり、後から来た自分の影響は少なくなるはず」
「過ごした時間は、あまり重要ではないのでしょうか。
印象として強く残れば、真似をする原因にもなります」
「確かに、それも一つの要因なのか」
しかし、それでも何か疑問を抱いてしまうのは……
「今の僕達の関係は……
既に、姉妹と旅人の関係ではない所にあると思う。
だけど、こんなに早く関係が変わる物なのだろうか」
過ぎた時間がどれくらいなのかは解らずとも、
それが異様なほど速く感じるのは、気のせいなのだろうか。
「私にはそれを感じる取る事ができません。
前から思っていましたが、来人さんは……
場に流れる風を感じ取る力があるのでしょう」
「それは少し、買い被りが過ぎると思いますよ。
僕は外から来た人物で、その基準で物を見ているだけです」
「それが、羨ましいのです」
認めてしまえば、簡単な事なのかもしれない。
お互いに、あと一歩踏み込んだ答えを出すのを戸惑っていた。
出たとしても、実感が持てず受け入れられそうになかったから。
「考えれば考えるほど……
今の自分の根本にある記憶が欲しくなる。
その度に、苦しい」
「無理をしなくても、良いのですよ?」
「ああ……
ありがとう、ございます」
僕は、少し休もうと縁側に寝そべろうとした。
「あらあら。
私はもう少し、お茶を楽しみたいと思っていたのですが……」
「それなら、僕は向こう側で……」
巫女さんを困らせてはいけないと思い、
僕は向こうに行こうと立ち上がろうとした。
「それはそれで、困ります。
もう少しだけ話し相手に、なっていただけますか?」
「ん……
何か、他に用件でも?」
「少しくらい、私と一緒に居たいとは思っていただけないのですか?」
ちょっと、待て。
素でこんな事を言っているのか?
「何か、利点でもあるのならば考えても……」
「そんな事を言うなんて、酷いですよ~」
拗ねられてしまった。一応冗談のつもりだったのだが……
そこまで落胆されると、罪悪感が出てしまう。
「話せなくて寂しいのは、本当ですよ?」
「は、はぁ……」
「来人さんと話すのは楽しいのですから」
「そ、それは喜んで良いのかな」
笑顔で言われると、照れる。
何か恥ずかしくなってきたから、勘弁してください。
「本当に不思議だと思います。
里遠ちゃんは私にとって大切にしなければならない存在ですが、
来人さんの事はそれ以上にいつも気になって仕方ないのです」
笑顔で、頬を染めた極上の笑顔で巫女さんはそう言った。
「外から来た存在を監視するという意味では……」
「何で、そんな夢の無い話を言うのですか」
「いや、それは……」
「お茶を飲んで、一緒にお話しましょうと誘っているのに。
そんなに難しい事を言ったつもりはありませんよ」
しかし、問題はいつ起こるか判らない。
現に、この雰囲気自体が色々と問題な気がするのだから。
「それでも……」
「それでも、ではありません。
休むべきときに休まなければ、必要なときに動けません」
「う……うむ……」
正論ゆえに、僕は何も言い返せそうに無かった。
何となく、妙な勢いに僕も飲まれているのも感じた。
「確かに、最近は色々と気になる事も増えてきました。
それでも、すぐ近くには穏やかな日常があります。
笑顔と休息、来人さんにはそれが足りていないと思います」
「なるほど、そう、見えますか」
「そうですよ。
少し、無理をしすぎてはいませんか?」
「そんなつもりは、無かったのだけどね」
「だからこそ、私とお話、していただけますか?」
「仕方ない……か」
むず痒くて、照れ臭くて、
どうしてもそこに留まりたくないと話題を逸らそうとしたのに。
これは、どうやら巫女さんの勢いを止める事は出来ないみたいだ。
いつの間にか僕は、再び穏やかな空気が流れる縁側に座って、
巫女さんの注いでくれたお茶を飲んでいた。
「不思議ですね。
独りでお茶を飲む機会はこれまで幾度と無くありましたが、
こうして、誰かと一緒に楽しむのは初めてでした」
「そうですか。
という事は、里遠ちゃんとは……」
「仲が良くなかったのも原因でしたが、
何よりも、穏やかな雰囲気の中に居ると……
陽気に負けて、里遠ちゃんは寝てしまうのです」
「ああ、何となく解る気がするなぁ……」
縁側に寝転がってのんびりと寝ている姿が、
かなり明確に想像できてしまった。
「まるで、猫のようだな」
「少し、違う気もします。
猫ほど気まぐれではありませんよ?」
「そうか、それなら……
いや、それでも犬ともまた違う気がするな」
「そうですね。
動物のような感じなのは、何となく想像できますが……」
「何かに似ているかと問われると、
意外とすぐに出てこないものだなぁ……」
お互い何かを頭の中に描いてはいた。
だけどそれを表現できる的確な物に辿り着けていなかった。
「少し気になったのですが……」
「ん?」
「その辺りの知識は残っているのですね」
「あ、ああ……」
巫女さんに指摘された事は、以前から自分も疑問に思っていた。
大体の部分で問題なく暮らせているのは、
この辺りの記憶がしっかりとしているからに他ならない。
(ただ、巫女さんや里遠ちゃんと共通の知識ではない……)
年代等も違うのだろうか、時折噛み合わない時もある。
この辺は、記憶が消えているからこそ順応できているともいえる。
だからこそ、僕が困ったときに出てくる、
巫女さんの助け舟は本当に感謝しなければならない。
「あの……
あえて断定せずに、そのまま小動物みたいな存在でいいのでは?」
「それで、十分だね。
難しく考える方が駄目というわけだ」
猫は猫でも子猫とか、それ以外にも色々と。
野兎とかそういう物みたいに、小さくて活動的で可愛い存在。
「ふふっ……」
巫女さんが微笑を浮かべ、僕の事を見ていた。
「どうしたのかな、桃子さん」
「まるで……
家族、いえ、夫婦の会話みたいですよね」
「なっ……」
驚いて、思わず僕は心臓が止まったかと思った。
「今の、私と来人さんのやり取り……」
「な、何を突然……」
「きっと、里遠ちゃんも起きていたらそう言いますよ」
「そ、それは……」
僕はそれを、極力考えないようにしつつ話をしていたはずだった。
だけど、巫女さんはそこに切り込んできた。
「兄妹の会話とは、少し趣が違うと思いませんか?」
「何の事を言っているのか……」
無論、理解していないわけが無い。認めたくないと思っているだけだ。
里遠ちゃんを娘に見立てたかのような関係を……
「来人さんも気付いているはずです。
誤魔化そうと、しないでください」
「否定はしない。
ただ、あまり深くは考えたくないんだ」
いつもは考えてばかりの僕だが……
この件に触れてしまうと、いよいよ僕は引き返せなくなるはずなので、
あえて話題に出す事を避けていたのだ。
「一応、明言できる事はある。
僕も、桃子さんも、今は……」
それでも、事実から目を背けるわけにはいかないと思う心が、
いつの間にか言葉となって漏れ出していた。
「今は、何ですか?
その先の言葉を、言って欲しいのです。
来人さんの口から、その言葉を聞きたいのです」
言うべきか、言わざるべきか。
巫女さんはその先を言い淀む僕を、急かす。
(そうか、だから……)
この瞬間、僕は追い込まれて既に後が無い事に気付いた。
巫女さんはどうして縁側で僕と話したいと言ったのか。
その時点で全てが決していた。
里遠ちゃんとの悪戯もまた布石だったのだ。
(覚悟を決めるしかないか……)
未だに、僕は外から来た存在であろうとしていた。
逃げ道として、それを常に駒として持ち続けていた。
だけど、今の巫女さんはそれを許してはくれない。
(このままでは駄目……か)
それならば、僕もまた正面から向き合わなければならない。
「今は、保護者のような立場で接している」
「そうです、今の私達は……
里遠ちゃんからすれば兄妹よりも、
保護者、いえ、親のような存在に近くなっています」
「僕としては、あまり認めたくないのですがね」
「事実は事実なのです。
受け入れなければ、何も始まりません」
珍しく、巫女さんが僕を説得する形でそれを伝える。
拒んでいたのは僕の方だから、仕方ない。
「この話をあえて今切り出した理由……
僕は名実共にこの世界で来人として生きるべきという事ですか」
「その通りです。
常々私はそうであって欲しいと思い続けていました」
だからこそ、呼び方を気にしていた。
だからこそ、一緒にお茶を飲みたいと行動した。
だからこそ、常に僕に問い続けていた。
あなたは何者ですか、と。
「家族よりももっと気楽な形の、
兄妹みたいな関係で良いと思っていた。
そうであり続けた方が、都合が良かった」
「ですが、それで壁を作ろうと考える方が無理な話なのです」
巫女さんの指摘は、間違っていない。
結局、僕はあるべき立場へと進もうと行動してしまう。
(だからこそ、大きな不安がある)
里遠ちゃんの保護者として、
巫女さんとの仲が深まるのは決して良い事ばかりではない。
「僕達が親密になると、反対に里遠ちゃんが寂しがらないだろうか」
「その疑問は私も随分前から持っていました。
来人さんがこの神社に来る前から、です」
初めて聞いた事実。
それならば巫女さんは、既に……
「仲良くなれば、仲良くなるほど……
いずれ来るであろう別れが、より一層悲しく辛い物になる」
「私もそう考えました。
そして、私と里遠ちゃんが不仲になった原因も……」
「なるほど、それを危惧して、実際に行動していたわけか」
「はい、その通りです」
先日の料理による変化を知る前に、
既に一度は挑戦をして変化が起こることを知っていた。
巫女さんの行動の裏には、そんな物があったのか。
(それならば、僕が来た事は……)
僕がここに来てからの二人。
今も含めて、姉妹にも間違うほどの仲の良さだと思う。
(長くすれ違っていて、寂しさを感じていたのだろうな……)
その反動を、僕は見ていたわけだ。
だが、それは巫女さんの迷いが生み出した好ましくない結果でもある。
「同じ轍を踏むわけには行かないね」
「来人さんがこの神社を訪ねて来てくださった事が、
今の関係の始まりとなっているのです」
「その僕が、同じ所で躓きかけていたわけだから、
僕もまた、更に近い場所にまで歩んでいたわけですか」
「そうです」
巫女さんが何度も何度も頷いてくれる。
「と、なれば……
巫女さんは元から保護者のような立場になるのか」
「そうかもしれません。
ですが、私はあまり上手く接する事ができませんでした」
「あまり、自分を責めないでください。
今は僕も、一緒に居ます」
「はい……」
過去の事ばかり考えていても仕方ない。
しかし、未来の事を考えるのもまた難しい。
保護者としての立場に立つという事は、
血縁が無くとも家族としての関係はより深い物となるだろう。
「家族……か。
実感が無いと言うと、桃子さんは怒りますか?」
「いいえ、自覚は時間と共に芽生える物ではないかと思うのです」
僕が里遠ちゃんの兄のような存在になっていた時と同じだ。
巫女さんの指摘で自覚を得たのではなく、
それを自らの行動に照らし合わせてようやく自覚を得た。
「兄としてならば、まだ何とか接せそうだけど……」
「面倒見の良さは、本当にお兄さんみたいです」
「だけど、僕としてはまだ何かが足りない気がする。
兄ではない、もっと大きな存在になるには……」
「いずれ気付ける日が来るのでしょう。
少しだけ私にも、何をすれば良いのか解かりつつありますから……」
「なるほど、答えは……」
「それは自分で見つけなければ、いけません」
「そう、だな」
そんな簡単に見つかれば、苦労しない。
「最近は、不思議な事が色々と起きる毎日の方が楽しく思えます」
「ほう……」
唐突に僕に向かって微笑を向けた巫女さんの姿を見て、
思わず僕は唸っていた。
嘘偽りの無い言葉は美しく、何より輝いて見えた。
「以前は、こんな事を思いませんでしたが……
私も、まだ何かが足りないのでしょう。
自らの気持ちの正体を掴み損ねているのですから」
「つまり、僕達は揃いも揃って中途半端なわけだ」
「それでも、良いと思います。
お互いに成長できるだけの余地を残しているのですから」
「そう考えると、非常に気が楽になる」
何というか、その発想が少し羨ましく思えた。
この時は、やはり互いにその先の本質を口にする事は無かった。
行き着く先、家族の姿。
その先に何があるのか、お互い既に心当たりはあったのだろう。
(いつか、ここには本当に一つの家族が作られるのだろうか)
いずれこの関係は、義理の兄妹という姿を捨てる日が来る。
それよりももっと相応しい、次の何か、か……
「桃子さんは……」
「来人さんも……」
お互い、何かを話し始めようと思った時……
「ううぅ……」
「ん、里遠ちゃん?」
「あら、戻って来たのですね」
縁側に、里遠ちゃんが戻ってきたのだった。
「あそんでるのに、だれもこなくてさびしかったぁ……」
「ああ、ごめんな……」
「先程の悪戯で、ちょっとお説教を受けてしまいました」
「あうぅ……
おねえちゃん、ごめんなさい」
軽くお辞儀をした里遠ちゃんを見て、僕は思わず目を見開いた。
記憶にはあまり無い、珍しい光景だと思った。
そして、巫女さんは僕の耳元に寄って……
「とりあえず今回は、これで誤魔化しておきますね」
そう呟いて、置いてあった道具を持って……
「ほら、里遠ちゃん、行きますよ~」
「ああっ、まってぇ、まってぇぇぇぇ~」
里遠ちゃんと共に、部屋を出て行ったのだった。
残っていたのは、僕一人。
縁側にはもう、何も残っていない。
(さて、どうするか……)
里遠ちゃんと一緒に遊ばなかった事を反省すべきか、
非常に可愛らしかった巫女さんの反応や行動を思い返すか。
(そんな事よりも……)
巫女さんと里遠ちゃんが一緒に部屋の外へと出る姿から、
僕は目が離せなかった理由を、考えるべきだった。
あの瞬間、巫女さんは既に何か違う雰囲気を纏っていた。
(既に、巫女さんは変化を始めているのだろう。だが……)
僕もまた、立場としてはほぼ里遠ちゃんの保護者になりつつある。
外から来た誰かという視点が、薄れてきているのだ。
(それでも、忘れてはいけない)
事態の中心に立ったとしても、自分はやはり外から来た人間である事を。
問題は、この決意を何時まで持ち続けられるか……
暮れていく空を縁側から眺める。
どうも、心が落ち着いてくれない。
明日にでもなれば、気分は晴れてくれるのだろうか。
廊下に出た時に無風だった事を不審に思いつつ、
僕は自室へと戻ったのだった。
もしも次の機会があるならば、今度は三人揃って……
縁側でお茶でも飲みながらのんびりしようと心に決めた。




