25話 私の名前を覚えてますか
どんなときでも、笑顔が一番だ。
何よりも、子供の笑顔には癒しの力がある。
眠っているのなら、尚の事素晴らしく感じる。
「すぅ……すぅ……」
里遠ちゃんの寝顔を見ていると、本当にそう思うのだ。
そして、今日は更に珍しい事に……
「んっ……すぅ……」
寄り添うようにして眠る、里遠ちゃんと巫女さん。
一緒に眠るなんて珍しいので、静かに僕は二人の寝顔を眺めていた。
二人揃って、本当に良い笑顔だ。
(とはいえ……)
別に僕は、何か考えがあってやっているのではない。
少し前まで僕もこの部屋で仮眠していたのだが、
目が覚めたら二人が寄り添ってきていただけ。
(何故、こんな状況に……)
偶然の成せる業として片付けるには、
ここ最近、幾度か繰り返されている時点で不自然極まりない。
必然と考える方が馴染みそうな程だ。
最近、二人がここに訪れる事が日常に組み込まれつつある。
定着すると、無くなる方が異常になる。
良い変化だとは思っているが……
こんな時に限って、決まって大事な事を忘れているものだ。
それでも大丈夫なように、最近鋭くなった勘を働かせて、
何か起きても不思議では無い状況からとにかく護らなければならない。
(そういえば……)
こんな考え、前の自分ならば多分しなかったはずだ。
ここまで積極的に自分から関わるなんて……
(変わったものだな、自分も……)
部外者だったはずの存在も、気付くとここで共に暮らす一員。
居候のような存在が、護るなんて考えをするのは……
「おはよぉなのぉ……おにい……ちゃん……」
寝ぼけながら、里遠ちゃんが起きてきた。
思わず、心の中で呟いていたそれを掻き消した。
「おはよう、里遠ちゃん。
起きたのは良いけど、随分と眠そうだね?」
「うみゅぅ、ねむいのぉ……」
「もう一度寝たらどうかな?」
「んー……」
そのまま僕の方を見て、軽く手招きする里遠ちゃん。
「おにいちゃんもいっしょなの……
ここで、ねよぉ~」
招かれようとしている先を見て、思わず僕は固まった。
「さ、流石に……」
里遠ちゃんが招く先、つまりそこは……
僕が丁度巫女さんと里遠ちゃんの間に入る格好になる場所。
僕が困惑した表情を見せていると、
里遠ちゃんがちょっと拗ねた顔で僕を見始めた。
「いやなの?」
「そ、そこで一緒に寝る勇気は無い……」
「ふーん……」
例え二人の了承を得たとしても、遠慮したい。
「おねえちゃんのこと、きらい?」
「そういう事では無いんだが……」
好きとか、嫌いとかそういう次元の話ではない。
仮にも女性なのだ、相手は。
あまり意識しないように気をつけてはいるのだが、
そもそも巫女さんは外見も内面も非常に魅力的な人なので……
「はずかしいんだぁ……」
「あはは……
慣れていないんだよ、そういうのは」
「みゅぅ……」
僕が照れながら答えると、
里遠ちゃんは少し笑顔を浮かべて僕の顔を見ていた。
まるで、僕をからかっているかのようで……
ほんの少しだけ、和やかな気持ちになれた。
「まあ、それに……
よく寝てるし、邪魔はしたくないんだ」
「うん」
建前だけど、本音も半分。
特に最近の巫女さんは、色々と問題を抱えていそうだから尚更だ。
だけど……
「別に、雰囲気とかそういうので近寄りたくないのではなく……
巫女さんに関しては、存外堅苦しくない印象が強いかな」
「さいきんは、とってもやさしいよね~」
最近は、と付けている事は以前はそうでなかったのだろうか。
あまり深く突っ込むわけにも行かないのが少し、辛い。
「それでいて、割と肝心な所が抜けているんだ。
だからこそ余計に人間味があって惹かれるんだろうけどね」
「ひかれる?」
「ああ、まあ……
要するに可愛らしくて魅力的という事だね」
改めて口にしてみると、少し照れる。
それを察したかのように里遠ちゃんは……
「かわいい……
おねえちゃんのこと、よくみてるよね」
「まあ、お世話になっている人だから当然かな」
一応弁明として、大人に位置する人間が巫女さんしか居ない事も影響している。
ただここでそれを言うと、里遠ちゃんに呆れた顔をされるだろう。
「ところで……
巫女さんは前からこんなに世話好きな人だったのかな?」
思い切って巫女さんの過去の事を聞いてみると、
里遠ちゃんは少し考え込んでから……
「そうでもなかったかも」
少しだけ複雑な表情を浮かべて答えてくれた。
「少しばかり、意外だと思った」
「ふーん」
世話好きではない、とは考えれない。
何らかの事情を経ているかもしれないのだが……
「おねえちゃんは……
おにいちゃんがくるまで、ずっとなやんでいたの」
「ふむ、何を悩んでいたというのだろうか。
流石に里遠ちゃんは知らないかな」
「うん、わかんないよ。
だけど、とってもつらそうだったの」
里遠ちゃんの印象に残ってしまうほど……
それは、かなり辛い事を抱えていたのだろう。
「おにいちゃんがきてくれたから、
みんな、かわったの」
「僕が全ての原因になるのか?」
「うん、きっとそうだよ!」
笑顔でそう言ってくれるのは有難いが……
里遠ちゃんは僕が来た事による良い面しか見ていないと思う。
その裏側で、僕が来た事で悪くなってしまった事もあるはずだ。
それに、巫女さんの過去についても気になる。
覚えている事と覚えていない事があったとしても、
里遠ちゃんの記憶にある姿から復元できるものはあるはずだ……
だが、二人に問いただしても詳細な事は聞き出せないだろう。
(互いの印象なんて、元々断片的にしか記憶していないのだから)
時間潰しの話題にするには、少し物足りなかった。
「里遠ちゃん、外にでも出てみるかな?」
「おそら、みるの?」
「そうだね、雲の動きとかでもゆっくり眺めてみようか」
「おねえちゃんは?」
「そのまま寝かせておこうか」
「うん」
という事で、寝ている巫女さんをなるべく起こさないように部屋を抜け出して……
僕と里遠ちゃんは外に出る事にした。
このときの僕はまだ知らなかった。
巫女さんが何故ここまで疲れて、こんな場所で眠っているのかを……
見上げれば、広い空が一面にある。
今日の空は遠くまで見通せる、良い空だと思った。
「おそら、きれいなの」
「僅かに入る雲の白と、空の蒼が上手く混じって綺麗だ。
夜空もそれはそれで美しいけど、これはこれで良いね」
「おにいちゃんは、ほしぞらがすきなんだ~」
「ああ、星空は見ていて一番楽しいからね」
理由はよく解ってないが、
夜空を見る癖が心身に染み付いているのだろうか。
僕はただ、ずっと空を眺め続けていた。
「おにいちゃん……」
思わず時間を忘れかけそうになったが……
里遠ちゃんの呼びかけで、我に返った。
「おねえちゃんのこと、まもってあげてね」
「ん……
唐突にどうしたのかな?」
本当に、いきなり何を言い出すかと思えば……
言われなくても、同じ場所に住む仲間だろう。
「おねえちゃんのこと、きになるんだよね?」
「あ、ああ……」
里遠ちゃんは、恐らくそういう意味で聞いたのではないのだろう。
(確かに、気にはなるが……)
恐らくそれは、恋愛感情とかそういう物ではない。
そんな感情は抜きで考えるべきだ。
「なら、ちゃんとみてあげてほしいの。
おねえちゃんはいつも、むりかもしれないのにがんばっちゃうの」
「そうは見えない……
と思ったが、そうでもないのか」
思い返せば、先日の料理の件で既にやっているじゃないか。
自分が傷ついて苦しむと予測しながら、
あえてその選択を選び試すなんて、無茶以外の何物でもない。
「おにいちゃんよりも、しんぱいなの」
「あはは……
つまり、僕はそこまで心配じゃないと」
「うん、おにいちゃんはとくべつなの。
みんなをたすけてくれるひとなんだよ」
「皆を助ける……か」
仮にそうでも、何処からかやってきた英雄とか勇者とかではなく、
共に行動して、ちょっとだけ助言をしているような立場だと思う。
自覚はある。
困ったときに、確かに僕はまとめ役をしていたと。
だが、元を辿れば……
「逆に助けられている側じゃないのかな?」
「んー……」
里遠ちゃんも、思うところがあるみたいだ。
「さいしょはそうだったかも」
「全く、その通りだね」
今は、違う。
今の自分はもう、居候として名乗る事に疑問を感じるほどに、
この場所に溶け込んで交じり合ってしまった。
「それだけ、僕達は一緒に居るという事か」
「うん……」
何となく、歯切れの悪い返事が返ってくる。
心配になって里遠ちゃんの顔を見ると、
少しばかり寂しげな顔を浮かべていた。
「どうしたのかな、里遠ちゃん。
僕は何か、変な事でも言っているのかな?」
恐る恐る、僕は聞いてみた。
「いっしょにいても、かわらないこともあるよ」
「確かにそうだ。
変わる事も沢山あるならば、反対に変わらない事も……」
気付かない程の変化は、意識を傾けなければ気付けない。
そして、気付いた時にしか変化を実感できない。
だから、ずっと変化しないままの存在も当然あるだろう。
「不思議な事はあまり無いと思うのだが?」
「おねえちゃんのこと、だけど……」
「巫女さんが、どうかしたのかな?」
「うーん……」
里遠ちゃんはその先の言葉を続けてくれなかった。
何か、僕に気付いて欲しい事があるのだろうか。
ならば、しっかりと口にして貰った方が良いのだが……
言いたくない理由でもあるのだろうか、
暫く待っても、悩むだけで何も告げてくれなかった。
「里遠ちゃん、言いたい事があるならしっかり言って欲しい。
解らないままにすれば、いつまでも変わらないぞ?」
僕がそう言い放つと、里遠ちゃんは一呼吸置いて話しを始めた。
「おにいちゃんは、いつまでつづけるの?」
「何を、かな」
「おねえちゃんを、みこさんってよぶの……」
「ん……」
今まで浮かびもしなかった疑問を突きつけられた僕は、答えに窮した。
理由なんて、あって無い様な物なのだから。
「何故今頃そんな事を?」
「みんな、ほんとうのなまえをよばないの」
「確かにそうだね」
僕は、巫女さんと呼んでいる。
里遠ちゃんは、一般的な姉の呼び方。
他には人が居ないから、本来の名前は誰も呼んでいない。
ただ、僕はまだそこまで巫女さんと親しくなれているという自信も無い。
「だから、おにいちゃんにききたいの。
おねえちゃんのなまえ、おぼえてる?」
ああ、随分昔に聞いた覚えはある。
あまりにも記憶が薄らぎすぎて、思い出せない。
「やっぱり、わすれてるの?」
「ああ……
すぐには、思い出せない」
「どうして……」
里遠ちゃんが涙目になっていた。
正直、その姿を見るのは辛い。
思い出せないままなのは、もっと辛いのだが……
「いっしょにいるんだよ、みんなで。
なのに、なんで、おにいちゃんはっ!」
「そう、言われても……」
他の記憶と似た感じで、思い出せない。
珍しく感情を表に出した里遠ちゃんに驚く余裕も無いほどに、
僕はどんどん追い詰められているのを感じた。
「もっと、みんなでなかよくなりたいの。
それなのにっ……」
そこまで言われても、浮かんでこない。
「どうして里遠ちゃんが突然そんな事を言い出したのか……
それすらも僕には解らない」
耐え切れずに、僕は思わずそんな言葉を口にしていた。
「おにいちゃんの、ばかっ……」
馬鹿と言われて驚いたが、僕は俯く事しかできなかった。
弁明する事も、そんな言葉を使うなとも言えない。
「里遠ちゃんの言う通りだ。
僕は馬鹿だから、その理由が掴めない。
巫女さんの本当の名前も、喉元まで出てるのに声にならない」
「おにいちゃん……」
呆れられてしまったのだろうかと思ったが、
そんな素振りは見せてくれなかった。
「おにいちゃんがしらなくても、しかたないのかな。
だって、おねえちゃんも……」
里遠ちゃんがその先を言う前に、
巫女さんが無言で僕達の近くにまでやってきていた。
「私が……」
「ん、巫女さん?」
僕が呼び止めるのを無視して、巫女さんは里遠ちゃんに近付いていく。
「私がどうしたのですか、里遠ちゃん」
「うみゃぁ……
おねえちゃん、ごめんなさい」
里遠ちゃんは謝っているが、巫女さんの表情は変わらない。
鬼のような形相の巫女さんが、里遠ちゃんに迫る……
「来人さんに、何を言いましたか?
内容によっては、少しばかり反省していただかないと……」
「み、巫女さん?」
今まで見た事の無い、明確な敵意を感じた。
あまりにも酷いので止めようとしたが……
「来人さん、邪魔をしないでください。
私は里遠ちゃんと話をしなければなりません」
「はんせい、いやぁ……」
「それならば、大人しく何を言ったのかを白状してください」
今にも泣きそうな顔の里遠ちゃん。
鬼の形相で問い詰めようとしている巫女さん。
その雰囲気に圧倒されて割り込めない、僕……
「巫女さん、せめて……
もう少し優しく問いかけてあげましょうよ」
「えっ……」
僕がそう言った途端、巫女さんはこちらを向いた。
里遠ちゃんも、思わず喚き声を止めていた。
「むーっ……」
「来人さん……
駄目です、それだけは絶対に許せません」
「何故……」
そこまで意地になるのか。
というか、里遠ちゃんからも睨まれてる気がするのだが……
「里遠ちゃん、ちゃんと答えてください。
こんな調子の来人さんに聞いても、はぐらかされてしまいますから」
「ひうっ……」
あまりの恐ろしさに、身震いする里遠ちゃん。
こんな状況の原因を作ったのは僕にもあるが……
止めたいのに、止められる自信が無い。
「なまえ……
おねえちゃんの、なまえのこと……」
「そうですか」
巫女さんはそれで納得したのか、里遠ちゃんに突っかかるのを止めた。
緊張から開放された里遠ちゃんは、その場で延々と涙を流していた。
「流石に、今回のは見てられない。
巫女さん、問い詰めるに限度という物がある!」
「来人さん、そろそろ気付いていただけませんか?
どうしてそこまで……」
巫女さんの顔からは、先程までの鬼のような形相は消え、
とても深い哀しみを浮かべていた。
里遠ちゃんも、僕の方を意図的に向いて泣いているのは、何故だ。
「もしかして、原因は僕にあるとでも言いたいのか?」
そんな事はありえないと思ったのだが……
「そうです」
「うん」
二人揃って首を縦に振られていた。
まさか、そう来るとは思わなかった。
「という事は、名前の件?」
「みゅぅ、それもあるけど……」
「当たらずも遠からずですね」
いつの間にか里遠ちゃんは泣き止み、
僕が追求を受ける立場になっていた。
「巫女さんの名前、僕は何となくしか覚えて……」
「おにいちゃん!」
「まったく、どうしてこんなに……」
里遠ちゃんに怒られ、巫女さんに呆れられる。
「鈍いのにも、程がありますっ!」
「だから、何でそんなに怒られなければ……」
状況が掴めない僕はただ混乱するばかりだ。
「おもいだして、おねがいっ!」
「願われても無理なものは……」
いや、待て。
一度しっかり落ち着こう。
確か、果物が関係していた。
林檎でも柿でも梨でもなくて。
(桃……で、その次は……)
桃果か、いや桃花?
「あと少し……」
「思い出せましたか?」
桃香でもない、もっと単純な……
「ああ、そうか……」
思い当たるものが、やっと出てきた。
「それでは聞かせてください。
私の名前、覚えていますか?」
「桃子さん、だね」
一瞬の沈黙が、流れた。
そして、二人の顔が笑顔に変わった。
「大成功ですねっ!」
「やった~っ!」
ん……待て。
(何でこんなに喜ばれてるんだ?)
先程までは緊張した雰囲気だったのに、
抱き合って、姉妹のように喜んでいる姿が見えた。
それを見た僕は、余計に混乱してきた。
「やっぱり、おねえちゃんのいうとおりだったね!」
「まさかここまで引っ張るなんて思いませんでした」
その会話を聞いて……
僕はようやく混乱から立ち直る手掛かりを得た。
ゆっくりと頭の中に描かれる答え。
ああ、これは……
「なるほど、全ては仕組まれていたと……
よくも、やってくれましたね」
流石にこれは、許すわけにはいかないだろう。
「あ、やっぱりおこっちゃった」
「来人さん、ごめんなさい……」
二人とも平謝りだが、そういうわけにはいかない。
「謝って済む問題ではありませんよ?
少しは反省して貰わなければ」
叱るべき事は、きちんと叱らなければならない。
理由があればまだ考慮の余地はあるが……
「理由を話しますから、
どうか握り拳を解いていただけませんか?」
そう言われて、思わず僕は自分の手を見る。
そうすると気分が冷静になった。
「まあ、流石に半分は冗談ですが……」
「ふうっ……」
「ほっ……」
二人が安堵する姿を見て、その選択は間違いなかったと思った。
「自分にも悪い点はあった。
巫女さんの名前を忘れていた時点で…・・・」
「それ、です。
なかなか、変えていただけないのですね」
「しかたないよね……」
「ん?」
名前の件ではないのか。
そうなると何の事を言っているのかは解らないが……
いや、何となく読めてきた気がする。
「まさかとは思いますが……
呼び方、ですかね?」
「みゅぅ……」
「やっと気付いていただけました」
二人が目を見合わせて、僕に笑顔を向けた。
なるほど、そういう事だったのか。
「ながかったね……」
「仕方ありません、物凄く真面目な人ですもの。
この先の事も含めて、一番苦労しそうなのは来人さんですよ?」
「そうだよね、きっと……」
僕抜きで話を進めて勝手に納得しないでくれ。
明らかに僕に聞かせようと言っているのだろう、その会話も。
と、いう事は……
「それで、要求は多分……
もう少し堅苦しさを抜いていこう、とでも言いたいのかな?」
「その通りです」
「うんっ!」
なるほど、それならば……
何故ここまでやるのか。
「それだけの為に、こんな手の込んだ事を……」
「みゅう、それはっ……」
里遠ちゃんが反論しようとするのを、巫女さんが抑えた。
「来人さんという人の事をもっと知りたかったのです。
それで、許していただけますか?」
「それは、ある意味……
いや、仕方ないか」
反則だ、としか僕には言い返せない。
流石にこの辺で許さないと、我を張るのは気が引ける。
となると、もっと前から素振りはあったのだろう。
思い当たるのは……
「三人で一緒に寝ようと里遠ちゃんが言ったときから、
僕は試されていたのか」
「離れて寝るのは、距離を置いているからなのではと思いましたが……」
僕にそのつもりは無い。
慣れてないから照れ臭いし恥ずかしくなるだけだ。
「本当は正反対だったと知って驚きました」
「やさしいだけじゃないの、おにいちゃんは」
待て、そこまで直球で褒められると照れるぞ?
「私が里遠ちゃんに迫った時に、
真っ直ぐな目で私を止めようとしていただきました」
「みゅぅ、あれ……
しってたけど、こわかったよぉ~」
「待て、待ってくれ」
誰か助けてくれないか、褒め倒しは勘弁してくれ……
「来人さん。
私達は、一緒に住む仲間なのですから……」
「おにいちゃん……」
「この世界が普通とは違う何かを持っていたとしても、
毎日色々な事を発見しながら、楽しく過ごしたいと思っています」
こんな、巫女さんの本当の気持ちを聞いたのは……
初めてだった気がする。
「そうですね、毎日は楽しい方が良い」
だが、頭の中に疑問が延々と湧き続けている。
理解できても、納得できない。
「その為に、もっと親密になりたいのです。
特に、私と来人さんの関係はまだ不十分では無いかと……」
「なるほど」
理屈としては解った。それは僕も感じていた事だった。
里遠ちゃんの期待の眼差しが、こちらに向いた気がした。
だから、僕はそのまま巫女さんに質問してみる。
「どうすれば、解決できるのかな?」
期待の眼差しは、巫女さんに向いた。
三人寄れば、文殊の知恵だ。
「里遠ちゃんと私に対する態度の違い……
言葉が特にそうなのではないでしょうか?」
「おにいちゃん、しってた?」
気付いていないかと問われれば……
確かにその通りなのだ。
「巫女さん相手には、どうしても畏まってしまう。
だけど、それを直すのは難しいと思いますよ、僕は」
「ええ、それは私も理解しております。
私から丁寧な接し方を削るのと同じ事を要求しているのですから」
つまりは、そういう事。
まあ、巫女さんが自覚していたのは初耳だったが……
「それならば、もっと身近な所から変えましょう」
「そんな簡単な方法があれば……」
「あるよ?」
苦労しない、と否定する前に里遠ちゃんに肯定されてしまった。
しかも、極上の笑顔で。
「呼び方を、変えてしまえば良いのです」
「なるほど!」
そうか、確かに……
となると、これは全て……
「遠回りだが、僕自身が思い出さねばならなかったのか。
巫女さんの、名前を……」
「はい、その為の芝居だったのです」
ようやく、頭の中で一つに繋がった。
人に教えられた事よりも、もっと印象深くするには……
より大きな出来事にした方が確実だから、芝居を打った。
「僕や巫女さんが里遠ちゃんの呼び方を変えるのは難しい。
となれば、僕と巫女さんの間か」
「私からの呼び方は、来人さんのままでお願いします。
他の砕けた呼び方は、少し抵抗があります」
まあ、仮の名前として考えられたものだとしても、
名前を呼んでくれているからそこは仕方ないか。
「僕から巫女さんへの呼びかけが問題だったわけか」
ここ最近、巫女さんと呼ぶと不機嫌に見えたのも……
そんな事が裏に隠されていたからなのだろう。
「流石に姉御とかふざけたのは冗談としても、
呼び捨てにするのはまだ失礼だから……」
単純に考えよう。答えは一つだ。
「桃子さん、と呼ぶ事にしましょう」
「みゅぅ!」
「それが一番、聞いていて心地良いです」
満場一致。
全員笑顔の、決定となった。
「もう少し、あだ名とか考えても良かったのですが……」
「お互い、その先はもう少し時間が必要ですね」
時間……か。そういえば……
「そろそろ、日も落ちるか。
桃子さん、晩御飯の準備は大丈夫かな?」
「あ、はい……」
さり気無く、自然に。
僕は巫女さんの事を、桃子さんと呼んでみせた。
(本当にこれだけで、近付けた気がするのだな……)
僕が少しだけ感慨に浸っていると……
「ありがとう、ございます……」
照れながら、巫女さんがお礼を言ってくれた。
しかし、それは必要ないだろう。
「いえいえ、これが……
これからは、当たり前になっていくんですよ」
「はい、そうですね」
「みゅぅ!」
僕達の間に、笑顔が広がった。
本当に、最高の気分だった。
時間なんてあっという間。
今日もまた一日が終わっていく。
(呼び方、慣れるまで練習しよう……)
上手くできるか判らないが、頑張ろう。
少し不安だったので、
寝る前まで僕は練習をしていたのだった。




