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神ノ社  作者: 空橋 駆
5章 取り残された地
20/36

20話 疑惑は日常に溶けて

あの妙な出来事に遭遇した日から、恐らく幾日かが過ぎているであろう。

毎日が普通の日だったので、最近の記憶が少し曖昧になっている。


いつの間にか僕は、旅人のような風体でこの場所に来た事を忘れかけていた。


随分と長い時間が経ってしまっていたかのような錯覚。

実際は何も変わっていないのだろうけど、そんな気持ちになってしまう。


ここに来た時の事もそうだ。

記憶喪失で、踊り場より前の記憶が無かったいう事は覚えているのだが、

正直、どんな格好でここに来たのかなどの細かな事は、忘却の彼方へと消えつつあった。


(それだけ自分がこの場所に馴染んだという事か)


外から来た存在、得体の知れない何かだった僕。

今は、来人という名前を得てこの場所で過ごしている。


本当にご厄介になっても良いのかと最初は戸惑った。

しかし、そんな悩みを抱えていた事も含めて、

全てが遠い過去の出来事になりつつあるような気がしていた。


外に出てみる。

誰も居ない、静かな神社の境内。


最近の僕は、この場所に隠されている謎について考えている。

考えれば限が無いのは解っているが、それでも知りたいと思ってしまう。


その一方で、巫女さんや里遠ちゃんと共に過ごす、

穏やかな日常を叩き壊しかねない事態だけは避けたいと思っている。


僕の行動がいい影響を与えて、疎遠な二人が親密に戻った。

その裏側で何か悪い事が起きようとしていても不思議では……

いや、既に不可解な事象に巻き込まれていたのか。


(丁度良い機会だ。様子を見てくるか)


起きた場所に行けば、もう一度何かが掴めるかもしれない。

だから、僕はまた鳥居の前に向かう事にした。



鳥居の前へと歩いていく。

辺りは静かなままで、何も起きるような気配は無い。


(吸い込まれるような感覚も無いな……)


遠巻きに鳥居を見ているのだが、

巫女さんが吸い込まれかけた時のような風の流れは感じられない。


それこそ、何も無い。

音も、気配らしい物も感じ取れない。


(本当の静寂、か)


風の音すら、届いていないかのような気になった。

ここまで来ると、不気味にすら思えてくる。


僕がここで立ち止まっている限り、

辺りは一切の変化もせずに在り続けるのだろう。



仮に、この場所に何か疑うべき事があったとしても、

今の僕には、それが何かを察する事はできなかった。


(どことなく、不自然だとは思っているのだが……)


ここが何か特別な意味合いを持つ場所と考えた場合、

静かである事もまた、気持ちを落ち着けるには大切ではなかろうか。


(ここは神社なのだから、静かでも不思議ではない)


その結論を頭に思い浮かべて後ろを振り向く。


目の前には、既に見慣れてしまった光景があった。

ここは、祭りの日でも無い限り静かである事が当たり前な場所。


それでも、自然の音は聞こえてくるはずなのに……

そう思って耳を澄ませていると、遠くから足音が聞こえてきた。


「ん……この足音は……」


里遠ちゃんだろう、まず間違いない。


「おにいちゃん、ここにいたんだ~」


そのまま、笑顔を浮かべて僕の近くにまで走ってきた。


「何かな、里遠ちゃん。

 いつもみたいに、巫女さんが僕の事を呼んでいるのかな?」

「ちがうよ、いっしょにあそびたいの」

「ああ……そっちだったのか」

「ひとりじゃつまんないもん」


拗ねた顔がかわいい。

最近はこんな表情も見せてくれるようになった。


「なるほどね」


僕は頷きながらそう答えていたのだが、

遊びのお誘いを出してくる時は、少し考えて見なければならない事がある。


「巫女さんには遊びに出る事を伝えて出てきたのかな?」

「えっ……うーん……」


やっぱり、そういう事だと思った。

境内はそれなりに広さがあるので、

可能な限り居場所を伝えておくという決まりが最近出来つつあった。


「とりあえず、伝えておいた方が良い。

 何所に居るか判らないと、色々困るしね」

「おにいちゃんがいるから、いいもん」


確かに、面倒を見る人間は僕でも構わない。

しかし今回は、僕の方がまず気晴らしで軽く外を歩くとしか伝えていないので、

戻った後に何か用件を頼まれると困る。


「それなら、僕が巫女さんに伝えておこうか」


僕がそう言うと、里遠ちゃんは少し不機嫌そうな顔をしていた。


「支度も必要だから、どのみち僕は一度戻るよ……」

「うん、まってるからね~」


理由を伝えると、里遠ちゃんは笑顔で送り出してくれた。

ああ、最初からそのつもりだったのか……と思ったが、もう遅い。

僕は苦笑いしながら、自分の部屋へと戻ることにした。



とりあえず、遊ぶ約束をしてしまった以上……

とにかく巫女さんにその事を伝えないといけない。

そう思って僕は廊下を歩いていると……

目の前から巫女さんが歩いてきた。


「あら、来人さん。

 気晴らしの方はもう良いのですか?」

「はい、それで……

 丁度良い所に居ました。えーっと……」


立ち止まって、巫女さんとの雑談を始める。

最近はこんな感じで会話が始まる事も多くなった。

これも、最近増えた事だと思う。


「待ってください。大体言いたい事は解ります」


毎度お得意の、巫女さんの状況察知。

というか、巫女さんはこの場合里遠ちゃんを探していたのだろう。


「それなら話は……」


了承は得たと思ったので、そのまま里遠ちゃんの所に行こうとしたが……


「待ってください」


そんな事は許されるはずもなく、巫女さんに止められた。

巫女さんは困った顔で僕の事を見ていた。


「何か、問題でも……」

「後で里遠ちゃんに伝えて欲しい事があるのです」

「それは……」


僕はこの時、巫女さんの方からすると若干言い辛い事でも伝えたいのではないかと思っていた。

そう、巫女さんはそれなりに真剣な表情をしていたから……


「お掃除の仕方を少しでも良いので教えますから、

 後でもう一度私のところにも来てくださいと……」

「あ、解りました……」


思っていた答えと少し違う物が来てしまった。


(何というか、それでいいのか……)


一気に緊迫した空気が去ってしまった気がした。


最近の里遠ちゃんは、割と元気が有り余っているような印象がある。

だから、僕と遊ぶ事でそれを意図的に発散させているのだが……

巫女さんはその元気を神社の掃除などに使わせたいと思っているのだろう。


当然、里遠ちゃんは……

そういうのに苦手意識を持っているとすれば、僕の所に来るだろう。


無論、それはあんまり良い事ではないとは思う。

しかしそれでも、遊ぶときはちゃんと遊んで欲しいとも、思う。

だから、僕は……


「巫女さん、里遠ちゃんって掃除とか苦手なんですか?」

「これまで殆ど教えていませんでしたから、知らないと思います」

「なるほど」


確かに、関係が疎遠になっていたのだから知らないのも当然だろう。

そうなると、一つ疑問が浮かんでくる。


「これまで、里遠ちゃんの部屋の掃除などはどうしていましたか?」

「基本的に立ち入る事が殆どありませんでしたから、そのままです」

「ふむ、なるほど……」


僕の部屋でも恐らく同様の状況ではないかと思っている。

というか、僕が部屋に居る時に掃除に来た覚えは無いので、

間違いなく掃除など一度もされていないのではないのだろうか。


「今度、改めて入って掃除したいところですね」

「それなら、僕の部屋も掃除して貰えますか?」

「そうですね、里遠ちゃんのお部屋だけではなく、

 来人さんのお部屋も改めて掃除した方が良いみたいですね」

「もしかして、里遠ちゃんの部屋と同じ状況……」

「はい、その通りです」


まあ、僕の部屋の掃除なんて……

所持品が殆ど無いのだから、埃をはたいたり床などを拭くくらいしかない。


(やろうと思えば、僕一人でも何とかなるかもしれないな)


そう思うと、掃除は後回しでも別に構わないなんて事も思ってしまう。


「と、なると……

 里遠ちゃんの部屋の方が汚れていそうなので、先はそちらから片付けた方が良いのかな」

「そうですね」


しかし、それ以前にもっと重要な事が頭の片隅で引っ掛かっていた。


(今まで掃除をしようなんて気分にならなかったのは、偶然なのだろうか?)


独りで居る時の、あの奇妙な静寂。

自然に思えて、何所となく不自然ではと思い返させられる、現象。

そんな気持ち悪さと同じ存在が目の前にあるような気がしてならない。


「とりあえず、掃除の事はまた後日考え……」

「そう言って里遠ちゃんと遊ぶつもりですか、来人さん?」

「いや、別にそういうつもりでは……」


巫女さんに軽く睨まれて、僕はちょっとたじろいだ。

一応約束はしたのだから、今日の所はこれで見逃してくれると思っていたのに。


「冗談です。里遠ちゃんが待っているのでしょう?」

「……」


驚いて僕は何も言葉を返せなかった。

それを見ていた巫女さんの表情は一転して笑顔に変わり……


「今日は諦めますから、その代わり別の日に必ず教えますと伝えてください」

「はい、ありがとうございます」


仕方ない、と言わんばかりの顔で了承してくれた。

時間はまだ十分にあるのだから、焦らなくても良い。

遊ぶときはしっかりと遊んで、学ぶときはしっかりと学べば良いのだ。


(あえて別の事を考えてみるのもいいのかもしれないな……)


先程の、頭の片隅に引っ掛かっている何か。

日常の隅々を見ていれば、いずれ忘れるか、何かを掴めるだろう。

頭を空にする為に、今は思いっきり遊ぶのだ。


僕自身がそんな経験をしてきたのかどうかは、

残念ながら記憶に残されていないので答えられない。

しかし、知っている範囲の知識から見れば、正しいのではないかと思っている。

その知識が曖昧ではないかと言われてしまえば、それまでなのだが……



里遠ちゃんの居る場所を目指して歩く。

渋々ながら了解を出してくれた巫女さんに感謝しなければならない。


「おそかったね……」

「ああ、少し巫女さんと話をしていたからね」


隠す事では無いので、僕は素直にその事を伝えた。


「それで、一つ聞きたいんだけど……」

「みゅぅ?」

「巫女さんとの用事、抜け出して来たとか?」

「ちがうよ」

「それならば、問題は無いけど……」


例えそれが、お小言のような鬱陶しい物になったとしても。

言うべき時は言わなければなるまい。


「巫女さんと話をしたときに聞いた事なんだけど、

 里遠ちゃんに掃除の仕方を教えたいと言っていた」

「そうじ……うん」

「一応今日は先に僕と約束した事になるから遊ぶと言っておいたけど、

 明日は巫女さんの用事にも付き合う方が良いかもしれないね」

「えーっ……

 もっといっぱい、あそびたいよぉ~」


遊びの楽しさに気付いた里遠ちゃんは、物足りていないのだろう。

でも、そこで怯む訳にはいかない。


「僕も一緒に参加するさ。それならば、良いだろう?」

「ううっ……」


これでもいい顔をしてくれない。どうやって説き伏せようか。

あまり酷い事を言うと後が大変になるから、思案の為所だ。


「もしかして、掃除が嫌いなのかな?」

「みゅぅ……

 そうじ、したことがないからわからないの」

「なるほどね」


理由としては解る。

しかしそれならば、巫女さんとの関係を深めるのも含めて、

是非とも色々な事を教わるべきではなかろうか。


「料理は流石に里遠ちゃんがもう少し大きくならないと無理だと思うけど、

 今のうちに色々と教えて貰っておくと後で役立つと思う」

「うん……」

「何事も、経験だと思うからね」


現に、僕は生きてきた記憶の大半を失っている。

それでもこうして生活できているのは、

経験に関係する記憶があまり失われていない事が影響しているからだろう。


(もし、それを忘れた状態でここに辿り着いていたなら……)


きっと、巫女さんや里遠ちゃんの事を心配なんてしていられない。

だからこそ、この状況を幸運だと思っている。

毎日を穏やかに暮らせるだけの知識や経験を失っていなかったからこそ、

こんな感じで里遠ちゃんと遊び、巫女さんと話せるのだろうから。


無論、それだけでは足りない部分もあるとは思うので、

巫女さんや里遠ちゃんに随分と支えられているのも事実なのだが……


「まあ、こんな事を話していると折角の遊ぶ時間も無くなるから、

 とにかく今は思いっきり遊ぶ事にしよう」

「うんっ!」


元気の良い返事……

とても輝かしい笑顔を向けてくる里遠ちゃんを見ていると、

こちらの気分まで元気になっていくようだ。


「おにいちゃん、はやくはやく~」

「そんなに急ぐと転ぶぞ?」

「だいじょうぶだよっ!」


まあ、転ばないように注意するのも僕の役目。

元気が有り余りすぎている分、今日はいつもより注意して様子を見ていよう。



時はあっという間に過ぎて、そろそろ日暮れが近付いてきた。

どうやら、そろそろ戻った方が良さそうだ。


「里遠ちゃん、こっちにおいで」

「おにいちゃん、どうしたの?」

「そろそろ時間だよ、日が暮れる前に戻ろうか」

「まだ……」

「えっ?」


拒否されるとは思っていなかった。

そして、里遠ちゃんは驚いている僕の手を握ってきた。


「もうちょっと、いっしょがいいな」


いつもとは違う行動。

僕は、戸惑った。


「巫女さんに心配されかねないから戻ろう。

 晩御飯も遅くなるだろうし……」


遠回しに考え直して欲しいと伝えようとするが、

里遠ちゃんの表情は変わらなかった。


「ちょっとだけでいいの。こっちにきて」


里遠ちゃんは僕から手を離し、

そのままゆっくりと歩き出した。

仕方ないので、僕はついて行く事にした。


「ゆうやけって、まっかできれいだよね」


突然、空を指差して里遠ちゃんは言った。


「ああ、今日は綺麗に見えるな……」


雲ひとつ無い空。

赤と黄色が重なる世界。


「いつみても、きれいなのかな」

「多分、そうじゃないかと思う」


軽い相槌のはずだったのに、

思わず出たその答えに自分で疑いを持っていた。


(雲の掛かった空、最近見ない気がするのだが……)


頭の中に残っている記憶を辿ってみても、見つからない。

しかし、それが存在する事を僕は知っている。


「おにいちゃんは、ゆうやけはきらい?」

「嫌いでは無いよ」


どちらかといえば、星空の方が良い。


「里遠ちゃんは、夕焼けは好きかな?」

「ゆうやけよりも、ほしぞらがいいなぁ……」

「僕と同じだね。寂しさを少し感じてしまうんだ。

 だから、この後に来る星空の方が眺めていて楽しい」

「うんっ!」


里遠ちゃんと僕の、思わぬ共通点。

それを見つけて、少し嬉しいと思っていた。

そして……


「夕焼けも、誰かと一緒に見ると少し寂しくなくなるね」


一緒に居る事の大切さを、ほんの少し理解できた気がした。


それだけではない。

里遠ちゃんが自分から行動してくれた事も進歩だった。

色々な面で、成長しているのではないのだろうか。



暫くして僕たちは外から戻り、廊下を歩いていた。


「おにいちゃん、はやくはやく~」


僕の少し前で、後ろ向きで手招きしながら里遠ちゃんが歩く。

追いかける僕は、疲れていてゆっくり行動していた。


「ゆっくり行ってもご飯は無くならないから心配しなくて良い。

 それより、廊下を後ろ向きで走ると転ぶよ?」

「だいじょうぶだもん」

「あのなぁ……」


以前にも増して活発に動き回る里遠ちゃん。

最近も廊下を走らないようにと注意をしているのだが、

なかなか聞いてくれなくて困っている。


まあ、お腹が空いているから急ぎたくなる気持ちも解らなくは無い。

しかしそういう時こそ油断大敵と……


「おにいちゃん、こないの?」

「おっと……手を突くのはやめて欲しいな。

 びっくりしたじゃないか」


気がつくと、里遠ちゃんは僕の手をつついていた。


「おにいちゃんがそこからうごかないから~」

「それは……すまない」


いつの間にか僕は僕で立ち止まって考え事をしていたらしく、

里遠ちゃんに怒られながら、食堂へと向かうのだった。



夕食の後、僕達は食堂で休憩していた。

すると、里遠ちゃんが立ち上がり、そのまま食堂を出ようとする。


「自分の部屋に戻るのかな?」

「うん」


それならばと思い、僕も立ち上がるのだが……


「来人さん、少しお時間を頂いても宜しいですか?」

「ん……」


本音を言えば、あまり話をする気分ではない。

里遠ちゃんと一緒に、少し遅い時間まで空を見ていた事を咎められかねない。


「今日の夕飯が少し遅くなった事を咎めるつもりはありません」

「別件ですか?」

「いえ、元は同じですね。

 遅くなったのは里遠ちゃんと一緒に夕日を見ていたのならば……」

「そうです。まさか、後をつけていたとか?」


可能性としては無いと思いたいのだが、聞いてみた方が間違いが少ないだろう。


「お夕飯を作っていたのに、そんな事する余裕はありません。

 私も先日、里遠ちゃんと一緒に夕焼けを見ていただけです」

「ああ、なるほどね」


それなら、察されても不思議ではなかろう。


「今まで最低限の面倒は見てきたはずなのですが、

 里遠ちゃんは、空を見るのが好きなのではとようやく気付けました」


ふと、巫女さんがそんな事を呟いた。


「なるほど。

 まあ、それでも僕が来てから顕著になっただけとも言えるかもしれないね」

「ええ……」


僕は笑顔で答える。

巫女さんは目を細めながら僕を見ていたのだが、

何かを思いついたらしく、その目が一気に見開かれた。


「もしかして、来人さんも空を見るのが好きなのですか?」

「僕の場合は昼の明るい空よりも星空の方が好きかな」


僕は首を縦に一度振ってから、答えた。


「似た者同士ですね」


巫女さんが笑顔でそう言った。


丁度今考えていた事をそのまま言われてしまい、僕は苦笑いするしかなかった。

しかし、僕から見れば巫女さんと里遠ちゃんの方が雰囲気は似ていると感じる。


「それでは、巫女さんは?」

「私は朝焼けの空が一番好きなのです。

 なので、里遠ちゃんと来人さんの方がより近いのでしょう」


似ているのは巫女さんも同じ。

空を見るのは嫌いではないのなら十分だと思う。

だけど巫女さんの顔は、少しだけ寂しそうに見えた。


「朝の空を見ている時は、辺りは静かですか?」

「はい、心を癒す静けさが辺りを包んでいます」

「そう、ですか……」


巫女さんは淡々と、そう答えた。

僕が感じたような何かを感じているからそう答えたのだろうか……


「不自然な何かは、何所にも無いのかな?」

「その瞬間は気付いていても、いつの間にか忘れている場合が殆どですね」


それは、僕も思った事だった。


「それならば、何らかの約束も……」

「私にはよく判りません。

 今は、来人さんの方が真相には近付けているのではと思います」


どんな根拠でそう言ったのかは判断できないが……

巫女さんの記憶は、まだ点のままで繋がろうとはしていないらしい。

無理に探ろうとする気は無いので、今日はここまでだ。


「さて、そろそろ僕も部屋に戻ります」

「はい、お話をした事で少し頭の中が整理できました。

 掃除の件は、また後日改めて考えますね」

「その時は、僕も一緒に参加させてください」

「はい、是非とも一緒にやりましょう」


笑顔で、僕は食堂を離れた。

巫女さんもまた、笑顔だった。



結論から言えば……

この掃除に関する約束は、暫くの間思い出される事は無かった。

僕も巫女さんもいつの間にかすっかりと頭の中から抜け落ちていた。

そして、その事に一切の不信感を抱く事は無かった。


何故なら、普段と同じはずの毎日が来るはずだったのに……

それがほんの少しだけ狂ってしまったから。


この流れは、最初から引き寄せられていた運命だったのだろうか。

いずれにせよ、これもまた日常の一つの姿なのだろう。



そしてまた朝がやってくる。

少し寝ぼけた頭を覚ますために、立ち上がって辺りを見回して……


(今日もまた、いつもと同じ一日が始まる)


いつかは気付けるはず。

そんな考えを頭の片隅に追いやりながら、

現状に対して何の疑問も持たず、今日が始まるのだった。





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