21話 時と暦の概念と
当たり前の日常がそこにある。
当たり前だからこそ気付けない物がある。
(日常は、変化の連続……とは、誰の言葉だったか)
正直今は、誰がそれを言ったのかは関係ない。
「退屈……だな、流石に」
僕の状況を一言で表すならば、動けない。
自業自得かもしれないが、
足元を良く見ていなかった結果、
転んでしまい見事に足を負傷してしまったのだ。
「来人さん……暇ですか?」
「そりゃ、当然ですよ」
「それでも原因は来人さんにあるのですよ?
少しは反省してくださいな」
「はい……すみません」
事の発端は本当に単純。考えてみれば良くある事。
里遠ちゃんと一緒に遊んでいる最中に、
僕が夢中になってつい本気になってしまった。
そして僕が無理な行動をしたのを見て、
里遠ちゃんが真似をしようとして失敗して……
助けようとした結果、見事に僕だけが大怪我をしてしまったわけだ。
「ん……」
里遠ちゃんが申し訳無さそうな顔をしている。
少し羽目を外しすぎた僕も悪かったので、怒る事はしていないが……
どうやら、巫女さんにそれなりにお小言は言われていたらしい。
「おにいちゃん、あし、いたい?」
心配そうな顔で、里遠ちゃんが僕の顔を覗き込んで聞いてくれる。
「そりゃ、結構痛いさ……」
「調子に乗って最終的に足を挫いてしまったのですから、
痛くないはずはありませんよね、全く……」
呆れた顔で巫女さんが僕の事を見ている。
看病はしてくれているが、ずっと渋い顔ばかり見ている気がする。
(まあ、そんな顔を見せてくれるのもまた面白いのだが)
何というか、こうやって看病されるのもまた良いのではと思ってしまう。
「何か良からぬ事を考えてませんか?」
「いや、別にそんな事は……」
言い訳ではなく、本当にそんなに酷い事は考えていないはずだ。
少なくとも良からぬ事などと言われるような事は……無い。
「うみゅぅ……
おにいちゃん、ごめんなさい。はやくなおりますようにっ!」
おまじない……とでも言いたそうな何かを里遠ちゃんがかけてくれている。
そんな簡単に治れば苦労しないが、その行動は嬉しい。
「来人さんが何を考えていらっしゃったのかは判りませんが、
子供っぽい一面があるのは、少し驚きました」
「まあ、人間だからそんな一面だって持っているさ。
ただ、今回は本当に熱中しすぎたかな」
反省の意思を態度で示す僕。
「調子に乗りすぎると、危ないという事です。
里遠ちゃんが怪我をするのならばまだ納得できますが……」
「確かに、面倒を見る側が怪我をしてはいけないね」
本当に、反省しています。
特に自分の不注意の部分が大きかったので、尚更。
余計な心配を掛けさせないためにも、肝に銘じておこう。
昼下がり、僕にとっては限りなく暇な時間。
本当に足が治らなければどうにも出来ない。
「一応、薬草は十分にあるのですが……
私達はこれまであまり怪我をする事がありませんでしたので、
上手く手当てできているのか少し不安なのです」
「いえいえ、十分すぎるほどに手馴れていると思いますよ」
少なくとも、今回が初めてではなかろう。
里遠ちゃんの手当てで慣れていたのか、以前から知っていたのか……
どちらにせよ、巫女さんの手当ては上手だった。
「そこまで言われてしまうと、少しですが、嬉しいですね」
巫女さんはそう言って微笑んでくれた。
反対に、僕は少し怪訝な表情をしていたかもしれない。
知っている事と、知らない事。
巫女さんの中では、一体どんな形で線引きがされているのだろうか。
怪我が少ない理由も、気になる。
ここは巫女さんにしっかりと聞いてみるしかないか。
「里遠ちゃんが大人しい娘だったのは、
巫女さんが外に出ないようにと言いつけていたからですか?」
「私はそんな事を言った覚えはありません」
「口で言わずとも、態度で示している場合もある」
僕は、目を細めて巫女さんにそう言った。
「それは……」
「みゅぅ?」
巫女さんは返答に詰まっていた。
里遠ちゃんが不思議な事が起きたと思って僕らの顔を見ていた。
「きっと、私とは仲が良くなかったので、
迷惑を掛けたくないと思って気持ちを抑えていたのでしょう」
巫女さんは震える声でそう言った。
僕は、それを黙って見ていた。
「おねえちゃんは、わるくなんかないよ」
「えっ?」
「えっ……」
横から突然、里遠ちゃんが言った。
僕と巫女さんは、思わず二人で里遠ちゃんの顔を見ていた。
「でも、大人しくしていたのは……」
「おにいちゃんがきてくれたから、そとがたのしくなったの。
おねえちゃんはわるくないよ」
「そうなのですか?」
「うんっ!」
里遠ちゃんは笑顔でそう言い、巫女さんは安堵した表情を浮かべていた。
僕は……まあ、二人のやり取りを見て苦笑いするしかなかった。
里遠ちゃんに悪意は無いんだろうけど、間接的に巫女さんに原因があると言っている。
まあ、当人が気にしてないのならそれで良いのだろう。
「空を見ていたのは、遊び方を知らなかったから……かな」
「来人さん……」
更に突っ込んだ話をしようとした僕を止めようと、巫女さんが険しい表情で迫ってくる。
「巫女さんでは役不足だった。それだけだと思う。
元気で活発な娘でも、寂しい時は本当に寂しいんだよ」
空をただ見つめて、見ている事しか出来ないのは辛いだろう。
誰かが近くに居るか、そうでないか……
その違いは、里遠ちゃんと一緒に夕日を見た時の安心感が物語っている。
「やはり、不仲が問題だったのですね」
何となく、巫女さんが自分を責めようとしているような雰囲気を感じ取った。
過去の事を語ろうとする際は、特に暗い表情が増える。
だからこそ僕はなるべく明るい形に持っていこうと考える。
「それは一因でしかない。それ以上に、二人しか居なかった事の方が問題かな。
例えば、丁度ここに良い例があるけど……」
そう言って僕は自分の足を指差す。
「里遠ちゃんと一緒に遊んでいて今の僕みたいに怪我をした場合、
ご飯はどうします?」
「もしかして、ご飯の心配しかしてませんか?」
「ち、違いますから……」
少しばかり持っていく方向を間違えた気がしないでも無いが、
とりあえず言いたい事は伝わってくれているだろうか。
「ごめんなさい、冗談なのですが……」
あまり冗談には聞こえなかった。
「確かに、里遠ちゃんの目線から考えたなら、
私に何かあればそれだけで困った事になりますね」
「そうだよぉ~」
里遠ちゃんも頷いてくれている。
それだけ、巫女さんは重要な役を担っているというわけだ。
それを理解している里遠ちゃんは、結構賢い所があるのかもしれない。
「不仲とはいえ、互いを心配していたのは違いないだろう。
それと、遊びに興味が湧いて来なかった事も大きいのかな」
「みゅぅ……
おにいちゃん、よくわかるね」
どう見ても色々な物に乏しい場所。
遊び方を知らなければ、遊ぶ事はできない。
「閃きの元となる刺激が少ないと思うんだ、ここは。
だからこそ、余計に引き篭もりやすくなってしまうのだろう」
「そうなのですか、里遠ちゃん?」
「うみゅぅ」
里遠ちゃんが頷き、巫女さんは考え込んでいた。
暫くして、巫女さんは顔を上げた。
「そういう事、だったのですね」
何かが頭の中で繋がったのだろうか。
曇り一つ無い巫女さんの笑顔を見ていると、
まるで長年のすれ違いが一気に埋まったかのような印象を受けた。
(それならば、もう少し歩み寄って埋めてみようか……)
そう思った僕は、以前疑問に思った事を聞いてみた。
「里遠ちゃんは、雲の流れる空は好きかい?」
「うんっ!」
元気の良い返事、大変結構。
「雲ひとつ無い晴れ渡る空は?」
「あんまりすきじゃないよ」
首を横に振って、大げさな感じで答えてくれた。
「あら、これは私の知らなかった一面かもしれません」
巫女さんは僕達のやり取りを見て驚いていた。
交流が少なかったからまだこんな姿は見ていなかったのだろう。
「雲の流れとか、確かに見ていると飽きないよね」
「おにいちゃんも、そらをみるのすきだもんね」
「ああ、時折無性に見たくなるときがあるんだ」
そう、空を見ていると……
「何故か、少しだけ懐かしい気持ちになれる」
「そうなのですか」
記憶が殆ど無くなっていても記憶は正常。
それでも、何故か空を見るとそんな気分になるのは……何故か。
「里遠ちゃんもそうなのかな?」
「よくわからないかも」
里遠ちゃんは苦笑いしているが、
僕はこの答えが来ても不思議では無いと思っていた。
そもそも、懐かしいと思えるほどに生きていかと問われると、
見かけからすれば間違いなくそうとは思えないのだから。
「本当、来人さんと里遠ちゃんは似ていますね。
少しだけ、羨ましいと思ってしまいます」
「僕からすると、里遠ちゃんと巫女さんも十分に似ていますよ。
何となくですが、元々持っている雰囲気も含めて」
「そうですか?」
巫女さんに問いかけられて、僕は首を縦に振っていた。
「確かに、永い間一緒に居ますからね」
「そうだよねぇ……」
里遠ちゃんも一緒になって頷いていた。
その仕草も含めて、よく似ていると思ってしまう。
「そうなると、僕もここに居続ければいずれ……
二人に似ていくのかな?」
「いえ、きっとそんな心配をする前の問題ではないかと思います」
前の問題とは、どういうことだろうか。
「似ているからこそ、ここに留まり続ける事が出来ているのでしょう。
私は、そう思います」
「巫女さんの見解は、そういうことですか」
「はい」
力強く、巫女さんは返事をした。
反論らしい反論が無い僕は、素直に頷いていた。
確かに僕も、自然にこの場所に惹きこまれていた。
そしていつの間にか、離れられなくなっていた。
二人を置いていってまでここを離れるという選択肢が、
既に無かったような、そんな気がする。
それならば、二人を一緒に連れて外に出たいか……
(何が起こるか判らないのに、そんな事は出来ないな)
僕は、頭の中に浮かんできたその選択肢をすぐに追い払った。
沈黙が暫く続いていた。
僕はずっと考えていて、巫女さんもずっと首を傾げている。
里遠ちゃんは、何となくぼーっとしていた。
「会話、続かなくなりましたね」
「確かに……」
巫女さんの一言で再び会話が始まるかと思ったが、
結局また、誰もが言葉を発さなくなってしまう。
「みぃうぅ……ねむいよぉ……」
「あら、里遠ちゃん……
お昼寝の時間ですか?」
「うん」
巫女さんの問いに、ゆっくりと首を縦に振って答える姿がかわいい。
そのやり取りもまた、聞いていて本当に和む。
「おやすみ、里遠ちゃん」
「みにゅぅ……」
何故かはわからないが、僕の方に向かってくる。
当然の事ながら、今の僕は逃げられない。
「んにゅぅ……すぅ……」
そして、そのまま僕に寄りかかって寝てしまった。
いつもならば布団にまで送ってあげられるのに、今日は無理だ。
「巫女さん、どうしましょうか……」
「本当に、懐かれていますね」
微笑んでくれるのは良いけど、状況はそれでは好転しない。
頼むから、助けて欲しい。僕は溜息をつく。
「嬉しい反面、複雑に思う事もあるんですよ。
どうしてここまで慕ってくれるのだろうかと……」
「来人さん?」
最近になって、色々と疑問に思うことが増えていた。
その中でも特に、これは強く意識していた。
「人が、人に対して信頼を持つためには、
始めに抱いた印象やその後の行動が肝になる」
「はい、それは一般的によく言われている事ではないかと思います。
もしかして、懐いてくれる事を不安に感じているのですか?」
「不安というよりも、腑に落ちない方かな。
時間という要素も、人に対する信頼を築く要素になるけど、
僕達は一体、ここに至るまでにどれだけの時間を使ったのか……」
きっとそれなりの時間を経ている。
曖昧になっている部分が多いが、確かにそれなりの年月が経っているのだろう。
「それなりの年月が経っているのでしょうか?」
「年月……
そういえば、僕は何時ここに来たのか……」
覚えていない。
その出来事は、確かに存在していた。
だけどそれが何時起きたのかは、知らない。
以前までは覚えていたはずの過程も、うろ覚えになりつつある。
「巫女さんは、僕がここに来てから……
一体どれくらいの月日が経っているかを知っていますか?」
「え、それは……」
巫女さんに聞いてみるが、困惑していて答えが返ってこない。
「巫女さん?」
「どれだけ、でしょうか?
思い出せません。私、どうしたのでしょうか……」
やっと返ってきた答えは、とても曖昧な物だった。
「今までそんな事を一切気に留めたことが無いのかな?」
「はい……」
巫女さんが申し訳無さそうに答える。
「里遠ちゃんなら、覚えているかな?」
「覚えていないと思いますよ」
強い口調で、僕の考えは遮られた。
まあ、そんな事は予想していた。
「私が覚えていないのに、子供である里遠ちゃんが覚えているとは到底思えません」
「ですが、大体の時間は把握しているかもしれない」
望みがあるのならば、そこに賭けてみる。
だが……
「ごめんなさい。
私も里遠ちゃんも、時間についてはあまり気にしていないのです。
だから、きっとその問いに答えられる人はここにおりません」
巫女さんは断言しているはずなのに、その表情は少し悔しそうだった。
(巫女さんも何かを知りたいと思っているのかな……)
そして、何かを聞いて欲しいかのような視線を僕に向けてくる。
「本当に、どうなっているんだろうか……
二人とも判らないなら、どうにもならないじゃないか」
僕は思わず嘆いていた。
「時系列は覚えているんだ、僕の方でも」
「来人さんも、時間については正確に把握してはいないのですよね」
「ああ、全くと言って良いほど把握していないさ。
特に、何日過ぎているのかが全く判らない」
曖昧には答えられる。少し前、もっと前、かなり前。
だけど日数では答えられない。
「私も同じです。日が昇って落ちた回数は、知りません。
一日の概念は、私も知っているのに……」
「本当に、一体どうなっているんだ」
曖昧すぎて、自信が無くなってくるとはこういう事か。
だから、決定的な問いを僕は巫女さんに……投げる。
「巫女さん、教えてください。
今日は一体、何月何日ですか?」
「月日……ですか。
すみませんが、私は今の時刻すら把握していません」
「本当に、知らないのですか?」
「はい」
巫女さんは静かに頷いた。
僕は、ただその事実に驚愕するだけだった。
(にわかには、信じられないな……)
事実なのだろうか、いや、事実なのだろう。
事実でなければ、これまでの経過が曖昧なのも辻褄が合う。
「それならば、自分がここで過ごしていた期間も……」
「はい、覚えていません。
数えてみようと思った事も無いと思います」
つまり、それは簡単に言えば……
「暦という概念が存在しないのか」
「そうですね」
僕が呟くと、巫女さんは首を縦に振った。
「時が止まっているなんて事は、無いですよね」
「それは考えすぎではないかと思います。
しかし、時の巡りが掴めないのは私も感じております」
「なるほど。つまり……
ここまで曖昧ならば、同じ時間を廻り続けていたとしても不思議では無いね」
「その着眼点は、間違っていないのでは無いかと思います」
何かを知っているかのような巫女さんの答えを聞いた瞬間、
まるで僕の前をずっと覆っていた霧の様な存在が薄らいだ気がした。
「否定しないという事は、巫女さんは知っていた?」
「いえ、私は予感や仮定でしか物事を見ておりません。
確かな形で言葉にしていただいて、それの正体を見破れました」
先ほどの感覚は、何かが解き明かされた事を示していたのか。
「この場所と共に生きてきた私には知る事が出来ない事ばかりです。
来人さん、本当にここは時が流れているのでしょうか?」
「巫女さんはどちらだと思っていますか?」
僕の中では既に答えのある問い。
巫女さんは一体どんな答えを返してくれるのだろうか。
「どちらも含んでいるのではないかと思います。
要素ごとに、違うのでは無いでしょうか」
「なるほど、曖昧だけど納得できる答えだね」
例えば、音の波のように疎と密が交互に訪れているのかもしれない。
例えば、平穏な日常は一切頭の中に残らないのかもしれない。
「来人さんが来るまでの毎日は、同じ時間の繰り返しに近かったのではと思っています。
私が知っている限りでは、そんな記憶しか残っていません」
「なるほど。
僕が来るまでの間は、そんな毎日を過ごしていたのですか」
「仮に緩やかな変化を抱えていたとしても、
私にはそれを確かめる術はありませんでした。
里遠ちゃんとも、疎遠でしたからね」
確かに、協力者も居ないのに確かめるのは難しいだろう。
二人の仲が離れていても修復されなかった理由も、そこにあると考えれば……
「だからこそ、僕は変革者……か」
「そうです。私と里遠ちゃんにとって来人さんは希望でした。
変化の無い毎日が完全に書き換わるなんて、夢のような話だったのです」
日常を変えてくれた相手、明日への希望。
そんな事を以前、巫女さんは言っていた気がした。
その時は随分と大袈裟な表現だとは思っていたが……
(まさか、事実だったとはね)
そして、裏を返せば僕が要である事も示している。
変化を呼び込んでしまったのが僕だというのならば、
先に進めるのもまた、僕の役目なのだろう。
「里遠ちゃんが悪夢にうなされたあの件も……」
「気にはなっていました。以前から兆候はあったのかもしれません。
知っている限りでも、数回のみですが見かけた覚えがあります」
「本当に、そうなんですか?」
嘘であるとは考えたくないが、
記憶が曖昧になっているのは僕達全員だと考えられる以上、
問わねばならないだろう。
「私はその時の事を僅かにしか覚えていません」
「単純な日常の繰り返しの中で、薄れていたのかな」
「大変な思いをしていたはずなのに、
私の中には何も残されていないのですね」
古い事ならば忘れていくとはいえ……
思った以上に記憶の消失が早くやってくる。
「全て、この世界が原因なのかもしれない……」
「そう考える方が、自然だと思います」
日常が廻る度に、記憶は不確かになるのだろう。
世界がそれを引き起こしている確証は無いが、
今はその仮定に縋りたいと思っていた。
「僕が来てから、それなりに毎日は変わったはずです。
ですが、僕自身もそれを良く覚えていません」
「普通になってしまったからこそ、思い出せないのでしょうか。
来人さんがここに来た過程は事実なのに、時期が……」
「判らない事が解っただけでも、良いと考えるべきかな」
楽観的な答えかもしれない。
だけど、そう結論付ければ……
「意図的に忘れさせられている可能性もある。
僕達だけではない何かがあっても、不思議では無い」
「謎が、謎を呼び込み続けていますね」
「本当に、頭が痛くなりそうです」
考えれば考えるほどに、謎は深まる。
当たり前のような事が、当たり前のように起きている。
だけどそれが偏った形に思えてしまう。
「もしかすると、この話も明日には忘れてしまうのでしょうか」
「そうかもしれない。
まるで不要な物は極力排除されているのではと疑いたくなる」
日常を繰り返すように回っているのならば、
こんな少し外れた会話なんて、真っ先に消えてしまうだろう。
(なのに、渦中の人間はそれを知る術を持たない……)
気付かないまま毎日が過ぎる。
それこそが、まるで当たり前であるかのように。
「色々な物が捻じ曲がっているのに、
僕達は気付いていなかっただけなのかもしれない?」
「来人さんの言う通りではないかと思います」
何せ、暦が無い事すらも気付かずに放置していたのだ。
気付いて探るだけでこれだけ色々と出てくるのならば、
探ってみればまだまだ色々と出てくるかもしれない。
「思ったのですが、私達は何か重要な事を忘れている気がするのです。
来人さんは、私達を見ていて何か気付いた事はありませんか?」
「今は、特に何も思いつきません。
しかし何か引っ掛かっているような気も……」
「重要な何かを、私達は……」
まだ、それが何なのかは判らない。
更に言えば、それが一つだけとも限らない。
単なる日常の中で、一番実感しやすい部分に何かがあるのだろうか。
僕達は二人揃って、その何かに気付けていなかった。
後一歩の所にまで迫っているような気がするのに……
もしそれに気付けたならば、恐らく全てが変わる。
そんな予感がした。
だけど、僕と巫女さんはその場でずっと黙り込んで、
日が暮れて里遠ちゃんが呼びに来るまで、
何も言い出せない時間を積み重ねていたのだった。




