15話 自覚が足りない
中途半端なところで話を中断してしまうと、
人はそれを気にするか、忘れるかのどちらか。
今回の話に関しては、前者。
あの時巫女さんは、お茶を出す事で上手く逃げようとしたのではないか。
そんな疑問が頭の中を巡っている。
(やはり、言い出しにくい事なのだろうか)
話したいことがあるのならば話して欲しい。
僕が、自分の中でひっそりと組み上げてしまっていた計画を話したのも、
ここ最近、巫女さんの考え事が妙に増えている気がしてならなかったのも、ある。
確かに二人が仲良くしているのを見ていて、
疎外感のような物を感じなかったわけではないが……
(思い切って聞いてみるしかないか。
可能ならば、二人で話すべきかもしれない)
こちらから動くか、出方を待つか。
散歩している間に考えて、戻ったら結論を出そう。
(そう言ってまた、忘れるんだろうな……)
結論を先延ばしにして、いい事なんてあまり無いだろう。
「失礼します、来人さん……」
思いの他早くその機会は訪れた。
僕が散歩から戻ると、巫女さんが僕の部屋を訪ねてきていた。
里遠ちゃんも、一緒だ。
「ん……何か用かな?」
「今から、少々お時間を宜しいですか?」
「構いませんよ、丁度暇で軽く散歩でもと思っていた所です」
思っているだけで、実行するのは少し先になりそうだったのだが……
「先日のお話の件で、参りました。
あの時は中途半端なところで打ち切ってしまいましたので……」
「やはり、覚えていましたか。
僕としてもあのままでは何も解らず、気になる一方でした」
「そうだよね~」
里遠ちゃんが相槌を打ってくれる……のだが、
巫女さんから僕に言いたい事があるのならば一人で来るのでは?
「私が半分忘れかけていた事を、
里遠ちゃんが思い出させてくれたのです」
「それで一緒に来たというわけですか」
「そうなんだよ~」
嬉しそうに笑う里遠ちゃんを見て、
僕の心が少しだけ和んだ気がした。
巫女さんもまた、笑顔を返しているので和んでいるのだろう。
不思議と、里遠ちゃんの笑顔には癒されるのだ。
「少し間が開いてしまったかもしれませんが、
あの時の話の続きをさせていただけますか?」
「はい、お願いします」
「いくよぉ~」
しかし、掛け声虚しくそこから話は一切始まろうとしなかった。
支配するのは妙な雰囲気の沈黙。
真っ先に退屈そうな顔に変化していく里遠ちゃん。
僕は僕で、何と声を掛ければよいのか判らず、
巫女さんは何を話し出せばいいのかがわからないのだろうか……
目を閉じて何か言葉を出す直前で硬直している。
傍から見れば、間違いなく異様な光景だろう。
事実、僕が巫女さんのその表情を見た時に、
首を傾げそうになったくらいなのだから。
「巫女さん?」
「はい、なにかありましたか?」
沈黙を破ったのは僕だが、こんな理由で破るのもどうだろうか……
それでも破った以上、話は続けねばならない。
「今の表情、滅茶苦茶になってますよ?」
「ん……ふえっ?
ほ、本当にそんな酷い状態になっていました?」
「なっていました……としか言えません」
「は……反省いたします」
巫女さんが一礼して、表情を整える。
再び沈黙が続くが、それもまた何処かで途切れるべき瞬間を迎える。
僕は僕で、真剣な目を巫女さんに向けている。
そう、何を話すのかを一字一句聞き逃さない為に。
「ふあぁぁぁぁっ……」
側面から、気の抜けてくる声が流れ込んでくる。
皆まで言わずとも判る、里遠ちゃんだ。
大きな欠伸をして、伸びをしている。
「巫女さん、気付いていますよね。
この長い長い間は傍から見ていると凄まじく退屈以外の何物でもありません。
特に見ているだけの里遠ちゃんにとっては拷問にも近いかと」
「そうですね……ですが……」
巫女さんは里遠ちゃんの手を掴むと、起き上がらせて……
「里遠ちゃん、ちょっといいですか?」
「ん……」
「申し訳ありませんが、私は来人さんと少し込み入ったお話をさせていただきたいのです。
なので、里遠ちゃんには暫くの間席を外して欲しいのです」
「そうなの?」
里遠ちゃんが首を傾げている。
その後、暫くの間二人の話し合いが続く。
「僕に言いたい事、それも内容が複雑な案件ですか」
「はい」
「んにゅぅ……」
「だからこそお願いします。里遠ちゃん……」
それを聞いた里遠ちゃんの表情は少し寂しそうだったが……
「だいじなこと?」
「ああ、僕としても大事な事だろうと思う」
「わかった~」
そう言うと、笑顔のまま立ち上がりそのまま部屋から去っていった。
何処へ向かったのかは知らないが、部屋に戻ったと考えたい。
少しばかり眠そうにも感じていたが、大丈夫だろうか……
この一部始終ですら、既に楽しい一つの流れ。
最初の頃には無かったような会話の方向。
そして立ち去る時の元気そうな姿……
「里遠ちゃんは、以前に増して明るく感じられるようになりました。
巫女さんはこれを、この変化をどう考えますか?」
「良い変化ではないかと考えています」
何となくだが、上の空のような返事に聞こえていた。
表情も雰囲気も、雑談を楽しむような感じからは離れつつある。
巫女さんは何か、思いつめているのだろうか。
「やっと、この時が来ました。
待っていたのですよ……私は」
「いつもと雰囲気が違いますね、巫女さん」
「茶化してはならないと思っていますからね。
時には厳しく現実を見なければなりません」
現実……か。
何となく、かなり重要な話を聞かされるのではと思っていたが……
この雰囲気は、妙に居心地が悪い。
「初めからこうしていればよかったのでは?」
「確かにその通りでした。
先日の話し合いの時も、私はあのまま話をしたいとは思っていなかったのです。
しかし、里遠ちゃんをその場に居合わせたまま話すには……」
「不味い事がある……わけですね」
巫女さんはゆっくりと頷いた。
「それに、今回のお話は間違いなく論戦のような形になります。
私と来人さんの牽制の返し合いのような会話を見せたくはありません」
「確かに、それはちょっと避けて通りたいですね」
つまりその話題は、兄弟喧嘩のような会話にもならない話題という事だ。
それならば尚の事、巫女さんの行動は間違いではない。
僕としても、巫女さんとの会話が口論に近付く予感があるので、
尚の事、里遠ちゃんに席を外れてもらう提案は好都合だった。
里遠ちゃんの戸惑う顔を見てしまったら、
意見をぶつけ合う気力を削がれかねないし、
余計な心配を色々とさせてしまうかもしれない。
巫女さんと仲違いした時の里遠ちゃんの寂しそうな顔で懲りている。
故に、巫女さんは……
相当の覚悟を持って、僕と話に来ているのだ。
再び、静寂が訪れる。
「来人さんの記憶は、石段の踊り場が始まりでしたか?」
「生きている記憶で覚えている物は、
踊り場から石段を登ったところからが始まりで良いと思う」
「鳥居を通り抜けた際に、何か起きませんでしたか?」
「何も無かったはず」
「本当にそうですか?」
「覚えている範囲では……」
「そうですか」
質問の意図が良く解らない。
何故そんな事を聞くのだろうか?
「あの……」
「今聞いた事ですか?」
「はい、理由が……」
「来人さんの記憶が消えたのは、
あの鳥居を潜った瞬間ではないのですね」
「確かに、間違いはないと思う」
巫女さんの質問の意図が掴めた。
記憶が消えた瞬間は、鳥居を潜った時ではない。
僕はそれを知っていながら、認識の範囲の外に置いていた。
「一つ、可能性が消えましたね」
「そうですね、もっと前の時点で僕の記憶はあやふやになっていた。
常識や行動については、変化が無かったと考えた方が良さそうですね」
認識の中に置いた瞬間から、これもまた重要な事だと考え始めた。
最初からと、そうではないと結論付けられる事の違い。
いつかその点が、線に繋がる日はあるのだろうか。
「それを踏まえて、聞かせていただきます。
来人さんは、本当に旅人ですか?」
「これは今すぐに断言できる。
まず間違いなく、旅人の格好をしただけの一般人だ」
問題は僕の持っているその一般的な知識が、
この神社に住む二人に対してはかなり異質な物になっている事だろうか。
恐らくそれは巫女さんも疑問に思っているだろう。
「消えたのは、生きてきた経歴の部分だけなのですね。
どのような場所で生まれ、育ち、ここに来たのか」
「そうですね、僕は何処で生まれたのかも知らないんだ。
少しだけ、寂しい物があるかな」
生まれた地を探訪する事も出来ない。
それが何処にあるのかを知らないのだから。
「ほんの少しだけ、興味があったのです。
育った場所も、話し方から区別できると聞いた事がありますので……」
「仮に僕の話し方に特徴があったとしても、
巫女さんにはその特徴を言い当てられそうに無いと思っています」
「そう思いますか?」
「知らないでしょう、そもそも」
僕が問うと、巫女さんはゆっくりと首を縦に振った。
「ご名答です。私は人の話し方の特徴で出身を見分ける力など持っておりません。
ですが、自身の知識の中にはありませんか?」
「なるほど、そう関連付けてきますか」
巫女さんが知らないのは当たり前。
僕自身が、その知識を持っているかどうか。
僕が、僕自身の出身を考えてみれば……
「残念ですが、僕の記憶の中にそんな物は残っていないみたいです。
その筋から僕の正体を探るのは、難しいみたいですね」
「そうですか……
少しくらい上手くいくのではと思っていましたが、残念です」
大切な話とは、この事だったのだろう。
確かに手掛かりになりそうな気がしたのだが、外れてしまった。
「ですが、なかなか良い着眼点だとは思います。
正直、自問自答しても気付けはしなかった」
「私もただ、思いついた事を言ってみただけです。
結果に繋がらなかったのは残念ですが、
手掛かりになりそうな事は探してみれば多く存在すると思います」
「そうですね。
巫女さんにそう言われると、そんな気がしてくる」
不思議な物だ。
本当に、どうしてなのかは自分でも知らない。
ただ、励ましてくれる相手が巫女さんだからなのだろうか。
希望を捨てるのにはまだ早い。
焦っても仕方ない……か。
しかし、巫女さんの表情は硬い。
「さて、余談は終わりに致しましょう」
「今のが、余談なのですか」
「そうです、来人さんの抱える物が一つでも軽くなれば、
この先に話す大切な話を、もっと冷静な目で見ていただけるのではないかと」
なるほど、つまりこれは巫女さんの配慮……か。
それだけ、重要な話。恐らく僕の根幹に関わる所を突く話になるのだろう。
出生と出身の話題と天秤に掛けられるほどの話、一体どんな物か。
「それは……内容次第ですよ」
冷静に、冷静に。
「これは、何度目の質問になるのでしょうか。
来人さん……いえ、今はあえてその呼び名は使いません」
冷静に……なれない。
何だろうか、この後に続く言葉を聞くのが、怖い。
心音が極端に上がっていくのを感じる。
「"外から来た誰か"さんにお尋ね申し上げます。
何者ですか、その正体をここで明かしてください」
「"外から来た誰か"か。
的確で、それでいて随分と手厳しい事を言ってくれる」
そうは思いませんか、得体の知れない何かを隠している巫女さん。
それとも、本音と建前の区別がつかなくなっているとでも言うべきか。
口には出せば口論に近付くので言えないのだが、
正直、巫女さんの今の言葉には少し苛立ちを覚えた。
「答えていただけませんか?
ただの旅人という存在からは、既に離れつつありますよね」
「確かに、先程の話でも僕は旅人ではないと答えました。
ですが、"外から来た誰か"とまでは……」
その言い方をされると、まるで自分が敵視されているかのような気分になる。
「本質を見極めなければ、今後あの娘に危害が及ぶ可能性もあります。
正直にありのままを答えていただけませんか?」
何を正直に答えれば良いのか。
僕は僕であり、それ以外に何がある。だが……
「僕自身の事は、それこそ僕が知りたい」
何者なのかと問われれば、そう答えるしか無いだろう。
「私が聞きたいのは、"記憶の無い誰か"の事ではありません。
"外から来た誰か"の事なのですよ?
本当に聞きたい言葉は、そんな物ではありません」
ならば、巫女さんは僕に何を聞いているのだろうか。
「はぐらかさないで、本心を聞かせてください。
私とあの娘の仲を取り持っていただいただけの、
ただのお節介焼きの"外から来た誰か"さんはどなたですか?」
「お節介焼きの"外から来た誰か"とは……
また妙な表現だが、間違いでもないのかもしれない」
「そうやって、本質から離れた答えをしないでいただけませんか?」
巫女さんが声を荒げる。
「言っておきますが、僕は善人とは限らないんですよ?
ある意味では二人を利用して……」
「私が聞きたいはそんな事ではありません」
「ならば何を答えれば……」
どうやら、根本的な部分から僕と巫女さんの会話が噛み合っていない。
(煮詰まっているのは、僕も巫女さんも同じか)
ここは、引くべき……だろう。
仕方ないので、僕は巫女さんの話に耳を傾ける事にした。
「気付いていますか?
お節介焼きの"外から来た誰か"さんは、
他の人からどんな姿で見られているのかを」
「人の寄り付かないこの場所で誰かの意見を聞く事なんて出来ない」
「一番身近にいるではありませんか、二人も」
身近に居る……
巫女さんと、里遠ちゃんしか見当たらない。
「あの娘とあれだけ楽しそうに遊び、
色々と細かな所にまで気を使っていただける人です。
私とあの娘が知っている、"外から来た誰か"さんは」
「二人には、僕の姿がそんな感じに見えるのですか。
よく、観察していますね」
「警戒しなければならない相手ですから、当然です」
当たり前のように言ってくれるが、
この場合、悪い意味をあまり押し出していない事を指摘するべきなのだろうか。
「普通ならば、警戒する相手として考えると、
騙されないか、不審な動きが無いかと言う点を押し出しませんか?」
堪らずに僕はそれを指摘してしまったのだが……
「全くそんな素振りを見せない人が、何を言っているのですか」
巫女さんがいきなり笑顔でそう言った。
何だろう、この落差は。
「傍から見ていると、とても優しくて肝心な所で頼りになる……
あの娘のお兄さんにしか見えませんよ?」
「残念だけど、それは僕には理解出来ない感覚だ」
確かに、里遠ちゃんからはお兄ちゃんと呼ばれているが、
兄らしく振舞うとか、そんな事は一切考えた事が無い。
「自然に、そう振舞っているのですか?」
「多分、そうなのでしょう」
尚更、僕が何者か判らなくなっていく。
「だからこそ私は何者かを問いかけているのです。
本当は、"外から来た誰か"なんて肩書きは関係ないと思いませんか?」
「どうしていきなり、そんな事を……」
「仲間でも、個人は個人なのです。
そこには、性別の違いも、年齢の違いも、境遇の違いも関係ありません」
「確かに、互いの違いを認めることは……大切です」
その考えは間違いではない。
素晴らしい物だ、きっと。
「"記憶の無い誰か"や、"外から来た誰か"を、
私やあの娘は受け入れている、そう思っているのですか?」
「それは……その通りでは?」
「失礼な事を言わないでください!」
巫女さんは僕の両肩を掴んで、叫んだ。
頭や頬こそ叩かれなかったが、それは人を叱る行為だ……
まさかこんな事をされるとは思わなかった。
「そんな、"得体の知れない存在"ならば、
私は間違いなく追い払っているでしょう」
「あ、ああ……」
何となく、解ってきた。
ここに居る理由は、僕からすれば記憶を取り戻す手掛かりを探す事。
しかし、他の人から見た場合はどうなる?
(独り善がりになりかけていたんだな、僕は……)
なるほど、と思った。
それならば確かに僕は巫女さんに叱られて当然だ。
「もしかして、気付きましたか?」
僕はゆっくりと頷いた。
「今の僕は"里遠ちゃんの兄"という存在に収まっているからこそ、
ここに居る事を受け入れられている」
「その通りです。
私の目の前に居る人は、"名無しの、外から来た誰か"ではありません。
自覚していただけましたか、来人さん?」
「ああ、よく解った」
つまりこれは、先日の僕のが言っていた……
二人を置いて外に出るという言葉に対するお叱りも含まれているのだ。
「自覚が足りないと言いたいのですね。
全く、それならばこんな遠回りな方法で導かなくても……」
「最初の質問で、"記憶の無い誰か"ではなく、
既に"来人という名前のここの住人"と答えてしまえば問題ありませんでした」
「なるほど、そういう事か」
あの質問で僕は試されていた。
そう考えると、先の余談も意味の無い話ではなかった。
あの話で、完全に流れを作られてしまっていた。
「記憶の無い、旅人ではない存在。
僕は自分で作ったそれに縛られていた……」
「来人さんは、既にあの娘の兄のような存在になっているのです。
そこまで関わってしまった事を自覚なさってください。
「記憶が消えているかどうかは、
僕の本質を決める物では無い」
「その通りです」
見えていなかったのは、僕の方だった。
確かにこんな話は里遠ちゃんが居る所では無理だろう。
何せその内容は全て僕に関する事で、
本来は僕自身が気付かねばならなかった物なのだから。
そして、巫女さんにお礼を言わなければ……
気付かせてくれてありがとうとでも言えば良いのだろう。
(それなのに、何故僕は釈然としないのだろうか)
それを口に出す事は出来なかったのは、
これまでの会話の中にあった僅かな違和感が積算して、
表面に出てくる寸前になっていたからなのだろう。
「巫女さん、里遠ちゃんも呼び名だけではなく、
気持ちの面でも僕を本物の兄だと思っていてくれているのだと思いますか?」
「あの娘なら、多分……」
これだ。
「待った」
「え?」
今の一言こそ、違和感の正体。
僕は巫女さんの言葉を遮って話すのを止めさせた。
巫女さんはただ、驚いていただけだが……
自身では気付いていないのだろう。
「もう少しだけ、話をしましょう。
自覚を持たなければならないのは、僕だけではない。
巫女さん、構いませんか?」
首を縦に振るまで説得するつもりで、
僕は巫女さんに問いかけた。
巫女さんは……
こくりと、首を縦に振ったのだった。




