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神ノ社  作者: 空橋 駆
4章 来人の存在
19/36

19話 記憶や過去より大切だ

暗闇の中に、里遠ちゃんは居なかった。


泣く事に疲れ、恐らく虚ろな目をしていても不思議ではないのに……

見つけられない、声も聞こえない、息遣いすらも……感じ取れない。


(冷静に……なれ……)


切れかけた糸を手繰り寄せて、

その先にある何かを掴んで……


今、自分はどうなっている。

何所にいて、何所に


(床の上で、寝ていたわけじゃないのか……)


目の前は暗い闇だが、そこには何かが残っている。

布団が無い時点で、ほんの少しだけ我に返りかけてきた。


(もしかして……)


この部屋の落ち着き具合からすると……

僕はどうやら、思い違いをしていたのかもしれない。


(落ち着け……確認しなければ)


先程まで焦っていた心を落ち着かせていく。


光の入らない暗い部屋に風は吹かず、

今の僕はただその真中にて佇んでいた。

それが、何よりも不思議だった。


(この真っ暗な部屋に篭っている……のか?)


その答えに辿り付けたのは奇跡だったのかもしれない。


(怖い思いをしたならば、真っ先に僕か巫女さんの所に……)


本当に、里遠ちゃんが見ていた夢の通りになってしまったのか、

確認しに部屋を出たのかもしれない。


(無駄足……だったのかもしれないな)


僕は、里遠ちゃんの泣き声が聞こえて、

ただその方向に向かって突っ切ろうとしただけ。


その段階で気付くべきだったのだ。

途中で声が途切れたままで、行方を完全に見失っていた事に。


(僕と巫女さんを探している可能性もあったのに!)


それならば、何所にいるかを突き止めないといけない。

急がなければ、何かあっては本当に遅い。


(今すぐに見つけなければ!)


思いっきり、真っ暗な廊下を走り出した。

足に纏わりついていた何かは、既に消え去っていた。



最初に思い当たったのは、僕の部屋だが……

その場合、途中ですれ違っていると思うので可能性は薄い。


となれば、巫女さんの部屋に居るかもしれない。

少し離れた場所なので、すれ違う事も無い。


(迷っている暇は無い。行動、しなければ……)


暗い廊下を細心の注意を払って歩く。

途中でもし、倒れている里遠ちゃんを踏ん付けでもしたら……

それはそれで、大惨事になってしまうから。


だが、道中では何も遭遇せず……

あっさりと、僕は巫女さんの部屋に辿り着いていた。


そう、先程巫女さんにこの部屋で待っていて欲しいと伝えていたので、

どちらかといえば戻ってきた方が近いのかもしれない。


僕は、静かに巫女さんの部屋へと入っていった。


先程までの事が原因で、

疲労の極限にまで達しているであろう巫女さんが寝ているかもしれない。

また、里遠ちゃんが居ないのならば、

余計な心配を掛ける原因にも成りかねない。


そんな事を思っていたというのに……


(えっ……?)


目の前に現れたのは、僕の予想とはかけ離れた状況だった。


「あら……来人さんですか」


起きて、座っていた巫女さんが僕に声を掛けてきた。

小声で、弱々しい声だから少し心配だが……

それよりも、まず……


「里遠ちゃんは……」

「ここに居ますよ。

 だから、ちょっとだけお静かにお願いいたします」


月明かりに照らされながら、

里遠ちゃんは巫女さんの膝枕で眠っていた。

すやすやと……気持ち良さそうだ。


(ああ、よかった……)


その姿を見て、ようやく僕は今の状況を飲み込んだ。


「その様子……泣き疲れて、寝てるのですか?」

「はい、その通りです」


軽く微笑みながら、巫女さんは僕に答えてくれた。

その姿はを月明かりが照らし、幻想的にも見えた。


「二人とも、大丈夫ですか?」

「はい、私も、里遠ちゃんも大丈夫です」

「本当に……

 いや、それならば何故里遠ちゃんはここに?」


この状況が信じられなかったから、

あえて巫女さんにその状況を聞いていた。


「泣きながら、この部屋にやってきました。

 里遠ちゃんの方から、私の所へと……」

「僕とは、入れ違いになったのか」

「そうなりますね」

「ああ……」


これは、ちょっとばかり失策だったかもしれない。

ただその場で泣いていただけで立ち止まっていたはずの少女が、

自らの勇気を奮い立たせて僕達の居る場所を目指して歩いて来ていたのだ。


待っていれば、迎え入れる事も出来たかもしれない。

だが、行動した事を後悔する必要も、無い。


(待てなくなるほどまでに、大切になった……)


間違いなく、僕の中で何かが変わり始めていた気がした。

ようやく、それに気付けた。


「静かに眠っているな……

 良かった。これなら、安心だ」


安心したら、思いっきり体の力が抜けていくのを感じた。


「心配だったのですね、来人さんも」

「当然だろう……心配にならないはずが、無い」


何気なく言った一言に、言ってからふと気付かされた。

巫女さんに褒められて、嬉しいと思っている自分がいた。


思っていた以上に僕は照れていて、でもそれを隠す気は無かった。


(この気分は、懐かしい気がする)


だけどそんな空元気も長くは続いてくれそうに無い。


「あの……

 来人さんの方が、疲れていませんか?」

「僕の疲れ程度なら、まだ大丈夫ですよ」


なるべくなら、心配をかけさせないように。

本音は、こっそりと心の中に隠して。


だけど……

上手く隠しきれていないのもまた、自覚していた。

二人の姿を見て緊張の糸は切れかけていて……


「駄目ですよ、来人さん。

 先程あれだけ頑張って私を引き戻しただけでなく、

 里遠ちゃんを探して更に無茶をしたのでしょう?」

「流石に、隠し事は出来ませんね……

 でも、どうして?」


多分、僕自身が気付いていないだけで……

巫女さんは気付いているのだ。


「月明かりに照らされた来人さんの顔、酷い事になっています。

 どれだけ無茶をしていたのですか……」


表情にも出ていた。

それを、見つけてくれていた。

それだけで、一気に気が抜けてしまいその場に座り込んでいた。


「巫女さんは……

 先程の件があったので、特に心配だったんですよ」

「来人さんならそう言うと思いましたが、

 私や里遠ちゃんの事を心配する以上に、自分の事をもっとよく見てください。

 そうでないと、私だけではなく里遠ちゃんが悲しみます」

「それを言われてしまうと、辛いね……」


自分でも十分に理解している。

だが、それよりも先に体が動いていたのだから仕方ない。


色々と思う事はあれど、日常はやはり楽しい。

取り戻すために、僕は理屈などを全て飛ばして動いていた。

当然のように、やらなければと思っていた。しかし……


(僕らしくは無い行動だったのかもしれない)


どうしてその形に行き着いたのか、解らなかった。



座り込んで項垂れていた僕を見て、巫女さんが声をかけてくれる。


「こちらに来て、一緒に休みましょう?」

「そうだね、そうさせてもらおうか」


断る理由なんて無かった。

目が覚めたときに、里遠ちゃんの近くに僕も居た方が良い。

多少照れ臭いのは、我慢すべきだろう。


(ん……これは……?)


近くに寄ったときに、巫女さんの顔を見た。


(まるで聖女……いや、もっと身近な……)


里遠ちゃんの頭を軽く撫でながら、膝枕で寝かせている姿。


(まるで、母親のようだな……)


穏やかな表情が、尚更巫女さんの持つ母性のようなものを際立たせている。


この光景を見る限りだと、既に姉妹のような存在ではなかろう。

だとすれば、この二人は見たままの関係に近付いているのだろうか……


(もしそうならば、それはそれで面白いのかもしれないな)


冗談交じりで思っていた事だったが、

この疑問や発見が、核心へと迫る扉であれば良いと思った。


今は、これで良い。

この緩やかな流れの中で、静かに時が過ぎていくのを感じつつ、

静かな寝息と共に平穏の大切さを再確認して笑っていよう。



いつの間にか、座ったまま寝ていたらしい。

時間が少しだけ経っていたのだろう。

僅かに頭がはっきりとしていない。


「んっ……っと、あれ?」

「あ、目が覚めましたか」


巫女さんの膝元では里遠ちゃんが変わらずに寝続けていた。


「僕、寝てましたか?」

「はい、しっかりと寝顔を拝見させていただきました」

「あはは……

 寝顔なら、いつでも見ようと思えば見れるはずですよ」


夜遅くまで考え事をしている分だけ、寝るのが遅くて起きるのも遅い。

だから、これは間違いないはずだ。


「それもそうですが……

 特別な来人さんの寝顔は、きっと今日だけしか見る事ができません」

「胸を張って言ってくれるけど……どういう意味だろうか」


何となく答えは決まっていそうだけど、

それを改めて口にして欲しいと、思っていた。


「特に、今日みたいに……

 大切な事を成し遂げで満足した顔なんて、簡単に見せてくれませんよね?」

「はは……なるほどね」


そういう事ならば、きっとそれは間違いないと思う。

今日に限っては、それがとても珍しく、とても特別な意味を持つのだろう。

嬉しい事を言ってくれる。


「ところで、里遠ちゃんの様子は大丈夫かな?

 ずっと眠っているみたいだけど……」

「はい、特に問題は無いと思いますが……

 何か、気になる点でもありますか?」

「いや、特に気になる点は……」

「うにゅぅ?」


僕と巫女さんが話を始めようとした所で、里遠ちゃんが目を覚ましたみたいだ。


「おはよう、里遠ちゃん。

 まあ、残念だけどまだ日は上がってきていないのだが……」

「おはようございます、里遠ちゃん。

 気分はどうですか、何かあれば言ってくださいね」

「みゅう……うん、だいじょうぶ」


僕と巫女さんは、それを聞いて一安心していた。

ただ、どうやら僕達を見て何かを感じ取ったみたいで……


「おにいちゃんとおねえちゃん、なかよし……」

「えっ……」

「おっと……」


思わず、僕と巫女さんは顔を見合わせて……


「嬉しいかい?」

「嬉しいですか?」

「うんっ!」


思わず、僕と巫女さんも笑顔になっていた。

だから、今ここで何が起きていたかを知るなんて無粋な事は……


そう思っていたところで、里遠ちゃんの視線を感じた。

僕と巫女さんを交互に見て……


「おにいちゃん、ごめんなさい」

「ん?」

「おねえちゃん、ごめんなさい」

「あら?」

「そして、ありがとう!

 いっしょにいてくれて、ありがとう!」


紡がれてきたのは、感謝の言葉だった。

どことなく巫女さんの笑顔に似た、優しい笑顔。


(こちらこそ……だ)


僕は思わず、軽くお辞儀をしていた。

そして巫女さんはというと……


「ううっ……来人さん、

 少しだけ、泣いてしまってもいいですか?」

「僕は止めませんよ。

 それより、しっかりと抱き留めてあげた方が良いかもしれない」

「あ、はい……」


涙を零しながら、巫女さんは里遠ちゃんを抱き締めていた。


(巫女さんの優しさで、里遠ちゃんは救われる)


今回の出来事でもまた、巫女さんは重要だった。

最悪の状況から救い出したのは、揺ぎ無い事実だった。

僕は……空回りして、結局何も出来なかった。


巫女さんと里遠ちゃんがこれほどまで良い関係ならば、

やはり僕が入り込む隙など最初から無かったのでは……

そんな発想まで、頭の中に過ぎってしまう。


しかし、里遠ちゃんは僕の腕を掴んで……


「みゅぅ……

 こわいのは、もういやだよ」

「そうですね……」

「里遠ちゃん、今日は無理に話を聞くつもりは無いから……」


僕がそう言うと、里遠ちゃんは首を横に振った。


「きいて、ほしいの。

 おねえちゃんも、おねがい」

「来人さんも聞いていただけませんか?

 先程までの私達に、一体何があったのかを……」

「あ、ああ……」


頼まれたのならば、断るのは流石にできそうにない。

本音を言えば、無理をしてほしくもない。


「まず……

 基本的な所は、先日とあまり変わっていないみたいです」

「いや、変わっていないと言われても……」


比較対象が限定的過ぎてよくわからない。


「私達が居なくなるような強い不安を一気に受けてしまい、

 怖いものをずっと見ていたのではないかと思います」

「なるほど、それでも漠然としていますね……

 多分、孤独な状況を怖いと思っているから、それを見せられたのかな」


これは、前の時と殆ど変わらないと思う。

惜しむべくは、僕がそれに気付いていたのに……

その方向を把握できずに、別の場所に行っていた。


「そういえば、里遠ちゃんは……

 巫女さんがここに連れてきたのですか?」

「いえ、私のところにまで来てくれました」

「そこが、前とは違う部分だね」


里遠ちゃんの方を見ると、頷いていた。

どうやら、これは嘘ではないらしい。


「私の居る所にまで来てくれたのは、偶然なのでしょうか?」

「どうなんでしょうね。

 無我夢中で、気がついたらそこに居た可能性が高いかなと」

「ですが、ここは……」

「確かに、巫女さんの部屋ではなく僕の部屋です」


だから、最初に助けを求めた相手は僕の可能性もある。

その辺はよく判らないが……


「とにかく、里遠ちゃんは僕の部屋まで……」

「そうです」

「もしかして、這ってきたとか?」

「どちらかといえば這って来ていたと思います。

 近くに居ると気付いた時に倒れる音がして、見に行くと苦しそうにしていました」

「なるほど……」


やはり、それだけ辛い状態だったのだろう。

それが僕に起きた何かと繋がっているのかもしれないが……

これだけでは、手掛かりになりそうに無い。


「里遠ちゃんは、何か覚えているかな?」

「みゅぅ……おぼえてないよ」


首を横に振りながらそう言われてしまった。


「私が運び入れた時には、疲れきった顔をしていました。

 何も覚えていないのも無理はないと思います」

「それなら、仕方ないですね」


やはり、当事者が覚えていないと……

真実に行き当たるのは難しいのだと、改めて思い知らされたのだった。


しかし、それでも判明している事はある。

考え方としては、面白い切り口かもしれないと思っているのだが……


(どうにも、疲れが芯にまで達してしまっているな)


これ以上何かを考えるのは止した方が良い。

ただ、あえて一つだけ、一つだけ"答え"を述べるなら?


(全員に対して悪影響を及ぼす何かが存在している)


これに尽きる。これ以外に、何を考える必要があるのだろうか。


「来人さん……

 これだけでは、足りませんよね?」

「ん……何の事を言っているのかな?」

「誤魔化さないでください。

 今の来人さんはここまでの情報だけで答えを導こうとしていますよね?」

「あ、ああ……

 見抜かれていたみたいだね」

「当然です。私と同じような事をしているだけでなく……

 結論についても、ほぼ同じ物を出しているはずです」


なるほど、確かに。

疎ら(まばら)な点の状態から線を無理やり結んでいくのは……

つまり、そういう事。


「僕達全員に対して、既に影響は出ていて……

 僕がここから立ち去った程度では戻らないかもしれない」

「その通りです。

 もはや来人さんは私達とは切っても切り離せない所に居るのです」

「なるほど……」


考えたくは無いが、それが……

僕をここに留めようとする力になっているのだろう。


「もしかすると、次に何かが起こるのは来人さんかもしれません。

 十分に、気をつけてください」


いや、それは……違う。

そう考えるならば既に、僕はそれに遭遇しているだろう。


僕をあの場所に押し留めた妙な力。

巫女さんと里遠ちゃんに起きた出来事。

その全ては、どこかで繋がっている。


しかし、ここで僕の件について話す必要は無い。

余計な心配をさせるくらいならば……


「用心はしておきます」


更なる何かが僕に降りかからない事を祈る事にした。

何せ、先程の件で最も弱い影響を受けていたのは僕だ。

油断していると次は対処できないような大きな物が来るかもしれない。


口では軽く返事したつもりだが、内心ではしっかりと考える。

しかし、巫女さんはどうやら納得してくれていないらしく……


「もっと危機感を持ってください。

 外から来た人である来人さんが、一番危険なのです」

「た、確かに……」

「くれぐれも、吹き続ける風に足を掬われないように……」

「おねえちゃん、まって」


いつの間にか目を覚ましていた里遠ちゃんが、

巫女さんの次の言葉を遮っていた。


「外から来た人である来人さんが、一番危険なのですから。

 くれぐれも、吹き続ける風に足を掬われないように……」

「おねえちゃん……

 おにいちゃんは、だいじょうぶだよ」

「里遠ちゃん……?

 どうして……」

「おにいちゃんは、きっとみつける。

 おにいちゃんはきっとぜんぶかいけつしちゃう」

「それはどういう意味……かな、里遠ちゃん」

「そのまんまだよ」


真剣な目で、僕を見つめて言い放たれたその言葉。

だけど、妙に確証めいた何かが手に入ったような気がした。

試しに、口にして出してみる。


「僕は、箱を開ける鍵であり、道を照らす光のような物かな?」

「そうかも」

「巫女さんは、どう思います?」

「私に聞きますか?

 そうですね……」


巫女さんは少し考えた後……


「この場所を駆け抜けていく風と思っていましたが、

 今は世界を回していくための風を作り出すような存在ですね」

「ふむ」

「みゅぅ……なんかかっこういいかも」

「そうですか?

 別にそんなつもりで言ったつもりはありませんが……」


二人の会話が弾んでいる中で、

僕はその一言を、噛み締めていた。


(ああ、風に飲まれるなとはそういう事なのか……)


僕にとって、最も気をつけねばならない事。


既に今の僕は、二人を導く側に立ちつつあるみたいだ。

風に惑わされて見失えば、先が見えなくなる。

そして、完全にこの世界に飲まれてはいけない……


(それならば、巫女さんが僕をあえて"外から来た人"と呼んだのも……)


二人の仲を元に戻した、そんな心を持った僕を望み、

そこに二人は希望を持っているという事なのだろう。

遠まわしだが、意味が繋がればそれは何よりも深い言葉になった。


だとすれば、巫女さんのその洞察力と優しさは……

僕の想像を遥かに超えているのかもしれない。


「おにいちゃん、わらってる?」

「どうしたのですか、来人さん?」

「いや、色々と解った事が増えたからね……つい」

「えへへ……」

「そうですか、それは良かった」

「ああ、同時に色々とまた悩みの種が増えたけどね。

 いずれ一つ一つ解決していくしかないね」

「焦って答えを間違えては、意味がありませんしね」

「うんっ」

「その通りだ」


だから今はここまでで良い。

これ以上の何かを望んでみたところで、急に何かが変わるとは思えない。

変化にはそれなりの反動や痛みを伴うのが常だ。


二人を置いて逃げる事も難しくなった。

居ても問題の元となり、居なくなれば問題を残す。

選ぶのならば、解決の出来る前者に決まっている。


だから、暫くはまた、こうして毎日を過ごしていくしかない。


「さあ、まだ夜は明けないんだ。

 ここからもう一度寝て、朝また元気に会おう」

「いっしょにいたいよぉ~」

「あら……ってちょっと、暴れないで里遠ちゃん!」


じたばたと暴れる里遠ちゃんを必死に抑える巫女さん。


「うううう~っ……」

「来人さん、いいですか?」

「仕方ないですね、今日はこの部屋で一緒に寝るしかないね」

「やったぁ~」

「やれやれ……」


仕方ないからと割り切るが、反面で僕達はここまで……

ここまで仲良くなっていたのだと、思った。


あ、当然の事だが一応同じ部屋で寝ていただけであり、

もちろん僕はこの二人から見える位置で、少し離れたところで寝ている……

仮にも女性と女の子が相手なのだ、これくらい気を使うのは当然だ。



二人の寝顔を見ながら……

僕は少しだけ、考えていた。


(この日常が、何よりも……安心する)


記憶や過去よりも、今の自分を大切にしよう。

知りたい事はこの日常の中で、気長に探して行こう。


(僕は随分と、染まってしまったのだろう……)


いつの間にか、そんな日常に僕は慣れていた。


だからこそ、願わくばこんな平和な夜が続く事を。

願わくば皆を苦しめるような異変が訪れない事を。

今の僕にはそれを願う事しか、出来なかった。

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